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聖フラグ 1-5

今週分


「だから、ルミナ達は更衣室に居たんだ」


 デッキブラシ片手にプールサイドに溜まる水を外側の排水溝へ向けて掃く聖が納得したように頷く。


「ああ。決して覗き目的とかではないんだ」


 そんな聖と肩を並べ、同じくデッキブラシで水を排水溝へ追いやる俺。

 正当な理由があったのに、なんであんな事になってしまったんだろうね? 不可思議だ。


「ふふ。分かっているよ、言われなくても。普段の言動は兎も角、なんだかんだルミナは最後の一線を越えないでしょ?」


 そんなに普段の言動がおかしいですか、俺。

 そこんとこをもう少し詳しく聞きたいんだが。


「姫川ちゃ……くんは」


 俺達の足元付近へ向けてホースで放水する水夏が聖に視線を向ける。


「聖で良いよ」


 その水を再び外へ掻き出す聖があっけらかんと答えた。


「いいの?」


「さすがに事情を知らない人の前では普段通りの呼び方をして欲しいけどね。今はボクたち三人しか居ないし」


「じゃあ、遠慮なく呼ぶね?」


「うん。ボクも下の名前で呼んでもいいかい?」


「いいよっ、聖ちゃん」


「ありがとう、水夏さん」


 うんうん。仲良きことは美しきかな。

 ちなみにこの間、俺は黙々と手を動かし続けていた。

 水夏曰く、掃除素人である俺達のプール清掃はこんな風にちょっとした汚れを水洗いするくらいで良いらしい。

 まあ、屋内プールだから風雨で劣化しないし、上空から枯れ葉とかが舞い落ちて来たりしないもんな。

 一応、ガチ目にやるならと高圧洗浄機という機械も見せて貰ったのだが、【MADE IN 機械工学部】という文字を発見したので下手に触るべきでないと判断した。アイツらが作った物は、十中八九余計なオプションがついているだろうしな。触らぬ神に祟りなし。


「それで、何かボクに聞きたい事があるんだよね?」


「あ、そうそう。聖ちゃんがプールに来たのって補習だから?」


「うーん。補習というか特訓というか……」


「「特訓?」」


 二人して首を傾げる。

 そんな俺達を見て聖は苦笑を浮かべた。


「ボク、泳げないんだ」


「運動神経が良いのに意外だな」


 男装している以上、聖は体育で男子と同じ内容をこなしている。

 それでいて成績は良い方だから、カナヅチという発言に少し驚いた。


「水が苦手とかではないんだけどね。走ると泳ぐでは勝手が違いすぎるんだ」


「そういうもんか?」


 俺は普通に泳げるから勝手の違いとやらが分からない。

 こういう事は現役でやっている者の方が詳しいだろうし、水夏に聞いてみるか。


「陸上と水中だと色々と変わるからねえ」


 なんともふんわりとした答えが返ってきた。

 ちなみに、気になってしまったから後で調べたんだが、使う筋肉の違いも然ることながら、小さい時に泳法を教わっているかどうかも多少は関係するらしい。

 確かに子供は吸収が早いし、前世の俺もガキの頃はスイミングスクールに通ってたわ。そのお陰もあって苦もなく泳げていると。納得。


「まあ、性別を偽っているから水泳の授業はこれからも欠席だし、下手をしたら未来永劫泳ぐ機会なんてない可能性もあるけど、克服出来るに越した事はないし」


「だから、特訓なのか。ちなみに担当教師は?」


「エレちゃん先生だよ。担任という理由で」


 そこは水泳部の顧問じゃないのか。俺の補習も担当して聖の特訓も担当するとか貧乏クジが過ぎない?


「専門家の方が良くないか?」


「ボクもそう思ったんだけどね?」


「あはは……。うちの顧問は放任主義だから……ほ、ほら! 自主性を重んじるってやつだよっ」


 それ単純に面倒臭がっているだけでは。

 そもそも、水場を生徒だけに任せるなよ。何かトラブルあったらどうすんだ。

 あ。もしかして、その為の生徒会長ですか……? なんで夏休みなのに学園に居るんだろうとは思ってたけど、そういうこと? そうなるとあの人も貧乏クジが過ぎるな?


「そ、それに他の部活の顧問もしているらしいし……」


「ここもかよ!」


 剣道部でも聞いたよ、教師の部活掛け持ちワード!

 あれ? と言うことは、だ。水泳部の顧問も泳ぎは出来ても指導までこなせる人ではない?

 それ故に誰が教えても変わらないならばと、エレちゃん先生に白羽の矢が立ったのか?

 まだまだ新任だし、いつもやる気があるからこう言うの押し付け易そうだもんな。


「つまり、生徒会長は先生の負担を考えて補習を先送りにしたってこと?」


 俺と同じ思考に辿り着いたのか、聖が考えを口にする。


「会長がなんの見返りもなく優しくするなんて事、あるのか?」


「じゃあ、ルミナは他にどんな要因があると思うんだい?」


「うーん……」


 そう言われてもな。俺は会長のように賢くないし、機微に聡い訳でもない。

 けれど、明らかにおかしい点が一つ。それは、補習を先送りにするという内容を先生にだけ伝えて、聖に伝えなかったという事。

 恐らくではあるが、その事柄さえ判明すれば会長の企みが分かる気がする。きっと俺には想像もつかない高尚な理由なんだろうな。


「それはですね!」


「え」


 突如プールに響く声に俺達の手が完全に止まる。

 おいおい、まさか。


「私達もプールで遊びたかったからです! ですが、隣で泳ぎの講習なんてされると心の底から楽しめないでしょう?」


 清々しい程の私欲じゃねえか。


「私は止めたんだが……すまん、海鷹」


 咄嗟に更衣室の方へ向けた視線。

 そこに居たのは満面の笑みの会長と申し訳なさそうに佇む桐原先輩……ってなんでこの人達、学園指定の水着じゃないんだよ。おかしいだろ!


「こんな事もあろうかと予め買っておいたんです」


 フリルビキニとでも言うのだろうか。トップとボトムにフリルがあしらわれた上品な水着姿の会長がドヤ顔をしている。なんでだろう。ちょっとイラっとした。

 それと当然のように心の中で思ったツッコミを拾われたな。まあ、顔に出た自覚は若干あったけど。


「私は邪重に無理矢理付き合わされたんだ」


 そう言う先輩も水着ではあるのだろう。ただ、その上から大きめの黒いTシャツを着ている為、どんな水着なのかまでは分からない。が、少なくとも学園指定の物ではない。明らかに違うデザインの肩紐が見えるし。

 それと、これはこれで裸ワイシャツの亜種みたいでエロスを感じちゃう。


「あらあら。良いんですか、そんな事を言って」


「良いも何も、私の身体に目を惹く様な要素はないだろう?」


「でも、後輩君は火燐の裸を綺麗だと言ったんですよね?」


「ルミナ?」


「ルミ君?」


「記憶にございません」


 突然の貰い火にびっくりだよ。言ったのは確かなので、誤解じゃないと言えないのが苦しい。

 やめてよね。二人して冷たい目で俺を見るのは。


「それに、折角の水着を後輩君に褒めて貰わなくていいんですか? その為にここまで来たんでしょう?」


「普通に監督のつもりで来たんだが……」


「んもう。火燐は真面目ですねえ。今は夏休みだから、ちょっとくらいハメを外してもバチは当たりませんよ?」


「その油断で大怪我を生むのが水場という物だ。邪重がなんと言おうと誰か一人は監視員の役割をこなすべきだろう」


「はあ。分かりました分かりました。それじゃあ、行きますよ後輩君」


 頑として譲らない先輩に根負けしたのか、会長が諦めた様に息を吐く。そして、何を思ったか俺に接近するとそのまま腕を取ってきた。

 あまりにも自然に俺の肘が会長の豊かで柔らかな胸部で包まれたんですが? ここが天国?


「え。でも、プールの清掃が」


「そんな物は業者に任せておけばいいんです」


「おい」


 おかしいな。この清掃は俺への罰だったと記憶しているんだが。

 鶴の一声でなかった事にしていいのだろうか。


「細かいことはどうでも良いじゃないですか。今はこのプールを私達で独占出来る事を喜びましょう?」


「……独占出来る様に手を回したのは会長ですよね?」


 ああ。そういうことか。やっと合点がいった。

 補習という名目でプールを解放し、清掃という理由で教師のみを排除する事で、この人は俺達だけの楽園を作り出したんだ。

 その際、聖の秘密がバレる事は必要経費と割り切ったのかな。まあ、会長ならちゃんとフォローはするでしょ。


「ふふっ。役得でしょう? もっとも、他の学生は長期休暇だと言うのに、私には()()()学園での業務があるので、これくらいの見返りは目を瞑って欲しいものですが」


 休日出勤しているサラリーマンかな?

 なんにせよ、お疲れ様です。


「そういう訳で暫くは私に付き合ってくださいな。勿論、後輩君にも良い思いをさせてあげますから」


 言いつつ更に胸の膨らみを押し付けてくる会長。

 うおおお。この凶悪なまでの感触。さっき出してなかったら危なかったぜ……!


「ひ、聖ちゃん! あたし達も負けてられないよ!」


「それはどういう──って!?」


 何故か勢いよく制服を脱ぎ出す水夏。そして、聖が驚愕で固まっている間に水着姿へと変貌する。どうも衣服の下に着込んでいたらしい。

 いやいや。これから水泳部に行くというのなら兎も角、なんで部活後の着替えた後も服の下に水着を着込んでんだよ。何か予見でもしたのか。


「ほら、聖ちゃんも!」


「ちょっ! ボクは普通に服の下は下着だよ!?」


 違った。水夏にとっては、プールに居るなら服の下に水着を着込んでいるのは当たり前の事らしい。

 遠慮容赦なく聖の服を脱がせにかかる手捌きがそれを物語っている。いや、俺も服の下に水着なんて穿いてないんだが。

 ……それにしても、水夏は今まで聖とは一定の距離感を保っていたんだが、同性と分かったから遠慮がなくなったのかね。なんだか楽しそうだ。


「や、やめっ! る、ルミナ、助けっ、いやぁあああっ!!!」


 うん。とりあえず、視線だけは逸らしておくのがマナーだろうか。

 そうして視線を向けた先。プールの窓から見える大空は聖のあげる悲鳴に負けず劣らず、澄み渡るほどに晴れやかだった。

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