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機械工学部の頼み事 1-2


「普段はどんな寄り道をしているんですか?」


「そりゃもう色々」


 ゲーセンやカラオケで遊んだり、水夏が居る場合は喫茶店やバーガー屋でだらだら喋ったり、(おおむ)ね学生らしい過ごし方をしている。勉強? 知らない子ですね……。

 ただ、今回は二人なのと他の理由もあって、風花ちゃんに同じような内容は提案しにくい。


「お兄ちゃんとデートする機会なんて滅多にないだろうし、その色々を体験したいな」


 そう言って可憐な笑みを浮かべる下着姿の風花ちゃん。

 そう。他でもない理由がこれ。俺にだけ許された光景とは言え、この状態でゲーセンやカラオケに行くだと? 前者はゲームどころじゃなくなるし、後者に至っては密室なんだが?

 いやまあ、今まで数々の(それ程でもない)誘惑に打ち勝ってきた俺が? それくらいの事で理性を失うとは到底思えないけど? 一応、念には念を入れておくべきだろう。

 ……おかしいな。『裸をタダで見れるなんて最高じゃん』って思っていた筈なのに、どうして俺は興奮しないように自分を抑えているんだ。

 摩訶不思議だ。タダより怖いものはないって事かな。


 いやでも、これは相手が悪いよ、相手が。この子、俺にその兆候があると嬉々として迫ってくるし。そら察知されないように必死にもなる。

 これが他の子であれば、純粋に裸を楽しむ事も出来たろうに。……出来るよね? 夢を諦めなくていいよね?

 とりあえず、好感度という前提がある以上、モブの裸を見る事は叶わないだろうが、機械工学部に頼まれている手前、データ収集はしなきゃならんか。


「じゃあ、お茶でもしばきながら、これからどうするか決めようか」


「お茶をしばく……?」


 そんな訳で、風花ちゃんを伴って喫茶店に寄る事に。案の定、そこまでに出会う異性や入店時に応対してきたウェイトレスの好感度は無に等しく、裸を見れる気配なんて欠片もなかったのだが……。


「ん? 奇遇だな、海鷹」


 どうして先輩がいらっしゃるんですかね? 部活は? なんか優雅にカップを傾けてはりますけど。チェーン店なのに、びっくりするくらい絵になっているな……。

 あ、やべ。予期せぬ事に固まってしまって注視したからか、その間に好感度の計測が終わって裸になっちゃったわ、この人も。

 うーん、絵面がシュールな事に。これはあれだな。やっちゃったな!



「その、お二人はお付き合いをされているのだろうか?」


「えへへ、そう見えます?」


「事実無根なんだよなあ」


「毎日同じベッドで起きているじゃないですか!」


「うん。語弊があるよね。正確には俺が起きる前にこっそり潜り込んで来ているんだよね?」


「それとなく潜り込む? それなら、次に海鷹が泊まりに来た時にでも……いや、妹達も居るから難しいか? 朝の準備があるから起床を遅らせる訳にもいかないし」


「先輩? どうしたんですか?」


「ナンデモナイゾ?」


 何故か片言になる下着姿の先輩。出会ってしまったからには無視する事も出来ず、風花ちゃんと先輩の承諾を得て相席する事に相成った。勿論、デートの話はたち消える訳なのだが、風花ちゃんから文句らしい文句はなかった。聖人か?

 それと当然のように風花ちゃんは俺の隣に座ろうとしたのだが、裸の先輩を前にしつつ下着姿の風花ちゃんを隣に置くとか平静を保っていられる自信がなかったので、それらしい言い訳を募って風花ちゃんを先輩の居る向かい側へ座らせる事に。

 その間に俺の正直すぎる欲望は、二度見た事のある裸よりも先輩がどんな下着を身につけているのかという下衆(げす)な好奇心を発揮させ、その結果が今ここにある。

 平然と会話をしている様に見えるが、胸の鼓動は爆速である。たかだか下着姿と侮るなかれ。こんなのでも童貞には刺激が強い。相手が美人と美少女であれば尚更である。


「アタシ、桐原先輩と話してみたかったんです」


「芸能界を席巻した文野さんが私に?」


「はい。アタシにも先輩のような強さがあれば窮地に陥っても一人で切り開けるかなって」


「……私は強くなんかないさ。腕っ節だけあっても結局は搦手一つで何も出来なかった」


「ふぅ……」


 俺は鼓動を落ち着かせる為に頼んでいたドリンクで喉を潤してから小さく息を吐く。そして、そっとメガネを外した。

 いやだって無理だろ。こんな雰囲気出されちゃ、一人だけ「ぐへへ。麗しき女子(おなご)の下着姿は良いもんじゃけぇ」とか言ってらんないよ。

 この状況で二人のあられもない姿を見続けるのは只管(ひたすら)に申し訳がない。築山には大したデータは取れなかったと後日謝罪しておこう。


「先輩にも何かままならない事があったんですか?」


「ああ。それと文野さんには一つ謝らなければいけないことがあるな」


「なんでしょう?」


 隣同士、顔を向き合わせた二人の視線が交わる。

 風花ちゃんが首を傾げた直後、先輩の(こうべ)が垂れた。


「体育祭のあの日、私が事に気付いた時には全て終わっていた。君や君の友人に怖い思いをさせた事、とてもすまないと思っている」


「あー……。や、大丈夫です。幾ら武勇に優ると言えど、あの日の先輩はかなり忙しそうでしたし、仕方ないかと。それに、結果的にお兄ちゃんと……その、キス、出来たし……」


「……海鷹。もう一度聞くが、二人は付き合ってないんだよな?」


 声色が絶対零度じゃん。

 さっきと違ってどう答えても禍根が残りそうなんだけど。

 アレか。自分には将来云々で手を出して来ないくせに、風花ちゃんは手篭めにしたのかと。言葉の裏を読むならそんな感じか。


「付き合ってはないです」


「友達以上恋人未満のキスフレだよね」


「ややこしくなるから黙ってて」


 これ以上、火に油を注いではいけない。後、まるで事ある毎にキスしてるみたいな関係と宣ったけど、そんな頻繁にはしてないし、俺からした事もないよね?


「つまり、海鷹の身体はまだ清いままだと?」


「ええ、まあ……」


 清いかどうかは兎も角として童貞である事は確かだ。

 だが、なんだこの羞恥プレイは。どうして俺は女子二人の前で童貞である事を肯定しなければならない。くぅ、俺だって射精制限がなければとうの昔に!


「どれだけ誘惑しても乗ってくれないんですよね」


「そう言えば、海鷹は私の裸を見ても手を出して来なかったな」


「はだっ……!? な、なんですか、それ。詳しくお聞かせ願っても?」


 手を出す前にぶっ飛ばされた記憶があるんですけど、先輩の中ではなかった事にしているのかな?


「聞かせるも何も一緒に風呂に入っただけだが」


「────」


 凄い。風花ちゃんが絶句している。

 ファンに見せられない顔じゃないか、それ。


「妹さん達に頼まれてやむ無くだから。それに極力見ないようにしてたからね?」


 明らかな誤解が生まれかけているので、堪らずフォローしておく。

 風花ちゃんが想像しているようなキャッキャウフフな光景は一切なかったんだよ。


「でも、一緒には入ったんですよね?」


「それは、まあ……」


「ズルい! それならアタシもっ!」


 やー、君と入ると確実にそれだけじゃ済まないんじゃないかな。

 浴室で風花ちゃんの手練手管を持って誘惑されたら、理性を総動員しても耐えられるか分からない。


「だが、ここまでの流れからすると、仮に海鷹と二人で入浴しても手を出してくるとは思えん」


「それはどういう……」


「つまるところ、こいつは私達の様な貧相な身体つきの女性では我を忘れないという事だ」


「はっ!? お兄ちゃんってば巨乳派なの!?」


 おっと? どうしてこうなった?

 二人の会話が進むにつれて旗色が悪くなっているのは理解していたけど、これは致命的ではないか?

 胸の大きさに貴賎はないと声を大にしたいが、それなら何故手を出して来ないのかという点が説明出来ない。とても困る。


「水夏さんの胸にもう心奪われているんだ!」


「邪重の胸もよく見ているしな」


「あの」


 二人とも出会ったばかりなのに息が合いますね。

 口を挟むタイミングを逸したばかりに俺だけではどうしようもない展開になっちゃったよ。……よし、逃げるか。時には戦略的撤退も必要だ。

 こんな事もあろうかと、ここから脱する為の強力な助っ人を呼んでいるんですよね。え? いつ呼んだのかって? そら先輩と相席になることが決まった時によ。転ばぬ先の杖さ。


「うん?」


 テーブルの下で密かにポケットから取り出し、そのまま手に持っていたスマホが鳴動する。よしよし。唯一の不安点であった、相手が気づいてくれるかどうかという点が杞憂で済んだ。

 胸中でほくそ笑みながら確認すると着信が来ていたので、通話ボタンを押した。


『もしもし、ルミ君? もうちょっとで着くよー』


「了解。すぐ行く」


 それだけ言うと通話を切って立ち上がる。

 そして、俺を見上げる二人に軽く頭を下げた。


「すみません。急用が出来たので、これで失礼します」


「えっ、お兄ちゃん!?」


「ごめん、風花ちゃん。デートの続きはまた今度で頼む」


「ぶぅ。約束だよ? 守ってくれないと酷いんだから」


「それは勿論」


「……ふむ」


「先輩?」


「いや、なんでもない。それより、用事があるのだろう? こちらの事は気にせず、向かうといい」


 なんだろう。先輩が思案げな表情で唇に指を当てている。

 だがまあ、ここはお言葉に甘えておこう。残された二人の会話が果たして弾むのかどうかという疑問は残るが、そこは世渡り上手な風花ちゃんが居るし、大丈夫だろう。俺の事を存分に話題の種にしてくれたまえ。

 俺は途中退席──二人を騙してしまった事への詫びを込めて、ドリンク代より多めの金額をテーブルの上に置くと店の外へ向かった。


「ルミくーん!」


「部活中だったのに悪い。助かった」


 丁度、そのタイミングでポニーテールを揺らしながら駆け寄ってきた水夏に謝罪と感謝を述べる。

 さすがに水着ではなく制服姿だった。


「ううん。大丈夫だよ。まだ水に入る前だったし、持久力強化の為に外を走ってきますって言ったから」


 どうやら、部活動の一環として学園を抜け出したらしい。……ガバガバでは? これが通用したらやりたい放題な気もするが、本当に良いのだろうか。

 まあ、水夏は真面目だからな。そんな彼女が嘘は吐かないと考えて顧問も許したんだろう。事実、ここまで走ってきたみたいだし。息一つ乱さずに。もう体力お化けじゃん。

 閑話休題。とりあえず、折角水夏が俺の我儘を聞いて来てくれたんだ。店内の二人に家の用事と思わせる為、さっさとここから離れよう。口裏もちゃんと擦り合わせて起きましょうね。


「ところで、そのメガネはどうしたの?」


 そうして歩き出して直ぐ。胸ポケットに入れていたメガネの存在を指摘される。

 態々、部活の合間を縫って現れた水夏へのお礼をどうしようか考えていたので、完全に失念していた。


「こ、これを掛けたら、目付きの悪さが和らぐかなって」


 一応、ちゃんとした言い訳は喫茶店に致るまでの道中で考えた。実際に効果があるかは知らないけど。


「ふーん? じゃあ、掛けてみて?」


「えっ」


 いや、そらそうなるか。至極、真っ当な提案である。

 水夏からしたら、本当に印象が変化するのか気になるだろうし。

 俺としても水夏の裸は見たいので、断る理由もない。

 ふっ。いつも水着で隠れているその豊満な肢体、暴かせて貰おうか!


「どうだ?」


「うーん……うーん?」


 邪魔にならないように道の端でメガネを掛ける俺とその正面に立つ水夏。

 その姿をレンズ内に収めた途端、いつものように好感度測定が始まって、即座に100という数値を叩き出す。


「……?」


 だが、何故か水夏の服が透けない。

 誤作動でも起こしたのだろうか。


「あんまり変わってない、かなあ?」


 水夏の言葉は右から左へ。俺の意識は完全にメガネへ向いていた。

 その視界の中、好感度最大を示していた筈の数字が──増加した。


「ば、バカな……!?」


「何が?」


 しかも、微増なんて物じゃない。現在進行形でどんどん上がっていく。

 おいおい。実は好感度100が最大じゃなかったってオチか? だが、それなら風花ちゃんと先輩を透視出来た理由が説明出来ないな。まさか、水夏だけ特別……?


「120……150……200……まだ上がるだと!?」


「だから、何が?」


 ん? なんかメガネが熱くなってきたような……?

 あれ? 何処ぞのスカウターよろしく爆発とかしないよね? 大丈夫だよな?


「あ、外しちゃうんだ」


 そういえば、機械工学部の作品だったわ、これ。アイツらなら証拠隠滅として爆破機能をつけてても不思議じゃないわ。

 結局、水夏の服は透視出来なかったけど、これも貴重なデータになったりするんかね。

 まあ、そんな今考えても詮無き事より、だ。


「似合ってたかどうかだけでも聞いていいか?」


「ルミ君は何をしても素敵だよ?」


 ゲーセンで水夏の欲しがったプライズを獲得してプレゼントした後、その場で解散した。

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