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聖フラグ 2-2(otherview)


「はい、3、2、1……」


 ルミナのカウントダウンが終わると同時、深く息を吸い込んで勢いよく水の中へと身体を沈める。

 水に対する苦手意識がないとは言ったものの、泳げない身からすれば水中には極力居たくない。まだここのプールは足がつくし、深さが突然変わる事もないから良いけど、環境に左右されやすい川や海は出来れば遠慮したい所存である。


 もっとも、男装という制約がある以上、ボクが海水浴や川遊びを目的として水場に行くことはないに等しい。

 だからまあ、名目上は泳ぎの特訓となってはいるけど、ボクは別に泳げないまま終わったところで、それはそれで構わないと思っている。……なんて、これは流石に善意で教えてくれているルミナに失礼かな。

 今やっているこれも、水への恐怖心を取り除き、水中は楽しい物だと頭に認識させる為だと言ってたし。それだけで万が一にも溺れた際、多少は冷静で居られるんだって。

 主に会長から押し付けられた役目だと言うのに、そういうのちゃんと考えてくる辺り、ほんと律儀だよね、ルミナは。


(……他の()にもやってるんだろうなあ)


 そこに明らかな慣れを感じてしまい、胸を小さな痛みが刺す。この思考は宜しくない。ボクだって人間だから、当たり前の様に嫉妬はするし、当然の如く独占欲もある。

 だけど、この感情は同性としてルミナの隣に居る場合は不要な物だ。彼の横に素知らぬ顔で立ち続けたいのであれば、そんな物に振り回される訳にはいかない。

 だから、夏休みが明けるまでに自分の中でどうにかして折り合いをつける必要があったりするんだけども。


(まあ、それは未来のボクに丸投げするとして)


 それはそれ。これはこれだ。

 今日から暫く彼をほぼ独り占め出来るこの時間を下手な遠慮とかで無為に過ごす気は毛頭ない。折角得た貴重なチャンスなんだから、少しくらいボクの事を意識する程度にはルミナを誘惑したい。

 勿論、女子水泳部の目があるから過激な事は出来ないけれど、それでも普段と比べると濃密な逢瀬を重ねる事が可能だし、こればかりは男装バレして良かったと言わざるを得ないよね。

 会長の掌の上感が否めないのが不満だけど。

 あんな人に感謝とか絶対にしたくないけど!

 でも、


(……少しくらいはしてもいいかな)


 会長のお膳立てがなければ、いつまでも指を咥えているだけの仲の良い男友達止まりだったのも事実で。強引さに腹を立てたのは確かだが、これで漸くスタートラインに並ぶことが出来た。

 ただし、ボク自身も予期せぬタイミングでの暴露だったから、ここは焦らずにじっくりと攻めていきたいところだけど、今年度からルミナの周りには魅力的な子が増えているし、そんな悠長な事は言ってられない。

 幸い、友人としての親密度があるので、そこまで出遅れてはいないだろうし、その感情をどうにかして異性方面にコンバータ出来れば、とても強い味方になると机上では結論が出ているんだけど……。


(もっと動揺してくれても良くない!?)


 水着の! 異性と! 至近距離も至近距離に居るのに! 平然としているのはなんで!

 そりゃ見慣れているであろう水夏さんに比べたらプロポーションは見劣りするかもだけど、普段の様子とあんまり変わってないのは流石に傷つくよ!

 もしや、子供に水泳を教えている心境になっている……? それなら納得……出来る訳ないでしょ! ボクはこんなにも胸がドキドキしているのに!


(でも、それがルミナなんだよね)


 依頼を引き受けたからには最後までやり遂げる。最初はあれ程渋っていたのに、いざ特訓が始まってみるとそう言わんばかりのこの真面目さ。

 現に今もボク達は水中でしっかりと手を繋いでいるし、ルミナはルミナでどんな些細な変化も見逃さないと言わんばかりに、ボクの一挙一動へ真剣な眼差しを向けている。

 照れる素振りを全く見せない事が業腹ではあるものの、状況も状況でかなり役得だし、これは最早二人きりと言っても過言じゃないのではなかろうか。


(んっ……はぁ……)


 一つ問題点を挙げるとすれば、ルミナの目付きが目付きだから、なんだか値踏みされているみたいで背筋がゾクゾクしてしまう。そういう性質だから仕方ないとは言え、自分の節操のなさにはほとほと呆れると言うかなんというか。こんなにエッチだったっけ、ボク。


 まあでも、これもまた不可抗力じゃないかな。だって、好きな相手──しかも、裸に近い──が傍に居て、更に言えばさっきからずっと手を繋いでいるんだ。興奮するなってのが無理な話だし、興奮しないのもルミナに失礼だろう(?)。言わば媚薬を常に浴びているようなものだよ、これ。ボクの言いたい事、分かる?

 一応、前段階から身体の大半はひんやりとした水中にあるから、なんとか体裁を保ててはいるんだけど、既に身体の内側は尋常ではないくらい熱を帯びているし、事ある毎に下腹部を甘い痺れが襲って来ていて、とてもじゃないが落ち着けない。


「……っ」


 全身を水に浸せば、この火照りも静まるかなと思ったけど、悲しきかな大した効果は得られそうもなかった。

 寧ろ、至る所にルミナの視線が突き刺さるせいで、逆に昂っていく。このままだと本格的にまずいかもしれないなあと理性のガリガリ削れる音を聞いていたら腕を引かれた。

 どうやらボクの様子を見て、水面に上がった方が良いと判断したらしい。だ、大丈夫かな……。


「ぷはぁっ……わ!?」


 誘導されるがまま、水上に顔を出したまでは良かったけど、案の定腰砕けになっていたせいで上手く踏ん張れず、バランスが崩れてしまった。

 しかも、それに焦ったせいでルミナの両手を振り払ってしまう体たらく。これは不純な事を考えすぎていた罰が当たったかな。なんて他人事の様に自嘲したのも束の間、


「っと、大丈夫か?」


 腕を掴まれる感触と一瞬の浮遊感。水中に沈みかけていた身体が強い力で引っ張られる。

 普段のルミナからは考えられない力強さではあるけど、そのお陰で溺れる事への恐怖心が安心感で上書きされて、パニックになる事もなく再び水上に顔を出す事が出来た。


「〜〜〜〜っ!」


 けれど、ボクの腰に回ったこの腕はなんなんでしょう? いや、分かるよ? まだ身体の大半は水中だから、また不慮の事態が起きないようにと気を回してくれたんだよね? うん、分かっている。分かってはいるんだよ。

 でも、思わず瞑ってしまった目を開けるとルミナの顔が目の前にあるのは反則だと思うんだ。


(むりむりむりむりッ!)


 何を隠そう彼の顔に一目惚れしてしまったのがボクだ。勿論、今は内面含めてもっと好きなんだけど……ああいやそんな話はどうでもよくて! ダメだ。パニックにはなってないけど、高鳴る鼓動は加速するばかりで冷静さを取り戻せない。

 だって……だって! こんなにも身体を密着させて! 仄かに男の子の匂いもさせて! ボクをどうする気なんだよ! 少なくとも(おか)には暫く上がれないよ!


「聖……?」


「はっ!? だ、大丈夫だよ! ちょっと足が攣ってしまって!」


「それは大丈夫じゃないんだが? とりあえず、治まるまで特訓は中断するとして一旦プールから出るぞ」


「えっ、それは困る……!」


「なんで?」


 い、言えない……!

 ちょっと下半身が大変な事になっているからなんて絶対に!


「りょ、両足攣ったから一人だとプールサイドに上がれなくて!」


「両足!? それなら尚更出なきゃマズいだろ!」


 完全な墓穴ぅ!

 我がことながら、もっとマシな言い訳が他にもあったでしょう!? って、うわぁ!


「る、ルミナ!?」


 お姫様抱っこ! お姫様抱っこされている!

 憧れていたけど諦めていた事を現在進行形で!

 死ぬまでに好きな男子にされたい事の一位が今日で達成済みに!


「水中なら非力の俺でもこれくらいは出来る。すぐに引き上げるから、しっかり掴まってろよ」


「はいぃ……」


 何これ? 都合のいい夢? ボクの妄想が具現化した?

 いつもに比べて強引なルミナとかご褒美でしかないんだけど?

 しかも、今なら合法的にギュってしていいんですよ? そんな事が許されて良いんですか? でも、仕方ないよね。しっかり掴まってと言ったのはルミナなんだから。やば、興奮しすぎて涎が。


「じゅるっ……ふへへ」


「聖……?」


「あ、お構いなく」


「何が?」


 なんか訝しげな視線を感じるけど、今のボクは気分が良いから多少の事は気にしない。

 後、他にも忘れている事がある気がするけど……まあ、良いか。そんな事よりルミナの言う事に従う方が大事だし。

 なので、遠慮なく首に腕を回してしがみついておこう。ついでにマーキングよろしく身体を擦り付けとこ。これがルミナを占有している特権ってやつですか。


「んふふふふ」


「あの、聖さん?」


「何かな?」


「めっちゃ見られているから加減して欲しい」


「あ」


 そう言えば、プールに居るのはボク達だけじゃなかった。

 うん。耳を澄ますまでもなく、悲鳴みたいな歓声が聞こえてくるね。しかも、声量的に部員の大半がボク達のやり取りを見守っているみたいだ。おかしい。彼女達は部活動中だった筈では……?


「ボク的には見せつけても良いんだけど」


「勘弁してください」


 だよね。知ってた。まあ、ルミナの立場が悪くなるのはボクとしても本意じゃないし、何より水夏さんにも申し訳が立たない。……若干手遅れ感は否めないけど、ここはもう大人しくしておくのが吉だろう。存分に良い目は見れたし。

 だと言うのに、無事二人してプールサイドに上がった後で、足が攣った時の対処法をルミナが水夏さんに聞きに行った際、此方の様子を気にしていた水泳部の皆さんがチャンスとばかりに絡んできたせいで、更なる一悶着が起こってしまったのはまた別の話。

おもしれー女

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