エクレールフラグ 1-2
「お?」
風花ちゃんと別れ、チェックしていたグッズや同人誌を順調に購入しながら歩いていると特設されたステージに辿り着いた。
そこには大きな人集りが出来ていて、視線をステージの上に移すと、様々なアニメやゲームのキャラが視界に入った。勿論、二次元の住人である彼ら本人の訳はなく、それらの(やたらと高クオリティな)衣装を着こなしたコスプレイヤー達であるのだが、離れていても盛況であるのが伝わってきて、俺の気分も釣られる様にして浮き足立つ。
どうやら、ここがコスプレイベントの会場らしい。開場自体がそこそこの大きさなのもあって、ステージは中々に広く、何人ものコスプレイヤーが思い思いのポーズをとっていてもお互いの邪魔をすることがない。
「うーん、なんというかこれは……」
一言で言えば眼福。
女性レイヤーは基本的に露出が高くてエッチだし、男性レイヤーは鎧やら武器がカッコいい。お披露目の場故に張り切って製作したんだろうね。
俺もカメラがあればレイヤー達をレンズに収めているガチのカメラマン達に混じりたいくらいだ。
「でもまあ、今のご時世はスマホでも綺麗に撮れるし」
誰に聞かせるでもない呟きを零しつつ、スマホのカメラ機能を起動する。
そして、まずは全体像が一枚欲しいなと引き気味に撮ろうとして、気づく。
とあるコスプレイヤーの前だけ異様に人が多いことに。
「有名人なのか……?」
とりあえず、そのまま引きで一枚撮った後、そのレイヤーさんに向けて歩きつつ、カメラ機能をつけたままのスマホを構える。
肉眼で見るよりもレンズをズームした方が仔細に見えるんだよな。科学の進歩ってすげー。
「うん? これって……」
そうして、鮮明とスマホ画面に映ったキャラクターなのだが、見覚えがあるなんて物じゃない。
輝くようなブロンドの髪を靡かせて、気ままにポーズを取っているのは間違いなく俺がやっているソシャゲの登場人物で。名前はガブリエル。その名の通り天使であり、イラストレーターは当然の如く『ミリィ先生』である。
「うわ、すげぇ……本物のガブリエルじゃん……」
そうと知れば後は引き寄せられるように。彼女の前に扇状で広がるカメラマン達の後ろについてまじまじと眺める。
荘厳で壮麗な天使の羽を背中に生やしたビスチェとでも言うのだろうか、オフショルダーのキャミソールから更に丈を短くして腹部を露出させた上半身と膝丈くらいのスカート……いや、ローアングル対策にスコートかあれは。
しかし、見れば見るほど羽の出来が凄い。どうなってんだこれ。衣装はどちらかと言うと臍出しでエッチなんだけど、本人の胸がちゃんとキャラクターと同じで控えめなのと穢れのない翼が眩しくて、そんな目で見れない。
これは写真に残さねば失礼というもの。
「……ん?」
いそいそと下ろしていたスマホを再び構えた所で、画面内のコスプレイヤーとレンズ越しに目が合う。それだけなら何も問題はなかったのだが、何故か彼女は綺麗な金の瞳を大きく見開いて固まっていた。
なんだ? 何かあったか? もしかして、スマホで撮影はダメとかか?
ぶっちゃけ、俺はこういう場での作法は詳しくない。どこかに注意書きでもあったのだろうか。
周囲のカメラマンも被写体の様子がおかしい事に気づいて、訝しげな表情になっている。
「エクレアちゃん、どうしたの?」
「大丈夫? 調子でも悪くなった?」
「ずっと撮りっぱなしだったし、休憩した方が良いんじゃない?」
なんだ。優しい世界じゃん。
良く思われたいという下心も少しはあるかもしれないが、純粋に彼女を心配しているのが伝わってくるね。
そんな彼らの言葉を受けて、エクレアと呼ばれたコスプレイヤーは漸く硬直が解けたのか、一度ぺこりと頭を下げた。
「そ、そうしマスね……。元気があれば戻ってきマスので、皆サンはお気になさらズ」
「──は?」
聞き覚えのある声に絶句する。
え、いや、そんな馬鹿な。偶然でしょ、偶然。さすがにね? こんな特殊な邂逅イベントがある訳ないよね。ははは。
まるで何かから逃げ去るように。足早に立ち去る彼女を見送った後、内心で乾いた笑いを零しつつもスマホを使って高速で検索する。あれだけ囲いが居たんだ。さぞや業界では有名人であろう。
「見つけた」
案の定、あっさりと辿り着いた件の人のSNS。ご丁寧にアイコンが御本人様だったのでとても分かり易かった。えっ、フォロワー数六桁……!? 著名人じゃん。凄すぎん?
それに加えて、明日のイベントはガブリエルのコスプレをしますという内容の呟きと衣装だけを載せた画像があるし、確定だろう。
「というか、この衣装……」
なんか引っ掛かるなと思ってたけど、ガブリエルの物だから見覚えがあるんじゃなくて、エレちゃん先生と家庭科室前でぶつかった時にぶちまけた物の内の一つにあったから記憶にあるんだわ。
え? じゃあ、なに? この人は家庭科室でコスプレ衣装作ってたの? 教師が何してんだ。
あと、エクレアってハンドルネームは名前からもじったにしては安直すぎるだろ。好物なのかな? 甘くて美味しいもんね。
「うーむ。やっぱり間違いないな……」
実は別人であれとSNSの投稿を詳らかに眺めていたのだが。投稿された画像の中に、あの日拾った他の衣装を見つけてしまえば最早認めざるを得なくて。
というか、これもミリィ先生がデザインしたキャラクターの衣装か。時たま投げられているソシャゲのスクリーンショットに写っているキャラも、イラストレーターはミリィ先生だし。この人もガチファンか? 風花ちゃんと仲良くなれそう。
というか、俺と同じソシャゲしてたんですね。親近感が湧いてくるじゃん。
「…………いやいや、待て」
冷静に振り返ってみて。
こんなにも俺に寄り添った存在が、ただのモブな訳がない。あまりにも、俺にとって都合が良すぎる。
……うん。目を逸らしたいのは山々だけど、エレちゃん先生は確実にヒロインだと思う。仮に違っていたとしても、それはそれでOKだから、警戒するに越したことはない。それに、よくよく考えると他の教師と比べてキャラが立ちすぎているし、もう殆ど疑う余地はないだろう。
更に言えば、この状況も俺にとって追い風だし。エクレアの正体をバラされたら教師として困るでしょと脅すだけで、色々と優位に立てるんだよな。弱みを握ってヒロイン調略、良い響きだ。こんな体質じゃなければ胸と股間が熱くなっていた。
まあ? コスプレだけなら恐らくセーフだったんだろうけど? この人、しれっと自身のコスプレROMを販売してるんよね。SNSで宣伝してるのを見た。公務員ってこういう系統の副業は禁止では……? ちゃっかりしてるぜ。
けれども。何もかもが好条件とは言え、結局の所は俺が何のアクションも起こさなければ、エレちゃん先生との仲は進展しない。勿論、教え子にコスプレを見られた彼女としては気が気でないとは思うが、こればかりは時間的解決以外の手立てがない。
「けどまあ、時間に関しての問題はないな」
なんてったって、期末テストが終われば夏休みだ。それは、一ヶ月半に及ぶモラトリアム。
エレちゃん先生との接点なんて、学園の中でしかないし、連絡先も当然知らない。
つまり、テスト期間とテスト返却期間さえ乗り越えてしまえば、何かしらの理由で学園に行かない限り、彼女とのイベントは起こり得ない。これは勝ったな、がはは……あれ?
「…………あ」
そう言えば、俺って学園に行く理由を作ろうとしていなかったっけ? 家に長時間居ると何が起こるか分からないからって。
しかも、手段が手段な為、担任であるエレちゃん先生のお世話になる可能性が高い。
……詰んでね、これ? 前門の虎後門の狼じゃん。この感じなら、エレちゃん先生の担当科目である国語系統で赤点を回避して、他の科目で赤点を取ったとしても、補習の監修はエレちゃん先生になるんだろうな。俺が神様なら、そう仕向ける。
(どうする……? ここから入れる保険ってあるのか?)
風花ちゃんや先輩の事を鑑みるとイベントというのはどう頑張っても避けられない。心構えを幾らしていようと一度関わってしまえば、最後まで走り抜ける以外に方法はないらしい。……先輩の問題は知らない間に解決していたけど。
即ち、補習を選ぶという事はエレちゃん先生を選ぶという事と同義であり、こうなってしまえば俺がエクレアなど知らぬ存ぜぬと言い張った所で、イベントは問答無用で進むのだろう。当然、エロゲーだから、ムフフな展開もありつつね。
ならば、補習その物を回避するとどうなるのかという話なのだが、こっちもこっちで確実に一波乱二波乱は起きる。ここはそういう世界だ。や、俺が願ったんですけど。
寧ろ、時間を持て余す分、外出すれば誰と遭遇するか分からないし、風花ちゃんや先輩とのお泊まりも頻出しそうで理性はかなり磨り減りそうだ。
となると、今のとこ秘密を一方的に知っていて、相手が判明している補習ルートを選択する方が、気持ち的には幾分か楽、か?
分からん。後者で誰がヒロインレースに参加してくるのか謎すぎるせいで、正解が分からない。どちらにせよ、慎重な立ち回りが求められるか。
「あ、アノ……」
そこに、おずおずと掛けられた声。
反射的に顔を上げて、そこで初めてずっと同じ体勢──スマホに視線を落としていた状態でいた事に気づく。
いつから思考の海に耽溺していたのか。とうの昔にブラックアウトしていたスマホをポケットに入れつつ、声の主へと視線を向けて、
「き、奇遇デスね、海鷹クン……」
いつの間に着替えたのか。そこで所在なさげに佇む私服姿の金髪女性を視認する事、数秒。
ああ。これはこの場を早々に立ち去らなかった俺のミスかな。ただまあ、一つ言わせて貰うなら、この時点でイベントが進行しているなんて思ってもなかったんだよ。夏休みまではセーフだろうって。うん。思い込みって怖いね。というか、こうやって声を掛けてくるなら逃げるように立ち去った理由を教えて欲しい。コスプレ姿を教え子に見られ続けるのが純粋に恥ずかしかったのかな?
何はともあれ。つまるところ、どうやら俺に選択肢なんて物はなかったらしい。