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前日譚 ― ある機械人形の記憶


 〝ポタッ…〟



 散乱する瓦礫を軽く退かして、壁にもたれ掛かりながら腰を下ろした。

ずっと走り続けたからか、脚部の調子が悪い。

……最深部(・・・)まで逃げてきたのだ、流石に奴ら(・・)も―――ここまでは追って来ないだろう。


 あの………あいつらの……醜悪なる姿が…頭から離れない。

言わば形を成さぬ肉塊(・・)―――そう、肉塊が服を纏って(・・・・・・・・)ひとりで(・・・・)に動いて(・・・・)いる様な(・・・・)……。



 諸行無常。盛者必衰。栄枯盛衰。実に使い古された慣用句……そして物事の終焉とは…実に思わぬ所からやって来るものだ。

……それが―――生命の存在し得ぬとされた”銀河の中枢”から現れるとは。


 元来、銀河系中心部は環境の移り変わりが酷であり、知的生命体を育める程の時間は無い。故に―――同宙域における異星文明の可能性は否定されていた。

―――その認識を、()肉塊共(・・・)は打ち壊してしまったのだ。



〝ポタッ…〟



 …私は、逃げた。逃げてしまった。

怖かった。単純に―――怖かった。必死で護る筈だった都市が、人間達が、醜悪なる姿をした異星生命体にことごとく(・・・・・)蹂躙される瞬間が―――。


 否、最も怖かったのは―――その責任が(・・・・・)全て(・・)私にある事だった(・・・・・・・・)。差し向けた艦隊は食い破られ(・・・・・)、無駄な消耗を繰り返し―――私は判断を誤り続けた。


 ……


 先日、遂に私は―――司令室から飛び出してしまった。

心中を劈くような、視線に―――耐えられなかった。「お前のせいだ」と言わんばかりに目を向けてくる……あの目……!

……いや、私が悪いのだ…私の……私の責任だ…私は…何処までも…我が身が可愛いくて仕方のない性分なのだ、私は……。私が悪い……私が…






私が………。







 …




  …





お前のせいだ。そうじゃないか。このクソッタレめ…!





〝ポタッ…〟






 「五月蝿い…黙れ……っ!」

もう何も言わないでくれ…!

もう何も考えたくないんだ―――やめてくれ!

「五月蝿い…五月蝿い五月蝿い…っ―――!」

 私は―――赤子の如く身を縮めて、頭を掻き毟り、殴り、床に叩き付けた。

何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。黙れ!黙ってくれ!喋るな!何度も!何度も!何度も!何度も!何度も!そうでもしなければ―――もう(・・)おかしく(・・・・)なりそう(・・・・)だったから(・・・・・)―――!







   不意に、何かが―――割れる音がした。







 嗚呼、正気ではない。

正気ではない。正気ではないのだ。

 …何か―――違和感を覚え、右眉の辺りへ手をやると、そこから(・・・・)肌が(・・)崩れ落ちた(・・・・・)







 …ぺしゃくしゃした一枚の皮だ。滑らかで…肌触りが良い。雪の様に冷たく、内側はぬめっとしていて…。花びらの様に垂れ下がっている。

…だから何だと言うのだ。これは―――






 〝ポタッ…〟






 「…あぁ…―――クソ…。」

ただ誰に言うでもない、ただ血溜まりに映る己を見て、吐き捨てたまで。

 見よ!罵れ!蔑め!己の所領さえも護れず、惨状を背に母星へと逃げ帰った敗北者の末路を―――!

 私は―――逃げた!

逃げて逃げて逃げて……我が身可愛さに逃げ続けたのだ!そして誰も!何も!自分すらも護れなかった!












 「アハっ!」


 わらえる、嗤えるよ。

いやはや、嗤う事しか出来まい!自嘲的に!狂気的に!ただ嘲笑う事さえ出来るなら―――私は幸せだ!まだ私には口があるのだ!笑う為の口が!


 アハっ!アハハハハハハハハハっ!!


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハっ!!!」










〝ポタッ…〟




 ―――紅色が滴り落ちた。

ふと、天を仰いだ時、見えたのだ。ただ、呆然と見上げた時。


 人間が。―――屠所の家畜が如く吊り下げられた―――人間の身体が。



 正直、もう…何も考えたくない。

だが…こんな時ほど、考えてしまうのだ。自責の念を、後悔の念を。惨憺たる現況を。

 必死で守る筈だった人間達は―――血、濃漿、胆汁、人間のありとあらゆる体液が混合し、腐敗し、乾燥し……今や地表と言うキャンバスに塗りたくられた絵の具に過ぎないのだ。

 …どうしてまだ生きていられようか。どうして私は生きているのか。


…そう、どうして私は生きているのか?












〝ポタッ…〟












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