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「本当に大丈夫、ルミ君?」
翌日。
体調不良は休むための口実なので、大丈夫も何もないのだが、俺たちより先に出勤する秀秋さんには「無理そうならすぐに連絡するんだぞ」と言われ、心春さんには心配をそのまま形にしたような表情で見送られ、俺の横を歩く水夏に事ある毎に顔を覗き込まれる。
申し訳なさで胃が痛いが、素直にズル休みと白状する訳にもいかないので、これが嘘を吐いた代償として呑み込むしかない。
すみません。もう二度とやりません。
「だから大丈夫だって。多分、休みの間に乱れた生活リズムが戻ってなかっただけで、昨日でちゃんと矯正出来たよ」
「それならいいんだけど……」
「それに」
昨日考えていた様に今日は学園で情報を集めたい。
あれから自分の部屋を物色したりしてみたものの、追加で得られた情報は大してなかった。
だから、これ以上は家でジッと過ごしていても無意味かなって。何より、今日は休みである心春さんと二人きりはちょっと気まずい。
考えてもみろ。あの心春さんだぞ。甲斐甲斐しくお世話されるに決まってる。
そんなの……そんなの! 無限に甘えてしまうだろうが! 俺は自分に甘いんだ。
……うん。あの人はきっとダメ人間量産機だと思う。色々とハイスペックな秀秋さんが相手で本当に良かった。
「それに?」
俺が途中で言葉を切ったからか、不思議そうに水夏は小首を傾げる。
ポニーテールが揺れて、彼女の纏う香りが仄かに鼻腔を擽った。
「二日も休むとなると、次に登校した時にアイツ誰? ってならない?」
前世で、ここまで密に女性と接近した事がなくて、高鳴りかける鼓動を誤魔化すように視線を逸らす。
「ならないよ?」
「共通の話題も見つからず、クラスに溶け込めずにぼっち街道まっしぐらにならない?」
「あたしと同じクラスの時点で、ぼっちじゃないよ?」
水夏と同じクラスなのか。
さすが幼馴染み。これもエロゲ特有の腐れ縁って奴だな。
「お。じゃあ、俺が孤立した時は傍に居てくれ」
「えっ!? う、うん! 勿論だよっ!」
あれ?
なんか選択肢間違えたか?
まあ、良いや。今更好感度が上がった所で、水夏に至っては手遅れだろうしな。どう足掻いても不仲になる未来が見えないし、個人的には出来たとしてもやりたくない。
ただまあ、こんな感じでヒロイン達の情報を得たいな。その為には虎穴に入らずんば虎子を得ず。ヒロインで溢れる学園にも吶喊しよう。
べ、別に学園生活を楽しみになんかしてないんだからねっ!
そんな訳で、出勤や登校する人々に紛れて電車に揺られ、学園の最寄り駅で下車。駅名はそのまんま“聖まあち学園前”だった。分かりやすいね。
俺が学生の頃歩いた様な何の変わり映えもしない通学路を進んでいくと、チラホラと俺や水夏と同じ制服姿の子──学園生の数も増えてくる。
「でさあ…………」
「マジ!? やっば……」
増えてくる。
「昨日のバラエティ……」
「風花ちゃんが……」
増えてくる。
「最近、痴漢が……」
「ホント最悪……」
……あれ? 女子、多くね?
俺の気の所為か? 本当に? Really?
「おーっす、お二人さん」
それとなく周囲に視線を配っていると掛けられる声。おいおい。全く気づかなかったぞ。
内心驚きつつも、いつの間にか横に並んでいたそいつに顔を向ける。
「おはよう、谷町君」
こいつは谷町 隼。
俺と同じく日本人の特徴である黒目黒髪。しかし、その髪は普通の一般人とは差異があるのか、それとも何か手入れ的な物をしているのか、どこか輝いて見える。そして、高身長イケメンで親も事業家な為に金もある。ついでにスポーツも出来るとか言う神が二物も三物も与えたような存在。
俺がハーレムゲーの主人公でなければ、確実に勝ち組になれたであろう俺の男友達で悪友。
……すまないな、友よ。俺の我儘でお前の人生を捻じ曲げてしまった。
恨むなら神様を恨んでくれたまえ。
「おい、ルミナはなんでいきなり遠い目をしているんだ?」
「あたしに聞かれても……」
おっと、感傷に浸っている場合ではなかった。
気を取り直して片手を上げる。
「よっす」
「うん? なんだ。思ってたより元気そうだな」
どういう事だってばよ。
「水夏嬢曰く、ルミ君が大変で大変なの! って事だったからな。どんな奇病に冒されたのかと」
水夏を見ると視線を逸らされた。まあ、大変な変態である事は認めるけども。
この幼馴染みは心配のあまり、話を大袈裟にしてしまったらしい。
実際、休むと言った時は死の淵から生還したばかりだし、死にかけた理由が理由だったので、大変で変態な状態であったのは確かだが。
「生活習慣の乱れが体調に出てしまったんだよ」
「おっさんかよ、ルミナ」
おっさんだよ、前世では。
「隼のクラスは?」
「お前らと一緒だ一緒。ついでに聖も一緒だ」
聖とは俺のもう一人の悪友……いや、隼と同列に扱うのはアイツに失礼だな。俺たちの良心枠だから。
よく暴走する隼のストッパー役と言っても過言ではないだろうし、普通に友人で良いか。
「なら、今年も楽しい一年になりそうだな」
「はっ。楽しくするの間違いだろ?」
「くひっ。違いない」
悪友と拳を突き合わせて笑う。
これが同性の距離感であり、互いに修羅場を乗り切った事のある絆。
俺自身は全く身に覚えがないのだが、刻まれた記憶が両者を繋ぐ。
「ねえ。何かやるなら、あたしもちゃんと混ぜてね?」
軽く引かれた制服の袖。
振り向くと上目遣いの可憐な少女。
「うっ!」
心臓がときめく不意打ちだった。
やめてくれ水夏。女性耐性がない俺にその仕草は効果覿面なんだ。
自分の可愛さを自覚してくれ。この天然美少女がよぉ!
「え!? どうしたの、ルミ君!? やっぱりまだ身体の調子が良くないの!?」
ピタリと。俺を支えるように寄り添う水夏。
あぁぁぁぁ。制服越しでも色々と柔らかいよぉぉぉっ。
あまりの衝撃に昨日の事がフラッシュバックする。俺、水夏の胸を揉んだんだよな……。
こんなの異性を感じるなってのが無理な話。股間に活力が宿りそうになるのを懸命に抑え込む。
「……はーん? ルミナ、お前……漢になったのか?」
そんな風にドギマギしている俺を眺めた後、厭らしい笑みを浮かべて片手で輪を作り、もう片方の手の指を輪に出し入れする隼。
あまりにもゲスい。このゲスさがなければ女子からの評価ももっとマシだっただろうに……。本来ならモテモテとなるステータスも彼の言動のせいで、チャラチャラしていて薄っぺらにしか聞こえないらしい。
ゲームのキャラで友人ポジションとは言え、これには同情を禁じ得ない。
「漢になった……って?」
意味が分かってないのだろう。首を傾げる水夏。
是非ともそのまま穢れなく健やかに育って欲しい。
秀秋さん、心春さん。貴方達の娘は元気にやっていますよ。……何様なんだろう、俺。
「なってねえよ! あと、本当に何ともないので離れてください、水夏さん……」
俺たちの騒がしい登校風景は、保健室に行く行かないの押し問答を挟みつつも、校門を潜り、下駄箱で上履きに履き替えて、自分達の教室に着くまで続いた。