機械工学部の頼み事 1-1
前話で一章のメインストーリーは終わりなんですけど、中間テストの五月末から終業式の七月中旬まで話が飛んでるので、その間の話を数話投稿します。決して、前話投稿してから、あれ?六月飛んでね?と気づいた訳ではありません。違うんだからね!
「好感度によって異性の服が透けるメガネ?」
「そうだ」
中間テストが終わって数日。返ってきたテストの点数に一喜一憂するのも青春の醍醐味と感慨に耽っていたら、放課後に機械工学部の部室に呼び出された。
正直な話、気乗りはしなかった。だって、コイツらと関わると確実にろくでもない目に遭うもん。
でもさあ、阿久野君に撃たれそうになった時、助けられた恩があるんだよなあ。そう簡単に返せなさそうな大きな借りが。
「対象をレンズ内に数秒ほど収める事で好感度を測定。その数値によって着用している衣服が透明になる」
「なるほどね」
だから、これは借りを返す為に仕方なくやっている事だ。
あー、ほんとはこんな事やりたくないんだけどなー。女の子の身体を覗き見る真似なんて、最低の誹りは免れないとは思うけど、機械工学部には借りがあるからなー。背に腹はかえられないよなー。うんうん。
「何をニヤついている?」
「べ、別にニヤついてないわい!」
「……まあ、どうでもいいが。こちらとしても実験データは欲しいのでな」
小さな溜め息を零しつつ、機械工学部の部長である築山が頑丈そうなメガネケースを差し出してくる。
それを受け取り、ケースを開くとシンプルな赤フレームのメガネが鎮座していた。機能の割にとっても普通の見た目だ。
先に言われてなければ、透視機能がついているなんて夢にも思わない。
「わざわざ奇抜な形にして怪しまれる必要もあるまい。が、ご期待とあらば叶えようではないか」
「うん。俺は何も言ってないよ」
「くっくっくっ、遠慮しなくていい。まだ搭載したい機能が幾つもあるんだが、この形にするとどうしても制限せざるを得なくてな」
本当に話が通じないな、コイツ……。
しかしまあ、人間性は兎も角として、その技術力だけは素直に尊敬しよう。こんな男のロマンみたいな物を作っちゃうくらいだしね。
わざわざ好感度を測るというワンクッション入れる必要性はよく分からないけれど。つーか、どういう仕組みなんだよ。ハイスペックすぎるだろ。
「労なく裸が見れたところで感慨も何もないだろう?」
「その変な拘りがなければ、自分達で実証出来ただろうに……」
「どちらにせよ、我らに親しい女人など存在せぬのでな。こうやって協力を頼む他ない」
ただでさえ男所帯の部活な上、自身の研究開発が第一のコイツらは女子との接点がない。それと、恐らく耐性もない。だから、女子の裸を簡単に見れない感じにした。興味本位でメガネが使用されないように。
(考えてみれば、好感度なりなんなりの一手間は必須か)
俺は使う側だったから、当初は面倒な段階を踏むなとしか思わなかったけれど。
仮にこのメガネに何の制限もない場合、赤の他人がこれを使用し、その標的を水夏に定めたとしたら、果たして俺は冷静で居られるだろうか。
都合の良い話をしているのは百も承知なのだが……。
「絶対無理だな」
「ふむ? 何が無理なんだ?」
ぽつりと零した言葉を拾われ、盛大に焦った。
「えっ!? あ、いや……そう! 同性の服は透けなくて良かったーって! 野郎の裸なんて絶対無理だわ!」
「同性相手に顔射した奴が言っても説得力はないぞ」
「あれは風花ちゃんの声で射精したんだよ!」
現場を見てたんだから知ってんだろうが!
確かに酷い絵面を晒した自覚はあるけれど!
「細かい事はさておき」
おい。自分から振って来といて流すな。
後、全然細かくない。俺は歴とした異性愛者だ。それだけは覚えておいて貰いたい。
いやでも、聖ならありだな……。
「……同性の服を透けさせる機能までは付けることが出来なくてな」
「いやいや! 要らないから! 本当に!」
ちょっとだけ逡巡したからか、申し訳なさそうに言われた。余計なお世話である。
「代わりと言ってはなんだが、裸一辺倒なのも面白味に欠けると思ったので、所有者の脳波を読み取って透ける範囲を調整する機能を取り付けてある」
「なんて?」
「つまり、下着が見たいと考えればその通りになるという事さ。尤も、裸を見られる好感度がある前提なのだが」
ええ……。もう一度言うけど、どういう仕組みしてんだ。
しかも、脳波コントロール出来るって? どこの宇宙世紀なんだろう。
「さて。これでメガネの説明は大方終えたが、何か質問はあるか?」
「実験データが欲しいと言っていたが、俺が女子の裸を見る事が出来た場合、それをお前達も見る事になるのか?」
「いや。我らが欲しいのは好感度がちゃんと測定出来ているのかという点と好感度システムと透視システムが上手くリンク出来ているかという点だけだ。覗きを覗き見るなんて野暮な真似はせんよ」
ふむ。少なくとも嘘はついてない気がする。機械に関しては真摯だからな、コイツら。
ヒロイン達の裸が第三者に見られるという心配はしなくて良さそうだ。
「じゃあ、遠慮なく使わせて貰おうかな」
「そうしてくれ。ああ、それと、そいつは返さなくて良い。そのまま持っていてくれたまえ」
「それはそれは太っ腹」
ケースからメガネを取り出して装着。度が入ってないとは言え、プラスチックのレンズ越しに見える風景にほんの少し違和感を覚えた。
それを数度の瞬きで調整し、俺は機械工学部の部室を後にした。
◆
「あっ。おかえり、ルミお兄ちゃん」
帰り支度をする為に自分の教室に戻ると何故か風花ちゃんが一人で佇んでいた。無人の教室が心細かったのか、俺の姿を視認しては笑顔を咲かせた。可愛い。
「ただいま……?」
だが、状況がよく分からない。
俺が機械工学部に居た時間はそれ程長くない。とは言え、放課後になってそれなりの時間は経過している。
それこそ、何の部活にも所属しておらず、目立ちすぎるのを厭う風花ちゃんが学園に残っている意図が掴めない。
「たまには一緒に帰りたいなって思って待っていたんです」
そう言って俺の鞄を持った風花ちゃんが近づいてくる。
「なるほど」
確かに荷物置いていったもんなー、俺。
そう時間は取られないだろって考えたから、聖と隼に見といてくれって頼んだんだわ。今日も三人で適当に寄り道しながら帰るつもりだったし。
うん。アイツら、どこ行った? 俺の荷物を見張る役目はどうした。そんな事を考えながら自分のスマホを見たら、トークアプリにちゃんと二人から事の経緯が説明されていた。
曰く、風花ちゃんの要望を叶える為に今日を譲ったと。ついでに教室に残っていたクラスメイトも遺恨なく捌けさせたので、心配も不要であると。
「相変わらずの手回しの良さだな」
「……? どうかしたの、ルミお兄ちゃ──」
ほんと出来る奴ってこれだから。普段からこうなら俺も色々と楽出来るんだがな。
しみじみと感じ入ってると俺を見上げた風花ちゃんが目を丸くした。
「うん……?」
一体、どうしたんだろうと。見下ろした視界の中、突然風花ちゃんから一筋の線が伸びてそのまま左上辺りで停止。すると直ぐに好感度測定中の文字が浮かび上がる。
あ。もう身体の一部みたいな感覚だったけど、メガネしてたんだったわ。こんな感じで好感度が分かるのかあ。凄いなあ。ハイテクだなあ。
「わ、わっ。そのメガネ、どうしたんですか?」
うんうん。今朝一緒に登校した時は付けてなかったメガネを見たら、誰だってそうなるよね。
ただ、ちょっと興奮気味なのはどうして? もしかしてメガネフェチか?
「これは──ぶふぅっ!」
まあ、それは一旦気にしないとして。とりあえず、機能に触れる事なく眼鏡男子になった理由を説明しようと口を開く。
その瞬間、風花ちゃんの衣服が一切の容赦なく消し飛んだ。
より詳細を語るのであれば、測定中だった好感度の欄に100という数字が表示された直後に起きた出来事なのだが、思っていたよりも好感度の測定終了が早かった事もあって、完全に不意打ちだった。
「お、お兄ちゃん!? どうしたの!?」
厳密に言えば衣服自体は透明になっただけだし、それも俺にしか見えてはいないのだが、それでも動揺した事に変わりはない。故に思わず噴き出してしまったのだが、それも良くなかった。
俺の様子に驚いた風花ちゃんが距離を詰めてきたのである。その晒した肢体を隠すことなく。
まあ、当然と言えば当然の話。風花ちゃんからしたら、何が起きているのかは分からないだろうし。
しかし、ううむ。際どい姿は何度も見たけれど、完全な裸は初めてだな。しかも、ここは俺が授業を受けている教室。そんなミスマッチでアブノーマルでインモラルなシチュエーション、不覚にも琴線に触れた。
風花ちゃんが裸を見せている自覚がないのも、それがまた逆に興奮する。これが覗きの美学か。盗撮がなくならない訳だよ。
「い、いや! なんでもないよ!」
けれども、紳士な僕は突然の事態に混迷を極めてしまう。そう。紳士だからね。ビビった訳じゃないよ。先輩の裸を見た事がある俺に何をビビる訳があろうか。
で、でも一応、手心は加えてあげよう。確か築山は全衣服を透視出来る相手なら調整も出来るって……。
「本当に? ほんとのほんとに大丈夫?」
心配げにこちらを見あげてくる風花ちゃんに可愛らしいブラとパンツが装着された。
……これはこれでエッチだな。人によっては隠されている方が好きだろうし。何より風花ちゃんのシミ一つない綺麗な白い肌に薄ピンクの下着は趣きがある。
「ルミお兄ちゃん?」
おっと、思わず凝視してしまった。
いやでも、透視する度に挙動不審になってたら世話もない。風花ちゃんには悪いが、慣れる為に暫し付き合って貰おう。これもデータの為だからね、仕方ないんだ。
「大丈夫だから、帰ろうか」
「う、うん」
笑顔を向けたら露骨に戸惑われた。そんな胡散臭かったかな。胡散臭かったか。
まあ、聡明な彼女の事だ。俺の不自然さには気づいているんだろう。
それでも、追及してこないのは風花ちゃんなりの優しさか。や、追及されたら困るんだけども。良い感じの言い訳も思いつかないし。こんな中途半端な時期にイメチェンってのもなあ。
「折角だし、どこか寄っていく?」
若干の気まずさと下着姿を勝手に見ている事に罪悪感を覚え、誤魔化しついでになんとなく発した言葉。言ってから、衆目を避ける風花ちゃんが頷く筈がないなと気づく。
同性なら兎も角、異性と二人とか過激なファンがまた暴動を起こす可能性もある。第二第三のストーカーをあの案件を解決した俺が生み出す訳にはいかない。
「えっ」
案の定、唖然とした表情を浮かべる風花ちゃんに慌てて手を振った。
「ああいや、ごめん。帰ろう帰ろう。真っ直ぐ帰ろう、ははは」
あっぶね。隼や聖と居る時のノリだったわ、完全に。なんだかんだ一緒に居るから気安さが出てしまったね。反省反省。
そんな乾いた笑い漏らす俺の制服の裾を躊躇いがちに風花ちゃんが摘む。
そして、上目遣いでおずおずと切り出した。
「えっと、その……お兄ちゃんが良ければ、行き、たい……です」
ほんまか。