ひつじのこい
作品としてはあまり救いのない詩です
苦手な方は、読まずにお戻りください
ただ、最後までお読みいただいた時には
何を詠ったものなのかが
分かるようになっているかと思います。
わたし達はいつも汚れ役
あなた達が綺麗でいるために
捧げられた供物でしかない
愛しい相手と連れ立って
ただ穏やかに生きていたい
そう願うことは罪なのかしら
蓄えはみな剥ぎ取られ
その身は骨まで貪り尽くされ
心は見知らぬものに捧げろと強要される
わたし達はいつも差し出されるだけ
あなた達が綺麗でいるための
犠牲の羊の役でしかない
産まれた子供が大きくなって
見守られながら死んでいきたい
そう望むことは罪なのかしら
血の一滴まで絞られて
流れた穢れは灰と混ざり
それを以てあなたは汚れを落とす
血と罪に塗れたその手の汚れを
仕方がなかったと誤魔化すように
それでも恨みきれないのは
ここまで育ててくれたから
いつかはこうして犠牲にするための
ただそれだけの関係だとしても
あなたがかけてくれた言葉たちが
あなたが撫でてくれたその手の温もりが
わたしの心を縛り付けてる
わたし達はいつも汚れ役
あなた達がこれからも生きていくための
供物であって糧でもあって
これまで捧げられてきた愛情は
きっと本当だと思いたいから
この身も心も捧げましょう
だから最期のその時は
わたしの事を思ってください
モチーフはタイトル通り、ひつじ、で、
供物として捧げられる
ひつじ側の気持ちを詠ったものです
そのため、タイトルは「ひつじの請い」となります。
作品中、
「汚れで穢れを落とす」
という表現がありますが、
これには2つの意味があります。
命を奪うという罪にあたる行為をもって
神に感謝の意を捧げる行為を示唆しているのが一つ
もう一つは、石鹸の成立ちをモチーフとしたものです。
古代、神の供物として焼かれたひつじの肉から出た油と
肉を焼く際に出た灰とが混じり合って出来た土が
汚れをきれいに落とすことの出来る土である
と重宝されたのが石鹸の始まりといわれているそうで
このエピソードをモチーフにしています。
実際、捧げられた羊は
何を思っていたのでしょうね。
そんな事を考えることもなく
命を終えていたほうが
幸せであるような気もします。