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幻想フラグ 1-2


「こっ、これは……!」


「美味しい……!」


 クレープの屋台は駅近くの公園にあった為、そこのベンチに座って食べる事にしたのだが、甘味好きな俺を唸らせるとはこの『スペシャルイチゴDXクレープ』、只者では無いな。DXなだけあって生クリームがたっぷりだし、何よりクレープ本体の大きさが人の顔くらいある。デカすぎんだろ……!

 思いのほか人が並んでいて驚きはしたものの、限定出店も頷ける美味さとサービス精神だ。出来れば常に居て欲しい。リピーターになります。

 ちなみに値段は知らない。一応、財布は取り出したんだけど、それより先に無花果さんが颯爽とカードで支払っていた。やだ、カッコイイ……。

 そんな無花果さんも俺の隣で目を丸くしている。……そっちの『贅沢トロピカル爆盛りクレープ』も名前の通りフルーツ盛り沢山で美味しそうだ。


「……? どうしたんスか?」


 俺の視線に気付いた無花果さんが首を傾げる。

 幾らクレープが気になるからって、人が食べている所をジッと見つめるのは良くないよな。反省反省。


「もしかして、クリームが何処かに付きました?」


「違う違う。俺のクレープが美味しかったから、そっちのも美味しいのかなって」


「……じゃあ、こちらも食べてみます?」


 マジ? 話が分かるな、無花果さん。


「では、どうぞ……あ、あーん」


 おずおずと差し出されるクレープ。

 じゃあ、遠慮なく頂くと……いや、断面が色とりどりですげえ! 流石爆盛り。山盛りなんてレベルを遥かに超えている。こんなんトロピカルの宝石箱(?)じゃん!

 これは変な食べ方をしたら色々と溢れ落ちそうだし、盛大にかぶりつくしかないか。


「はむ……もぐもぐ」


「ど、どうッスか?」


 評価なんて言うに及ばずである。頬張った瞬間から口の中がパラダイス。(おもむろ)に脳内でファンファーレが鳴り響き、瑞々しいフルーツ達が口内を行軍していく。

 これはヤバい。それぞれの果実が互いを全く邪魔する事なく高め合い、溶け合い奏でるハーモニー。俺の幸福指数が凄い勢いで跳ね上がっていく。返事をしないのもアレなので、サムズアップを返しておこう。

 ふむ。イチゴDXも良かったが、フルーツ好きならこちらもありだな。今日の詫びとして水夏達に買うのも吝かではない。いつか連れてこよう。


「ご馳走様。お返しに俺のも食べてみるか?」


「え? ……えっ!?」


 ……俺、変な事言ったか?

 まるで、予想だにもしてなかったかの様に驚愕するじゃん。

 確かに? 両方とも無花果さんのお金で買った物なので、お返しも何もないのはその通りなんだが……この反応はなんだ?


「そ、それって……」


「それって?」


「先輩と、かっ、間接キスに……」


「…………」


 何この初々しい生き物。これが俺と同じヒト科ヒト属ってマジ? もしかしたら、無花果さんは新人類なのかもしれない。無垢すぎて。

 こんな事にこれだけ照れる子がよく18禁の同人誌なんて描けるな。ギャップがありすぎるだろ。


「というか、間接キスという話なら」


「……? はっ……!?」


 食べさせて貰ったクレープを指差すと少しの間を置いて理解したらしい無花果さん。


「うわぁ……うわぁっ! 先輩にあーん出来るのが嬉しすぎて失念してたぁ……!」


 さっきまで食べていたクレープを持つ手が震えていらっしゃる。やめてやめて。ちょっとニヤってしちゃうから。

 しかし、たかが間接キスでここまで狼狽えるのか。ふふ。お可愛いこと。


「……無花果さん」


「な、なんですか」


 幸いな事に、日頃から水夏と回し飲み等しているし、聖とも食事中によくおかずの交換をしている。間接キスなんて日常茶飯事だ。まあ、前者は距離感が近い幼馴染だし、後者は最近まで女性だと知らなかったが。

 そこに加えて風花ちゃんだけでなく先輩ともキスの経験まであるんだ。そんな俺が今更異性との間接キスに何かを想う事は皆無に等しい。これが成長……!

 即ち、この場においては俺の方が無花果さんよりも圧倒的に優位な立場にある。え? 張り合いが低レベル? 聞こえんなあ!


「はい、あーん」


「なぁ……っ!?」


 となれば、たまには俺も振り回される側ではなく、振り回す側になりたいと思うのは心情的に仕方ない事で。

 何より無花果さんの反応が良すぎるせいで、こちらの嗜虐心が存分に刺激されて堪らない。

 好きな子にちょっかいをかける気分ってこんな感じなんだろうな。知見を得た。


「こっちも苺が良いアクセントになってるから是非とも食べて欲しい」


「うぐ……ぐぅっ……!」


 凄い。頬を限界まで紅潮させて葛藤している。俺からの申し出だから食べたさはあるけど、相応の羞恥もあって決心がつかない的な。

 それなら、もうちょっとだけ背中を押してみるか。


「作家として折角の機会を見逃すのは勿体なくないか?」


「そ、それもそうッスよね。……よし」


 MISSIONCOMPLETE! チョロいぜ!

 ……あの。このチョロさは心配になるんだけど? 大丈夫? 悪い人に騙されない? 俺の言葉だから簡単に頷いたんだよね?


「い、頂きますっ……!」


 俺の心配を他所に無花果さんが意を決して口を開く──何故かギュッと目を瞑った状態で。

 そこまで恥ずかしいなら無理をする必要は……いや、ここで止めるのも野暮か。折角の決意を踏み躙る事になるし。でも、それは悪手じゃないか?

 だって、俺の食べているクレープは無花果さんの物より遥かにクリームが増量されているんだから、その状態で勢いよくかぶりつきなんてしたら。


「はむ……んんっ!?」


 案の定、盛大に溢れ出たクリームが無花果さんに襲いかかる。


「んぁっ、ぅんんっ、や……っ!」


 閉じていた目を驚愕に見開く無花果さんの口周りだけでなく、垂れ落ちたクリームが胸元や太ももを白く白く汚していく。

 ……薄々そうなるかなと思っていたけど、普通にエロい感じになっちゃったな。


「んくっ、す、すみません、先輩。クリームが結構零れてしまいました」


「心配するところはそこじゃないかな」


 口の中の物を急いで飲み込んで、ぺこりと頭を下げる無花果さん。そんな彼女から、芳醇なまでの甘い香りがふわりと運ばれてくる。

 結構な大惨事なんですが、それは。


「……ん。まあ、着替えはあるんで平気ッスよ」


「用意周到じゃん」


「元々、ふぅちゃんの所に泊まる予定だったので」


 なるほど。転ばぬ先の杖ではないが、今回は風花ちゃんに呼ばれていた事が功を奏したな。……奏したか?

 呼ばれてなければ俺と出会う事もなかったし、こうしてクレープを食べる事もなかった筈だが?


「ただ、ここでは着替えられないんで、アレなんスけど」


 さもありなん。所詮は然程大きくもない公園。水飲み場が併設された水道がポツンと端っこにあるくらいで、無花果さんが着替えられそうな物陰は一切ないからな、ここ。

 一応、公園の周囲を囲うように植樹されているけど、全体的に丈が低いから隠れるのも無理だ。


「それにまたクリームを零さないとは限りませんし。洗い流すのは食べ終わってからにします」


 そう早口で言い切って自分の持っているクレープに再び口をつける無花果さん。

 あ、間接キス……あれ、さっきまでと違って気にした様子がないな。この短時間で順応したのか?


「ママー! あのお姉ちゃん、白くてベタベタしたものでいっぱい!」


「あらあら。飲みきれなかったのかしら」


「なにをー?」


「うふふ。お盛んねえ」


「〜〜っ!」


 違うわ。周囲の目を気にしてここから立ち去る為、一心不乱にクレープを片付けようとしているだけだわ。どうやら自分の姿が他人から見たらどう映っているのかを存分に理解しているらしい。流石、同人作家なだけはある。造詣が深い。

 後、そこの母娘。こんな所で盛る訳ないだろ。俺達が手に持っている物が見えておらずか? 節穴すぎん?


「……俺も食べるか」


 これ以上、変に注目されるのは俺としても勘弁願いたいし、さっさと残りを片付けるとしよう。

 その際、チラッと横目で見た無花果さんは相変わらず口を一生懸命動かしていて。果たして味は分かっているのだろうか。

 俺から吹っ掛けた悪戯が切っ掛けなので、ちょっと申し訳ない気分にはなる。次は風花ちゃんとかとゆっくり味わって食べて欲しい。


「うん。美味い」


 それはそれとして、目の前にあるクレープ自体に罪はない。

 とんだハプニングのせいで、クリームがごっそりと減ったクレープはそれでも甘酸っぱかった。



「お待たせしました、先輩」


 水に濡らしたハンカチで身体についたクリームを拭った事で漸く人心地ついたのか、無花果さんが小さく笑みを浮かべる。

 まだ仄かに甘い匂いがするんだが……言わぬが花か。服に付いたものってそう簡単に取れんしな。本人が気にするようであれば、どこか服を着替えられる場所を探すんだが。こういう時、モテる男ならもっとスマートに行動出来るんだろうな。


「次は何処に行きたいんだ?」


「んー。先輩がリクエストしてくれても良いんスけど」


「……それは何処でもいいのか?」


「……? 大丈夫ッスよ?」


 ふむ。服に関する発言がない辺り、どうやら若干の乳臭さは許容範囲っぽい。それらしいアロマと言われたら納得出来んこともないし。

 そういう事なら、俺も俺で行きたい場所があるんだよな。


「他ならぬ無花果さんが相手だから言うんだが」


「なんスか?」


「俺もそろそろ我慢し続けるのが辛いから、君さえ良ければ一緒に寄りたい所があるんだ」


「え、我慢……ですか? ……えっ、それはまさか!?」


「ああ。そのまさかだ」


 鷹揚に頷く。どうやら、無花果さんにも心当たりがあるらしい。まあ、今までめっちゃ焦らされているし、流石に気づくか。


「──本屋に行こう」


「い、いや。まだ日が高いですし、これからふぅちゃんにも会いますし、それにそれにまだ自分と先輩はそんな関係では……! でもでも、先輩が望むのであれば、こちらとしても否やはないんですけれど ……はい?」


「買いたい物があったのを思い出した」


「あっ、ハイ。そうスか……」


「もしかして、気が向かない?」


「そ、そんな訳では……! ただ、ちょっと勘違いした自分に自己嫌悪というかなんと言うか」


「……?」


 よく分からないが勘違いの一つでここまで落ち込むなんて、無花果さんは真面目なんだな。

 俺の周りが周りのせいで、唯一気の置ける後輩と言っても過言じゃないわ。今や聖の抜けた穴を埋める良心枠じゃね。つーか、ドMに良心枠を求めるのは荷が重すぎる。


「ごめん、ふぅちゃん。自分はチャンスが転がり込んで来たら簡単に裏切る薄情者です。現世の松永久秀ッス……」


「なんで戦国時代の武将を出した?」


「こんなの」


「こんなの?」


「合わせる顔がないっスよおぉぉぉっ!!!」


「ちょっ!? いきなりどうした!?」


 なんか走り出したんだけど!?

 なんで!? そういうお年頃!?

 分からん! 分からんけど、放っておけないから追いかけよう。奇跡的に公園を出て真っ直ぐ本屋のある方面に向かっているし、俺的にも都合が良い。これも運命力って奴か。知らんけど。

 問題は体力がない俺が追いつけるかどうかだが……ええい、なるようになれだ!

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