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エクレールフラグ 1-4


「思っていたよりも人が少ないな」


「人気のある所の新刊は、すぐに買わないと売り切れてしまうので。大抵の人はこの辺を最初に回っていくんですよ」


 入場した時の人数を考えると、この辺りはミリィ先生が出展している割に閑散としているなと思ったけど、なるほど。そういう事か。

 これなら、挨拶しに行っても迷惑にはならなそうだし、風花ちゃんが気兼ねなくフローラであると告げれらるな。


「文野サン、詳しいデスね?」


「この手のイベントは何度か(何度も)参加した(新刊を)事がある(買い逃した)ので」


 何か心の声が聞こえた気がする。それも、切実な感じのやつが。大変だな、ガチ勢って。

 一応、そういった大手サークルは買えなかった人の為に通販や書店での委託販売をしている所も多い。少しでも手に取る機会が増えるようにと。

 けどまあ、折角イベントに参加したからには目星をつけたサークルの新刊は買いたいよな。分かる。分かるぞ。

 それに、物によっては再販のない一点物の可能性もあるし、現地で実物を手に取るに越したことはない。来場者限定ってのもあるし。


「そ、そうデスか……。それにしてモ、凄い量デスね……」


 その結果が風花ちゃんが持つ大量の戦利品なんだろうけど。それを察したのか、エレちゃん先生が少し引いている。コスプレ第一で、現物にはあまり興味ない人なのかな?

 俺的には仕方ないと思わないこともない。会場のライブ感と言うか熱量に釣られて、ついつい予定にない物を買ってしまうのも、こう言ったイベントの醍醐味だろうし。そこに運命の出会いがあるかもしれないしな。購買意欲が無限に湧き出てきてキリがないったらない。

 もっとも、同人誌作成費の観点から、売り物も相応の値段がするので、やり過ぎると出費が途方もなく嵩んでしまうのだが。


「伊達に稼いでないので」


 風花ちゃんにはあまり関係のない話らしい。羨ましい。


「個人的には金銭面の心配というより、よくこんなに買えたなって驚きのが強いんだが」


 いくら事前に最適なルートを描いたとしても、購入に掛かる時間や人の流れによっては想定通りに行くはずもない。

 加えて、予期せぬ寄り道も発生したとなれば、この戦果はどうすれば説明がつくのだろうか。あれかな? 実はバイタリティお化けなのかな? 某ゲームの無敵アイテムの如く、触れる者を皆吹っ飛ばしてるのかな? 寄らば斬ります。


「それは……企業秘密ですっ☆」


 ウィンクされた。可愛い。別に秘密にするような事でもないと思うけど、私は許そう。

 多分、追及したらあっさり教えて貰えそうだけど、私は許そう。


「Wow! つまリ、文野サンは歴戦の戦士なんデスね?」


「まあ、慣れは確実にありますね。今でこそ、こんなに堂々としてますけど、昔は『文野風花』だとバレたらどうしようって考えが拭えなくて」


 苦笑する風花ちゃん。

 当たり前ではあるが、彼女が即売会系のイベントに初参加した時は、メディアへ露出しまくっていた現役時代。多少の変装をするとは言え、果たしてサークルの売り子を誤魔化し切れるのか、気が気でなかったと言う。

 そのせいで、何度か購入待機列に並ぶ事を尻込みしてしまい、当時欲しかったメスガキ本を手に入れる事が出来なかったらしい。なお、委託販売のお陰で、お望みの品は後日無事手元に届いたとのこと。良かったね。


「けど、何度か参加していく内に、あれ? 思っていたよりもバレないなって」


 メディアではメスガキぶりを遺憾無く発揮していた為、風花ちゃんはオタク語りをする暇がなかった。本人としては隠す気がなかったみたいで、仲の良い共演者は彼女がオタクである事を知っていたりするのだが、視聴者の大半はその事実を知らない。

 だからこそ、売り子の中で違和感を持った人が現れたとしても、まさかここに本物の文野風花が居る筈がないと。その可能性を自ら排除する。


「確かニ。ワタシの事も気づかれテないみたいデスし」


 まあ、別の意味では視線は感じるけどね。二人とも顔面偏差値がとても高いから、あの真ん中の男は何者だって雰囲気がすれ違う人達からひしひしと伝わってくる。

 それで視線を感じる方向に顔を向けたら、凄い勢いで顔を逸らされるけど。おかしいだろ。俺が何をしたって言うんだ。


「だから、もうバレたらバレたで良いかなと開き直る事にしたんです」


 そうして、同人誌購入の遂行速度が上がった風花ちゃんが完成したと。なるほどなー。

 ところで、颯斗さんの心労がマッハなんですが、それは。

 そりゃ正体バレは忌避しろと念入りしてくる訳だわ。風花ちゃんが吹っ切れたという事は颯斗さんが最後の防波堤だからな。正直、ちょっと同情しちゃうね。

 ただ、これまでもバレてなかったのなら、今後も杞憂で済むでしょ。最悪、他人の空似でなんとかならない? 無理?


「あ、着きましたね」


 そんなこんなで歩いているとミリィ先生のスペースに辿り着く。さすがに筆頭サークルなだけあって、少し広めの場所を提供されていたらしく、設営されたテーブルの内側は他に比べて余裕があり、そこで二人の女性が椅子に腰掛けて談笑していた。

 ……どっちがミリィ先生だ? というか、女性だったんだ、ミリィ先生。全く知らなかった。


「いらっしゃいませー。お越し頂いた所、誠に申し訳ありませんが、商品の方は完売致しまして」


 俺達に気づいた二人は機敏に立ち上がり、礼儀正しく頭を下げる。丁寧な対応だが、目的が違うので、謝罪の必要はないんだよな。


「あ、いえ。アタシ達は先生に挨拶をする為に伺った次第で……」


「挨拶……? ああ! ミリィのお客さんでしたか」


「そう言えば落ち着いたら挨拶に来る人が居るって、あの子が言ってたっけ」


「えっ……?」


 合点がいったと言わんばかりの女性達に対して、逆に俺たちが混乱する。

 てっきり、二人のうち、どちらかがミリィ先生なのだと思ったのだが、この言い分だとどうやら違うみたいだ。

 というか、よくよく見たら、この二人は顔立ちがそこはかとなく似ている。姉妹なのかもしれないな。


「今から呼ぶので、ちょっと待っててくださいね」


「ミリィは一段落したら落ち着ける場所でイラストを描き始めるので」


 ふむ。となると、ミリィ先生は現時点で不在なのか。しかし、出展した日の内から絵を描くって凄いな。諸々の準備で疲れそうな物だけども。実は結構な体育会系だったりする? 

 後、何のイラストを描いているのか、私気になります。


「ミリィ! ミーリィー! お客さーん!」


「!?」


 と思っていたら、いきなり女性の一人が大きな声を出した。

 ええ……。呼ぶってそういう……。じゃあ、この場に居るじゃん。


「ミーリィー!」


「あー。うっさいッスよ、姉さん。そんなに喚かれると周りの迷惑なんですが」


 スペースの中、乱雑に積み上げられた潰れた段ボールの一角が崩れ、そこから一人の少女が現れた。

 てっきり、ゴミとして一纏めにしていたのだと思ったのだが、その中から出てきた事を鑑みるに段ボールで一人だけの空間を作っていたらしい。器用な。


「アンタが自分を訪ねる人が来たら呼べって言ったんでしょ。つべこべ言わないの」


「あー、はいはい。呼んでくれて感謝してますよ、偉大な姉君様。それで、お客様はどちら……に……」


 そこで、彼女も俺たちを視認したのだろう。目を見開いて動きを止める。うーん、デジャブ。

 もっとも、驚いたのはこちらも同じで。声のお陰でミリィ先生が誰か分かっていた俺ですら、普段と違って曝け出された彼女の瞳があまりにも印象的で、思わず目を奪われてしまった。


「幻想的……」


 片目だけではあるが、虹色に輝く神秘的な瞳孔。風花ちゃんがそう零してしまうのも納得の美しさ。

 なんで学園で隠しているのか不思議なくらい綺麗だった。そりゃ両親も幻想と名付けるよ。


「っ……!」


 だが、そんな俺たちの反応とは裏腹に、我に返ったミリィ先生──無花果さんはこちらの視線から逃れる様に後ろを向く。そして、若干震える手で前髪を下ろそうと懸命に撫でつけ始めた。


「ユメちゃん……?」


 その様子に怪訝な表情を浮かべる風花ちゃん。

 エレちゃん先生に視線を向けると、彼女も首を勢い良く横に振る。

 どうも、エレちゃん先生も無花果さんの事情は知らないらしい。……そりゃそうか。エレちゃん先生、一年生の科目は担当してないし、関係性だけで言えば希薄も希薄。仮に知っていたとしても、プライバシー的な観点から生徒の秘密を易々と教えてはくれまい。


「ひ、人違いッスよ……!」


「こーら。お姉ちゃん達、人の顔を見て話さない様な子にイ……ユメを育てた記憶はないぞー?」


「更に加えると嘘も良くないなぁ。全く、どこで育て方を間違えたんだろう。よよよ、お姉ちゃんは悲しい」


「姉さん達に育てたられた記憶はないんスけど!」


 いつの間に移動したのか。音も気配もなく無花果さんの両隣を陣取ると同時に彼女の腕を絡め取るお姉さん方。無花果さんに意識を割かれすぎて全く気づかなかった。

 ところで、俺たちは何を見せられているんだろう。分からない。分からないけど、ともすれば沈痛な物になり兼ねなかった雰囲気が吹き飛んだのも確かで。

 二人ともこちらにさり気なく目配せしてきてるし。なるほど。これが出来る女というやつか。

 ずっとオロオロはわはわしている隣の担任にも見習って欲しい場の取り持ち方だ。


「それに、そんな無理矢理押さえつけたら髪が傷んじゃうでしょ。折角の綺麗な髪なんだから勿体ないことしないの」


「ちょ、やめ……姉さん! 家じゃないんだから……っ!」


「家じゃないって分かっているなら、しっかりしなさい。ユメもここでは歴とした一国一城の主なんだから」


 確かにサークルの規模だけ見たら一廉(ひとかど)であるし、城主と言うのも(あなが)ち過言でもない。


「そうそう。だからね、ユメはもっと胸を張っていいの。大丈夫。ここには貴女の味方しか居ないわ」


「姉さん……」


「あ、アタシも……!」


 これ、聞き続けて良い話なのかなあ。なんて漠然と考えていたら、風花ちゃんが思い切ったように声を出した。

 それに釣られ無花果さんが振り向く。


「ユメちゃんの味方だよっ! 何があっても、それは変わらないから!」


 そんな彼女の独特な瞳を真っ直ぐ見据えて。風花ちゃんが思いの丈を純粋に吐露する。


「文野さん……」


「ワタシも。担当する学年でなくトモ貴女は大切な教え子デス。どんナ些細な事でも相談して下サイ。力になりマス」


「エクレール先生……」


 これは俺の出る幕はないな。尊い気持ちで見守っておこう。


「うんうん」


「仲良きことは美しきかな」


 無花果さんから少し離れた位置で、俺と同じように成り行きを見守っていたお姉さん方が、後方腕組みしながら感慨深げに頷いている。

 そう言えば無花果さんが振り向いた時点でこっそりフェードアウトしてたな。空気読みの達人か?


「ところで、文野さんはどうしてここに?」


「あれ? 挨拶したいですってメッセージを送ったし、ユメちゃ──ミリィ先生も了承したよね?」


「はい? 確かにそんな文面のやり取りはしたッスけど、何故文野さんがそれを……」


 そこでまじまじと風花ちゃんの出で立ちを眺める無花果さん。

 あ、察しがついたのか瞳が勢いよく右往左往し始めたぞ。うーん、前髪という遮蔽物がないだけで印象は全然違うな。

 彼女がこんなにも瞳の色彩と同じく情感豊かだとは知らなかった。


「アタシ、こういう者ですぅ」


「うわぁ、やっぱり……」


 どこからとも無くお手製の名刺を取り出し、無花果さんに差し出す風花ちゃん。おかしいな。両手が塞がっていた筈なんだが……?

 そして、その名刺を受け取りながら内容を確認し、無花果さんが遠い目になった。まあ、自分がデザインしたバーチャルモデルの中の人が友人だとは夢にも思わないよな。世間は狭い。


「ア。申し遅れました。ワタシはエクレアデス」


「は……?」


 おっと。そのやり取りを見て出遅れたと感じたのか。焦ったエレちゃん先生は()()()ながら風花ちゃんに便乗して名刺を差し出す。さすがに社会を経験しているだけあって、その姿勢は宜しい。うん。姿勢だけはね。

 ……えーと。半ばバレていたとは言え、内密にって話はどこにいったのかな? そもそも、風花ちゃんもまだ先生がコスプレイヤーって事しか分かってなかったと思うんだけども。

 ああ、ほら。二人して目を点にして固まってんじゃん。不意打ちダメ絶対。事情は考慮しようね。


「……ワタシ、何かやっちゃいマシた?」


 そこで俺を見られても困るんですけど。俺にこの場をなんとかする技量はないぞ。

 そんなエレちゃん先生に釣られて。硬直が解けた無花果さんが恐る恐る俺へと視線を向ける。うん? なんだ?


「あの……もしかして、先輩も……?」


 あー、そういう。

 こんな二人と連れ立って来た時点で、俺も何かあると考えるのが普通か。参ったな、本当に何もない一般人なんだ。

 強いて言うならこの世界の主人公であるという事だけど、荒唐無稽だしな。


「ご期待に添えず申し訳ないが……」


「いえ。それを聞けて安心しました……本当に……」


 俺の返答に心底安堵したと言わんばかりに胸を撫で下ろす無花果さん。

 なんか、ごめん……。

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