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登場人物はプロローグ終わりに一度纏めます


「二年A組の海鷹 夜景です」


「同じく愛園 杏樹です」


 実に十数年ぶりの授業を受けて、昼休みもいつもの面子以外とつるむのを避け、昔と同じように睡魔に負けて午後の授業をぶっ飛ばして放課後。

 生徒会室と書かれたプレートが掲げられた中央から両開き出来る引き戸をノックして返事を待つ。


「どうぞ?」


 後ろに居る愛園さんに振り向くと頷きが返ってくる。

 ここまでの道中、彼女との会話はほぼなかったのだが、後ろからチクチクと刺さる物言いたげな視線だけは感じていた。

 もしかして、ズボンの尻が破れているのかとそれとなく確かめたが、心春さんが丁寧にアイロン掛けしてくれた制服には皺一つなかった。

 ありがとう、ママ。感謝の言葉は家に帰ってからも直接伝えよう。口にしないと分からない事って多いからね。


「失礼します」


「……ます」


 扉を開く。

 俺の学生時代の生徒会室なんて、生徒会長に大した権力もなくてちゃちな物だったが、この世界の物は会議室も併用しているのか、思っていた以上に広い。

 扉と反対の位置に質の良さそうな机と柔らかそうな椅子。机の上にある三角のネームプレートには生徒会長と銘打たれていて。

 そして、その机を囲むように長机がカタカナのコの字を描く様に配置され、既に席は一つを除いて埋まっていた。

 どうやら、俺たちで最後らしい。おかしいね? そんな遅く来たつもりはないんだけど?

 確かに、起きたら何故か既に放課後でちょっと固まってしまったのはある。ちなみに、愛園さんは隣の席に勝手に座り、退屈そうにスマホを弄っていた。うん。起こしてくれても良かったんだけど? 思ってたよりシャイなのかな?


「あの……」


「どうかしましたか?」


 生徒会長が温和な笑みを浮かべたまま首を傾げる。

 アメジストを彷彿とさせる透明感のある紫の髪が揺れた。

 彼女は矢車想(やぐるま) 邪重(やえ)。矢車想財閥の一人娘で現生徒会長。

 一人で生徒会の実務の大半を取り仕切り、それらを完璧に纏めあげる努力家であり天才。

 穏やかな見た目ではあるが、スポーツも万能で成績も常にトップ。まさしくパーフェクトヒューマン。

 そんな彼女に対して、この部屋の疑問点が一つ。


「どうして席が一つしかないんですか?」


 長机ごとに椅子は四つ。そして、この学校は一学年につきクラスが四つ。

 つまりはそういう事なんだが、各クラスのクラス委員は男女一人ずつ選ぶ仕組みの筈。なんとか引っ張り出してきた去年の記憶もそう言っている。


「あら? 今日は大した連絡事項もないから、どちらか一人の参加で良いって教師の方々には伝えたと思うんだけど……」


 エレちゃん先生?

 大人になって報連相が出来てませんよ?

 しかしまあ、これは都合が良い。


「じゃあ、お先に失礼します」


 華麗に一礼。そして、そのまま身体を反転させる。

 こんな明らかにイベントが起きそうな所に居てられるか。

 俺は先に戻らせてもらう。


「まあ、待て」


 あれ? おかしいな?

 身体がビクとも動かないぞ?

 視界の中で愛園さんが呆れきった様に息を吐いていた。


「せっかく来たんだ。ゆっくりしていけ。……な?」


 肩が痛いよ? どうして?

 その原因を探る為、錆びた機械の様にぎこちなく首を動かす。

 そこには燃え盛る大火の様な紅蓮の髪がよく似合うショートボブの女性が一人。

 先程まで生徒会長の隣に立っていたのに、いつの間にこんな傍に居るんでしょうね。


「桐原、先輩……」


 桐原(きりはら) 火燐(かりん)

 俺より一つ学年が上で、風紀委員長と剣道部の主将をこなす超絶武闘派な少女。

 少しだけ……そう、少しだけ俺より身長が高い。いや、見栄とかじゃなく。ヒール履かれるとぼろ負けだなとか思ってない。

 その居丈高(いたけだか)な態度と学園の風紀を問答無用で取り締まる姿から、『鬼桐原』というあだ名で恐れ(おのの)かれている。

 去年は風紀委員長よりも風紀委員として猛威を振るっていたので、風紀委員長を引き継いだと聞いた時は盛大に混乱したものだ。

 というか、風紀委員って他に居たんだ……。それくらいの存在感だったよ、他の風紀委員。


「一番最後に来て誰よりも早く帰るなんて、海鷹はそんな事をする男じゃないだろう?」


 いえ? そういう男ですよ?

 しかしまあ、風紀委員か。これまた前世では馴染みが浅い物だな。生活指導の先生は居たけど、生徒が生徒を抑圧するなんて、争いしか生まない気がする。

 実際、その腕っ節で黙らせているだけで、先輩の敵は多いだろう。

 俺も去年の中頃から何故かこうやって目を付けられている。とても不思議だ。我ながら模範的学生だと自負しているんだけどな。


「でも、席は一つしかないですし」


「どうでも良いから早く座ってくんない?」


「え? まさか愛園さん、帰る気ですか!?」


 ごねてたら髪先を指で弄んでた愛園さんが痺れを切らした様に言う。

 ここに来て俺に押し付ける気だ、これ!


「はぁ……」


 また溜め息。

 ヒロインの好感度を上げないという意味では正解なんだろうけど、これはこれでなんだか傷つく。俺のこの気持ちは我儘ですか?

 

「どうせ逃げられないんだから、諦めてもう座れ」


「はい……」


 肩から漸く手が離れる。けれど、先輩は俺から離れない。どうやら、着席するまで許してくれないらしい。

 いい加減、周囲のクラス委員の方々も「早くしてくれねぇかな」という雰囲気を纏い始めてるし、鬼桐原に逆らう気もしないで、俺は素直に椅子を引いて座る。

 ……よし。こうなったら空気になろう。目立たず全てをやり過ごそう。

 まさか朝の特訓がここにきて活きるとは。努力ってやっぱり無駄にならないんだな。


「ん。ちょっと、ちゃんと足を揃えて座ってよ」


「え? あぁ、失礼……」


 愛園さんに言われて、膝頭を揃える。

 気持ち姿勢が良くなった気もする。

 これなら気兼ねなく精神統一に──


「よっ、と。まあ、座り心地は普通に悪いわね」


 無我の境地に至ろうとしていた俺にそれは不意打ちだった。

 太腿に柔らかな尻の感触。

 視界に広がるピンクベージュ。

 鼻腔を擽るシトラス系の爽やかな香り。


「What?」


「ちょっと、擽ったいから喋らないで。呼吸もしないで」


 俺に死ねと仰る?

 いや、というか、この状況は何?

 なんで愛園さんが俺の膝の上に乗ってんの?


「何よ。席が一つならこうするしかないでしょ」


 ははーん? さてはバカだな?


「愛園、と言ったか」


 先輩の硬い声が響く。

 そりゃ、風紀委員長の前でこんな事したらね。


「制服のボタンはちゃんと閉めろ。下品だ」


「そっちじゃないよ!?」


 今、貴女の目の前で風紀が乱れてるんですよ? そう、現在進行形で!


「会議の間、立たせとくのも悪いからな」


 どうしてこんな時に良心を見せるんですかね。

 鬼の目にも涙じゃん。鬼桐原だけに。


「海鷹、お前は居残りだ」


「Why!?」


 愛園さんという物理的な肉壁があるのに心を読まれただと!?


「ん、ふ……。だから擽ったいって」


 愛園さん!?

 身を捩らないで!? 膝の上でモジモジしないで!? ズボン越しに感じる生々しい感触に反応しちゃうから! ナニが!


「えーと……じゃあ、会議を始めちゃいましょうか」


 傍から見ればイチャついているとも取れるやり取り。

 室内の空気が険悪になりそうな気配を察した会長が敢えて明るめに声を出す。

 その会議が俺にとって針の(むしろ)であったのは言うまでもなかった。

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