幻想フラグ 1-5
気付けば一月終わってた
「あ、先輩。折角なんで、先輩の服を脱がしてみたいッス」
「なんで?」
何が折角なんだろう。
時間が掛かるだけだし、本当に風邪をひくと思うんだが?
「まあまあ。漫画のリアリティ追求の為ッスよ」
「資料にすると言えば、なんでも罷り通ると思っていらっしゃる?」
「一応、男子生徒の制服を上の姉さんに着せて、下の姉さんに脱がすよう指示を出し、それを傍で観察した事はあるんスけど」
やってるやん。理解のある家族で素晴らしいね。
「けど?」
「そういえば、自分はやった事なかったなと。なので、先輩お願いします」
「傍で見ていたのなら十分では?」
「自分、経験した事しか描けなくて」
「どうやら、大嘘つきが居るようだな?」
「はて……?」
首を傾げて惚ける無花果さん。くっ、可愛い。
彼女の言うことが正しいのであれば、ミリィ先生の漫画は全て体験談という事になる。となると、無花果さんの遍歴が百戦錬磨になる訳だが、貴女処女ですよね?
「ふふっ、先輩。そんな事を言って良いんスか?」
「ど、どういう意味だ?」
「今から先輩とお風呂に入ると、ふぅちゃんにメッセを送りますよ?」
スマホ片手に笑みを浮かべる無花果さん。畜生! なんて事を考えてやがる……! そんな事をすれば……すれば!
「ええ。お察しの通り、間違いなく乱入してくるでしょう」
言われるまでもない。「ズルい! アタシも一緒に入る!」なんて言いながら、配信の準備とかそういうのを全て投げ出して、風花ちゃんが突撃してくる光景が目に浮かぶ。配信も大事やろがい。
なんなら、その後の事も容易に想像がつくので、ここは試しに無花果さんの提案を断った場合のシミュレーションをしてみよう。
まず、ここに風花ちゃんが加わる。当然の話ではあるが、幾ら風花ちゃんと無花果さんが小柄とは言え、皆で並んで入れるほど武藤家の浴槽は大きくない。居候の身で偉そうな発言ではあるが、そこは見逃して欲しい。
一応、名誉の為に言っておくが、一人なら十分に寛げるスペースはある。だが、流石に三人はキャパオーバーだ。いけて二人だな。
となると、確実にどちらかと身体を密着させる羽目になる訳で。奥ゆかしそうな無花果さんなら兎も角、風花ちゃんの場合は……うん。絶対大人しくしてくれないだろうし、理性がガリガリ削られる事になるな。
「それに、だ」
仮に上手く三人での入浴を避けられたとて、二人の裸を見る時点で刺激が強いし、彼女たちと同じ空間に居るというだけで確実に興奮はする。そこを見逃してくれるほど、風花ちゃんは甘くない。きっと苛烈な誘惑が行われる筈だ。
しかも、今回はそこに未知数な無花果さんも上乗せされるとなりゃあ、もう、ね?
考えれば考えるほど、この選択をした場合の未来が終末である。なるほど。全くもって割に合わない。え? 予測出来るなら対策出来るだろって?
ふっ。童貞を舐めないで貰いたいな。対策が出来ても対処が出来るわけではないのだから。
「オーケー、分かった。全面的に無花果さんの要求を呑もうじゃないか」
「あ。じゃあ、動画撮影も大丈夫ッスか?」
「大丈夫じゃないよ?」
なんでどさくさ紛れに上乗せしようとしてんの? 普通、貸し一つに対して要求は一つでしょ? それとも、俺にならそれくらい言っても構わないとでも思ってしまったのか?
……ふぅ。やれやれ。あまり強く言うつもりはなかったんだが、ここいらで少し先輩の威厳というのを見せる必要があるようだな。
「あのな、無花果さん」
「…………」
「こ、今回だけだぞ!」
「有難うございます」
無言で風花ちゃんの通話画面表示させるのは立派な脅迫だと僕は思いますよ。
◆
「で、どうして俺が撮影する側にならなきゃいけないんだ?」
直立している俺の前で屈んだ無花果さんから、カメラモードを起動したスマホを手渡された所で浮かぶ素朴な疑問。
「片手で脱がしながらもう片方の手で撮影って難易度高くないッスか?」
「動画を撮るのを諦めるという手段もあるけど?」
「その点、先輩がやってくれると手ブレとか画角とかも気にしなくて良くなりますし」
「聞いちゃいねえや」
「自分の視点は自分がよく分かりますけど、先輩の視点がどんな感じなのかは謎なので知りたいんスよ。後学のために」
ネットを漁れば沢山出てくると思いますよ。この構図。
特にVR系だと一人称視点になりやすいし、スマホで動画を撮るより遥かに臨場感もあるだろう。俺は門外漢だが、風花ちゃんならこう言った事にも詳しそうだ。
「では、先輩が録画ボタンを押したら始めますね」
そんな事を考えていたら、なんか話が進んでいる。まあ、今更口を挟む気もないから良いんだけども。
「はいよ」
言われるがままに録画開始ボタンをポチッとな。
すると軽やかな電子音が室内に響く。それと同時にスマホの画面内で増えていく秒数。どうやらちゃんと録画は出来ているらしい。良かった良かった。他人のスマホってよく分からんから、ちょっと不安だったんだよな。
後は画角の調整と維持があるくらいだが、そんな長丁場にはならんだろうし、腕が疲れる事はないだろう。
現に無花果さんは早々にベルトへと手を掛けてバックルを緩め、スラックスを下ろそうとしている……って、手が早ァい!
「ちょ、ちょっと待って」
「どうかしました?」
「え? なんか資料にするみたいな雰囲気を出してなかったっけ?」
「そうッスね 」
「勘違いなら申し訳ないんだけど、普通は観察する為にゆっくりやっていかない?」
「あー……」
無花果さんの目が一瞬だけ泳いだ。
「うん。これだ。先輩の言いたい事は分かるんスけど、今回はあくまでもお風呂に入るついでなので、時間をかけずにいこうかなと」
「なるほどね?」
納得の理由である。明らかに今考えた感じがあるけど。「うん。これだ」とか言ってたし。
よくもまあ、瞬時にここまでの回答を用意出来るもんだよ。やっぱ俺とは頭の出来が違うね。素直に尊敬する。
「という訳で失礼します」
「……っ」
躊躇無く引き下げられるスラックス。当然、無花果さんの目前に現れる下半身だけ下着姿の俺。
や、流石にこれは恥ずかしいな。羞恥心のお陰か勃つ事はないけど、思わず身体が熱くなるわ。
「…………」
「無花果さん?」
ほら。刺激が強いのか無花果さんも固まっているし。大分、無理していたんだろうなあ。一応、こんなのでも動画がある分、参考になるんだろうか。
「おーい」
試しに眼前に手を振り振り。それでも反応を示さない。
うーん。こうなっては仕方ない。この子が始めた物語だけど、幕引きはこちらでしよう。ひとまず、録画を停止して──
「すぅーっ……」
「無花果さん?」
動き出したと思ったら、なして深く息を吸った?
「んんっ、これが先輩の……すんすん……」
「無花果さん?」
なして顔を近づけていらっしゃいます? 傍から見た時の図がとても危なくなっているよ?
「あぁ、ダメ……こんなの耐えられない」
「無花果さぁん!?」
ちょっ、下着に顔を埋めてきたぁ!?
一体何がどうなって……はっ!? こいつ、目が完全にハートになってやがるぞ! つまりはなんだ、実は匂いフェチだったのか無花果さん。
『神絵師の 性癖見たる 夏休み』
いや、一句読んでいる場合じゃない、さっさと引き剥がさなければ、何か大変な事になる気がする! って、やっぱり力強ぉっ!
「すんすん……もっと欲しい。あーん……」
「ぅあ……!」
お次は下着越しに俺の愚息を咥えただとぉ……!? なんという事だ。まさか匂い一つでここまで無花果さんが発情するなんて。猫に対するマタタビかよ。
……いや、ちょっと待て。これはファーストキス界隈ではどうなんだ? 布を挟んでいるからセーフか? ラップキスとかもファーストキス換算にならないもんな!? それなら、無花果さんも唇より先にチ〇ポへキスした女という不名誉なレッテルは貼られないか? よし。大丈夫そうだな。……何を心配しているんだろう、俺は。
「ぁむ……ちゅっ、ぺろ……。くんくん……はぁ、堪らないッス……」
唇で甘噛みみたいな事をしていたかと思えば、軽く舌を這わせ、ついでと言わんばかりに鼻先をぐりぐりと押し付けてきて恍惚な表情を浮かべる無花果さん。
アウトだろ、これは。唇の初めては守られているかもしれないが、彼女の尊厳は現在進行形で死んでいるよ。正気に戻った時が恐ろしいぞ、俺は。
「ぁむぁむ……あ!」
「やべっ」
そうこうしている間に勃っちゃったわ。布越しとは言え、こんなフ〇ラもどきをされ続けているんだから、当たり前っちゃ当たり前ではあるけど。はい。しっかり気持ちよかったです。
それを示すかのように今日も元気なうちの相棒が下着の中から頭を覗かせてこんにちはしちゃってるね。
「ふふっ。窮屈そうだし、脱がしますね?」
「一度くらいは俺の言葉を聞いてから行動して欲しい」
「ますね?」の段階でもう脱がされているんだが? 我が強いぞ?
「わ、わぁっ、これが夢にまで見た先輩のおちん……す、凄い……」
なんて? あの無花果さんが夢にまで見た? 幻聴か?
俺も俺で色々な感情が綯い交ぜになって頭が沸騰しそうだし、耳障りの良い言葉を脳内で捏造でもしたんだろう。そうに違いない。
「それで、こっちが先輩の濃縮された濃密で濃厚なフレグランスを放つ下着……。略して3N下着……」
3Kみたいな言い方するやん。後、いつの間に俺の下着を取ってるんですかね。全く気付かなかった。
しかし、これは千載一遇のチャンスだ。下着を脱がす為に無花果さんは俺から少しだけ身体を離した。
「ぅぅん……さっきよりも先輩を間近に感じちゃう……ふぁ……!」
俺は君が少しだけ遠い存在になったけどな。
それはともかく、人の下着を片手に無花果さんは悶え続けている為、明らかに隙だらけだ。情欲に塗れた顔がとてつもなくエッチなので、余裕があれば暫く眺めていたいのだが……。
「こうしちゃいられない」
無花果さんが再び襲ってきた場合、どれだけ抵抗した所で最終的には射精へと導かれるだろう。そんな予感がする。残機がない現状、そんな未来は受け入れられない。
となると、だ。俺の取れる手段は一つ。無花果さんの言う“耐えられない程の匂い”を身体からさっさと落とし切るしかない。
「お先にお風呂頂きます!」
俺はとうの昔に録画を止めていた無花果さんのスマホを洗面台の上に置くと、上半身の衣服を一瞬で脱ぎ捨てて浴室へ逃げるように飛び込んだ。
まさかパンツに命を救われるとは、この俺の目をもってしても見抜けなかったわ。