失いたくない人
秋の風が冷たさを帯び始めた頃、僕の心は限界に達していた。
合コンの誘いも、夜の街のきらびやかな誘惑も、もう何度断ってきただろう。
表面では「忙しい」と笑ってかわすけれど、本当は全部マチが心にいるからだった。
「俺はまだ自由でいたい」
そう思う自分と、
「マチと未来を歩きたい」
そう願う自分が、何度も衝突していた。
そんなある日。マチが僕の下宿に泊まりに来た夜、ついにその瞬間は訪れた。
狭い部屋で並んで寝転びながら、マチがふと呟いた。
「ねえ、あんたってさ……このまま何人も彼女作って遊ぶのと、私とちゃんと付き合うのと、どっちが幸せだと思う?」
ドキリとした。笑いながら言ったように見えたけれど、その声にはかすかな震えがあった。
僕は布団の中で拳を握りしめた。今までなら冗談でごまかしてきた場面だ。
「そりゃあ、遊ぶ方が楽しいだろ」
そう言えば楽だった。けれど、もうその言葉は喉を通らなかった。
気づけば僕は、真正面から答えていた。
「……マチと一緒にいる方だ」
マチは一瞬黙った。目を丸くして、やがてゆっくりと笑った。
「やっと認めたね」
その笑顔を見て、胸の奥が熱くなった。
ああ、もう逃げられない。僕は今、自由よりも彼女を選んだのだ。
「俺さ……東京来る前は、3人も4人も彼女作って、遊び倒してやろうって思ってたんだ。でも……」
「でも?」
「結局、頭の中はお前ばっかりだった。だから、もう決めた。俺は……マチとちゃんと付き合いたい」
言葉にした瞬間、肩の荷が下りたような感覚があった。同時に、全身が震えた。怖かった。これからの未来を一人の人間に預ける覚悟。僕の青春は、自由から一歩離れることを意味していたから。
マチは少しだけ涙を浮かべながら、僕の手を握った。
「……ほんとに、いいの?」
「いいんだ。もう、他の子に手を出す気なんかなくなった」
その夜、僕たちは初めて心から互いを必要とした。高校時代の無邪気な笑い合いでもなく、相談相手としての距離感でもなく、恋人として向き合ったのだ。
翌朝、窓の外は秋晴れで、澄み渡る青空が広がっていた。僕はまだ不安を抱えていた。遊びたい気持ちが完全に消えたわけじゃない。これから先も誘惑はあるだろう。けれど、それでも僕は決断した。
俺は、マチを選ぶ。
大学に来て得た自由と、そこで初めて知った「失いたくない人」。その狭間で揺れながら、僕は青春の本当の意味を知ったのだ。