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エクレールフラグ 2-4


「ところで」


 出来上がったパンケーキに四人で舌鼓を打つ事暫く。誰よりも早く食べ終えた村雨さんが口を開いた。


「どうして、先輩がここに?」


「止むに止まれヌ事情がありマシて」


 あの、先生? 勝手に答えるのやめてくれません?

 衣装作りがどんな感じなのか気になっただけだよ。

 まるで大それた理由があるみたいな雰囲気を勝手に出すのは如何なものか。


「詳しクはコチラで」


 どちらで? と思った矢先、エレちゃん先生がスマホを取り出し、何かしらの操作を行う。

 直後、室内に響く通知音。それは、トークアプリに新しいメッセージが届いた事を示す音で。それに反応した雨コンビが、それぞれ自身のスマホを取り出して送られたメッセージに目を通した後、顔を上げた。

 

「へえ。家に居づらくて、ねえ」


「分かります。分かりますよ、先輩……!」


 おい。後輩達にあらぬ誤解が生まれているんだが?


「……!」


 親指を立てるな。何も良くねえ。

 というか、否定したじゃん! 人の話を聞かない人が教師やってんじゃねえぞ!

 後、流しかけたけど教師と生徒でグループ作ってんの? 仲の良い友達か? だから、先生じゃなくて姉みたいとか言われるんだよ?


「私も成績が悪いから、家だと肩身が狭くて」


「蘭のとこは出来のいい兄がいる分、比較されがちだもんね」


 あるあるすぎる。

 幸いな事に俺と水夏は成績が似通っているし、秀秋さんと心春さんはテストの結果より大事な事なんて幾らでもあると言っちゃうような人達だから、そう言った悩みとは無縁なのだが。


「ただでさえ、同じ部活だから顔を合わせる機会も多くて気が滅入るのに」


「それはなんというか……」


 おいたわしや。

 それはそれとして、同じ部活という事は兄も学園生なのか。まあ、選択肢が多いせいで、元の部活がどれかまでは絞れなさそうだけども。


「筋肉バカのくせに脳筋じゃないの納得いかない……!」


 なんか知らんけど絞れたわ。不思議だね。

 どうやら時雨さんの兄は、存在が浮きすぎているマッスル同好会所属だったらしい。


「そういえば、ずっと聞きたかったんだが、マッスル同好会って何?」


「「「…………」」」


 え、何この沈黙。もしかして、触れちゃいけないタブーだった? 俺、また何かやっちゃいました?


「あー。いつの間にか馴染んでいたせいで、存在が異質だった事を忘れてた」


「言われてみると組み合わせとしてはおかしいもんね。先輩が疑問に思うのも仕方ないです」


 違和感さんへ。仕事をしてください。

 そんな年季のある部活じゃないでしょ、まだ。


「端的に言えバ、彼らはモデルなんデス」


 それだけ言うと立ち上がるエレちゃん先生。空になった皿を集めて流しに向かったので、どうやら後片付けをするらしい。


「モデル?」


「人物デッサンや写真の被写体とかですね」


 なるほど。……なるほど?


「あれ? うちの学園、石膏像があった筈だし、デッサンならそれを使えば良いのでは?」


「バカね。モデルという建前がある以上、合法的に全身隈なく好きなだけ観察出来るの。分かる?」


 おっと? 異性の身体に興味津々か?

 というか、手芸だけでなく、ちゃんと美術方面での活動もしているのか、村雨さん。流石に手広い。


「マッスル同好会の人たちも自慢の筋肉を見せびらかす事が出来るから、お互いにWinWinなんだよね」


 本当に両者が勝利していますか……? 一方的な搾取に見えるけど……?

 というか、時雨さんはモデルなんて頼まなくてもお兄さんの筋肉をいつでも眺め放題なのでは?


「何が嬉しくて血縁の暑苦しい物を見なくちゃいけないんですか」


 聞いてみた結果がこれだった。あまりにも無慈悲。


「そもそも、私は叶ちゃんみたく筋肉フェチじゃないので」


「ちょっ──!?」


「ああ、うん。そうなんだ」


 ついでのように性癖をバラされるの貰い事故すぎるな。

 や、村雨さんの態度的に『そうかも?』と思ってはいたけどさ。


「寧ろ、身内にデカくてむさいのが居るせいで、小さくて可愛い風花ちゃんに傾倒したと言うか」


 ここだけ聞くと若干危険な匂いがしている。だが、風花ちゃんからは何も聞いてないし、弁えたファン兼友人の枠にしっかりと収まっているんだろう。

 GPS……? 知らない単語ですね。


()()()()()()()()、今作っている衣装がコチラになりマス!」


 そこへ紙袋を片手に戻ってきたエレちゃん先生。話を聞いていたのか、どことなく楽しそうに紙袋へ手を突っ込み、中身を取り出す。

 ん? この独特の意匠が施された物は……。


「フローラの衣装、か?」


「Oui! マダ仮縫いの段階なんデスけど、一目で分かるなンて流石デスね!」


「まあ、このくらいはミツバチさんとして当然の事です」


 伊達に最古参ではない。過剰なアピールは鼻につくからやらないけど。


「ふふ。ワタシも精進しナけれバ」


「これは広げて見てもいいやつ?」


「それデシたら、着た所を見マスか?」


 え? 良いんですか? 現役の超絶人気コスプレイヤーが扮するフローラが無料で見られると?


「まダ完成からは程遠いQualityなのデ、お見苦しいと思いマスが……」


「いやいやいやいやそんなそんな。めっちゃ見てみたいです!」


 逆に希少だろ、こんな機会。

 俺の中のオタク魂が逃す訳にはいかないと叫んでるぜ。


「んふふ。そこまデ言うなら仕方ないデスねえ。少々、お待ちヲ」


 正直、必死すぎて引かれるかもと思いはしたが、エレちゃん先生は全く気にする事もなく──雨コンビの視線はちょっと怪しかった──機嫌良さそうに衣服を抱えて隣接された別室の家庭科準備室へと消えた。

 え? 更衣室とか使用なさらない……? もしかして、服の上から着たりするのかな。それなら着替え時間とかも短縮出来るだろうし。

 考えてみれば、先生にはこの後も衣装作りが控えている。即ち、今ここでガチのコスプレをする時間はないという事で。

 ううん。少し残念だけど、こればかりは仕方ない。途中経過を見せてくれるだけでも御の字だわ。


「珍しいわね。先生が中途半端な出来の衣装を着た挙句、その姿をお披露目するなんて」


「これは、つまり……! 先輩! 先輩には風花ちゃんという素晴らしくも可憐で健気な子が居るじゃないですか!」


 な、なんだ? いきなり時雨さんのボルテージが上がったんだが。

 一体、何が引き金になったんだ?


「どうどう。落ち着きなさい、蘭。全く、文野さんが関わると目の色変わるんだから」


「だってだって!」


「……そう言えば、どうしてフローラの衣装が“文野さんと言えば”なの?」


「あ! それは私も気になってた!」


「…………」


 The☆迂闊!

 確かにそんな発言をエレちゃん先生がしていましたわ。風花ちゃん=フローラという事を知っているが故に、却って指摘されるまで違和感に全く気づかなかった。

 これは、あれだな。エレちゃん先生は完全に無意識だろう。俺も俺でやらかしているけど、本当にうっかりさんなんだから!

 うーん。二人の様子的にまだ疑念って感じかな。とは言え、情報漏洩の不味さは前世で嫌ほど知っているし、誤魔化すしかないか。


「ほ、ほら。配信で憧れているって言うてましたやん?」


「なんで訛ってんのよ」


「それもあるから風花ちゃんにフローラの初配信アーカイブを見せたんですけど、反応が薄かったんですよね」


 自分の配信を客観視なんて、そら役者顔負けの演技が出来る風花ちゃんでも微妙な反応になるだろ。しかも、初配信ってメスガキ披露したら収拾つかなくなって途中でブチッた奴じゃん。

 本人的には黒歴史だよ、それ。掘り下げないであげて。


「……ねえ?」


「ナンデスカ」


「隠している事を正直に教えてくれたら、先輩の望みを一つだけ、なんでも聞いてあげるけど?」


 なんという交換条件を提示してくるんだ、この子は……!

 だが、早とちりはいけない。恐らくエレちゃん先生のイベントが進んでいる現状、この子達は攻略対象ではない筈だ。つまり、『なんでも』と言いはするが、その実態は常識の範囲内でのお願いに限るだろう。


「せっ、性的な事でも…………い、いいのよ?」


「なん……だと……?」


 朗報:早とちりしても大丈夫だった。

 あっれ。もしかして、今進行しているのはエレちゃん先生のイベントではない?

 それとも、色々なニーズに応える為に存在しているサブイベント的な奴?


「頼んでいるのは私達だし、先輩の隠し事に見合う対価として身体を要求されても見下げはしないわ。覚悟もちゃんと……ある」


「え!? 何故か私も巻き込まれている!?」


「なによ。蘭は気にならないの?」


「そ、それは……どちらかと言えば気になるけど、先輩には風花ちゃんが……」


 推しの恋愛を応援するファンの鑑かな?

 時雨さんも時雨さんでブレないな。


「そう。じゃあ、私が非処女マウントしても大丈夫ね?」


 待って欲しい。俺はまだ何も言ってない。

 勝手に俺の要求をそっち方面だと決めつけないでくれ。


「それとこれとは話が違うよ……!」


 違うんだ。

 嫌なんだ。非処女マウントされるの。


「じゃあ、二人で一緒に経験するしかないじゃない?」


 その理論はおかしい。飛躍しすぎていないか?

 というか、当然のように3Pを提案しないでもろて。


「そ、そうかな……? そうかも……?」


 丸め込まれないで、頼むから。

 しかし、俺の願いも虚しく時雨さんは軽く頷くとこちらを向いて深々と頭を下げた。


「そんな訳で先輩、対戦宜しくお願いします」


「しねえよ!?」


「バカね。今すぐな訳ないでしょ」


 それはそう。着替えの為に移動したエレちゃん先生がやがて戻って来るし。


「こんな場所だと情緒がないわ」


「そっち!?」


「体力がなくなって作業出来なくなるのも困るしねえ」


「とんだ性豪だと思われている!?」


 こちとら、まだ城門を破った事がない矛ですけど!

 未使用故にポテンシャルが未知数ですけど!

 いやいや、そんな事より……!


「村雨さんは筋肉フェチなんだよね!?」


「そうね」


「自慢じゃないけど、俺は筋肉なんて殆どないけど!?」


「自分の価値観を壊す出会いに感謝しているわ」


 何を言っても好意的に捉えられるの強敵が過ぎない……? 打つ手なしじゃね?

 もう一人にも訴えてみるか。


「時雨さんは風花ちゃん第一が信条だよね」


「ですね」


「抜け駆けするのは時雨さん的にどうなの?」


「裏切りも恋のスパイスですよ、先輩」


 平然と何を言ってやがる。

 浮気か不倫する人の言い分じゃねえか。その笑顔がとても怖いよ。


「よし。二人とも落ち着こうか。そもそも、俺は──」


「お待たせしマシたっ!」


 抱えている秘密を教える気はないと言おうとしたタイミングで。エレちゃん先生が何とも間の悪い帰還をなされた。

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