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聖フラグ 1-4

先週分


「我ながら出しすぎなんだよなあ」


 身体に付着した精液を落としたい聖と諸々あって若干の汗をかいた水夏が更衣室に併設されたシャワー室に向かった後、俺も用具入れから取り出してきた掃除道具片手に淡々と後始末を始める。

 最初は手持ちのポケットティッシュで頑張ろうと思ったのだが、床だけでなくロッカーの中も汚れているし、他に飛び散った精液を見逃す可能性もあるし、出した量が量なのとどうせ最初から清掃が目的だったという事で、拭える部分はモップを使うことにした。時短にもなるし、力isパワーだ。

 そんな訳で、片端から更衣室内の証拠を隠滅すること暫く。


「わ。凄いぴかぴかになってる」


 制服に着替えた水夏が戻ってきて、更衣室の様子を見て驚く。そこまでの事だろうかと手を止めて時計を見たら、結構な時間が経っていた。

 どうも、夢中になって掃除をしていたらしい。


「中途半端にやると二度手間になるからな」


「なるほどー」


 相槌を打ちながらいつも通り俺の近くに寄る水夏。湯上がり故に軽く上気している頬が少し色っぽくて、先程の事もあるから直視し辛いな。

 痴態を思い出すだけで色々と元気になってしまう。


「ところで、聖は?」


 だから、早々に姿が見えない存在へ話題を転換する。

 実際、気にはなっていた事だ。シャワー室へ向かう前の聖は大分混乱していたから、時間を置くことで冷静になってくれたら良いのだが。


「姫川ちゃんは、もう少し時間が掛かるんじゃないかな?」


「そんなに長時間入っているのか」


「ううん。もう髪まで乾かしてとっくに着替え終わってたよ。まだ踏ん切りがついていないみたい」


 そう言う水夏の髪も完全に乾いている。ドライヤーの音は全く聞こえなかったのだが、それを聞き漏らすくらい俺も掃除に没頭していたのだろう。

 悪く言えば、現実逃避という名で思考を放棄していたとも言うのだが。


「……俺も全く整理出来てないんだが」


「衝撃的だったからね」


 だってなあ? 男友達だと思っていた相手が女性でしたって、どう対応したら良い?

 予想外すぎて対処法が分からない。お陰で、今までどんな距離感で接していたのかも思い出せなくなった。


「水夏はシャワー室で聖と話したのか?」


「悩んでそうだったから全然。それに、こう言うのはルミ君のが適任だから」


 幼馴染からの信頼が厚い。その気持ちは嬉しいけど、ほとほと困ったな。

 とりあえず、ぶっかけてしまった事への初手謝罪は確定として、そこからどうしたものか。

 ひとまず、聖が観念して出てくるまで掃除を再開しながら考えよう。時間は有限だし。しなかったらしなかったで会長に何を言われるか分からん。

 ま、周囲に黙って男装していたという弱味がある限り、彼女が俺達に何も言わず逃げ出す事はないさ。


「……や、やあ」


 案の定、そこから十分もしないうちに、微苦笑を浮かべた聖が現れる。いつもの見慣れた男子制服姿で。


「女子更衣室なのに男子が二人居るの凄い光景だよね」


 そんな水夏の呟き。傍から見たらそうだが、男女の内訳は逆なんだよなあ。


「えーと、その……」


「誠に申し訳ない」


 歯切れが悪い聖の言葉を手で制してから先手を打つ。

 自分で綺麗にした床に腰を下ろすと平身低頭の謝罪を決める。

 土下座は……深刻すぎるか。軽く頭を下げる程度に留めておこう。


「えっ!?」


「いきなり変なものを盛大にぶち撒けてすまない。大変、不快に思った事だろう」


「えっ? えっ!? いやいや、頭を上げて!?」


「ロッカーを開けたら友人達が盛っていた挙句、真正面から汚物をぶっかけられた聖の心中、お(いたわ)しい事限りなしでございます」


「少しふざけてるよね!?」


「そのような事は微塵もありません」


「そ、そうなの……?」


「はい」


 嘘です。気まずい雰囲気を払拭する為に少々おちゃらけています。


「うーんうーん……。と、兎に角! 頭を上げて欲しいんだけど?」


 それでも、俺が自信満々に答えるから聖も強く指摘出来ないっぽいな。水夏も空気を読んで黙っているし、このやり方で正解だったみたいだ。よし。このまま押し通そう。


「聖が俺の謝罪を受け入れてくれるなら」


「受け入れる! 受け入れるよ! そもそも、別に嫌だとは思ってなかったから!」


「……うん?」


 はて? 何か凄い言葉が聞こえたような。


「そんな事より」


 おっと? 本当に“そんな事”で済まして良い発言だったか? とても深堀りしたいんだが。


「武藤さんとロッカーに居たって事は見たんだよね……?」


「それは、まあ」


 立ち上がりながら頷く。

 何を、とはお互いに語らないものの指し示している物は明白。それとその際、思わず視線が聖の胸に吸い込まれたのは不可抗力という事で許して貰いたい。

 男装している少女の胸が並以上なの、ロマンを感じちゃうね。


「そ、それでっ……!」


「「……?」」


 聖の様子がおかしくて水夏と二人で首を傾げる。

 なんか目を瞑ってぷるぷるしていらっしゃいますけど、そんな頬を真っ赤にする程の事なんだろうか。

 確かに秘密を知られたのは致命的だとは思うが、俺達がそれを口外すると思っているなら、勘違いも甚だしいと言わざるを得ない。

 あまり見くびって貰うなよ、聖。俺が友達を売る訳がないだろう。


「ぼ、ボクは君にどっ、どんな事を……されちゃうのかな!?」


「……なんて?」


「だ、だから! ボクの弱みを握ったルミナは! どんな無理難題(えっちな事)を押し付けてくるのって聞いているんだよ!」


「ええ……」


 意味が上手く噛み砕けなかったから聞き返したんだが、これは選択肢を間違えた気がするな。

 前のめりになった聖の見開いた瞳から言葉とは裏腹の期待と願望を読み取ってしまい、胸中で頭を抱える。


「ああ。遂に妄そ……じゃなかった。恐れていた事が現実に……! これからボクは、人としての尊厳を踏み躙られてしまうんだね!?」


 なんで楽しそうなの?

 こんなにも生き生きとした聖、今まで見た事ないぞ。なんという本性を隠してやがったんだよ。


「姫川ちゃんって、もしかして……」


「言うな、水夏……お願いだから……」


 常識人ポジションだと思っていた友人が男装するヒロインだった上に虐げられて悦ぶドMだった件について。

 どうしよう。こんな特大の爆弾、俺の手に余る。


「し、仕方ないよね……? だって秘密をバラされたらボクは困るんだから。ルミナの命令には従うしかないんだよ」


 女子って事を周囲にバラされて困る人間の態度か、これが?

 寧ろ、こんな性癖持っててなんで秘密なんだろう。不思議だ。


「隼はこの事を」


「勿論、知っているよ。ボクの男装がバレないように色々とフォローして貰っているんだ」


 言われてみれば不自然な行動をしてた時もあったような。例えば二人組になる時とか、基本的に聖と隼はセットだったしな。

 いや、それで聖の性別に気づけるかと言われると土台無理な話なんだが。


「他に聖が女の子な事を知っているのは?」


「生徒会長と風紀委員長。他は教師全員くらいかな?」


 さもありなん。

 個別で補習をするのであれば、教師は事情を知っていても不思議ではない。当然、プールの使用許諾を出す会長や万が一の事を考えて桐原先輩に周知するのも納得だ。


「…………あれ?」


 あ。つまりこれって会長にハメられたのか、俺。

 ここに誘導したのあの人だし。いやでも、理由が分からないな。聖の秘密をバラして会長に何のメリットがあるんだ。逆に不信感を生むだけのような……?


「んー……。考えるだけ無駄か」


 情報が少なすぎて意図が掴めないし、今すぐ解決しなければならない物でもない気がするので、頭の片隅にでも置いておけば良いか。

 単なる愉快犯でないのなら、いつか時機が来た時に教えてくれるだろう。多分。

 それよりも今は、早急になんとかしなければならない問題が目の前に転がっている。


「ハァ……ハァ……それでルミナはボクに、な、何を……させたいんだい? 君のリビドーがどんな物でもボクは受け止めてみせるよ……!」


 友人の息が荒くて怖いんですが、どうすればいい。

 脅迫される立場なのに捕食者の目をしているのおかしくない? なんで俺が劣勢なの? 冷静になる時間を与えたせいで吹っ切れてねえか?

 後、言わずもがななんだけど、好感度は既に天元突破してるのね。聖とは去年からの付き合いの筈だが、一体どこで稼いだんだ。


「み、水夏にもバレ、たん……だが?」


「ルミくぅん!?」


 対処に苦慮した結果、幼馴染を巻き込む俺。味方に背後から撃たれた水夏が見た事ない顔してる。

 やー、うん……。ごめんって。帰りに甘い物でも奢るから許して。


「ああ。そう言えば武藤さんにも知られちゃったんだっけ」


「あわわわわ……」


「こういうのって同性の方がえげつないって聞くし、一体ボクはどうなってしまうんだろう? ああ。この震えは恐怖? それとも興奮? ねぇ、武藤さんはどっちだと思う?」


「ひぃぃぃっ!」


 悲報。姫川聖、同性も守備範囲の模様。なんだそのニタァって擬音が似合いそうな笑顔は。いつものお前はどこにいった。

 あーあ。水夏が怯えて俺の後ろに隠れちゃったよ。


「心優しい武藤さんには荷が重かったかな? ルミナ、お手本を見せてあげなよ」


 なんのだよ。

 水夏に悪影響だから聖の望んでいる様な事はやらねえよ。

 かと言って、何もしないでは聖が納得してくれるとも思えないしなあ。


「あ、そうだ」


 聖に命令出来て且つ、場をふんわりと着地させる内容は水夏を盾にした時からずっと考えていた。

 だから、閃いた。正しく天啓を。


「聖。この秘密をバラされたくなければ」


「なければ……!?」


「プールの清掃を手伝ってくれ」


 これが俺の答えだ。

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