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聖フラグ 1-2


「安心して。もう誰も居ないよ」


 存在を疑ってないのであれば戸を開けば良いだけなのに、あくまでも俺の事を尊重する水夏は言葉を重ねるだけ。

 そこに幼馴染故の無条件の信頼が見えて、とても擽ったい。


(どれだけ恵まれているか自覚すべき、ね)


 そんな事、今更言われるまでもない。一緒に暮らしていて、水夏の思いやりを感じない日なんて殆どないのだから。

 それ程までに近しくて愛しい相手。この気持ちは俺が転生する前からこの世界に存在していた『俺』の物を引き摺っているのかもしれないが、今の俺もちゃんと水夏を好ましいと感じている。


(そう考えると、この体質も考える時間という点では有り難いな)


 転生した日に欲望に負けて水夏を襲ってしまったら。そのまま俺は肉欲に溺れ、水夏の身体だけを求めて内面を見ることはなかっただろう。それ程までに水夏の身体は魅力に溢れている。

 だが、現実はそうはならなかった。厄介な体質になったせいで、俺は至極真っ当に健全な学生生活を満喫している。……朝、ヒロインに起き抜けを襲われるのは果たして健全か? ちょっと僕には分からないですね。

 というか、今にして思えば、死に戻りした際に言われた予期せぬエラーというのも怪しく感じるが……いやでもあの時の神様は本気で謝罪してたっぽいしなあ。うーん。俺もショックすぎて記憶が曖昧だ。


「ルミ君?」


 おっと。流石に放置が過ぎたか。いつまでも俺がうんともすんとも言わないから、水夏が不思議がっている。

 俺が未だに隠れ続けている理由が分からないから対処に困っている様にも見えるな。


「俺だってよく気付いたな」


 俺としても既に観念している。そもそも、更衣室に居るのが水夏だけとなった現状、俺の行動を咎める様な人物は居ないし、ロッカーから出ない理由がない。無駄に色々と考えすぎて行動しなかったのは反省だな。次回に活かそう。活かせるかどうかは兎も角として。

 戸を内側から押し開けて、ロッカーから外に出る。背が高くないからキツい体勢であった訳ではないが、それでも閉鎖された空間から開放された事に安心感があった。


「昔、一緒にお風呂に入った時と同じ視線を感じたから」


「……なるほどな」


 昔の俺は一体どんな奴だったんだ。

 何歳くらいの話かは知らないが、恐らくまだ成長期にもなってないであろう水夏の身体に熱視線を注いだ訳だろう? 性への目覚めが我ながら早すぎる。さすがエリートエロ魔神。


「……まさか」


 もしかして、心春さんを見ていたから水夏の成長を予見していた……? その期待を込めて視姦していたと言うのか? ハッ!? これが真性のエロニスト……!?

 探求を欠かさないこの俺が過去の自分に打ち負けた……だと!?


「どうしたの、ルミ君」


「いや。というか、清掃あるって話なのになんでまだ泳いでたんだよ」


「それは……えへへ」


「笑って誤魔化すな」


「あたっ」


 ぴしっと水夏の額に軽くデコピンをかます。

 こいつに付き合っていた部員の証言から考えるに、どうせ泳ぐのが楽しくて時間を忘れていただけなんだろうな。他の部員と違って、一人だけ髪先まで濡れていたし。


「でも、清掃員さんはまだ来てないからセーフだよ」


「俺がここに居るのはどうしてだと思う?」


「……覗き?」


「…………」


 実際、途中までとは言え水夏の着替えを見てしまった手前、否定が出来ない。

 やましい事がないのであれば、堂々としていれば良いのに形勢が不利そうという理由でロッカーに隠れちゃったからなあ。

 水夏が居たならまだ落ち着いて話が……無理か。水夏は良いとしても他の部員が確実に騒ぐ。俺が逆の立場なら間違いなく錯乱するわ。


「終業式にやらかした事の罰で、生徒会長様によりプール掃除を拝命したんだ」


「ルミ君一人で?」


「ああ」


「手伝おうか?」


 お? 女神かな?


「自分達の使っている場所だから用具の場所も分かるし、専門的な事じゃなければ役には立てるよ」


 そう言いつつ、むんと胸を張る水夏。そこはかとなくドヤ顔である。愛嬌があって可愛い。

 そして、なんという即戦力。正直、一人で大丈夫だろうかという不安があったから、この申し出は正に天の助け。

 はっ! 会長、ここまでの展開を読んでいて俺にプール掃除を……! 流石だぜ!

 そうとなれば遠慮なく頼りにさせてもらうか。


「……待って、誰か来たみたい」


「え?」


 耳を澄ましても俺には何も聞こえないんだが。俺がロッカーの中に居たのが分かったのって、気配察知能力だけじゃなく、その聴力の高さもあるよね。


「もう一度聞くけど、掃除はルミ君一人でって言われたんだよね?」


「あ、ああ……」


「じゃあ、誰なんだろう。清掃しているプールに用事がある人なんて居ないだろうし」


 まあ、来訪者がプール清掃を知っているかどうかという話はあるけど。会長が知らせたのは関係者だけの可能性もあるしな。


「男女どっちだ?」


「流石に足音だけだとそこまで分からないよ」


 さもありなん。男子の場合はそいつが更衣室に入っていった後で、俺もここから退室して改めて男子更衣室に向かえばいい。

 だが、女子の場合は再びここでかち合う事になる。まあ、逃げるのであればプールの方へ行けば良いだけなのだが、掃除を命じられている以上、プールが使用出来ないという説明をしなきゃならんしなあ。

 それならいっそ、ここで待っているのもありか。今回はどこからどう見ても水泳部の水夏が居るから先程と違って慌てて隠れる必要もないし、相手も着替える前であれば冷静さを失わないだろうさ。


「ルミ君! 隠れて様子見しようよ!」


「えっ? うわ、ちょっ……!」


 なのにどうして僕は数分前まで隠れていたロッカーに再度押し込まれているんでしょう。

 しかも、


「なんで水夏もここに隠れてるんだよ!」


「つ、つい……?」


 水夏は水泳部で女子なんだから隠れる必要が全くないのに、俺を押し込む勢いのまま何故か一緒に入ってきた。

 なんでだよ。百歩譲って隠れるにしても、せめて自分が使っていたロッカーに入らんかい。


「まだ間に合うだろうし、出て──」


「しっ! こっちの前で足音が止まったよ!」


「むぐぅっ!」


 そもそも、男子の可能性もあるからと抵抗しようとしたら口を掌で覆われた。突然の事だったから息がぁっ!


「お、お邪魔します。……誰も居ないよね?」


 直後、女子更衣室の入り口が開き、まるで何かに怯える様な声が投げ掛けられた。

 ……おいおい。聞き覚えしかないな、この声。いつもの中性的な物より少しばかり上擦っている感じに聞こえるのは緊張しているのか?

 というか、男であるアイツが女子更衣室に何の用だ。良からぬ事を考える奴ではなかった筈だが。


「この声は聖か……? 隼に何か入れ知恵でもされたのか?」


「え? 姫川君?」


 いつの間にか口を塞いでいた手が退けられていた為、俺の呟きは小声ではあったもののしっかりと漏れる。それを拾った水夏がロッカーの通気口から外を覗こうと身動(みじろ)ぎし始めた。

 待て待て。待ちたまえ。一人ですら満足に動けないロッカーの中で身体を反転させようとするな。ずっと堪えていたのだが、密着しているせいで君の色々な──主に凸主張の激しい部位が服越しに当たっているんだ。そんな状況で更に身体を擦り付けられたら……! 止まれ、水夏……!


「わっ、なに!? 今、何か動いたような……?」


「「っ……!」」


 多分、無理な動きをしたから俺達の入っているロッカーが揺れたんだと思う。その物音に聖が反応した。

 反射的に二人して動きが止まり、お互いに目を見合わせる。極度の緊張感によりロッカーの中を反響する微かな息遣いですら耳に痛い。


「うーん。気の所為、かな……?」


 不幸中の幸いと言うか、聖がまだ入り口付近に居たお陰で即バレは免れたらしい。思わず、深い深い息を吐いた。


「とりあえず、着替えないと……」


 そんな言葉を零しつつ、聖が近づいてくる足音がする。

 着替える……? どういう事だ?

 いや、更衣室で着替えるんだから水着になるという事なんだろうし、水着になるという事はプールで泳ぐという事なんだろうけど、それと聖が女子更衣室に居る理由が結びつかない。

 というか、やっぱり清掃の事は知らないのね。


「る、ルミ君……」 


 極力物音を立てずになんとか身体を反転させた水夏が半顔だけ振り返る。その瞳は不安そうに揺れていた。

 当たり前だ。距離が近づいたという事はバレる危険性が増したという事で。そら、こんな雰囲気にもなる。


「さっきから硬いのが……お尻に当たってる、よ?」


「…………」


 俺の想定していた雰囲気と違うんだが?

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