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二話投げます


「ふぅ……」


 この世界の海鷹 夜景にとっては一日遅れの初登校。

 だが、俺にとっては、リノリウムの床を歩くのも、窓から見えるグラウンドも、等間隔に並ぶ教室への扉も。そのどれもが懐かしい。

 まさしく郷愁。その感覚は母校が休みの時に人気のない学校を一人で歩いていた時と似ていた。ちなみに歩いていた理由は補習で呼び出された為である。


「どーした、ルミナ。入らないのか?」


「こういう時、どういう顔をしたら良いか分からなくて」


 彼らからすると俺は単なるクラスメイト。まあ、友人と呼んでくれる存在も中には居るだろうが、あくまでも同年代という前提がある。

 だが、俺の視点だと事情が変わる。身体は確かに学生時代の物だが、中身は彼らより遥かに年上。

 学生のコスプレをして学生達と混ざっているのとなんら変わりない。

 有り体に言えば、必要のない場違い感を勝手に覚えて、かなり緊張していた。


「……? うーす」


 何言ってんだこいつみたいな表情を浮かべて、隼が扉を開き教室に入っていく。ああ、そんなご無体な!

 俺は慌てて彼の背中に隠れるようについていく。いやあ、隼の背中は大きくて頼り甲斐があるなあ。


「おはよう、隼、武藤さん、それと……えーと? ルミナはどうしたの?」


「さあ。一皮剥けて新しい自分にでもなったんじゃね?」


 始業までまだ時間がある為か、教室に居る生徒はまばら。

 そんな風にクラスの様子を眺めつつ、隼に張り付いていると一人の好青年が手を挙げた。


「おはよう、姫川君」


 姫川(ひめかわ) (ひじり)

 あまり身長の高くない俺と同じくらいの背丈で、どこか透き通った雰囲気を持つ中性的な顔立ちをした人物。

 現実で見たことがない程に綺麗なプラチナブロンドの髪。傍目からでも分かる手触りの良さそうなショートボブがふわりと揺れる。

 その線の細さや柔和(にゅうわ)な佇まいから時折女に見える時もある。だが、記憶によると男だ。

 私服の時に身体の華奢さが災いして男からナンパされているのを見た事もある。だが、やはり男だ。


 余談だが、そのナンパ男はそれでも良いと新たな扉を開いて食い下がっていたので、慌てて現場に駆け付けた俺と隼で丁重に葬ってやった。まあ、これも記憶の中での話だが。

 その際に見た怯え含んだ気弱な聖に俺も扉を開きかけたのは後世までの秘密だ。

 しかして、今はただの友人としてのファーストコンタクト。何も気負う必要はなく、いつも通りに挨拶すれば良い。


「お、オハよう、聖」


 普段通りを意識しすぎて声が裏返った。とても恥ずかしい。


「ん? ふふっ。昨日の今日だから、まだ本調子じゃないのかな?」


 は? 可愛いんだが? 本当に男か?

 笑うと薄幸の美少年振りが加速してヤバいな。一年間一緒に過ごしていた俺ですらこれなんだから、ナンパしてきた男が新世界の境地に辿り着くのも納得である。

 怪我の功名か、昨日休んだ影響で挙動不審な事も不思議に思われていないらしい。やはりあれはナイス判断だったのでは?


「やっぱり、保健室に──」


「さって、俺の席はどこかなー?」


 水夏の言葉を強引に遮る。

 始業式は休んで二日目は保健室登校とか流石に悪目立ちが過ぎる。

 それに、単独行動はヒロインとのイベントフラグにもなり得る。さしたる情報がない現状、些細な振る舞いが致命的なミスとなりかねない。出会った瞬間に襲ってくる超肉食系ヒロインが居る可能性を俺は捨てきれないんだわ。こちとら命が掛かってるから。

 ……でも、良いよね。積極性がある子って。男の夢って感じで。


「ルミ君の席はここだよ」


「これは……!」


 窓際の後ろから二つ目の席。所謂、主人公席の一つ前。窓から入る優しい風と(うら)らかな日差しで、とてもよく眠れそうだ。

 いや、ちゃんと勉学に励みますよ? 今のは物の例えというかなんというか。学生の本分は勉強。当たり前じゃないですか、やだなあ。


「一つ後ろがあたしで、谷町君と姫川君の席はあっちとあっち」


 配置に感動したが、他二人の位置からしてどうやらただの五十音順らしい。

 エロゲ故に『ドキッ。気になるクラスメイトと急接近!? 嬉し恥ずかし席替えタイム』が起きる気もしないし、俺の席は一年間ここだろう。

 仮に席替えしても位置はあまり変わらない気がするが。


「実家のような安心感があるな」


「何言ってんだ?」


 教科書が詰まったカバンを机に置き、椅子を引いて座る。

 当然のように置き勉するので、明日からカバンはスカスカになる予定である。

 真面目に勉学に励むと言ったな。あれは嘘だ。ここが普通の世界ならそれもありだが、一年の我慢を経てハーレム王に永久就職するつもりなんでね。

 主人公力を存分に発揮して養って貰うぜ……! 目指せヒモ! 万歳不労所得!


「くふっ……!」


「何か不埒な事を考えている気配がするけど?」


 俺と同じように自分の机にカバンを置いてから、座る俺の周りに自然と集う三人。

 他に友達が居ないのかな? と思ってたら、三人とも登校してくるクラスメイトにはちゃんと挨拶していた。

 コミュ力の塊どもがよぉ……。昨日休んでいた俺にもちゃんと紹介……いや、モブの名前覚えるくらいならヒロインの事をしっかりと覚えた方が得策か。

 となると、ここは日陰者に徹しよう。今の俺は隠形(おんぎょう)を用いてでも空気と一体となるのだ……!


「俺はモブ。路傍(ろぼう)の石」


「ルミ君……?」


「今の俺は夜景ではない。塵や埃と同じく、他愛ないものさ」


「さしずめゴミナってか?」


「は? 殺すぞ?」


「自分から振っておいてそれはおかしいだろ!」


 おっと。この程度で心が乱れるとは情けない。

 これでは日陰者への先行きも遠いな。


「ちーっす」


 再度、空気になろうと四苦八苦しているとそこそこの時間が経過したのか、クラスメイトの姿も増えてきた。

 そして、始業を告げるチャイムが鳴る直前、気怠そうに入ってきた女子に目を奪われた。

 ミディアムカールを描く色鮮やかなピンクベージュの髪に気の強そうなブラウンの瞳。制服のブラウスは第二ボタンまで開いていて、やろうと思えば中のシャツや果てはブラジャーまで覗けるだろう。

 ただ、それだけ開放的だと肌寒さを覚える時もあるからか、ベージュのカーディガンを腰に巻いていた。意味ある、それ?


「ギャル……?」


 端的に言えば、華々しい。明らかに雰囲気が垢抜けていて、他の学生(モブ)達とは一線を画している。

 申し訳程度に首元で存在を示すリボンタイが唯一の清楚要素を醸し出し、逆に俺のフェチ心を揺さぶるね、うん。


「一年の時に別クラスだったから、ルミナは見るのは初めてか」


「その口振り……知っているのか、隼」


 俺とクラスが違うなら、当然俺とクラスメイトだった隼も知らない筈だが。

 まあ、見掛けるくらいはあったかもしれないが、残念ながら記憶にない。


「ああ。昨日、クラスに居たからな」


 そりゃ、教室に入ってきたって事はクラスメイトですし。


「彼女は愛園(あいぞの) 杏樹(あんじゅ)さん。見た目は派手だけど、キツい印象はなかったかな」


「もう話した事があるのか?」


 え? 聖、ああ言う子がタイプなの? うわぁ、意外。いやでも、ありだな。攻め受け分かりやすいし。それにしても、手が早過ぎない?


「うん。ルミナの事でね」


「え……?」


 接点あったっけ?

 いや、ないよね? じゃあ、なに? もしかして、愛園さんってヒロイン? というか、俺が居なくてもイベントって進むの?

 主人公の存在意義、どこ? ここ?


「それはどういう──」


Salut(サリュー)! 皆サン、おはようございマス! ホームルームを始めマショウ!」


 問い質そうとした所で時間切れ。

 開け放しの扉からきっちりとスーツを着込んだ先生が現れた事で、生徒達は各々の机に散っていく。


「……えーと?」


 記憶を探る。

 愛園さんみたいな去年別クラスの生徒はともかく、さすがに教師の事はすぐに思い出した。


 エクレール・ド・エノワルト。

 名前からして日本人じゃないのは明白で、現に両親含めて生粋のフランス人。

 輝かしいハニーブロンドの長髪は彼女が歩く度にさらさらと靡く。後ろに居たら良い匂いしそう。是非とも舎弟か子分にして頂きたい。

 まだ教師になって月日が浅い為かきっちりとスーツを着こなし、初の担任持ちとなった事への熱意をメラメラと燃やしているのはなんとも微笑ましい。

 だが、女性としての遊び心はあるのか、アクセントとして髪にウォーターホールを施している辺り、私生活での女子力も垣間見える。

 愛称はエレちゃん先生。本人は威厳がないからとそう呼ばれる事に良い顔をしていなかったが、去年の秋頃には完全に定着してしまった為、もはや諦観していると風の噂で聞いた。


「という訳デ、愛園サンと海鷹クンは放課後生徒会室へ行って下サイね」


「ほーい」


「…………は?」


 エレちゃん先生との思い出に浸っていると突然名前が呼ばれた。

 セイトカイシツ……? あ、生徒会室? うん? なんで?


「ルミ君、クラス委員に選ばれたんだよ」


 呆然としていると後ろから小声で水夏が教えてくれた。

 なるほどね。クラス委員か。

 ……なるほどね? 俺の預かり知れぬ所で愉快な事が起きてーら。


「聞いてないんですけどっ!?」


「誰もやりたくなかったから休んでたお前に押し付けた」


 立ち上がって異議を唱える。

 何故か同じように立ち上がった隼が悪びれもせずに笑みを浮かべた。


「という事は決めたのは昨日か……!」


 まさかの始業式にイベント。

 ざっとクラスメイト達に視線を向けると一斉に逸らされた。

 まだ同じクラスになって二日目なのに、こういう時だけの団結力は素晴らしいな……!?


「って事は愛園さんも……?」


「あーしは自分で立候補したから。アンタと一緒にすんな」


 ええ!?

 その見た目でそんな真面目なキャラで良いの、愛園さん!?

 でも、なんだろう。ちょっとキュンとする。これがギャップ萌え……?

 いやしかし、ヒロインと同じ委員なのは不味い。仲良くなってしまう! つまり、最終的にエッチな事になる!


「エレちゃん先生! これは横暴ですよ!」


「そんナ……。海鷹クンはヤリたくないンデスか……?」


「ヤリたいです!」


 はっ!?

 反射的に答えてしまった。いやそんな袖に縋るような目で見られたら無理だよ。断れないよ。休んだ俺も悪いしなって思っちゃうよ。

 決してエレちゃん先生の言葉が琴線(きんせん)に触れた訳じゃないんだよ? ほんとだよ?


「では、お願いしマスね?」


「はい……」


 無力感を噛み締めつつ席に座る。

 ああ。何もしなくてもイベントが向こうからやって来るなんて。

 どうやら、この世界は俺が思っているよりも、一筋縄ではいかないらしい。

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