僕の大学生活
東京に来た僕は、解放感でいっぱいだった。地方から上京した新入生特有の高揚感。
新しい街、新しい友人、新しい生活。僕は「この大学生活で、とにかく遊び倒してやる」と決めていた。
3人も4人も同時に彼女を作って、夜の街を駆け抜けてやろうと、胸の奥でひそかに息巻いていた。
けれど、不思議なことが起こった。
入学して数週間、僕の下宿にマチが遊びに来たのだ。
春休みに「東京に行ったら案内してよ」なんて軽い調子で言っていたのを、僕は冗談半分で聞き流していた。
ところが彼女は本当に、旅行バッグを抱えて現れた。
「お邪魔しまーす! ……って、狭っ!」
僕の6畳一間を見回して、マチはお腹を抱えて笑った。
昔と変わらない明るさ。
けれど、制服ではなく私服姿のマチは、高校の頃よりずっと大人びて見えた。
それから二人で東京の街を歩いた。渋谷の雑踏、浅草の賑わい、夜の新宿。
どこへ行ってもマチは楽しそうに笑い、僕の横を歩いていた。
気づけば、僕は彼女の横顔ばかり盗み見ていた。
夜。下宿に戻ると、自然な流れでマチは泊まっていくことになった。
「布団一つしかないけど、どうする?」と聞くと、
「別にいいじゃん。高校の時からさんざん一緒に喋ってきた仲でしょ?」と肩をすくめた。
僕は落ち着かなかった。
高校時代なら何も感じずに隣で笑っていられたのに、今は違う。
狭い部屋の空気、マチの髪からふと漂うシャンプーの香り。
寝返りを打つたびに、心臓がやけに早く打つ。
深夜。僕は思わず口を開いた。
「なあ、マチ。なんで俺に告白したんだ?」
「まだ言う?」と彼女は笑いながら枕を抱きしめた。
「だって好きだったんだもん。それだけ」
「俺、東京に来たのは遊ぶためだぞ。彼女何人も作って、とっかえひっかえ楽しむつもりだった」
「知ってるよ。そういうやつだって」
「……なのに、なんで?」
マチは少し黙った後、柔らかく微笑んだ。
「そういうとこも含めて、あんたじゃん」
その瞬間、胸の奥が強く締め付けられた。
彼女は僕のすべてを知ったうえで、それでも「好き」と言っている。軽口や冗談ではなく、本気で。
それからの僕はおかしかった。
東京に来て、合コンの誘いもあれば、サークルの女の子から連絡が来ることもあったのに、どれも心が動かない。
頭に浮かぶのは、なぜかいつもマチだった。
スマホにメッセージが届けば無意識にマチの名前を探し、授業中もふと彼女の笑顔を思い出す。
本当は遊び惚けるはずだった。
大学生活なんて恋愛の実験場だと割り切っていたはずなのに。
なのに、頭にあるのはマチのことばかり。
「どうしよう……」
ある夜、僕はベッドで天井を見つめながら呟いた。
僕は自由を愛していたはずなのに、今やマチという存在に心を縛られている。
彼女といると未来を考えてしまう。もし一緒に卒業して、もし結婚して……そんなこと、十代の頃の僕なら絶対に考えなかったはずだ。
遊びたい。自由でいたい。けれど、マチを失うのは怖い。
矛盾する感情に、僕の大学生活は波乱の幕開けを迎えていた。