エクレールフラグ 2-5
「…………」
「あら? どうしマシた?」
エレちゃん先生の登場で気勢が削がれたものの、今の話を有耶無耶にするのは不味い。風花ちゃんの信用を踏み躙る訳にはいかないし、確実に射精が伴う性交渉なんて体質の関係で以ての外である。
そう思いはしたのだが、どう取り繕っても教師の前でする話ではないな。連絡先は知っているのだから、後日また雨コンビと話し合いの場を設けるとしよう。
「いえ。騒がしくしすぎたかなと」
「……? 大丈夫デシたよ?」
ふむ。俺たちのやり取りは聞かれてないみたいだ。それは良かった。
元を辿れば先生の失言が発端ではあるのだが、それをわざわざ指摘する意味なんて何処にもないしな。誰の得にもならないので、お口チャック安定だ。
というか、変に忠告しちゃうと逆に気を張って自爆しそうだし、エレちゃん先生。隠し事とか下手そうだもん。
「何か失礼ナ事を考えた気配がしマス」
「衣装めっちゃ良いですね!」
「「……誤魔化した」」
あーあー。何も聞こえない。
実際、フローラの衣装がめっちゃ似合っているのは確かだからな。
「同じミツバチサンとしテ忌憚のない意見を言っテ貰っても構いマセんよ?」
「そう言われましても」
コスプレの事なんて何も知らんし。
今は髪も地毛のままだけど、本番はフローラと同じ緑のウィッグを被るんだよね?
……うん。七つの性技の一つ、【空想補完】でその状況を再現してみたら、紛うことなきフローラが三次元に爆誕していた。あな恐ろしやコスプレイヤーエクレアである。
「素人目に見ても素晴らしいとしか」
「デスって、二人とも」
「たはー。直接褒められるとなんか小っ恥ずかしいね」
「……そうね」
雨コンビが照れているという事は、衣装作りはやはり合作なのか。
という事は今までのあれやそれも……?
「基本的に私達で作った物ね」
「すげえ!」
エクレアがデビューしてから急激に伸びてきた理由はここにあったのか。
イベントに参加する度に衣装が違うのに、ちゃんとクオリティが高いから、エクレアが三人居る説やらお抱えの衣装製作チームが居るとかネットで言われてるんだよな。当たらずも遠からずやんけ。
「イベントで売っているROMは写真部が撮った物を纏めた物ですよ」
「公私混同!」
出費を抑えられるからって身内を利用してんじゃねえ。
「部活動の一環なのデ副業にも当て嵌りマセん」
それはどうだろう。部活動と言い張るには動く金額が大きい気がする。……でも、会長は是認しそうだなあ。
「ただ、ちょっと驚いたのよね」
「そうだねえ」
「……?」
何がだろう。
ポツリと言葉を漏らす村雨さんの横で時雨さんも頷いている。
「先生がコスプレするのは基本的にミリィ先生の描いた子なんですけど」
「フローラって、大人がやるには色々と、ね……」
あー。風花ちゃんかどういう内容で無花果さんにイラストを依頼したのかまでは分からないけど、フローラって結構風花ちゃんに寄せられているんだよな。
言ってしまえば、若干のロリ。メスガキ差分の事を考えたら、それくらいの年齢になるよねという見た目。
確かに成人どころか教師であるエレちゃん先生がやるには、少しばかりそぐわない。
「先生も身体的にどうしようもなさそうな物は避けていた筈なんだけど、今回はどうしてもって言い張るので」
「ち、挑戦デスよ、挑戦……! 何事もチャレンジが大切デス!」
何の影響を受けたのかは言わずもがなだな、これ。ミーハーなんだね、先生。
「言いたいことは分かるけど、何も夏の本番でやらなくてもと思うわ」
「み、海鷹クゥン……」
ぐうの音も出ない正論を叩きつけられたからって、泣きそうな顔でこちらを見るのはやめて下さい。
衣装のせいでフローラに悪いことをしている気分になるだろ。……仕方ない、助け舟を出すか。
「でも、パッと見の違和感はないような」
背丈は置いとくとしても、それ以外は完璧に近い。フローラの絶壁を誇る胸部もちゃんと作り出せているし。
ちなみに、エレちゃん先生の胸は別に小さくはない。……大きくもないけど。だからこそ、気になる。どうやってサイズを誤魔化したのかが。
そんな俺の視線に気づいたのか、エレちゃん先生が見せつける様に胸を張る。
「サイズダウンブラというのがありマシて。見た目は完全にナイチチデス」
最近目にした事があるので、よくご存知です。
なんか凄い万能道具みたいな扱いされているけど、多分この世界だけだよ。
後、風花ちゃんが血涙を流す事になるから、後半の発言は絶対本人に伝えないで欲しい。
「いつまで見てんのよ」
「……ごほん。今の時点でこのクオリティなら、本番当日は先生のファンも何も言わないんじゃないか?」
そもそも、コスプレなんてやりたい様にやるのが一番でしょ。
本人が楽しくやっているなら、周りが兎や角言うのはお門違いって物だ。少なくとも俺はそう思うね。
「まあ、ここまで作った時点で私達も今更引き返せないんだけど」
「期せずして先輩の太鼓判も貰えたしねえ」
どうやら雨コンビのモチベーションも上がったらしい。そいつは何よりだ。
「では、作業の為に脱いで来マスね」
そう言って踵を返すエレちゃん先生。
ん? なにかが視界の端を過ぎったような。
「先生、ちょっと待って」
「なんデシょう?」
呼び止めたから当たり前なのだが、先生が不思議そうな表情を浮かべて振り向く。
ああ、やっぱり。気の所為じゃなかったか。白の衣装にとても目立つ黒の糸くずが付いているな。
「衣装にゴミが付いてますよ」
「え? どこデスか?」
「動かないでください。俺が取りますから」
「そうデスか? 助かりマス」
糸くずの付着箇所は背中側の腰辺り。まあ、お尻の左斜め上付近だな。エレちゃん先生の視界に入る場所ではない為、一人で取るには現状だと難しい位置である。
もっとも、これから脱ぐのだから、その時にどうにでも出来ると思うんだが、フローラの衣装に一瞬でも触れてみたいという好奇心に負けて、「俺が取る」と言った。言ってしまった。
この世界で女性の作りかけの衣服に触る。それが何を生み出すのか、全く理解していなかった。
「あ、それは──!」
「待ちなさい……!」
一つ言わせて貰うのであれば、経験した事がない物を予測しろというのは凄まじく難易度が高い。
だから、慌てた様に立ち上がる雨コンビを不思議に思いつつも、何も考えずに手を伸ばして糸くずを摘み、思いっきり引っ張ってしまった。
「──は?」
直後、衣装が脱げた。それはもうスパーンという擬音が似合いそうな程、綺麗に華麗に前面と背面に分かたれて。
「ふぇ……?」
ひらりと床に舞い落ちる衣装だった物。当然、残るのは下着姿となったエレちゃん先生で。
……うむ。シミ一つない素晴らしい背中だ。白磁のような肌は若さ故のハリとツヤがあり、日頃から手入れを欠かしていない事が見て取れる。肢体を魅せるコスプレイヤーなだけあって、衣服の下に隠れる部分と言えど手は抜いていないらしい。
「見てんじゃないわよ!」
「目があぁぁぁっ! 目があぁぁぁっ!」
何が起きたのか分からなかったので、目の前にある背中をただ眺めていたら、目に激痛が!
「あわわわわ! 叶ちゃん、やり過ぎだよっ!」
「だ、大丈夫デスか! 海鷹クン!」
「ちょっ、先生は早く着替えてきて! コイツの面倒は私達で見るから!」
なんか三人がわちゃわちゃしている雰囲気を感じるけど、今の俺はそれどころでは無い。
思わず片手で覆う様に抑えた両目から、とめどなく涙が溢れて止まらない。背中を見ていただけなのに、何故こんな目に遭わなきゃならぬ……!
「だ、大丈夫デス! 下着だかラ、仮に見られテも恥ずかしくないデス!」
「そんな訳ないでしょ! そもそも、どうして上半身裸なの!?」
「Hum……? 何故デシょう?」
「もしかして、衣装が弾けた時にブラも弾け飛んじゃった……!?」
「なんで!?」
「知らないよっ!」
周囲が騒がしすぎる。痛みが引くまで大人しくしていたいし、ちょっと離れようかな。
視界不良のせいで足元が覚束ないけど、何かに掴まればいけるでしょ。えっと、何かないかな……?
「あんっ」
うん? 掌にふにゃっとした感触が。
なんだこれ。もうちょっと子細に調べてみるか。
「やんっ、み、海鷹クン……? ど、どうしテ手を動かし……んぁぁっ!」
これは、なんというか。手の中にすっぽりと収まるスライムを弄っている様な気分になるな。場違いな感想かもしれないが、中々に楽しい。
……ん? なんか凝りみたいなのが手のひらに当たっているぞ。さっきまではなかったのに。何処から出てきたんだろう。えいっ。
「ふぁっ!? やぁ、つ、摘むのは……ぅんんっ、刺激……がぁっ! んんっ、こんな所で、んぁっ、だ、ダメデス……!」
「…………」
あれ? もしや、何か取り返しのつかない事をしていませんか?
違うんです。見えてないから俺も何が何だか分かっていないんです。ただ掴む物を探して彷徨わせていた腕の位置とエレちゃん先生の嬌声から、どんなハプニングが起きていたのかという想像は出来る。
「だ、大胆だ……!」
「どさくさに紛れて何してんのよ!」
「やっぱりなんかしてたのね! ごめんなさい!」
謝りながら、すぐに手を引く。くそう、さっさと視界が回復してくれればこんな事には……。
「も、もうお嫁に行けナイ……。責任、取ってくれマスよね?」
この人こそ、どさくさに紛れて何を言っているんだろうか。
生徒と教師の恋愛って外国の方が厳しいって何処かで見たような気がするんですけど、エレちゃん先生の地元は違うんですか?
「良いから先生は早く着替えるの! ほら、アンタもさっさと離れなさい!」
「うわっ!?」
村雨さんも色々あったせいで焦っていたんだろう。俺の肩を掴んで引っ張る力が明らかに強かった。
当然、貧弱な俺は不意の出来事に反応が出来ない。バランスを崩した身体が咄嗟に藁をも掴もうと手を伸ばす。
その結果、両手に柔らかい物が触れた。
「「きゃあぁぁぁっ!!?」」
響く雨コンビの悲鳴。どうやら巻き添えにしてしまったらしい。申し訳なさはあるけど、よくよく考えたら村雨さんの所為でもあったわ。
喧嘩両成敗にならん? 時雨さんはほんとごめん。
「大丈夫デスか!?」
「いつつ……」
とりあえず、立ち上がろうとして目の痛みが引いている事に気づく。
漸く目潰しのダメージが回復したのかと瞼を開いたのだが、何故か視界が一部を除いて暗かった。
まあ、何はともあれ起き上がって現状を確認しよう。
「やんっ。私も先輩の毒牙にかけられちゃう」
「…………」
デジャブかな? 先程とは違って服越しではあるけど、片手に明らかな膨らみを押し込んだ感触がする。
というか、明らかに楽しんでないか、時雨さん。そんな子だったっけ。俺の謝罪を返して欲しい。
「んんっ! ちょっと! どこに息を吹きかけているのよ、この変態!」
と思ったら目の前にある純白の物体がもぞもぞと動く。うん。どうやら、転倒した際に村雨さんのスカートの中に頭を突っ込んだらしい。
……これは、身動きしようとしたら状況が悪化する奴か? まあ、上に乗っている村雨さんが退かない限り、動くことは出来ないのだが。
「二人とも、このままデは海鷹クンが可哀想デスよ」
「先生が居るから隠しているの!」
エキセントリックな目隠しだなあ。臀部を惜しげも無く披露する羽目になっているんだけど、村雨さんは恥ずかしくないんだろうか。……愚問か。
「先生? 心配するのも分かるけど、このままだと叶ちゃんが暴走しちゃうから、ね?」
「むぅ……分かりマシた」
そうして遠ざかる気配が二つ。これでまだ暴走してなかったのね、村雨さん。そっちのが驚きだわ。
それはそうと、やっと平和が訪れたか。怒涛の展開が過ぎて、なんかもうドッと疲れたな。帰っていい?