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火燐アフター 2


「クラス委員に用事ってなんだろう」


「そんなの呼び出した側しか分かんないわよ」


「それはそう」


 終業式の日。式の為に体育館へ移動しようと思った矢先、引率者であるエレちゃん先生に杏樹と共に手招きされ、彼女から告げられた内容に首を傾げつつ、二人で人気のない廊下を進み、辿り着いた生徒会室の扉を叩く。


「海鷹です」


「入ってくれ」


「失礼します」


 おや? この声は会長じゃなくて先輩だな? なんで?

 不思議に思いながら、招かれたので扉を開けて入室する。そこに居たのは先輩を始めとして風紀委員の腕章を付けた人が幾人か。何故か全員がインカムを装着している。

 ……なんか雰囲気が物々しいな。先輩以外はどう見ても俺たち──主に俺を歓迎していない。俺に続いた杏樹も室内に入っては目を見張って驚いてるし。


「よし。被疑者を確保。総員、手筈通りに配置へ」


「「「はい!」」」


 これは一体、何事で呼ばれたのだろうと思案していると先輩の号令に威勢よく返事した風紀委員達が生徒会室から続々と散っていく。

 そして、あっという間に俺と杏樹、先輩だけが部屋に残された。何これ?


「被疑者って俺の事ですか?」


「ああ」


「なにゆえ?」


「胸に手を当てて考えろ」


「杏樹、胸を貸して」


「バカなの?」


 咄嗟に自身の胸を両手で隠した杏樹の冷たい視線が俺に突き刺さる。うん。これは流石に空気が読めてなかったね。

 でも、少しくらいは情状酌量の余地が欲しい。俺も混乱しているんだよ。


「他のクラス委員は?」


「それは方便だ。元よりお前達……海鷹をここへ怪しまれずに呼び出す為のな」


「……あーしはオマケ?」


「海鷹だけを呼ぶ理由が思いつかなくてな」


「会長は毎回問答無用ですけど」


「邪重はほら、な? 分かるだろ?」


 長い付き合いの先輩にすら濁されるのか。時たまやる傍若無人な振る舞いに物申したさはあるけど、恩義があるし暴君って訳じゃないから扱いに困っているって感じか。ちょっと面白いな。


「と、兎に角! 二人には終業式が終わるまでここに居てもらう」


「拒否権は?」


「あるぞ」


 えっ。あるんだ。てっきり、有無を言わせず拘留されるものかと思っていたけど。

 あれか。杏樹が居るから無理強いはしたくないのかな。鬼と呼ばれているのに優しいところもあるじゃん。


「ただし、私を倒す事が出来たら、だがな」


「降参します」


「早くない!?」


 にやりと笑う先輩に対して一瞬で両手を上げる。

 いやいや、無理だって。俺如きが先輩に勝つなんて。それこそ、逆立ちなんて生ぬるい。俺が束になっても不可能だろう。


「でもまあ」


「?」


「よくよく考えたら、空調が完備されているここで待つのもありですね」


 体育館広すぎて暑いんだよな。冷房自体はついていると思うんだけど、効きが弱すぎて全体をカバー出来てない。

 その点、生徒会室はとても快適である。外に出るなと言われたものの、それ以外は制限されてないし、形式張った式典をただ座して過ごすより余っ程自由だ。

 幸いな事にスマホという便利な暇つぶしもあるしな。終業式は挨拶やら表彰やらで最低でも30分から一時間程度は掛かるだろうし、俺はのんびりとソシャゲでも嗜むとしよう。テスト期間に始めてぼちぼち続けてはいたんだけど、最近実装された期間限定水着キャラを奇跡的に引けたお陰で、本腰入れちゃったんだよな。


「……今回は何も企んでないのか?」


 勝手知ったる生徒会室なので、適当な椅子に腰掛けつつ鼻歌交じりでソシャゲのデイリーを消化する俺。それを疑惑の眼差しで眺める先輩。

 ふっ。何を言うかと思えば。


「まるで俺が、節目には必ずやらかしているみたいな言い方はやめて欲しいですね。そうだよな、杏樹」


「えっ、何もしないの?」


「……杏樹さん?」


「だって去年が去年だし。アンタの事だから、絶対何かしらやると思っていたんだけど」


 おおう。おかしな方向性で信頼されてまんがな。

 でも、そうか。去年……去年ねえ。何をしたのかあんまり覚えてないんだよな。うーん。それとなく聞いてみるか?


「ちなみになんですけど、俺がやった事で印象に残っている事はなんですか?」


 やることを終えたので、スマホをポケットに戻しつつ尋ねる。

 我ながら完璧な問いかけだ。これなら誰も去年の記憶がないとは思うまい。


「私は去年の今日だな。お前から契約を持ちかけられたのもあるが、学長を弄るなんてバカ……大それた真似をする奴が居るとは思わなかった」


「ああ……まあ、それは」


 言われて朧気ながらも思い出す。

 当時の俺が何を考えていたのか。それはあくまでも想像に過ぎないのだが、初めての活動だったから極力派手でインパクトのある物がやりたかったんだろう。

 それがどうして学長をMMDで踊らせるなんて発想になったのかは謎だが、あの出来事を発端に同好会や廃部の危機にあった部活がこのままたち消えるくらいなら手を取り合おうという傾向になったんだよな。


「あの時にお前が唆した二つの同好会も部員数の問題で廃部になりかけていた茶道部と相撲部を吸収し、日本伝統部として纏まったしな」


「伝統……?」


 映研のどこに伝統が……。というか、相撲部は本当に合併相手がここで良かったのか? 浮いてない? それと活動内容が想像出来ない。あれか。抹茶を飲んで「ごっつぁんです」とか言ってくるのかな。

 まあ、それをともかくとして、部活同士の吸収合併は夏休み中に盛んに行われた。

 だが、元より目指す所が違う部活同士。問題もそこかしこで起きたのだが、それらの大半を片付けたのが、ここにおわす風紀委員長様で。


「あれがなければ、私は風紀委員での立場が弱いままだったんだろうな」


「今となっては想像もつきませんけど」


「だからこそ、印象に残っているのさ。間違いなく、私の転機だったのだから」


 そう言って朗らかに笑う先輩が珍しくて少しだけ見惚れた。


「……ねえ、ちょっと待って」


 そこへ杏樹から声が掛けられ、意識がそちらに。


「聞き流しかけたけど契約って何? もしかして、え、エッチな事じゃないでしょうね?」


 ナニを想像したのか、ほんのりと頬を染めながら、ジト目になる杏樹。

 誤解だと言いたいが、俺も契約の内容までは思い出せてないから断言が出来ない。これはどうしたものかな。


「こればかりは二人の秘密だ。だが、決して卑猥な内容ではない事だけは伝えておこう」


「そ、そう……」


 ちょっと困っていると先輩が助け舟を出してくれた。さり気ない気遣い、こんなのキュンとしちゃうね。

 でも、内容は俺も気になるから言ってくれて良かったんですよ。


「それで? 私は海鷹の質問に答えた訳だが」


「え? あ、これあーしも言わなきゃいけないやつ?」


「違うのか? 海鷹は私達に聞いたものと思っていたのだが」


 杏樹が視線で「どうなの?」と問いかけてきたので頷いておく。

 言われてみれば聞き方が聞き方だったし、杏樹が自分を省いているのも理解は出来る。俺も先輩に向けて言ったしな。が、少しでも情報が得られるのであれば、それに越したことはない。


「……あーしは文化祭ね」


「なるほど」


 情報は得られましたか?

 文化祭で何をしたんだ、去年の俺。いやでも、流石に体育祭と違って多少は覚えているぞ。確か日中はクラスの出し物を手伝って過ごしていたような。

 ……うん。普通だ。つまり、何かしたのであればその後なんだが、そこはやっぱり思い出せない。


「ところで」


「?」


 記憶を懸命にサルベージしていると再び先輩から水を向けられる。


「重ねて聞くが、今日は本当に何もしないのか?」


「何もさせないようにしているのは先輩では?」


「それすらも予測して対応してくるのが海鷹夜景という男だろう?」


「ははっ。先輩の評価が高くて嬉しい限りですけど、それは買い被りってもんです」


 行動を起こそうにも生徒会室に缶詰めにされた手前、どう足掻いても不可能。

 一応、隼を始めとした協力者が外に居るとは言え、体育館では恐らくそこかしこで風紀委員が目を光らせているので、それらを掻い潜ってまで俺の我侭に付き合って貰うのも忍びない。

 まあ、そもそもの話、


「今の所、怪しい動きをしている者は居ないという報告も受けている」


「そりゃそうですよ。今回、生徒の誰からも何の依頼もされてないんですから」


 動くための大義名分がなければ、俺だって何もしない。

 楽しい事があれば率先してその輪を広げる心持ちはあるけど、学園の秩序を無茶苦茶にしたい訳ではないしね。


「なん……だと……」


「あー。だからずっと大人しくしているんだ?」


「まあ、話が既に俺の手から離れているってのもあるけど」


「それはどういう」


 言葉の途中で先輩の目が丸くなる。

 どうやら、他の風紀委員から緊急の連絡が入ったらしい。うん。時間的にそろそろかなとは思っていた。


「やってくれたな」


 言葉自体は苦々しげなのに、どこか楽しげな表情を浮かべる先輩。

 これはどうも、期待に応えてしまった感じかな?


「え? なに? やっぱり、なにかしたの?」


「ああ。しかも、先入観を利用された」


「先入観?」


「海鷹に依頼をするのは何も生徒ばかりではないという事だ」


「それって、まさか……」


 杏樹が息を呑む。いやはや、そこまで驚いてくれると仕掛け人冥利に尽きちゃうね。

 という訳で、ここに居る二人にはネタばらしといこうか。


「ご明察。今回の発起人は学長だよ」


「えぇ……。いつ仲良くなったのよ」


「中間テスト受け損なった時。学長自ら特例措置認めてくれたから、 お礼を言いに行ったら終業式に何かやりたいって言われて」


「その時から仕込んでたの!?」


 はい。正直、俺もこんな展開になるとは想定していなかったよ。

 だって、これだけは明確に覚えてるんだけど、『学長のMMDモデル作って踊らせたら?』ってアイデアを出したの俺だし。絶対、俺に対して良い心象は抱いてないだろうなと思うじゃん。

 けれど、いざ蓋を開けてみれば、ああいった余興を自分もやってみたいから何かアドバイスをくれと言われるなんてね。

 そらもう盛大に乗っかりますとも。


「んでまあ、夏だし納涼目的で怪談とかどうかなって。それで、新聞部に頼んで怖そうな話を色々集めてもらった」


「それが現在進行形で披露されている。いつもの形式張った挨拶だと思っていた生徒や教師の度肝を抜く形で」


「うわぁ……。良かったぁ、その場に居なくて……」


 気持ちは分からんでもない。

 元より気構えが出来ているのなら兎も角、完全に不意打ちの形だからな。しかも、ちゃんとドッキリするような演出も考えた。

 怪談が苦手な人は言わずもがな、得意な人でも少なからず肝を冷やす事になるだろう。


「……分かった。すぐに行く」


 現場の風紀委員達から応援を求められたのか、そう答えた先輩が俺に視線を向けた。


「ご心配なく。怪談の一つ目は最後まで聞いて貰いますけど、二つ目以降を聞きたくない人の為にヒーリング音楽を流すヘッドフォンを支給しますので」


 言わんとしている事は存分に理解していますとも。楽しめない人には無理をさせない。式典故に終わるまで体育館から出す事は叶わないが、回避する手段はちゃんと準備している。


「相変わらず用意が良いな。新聞部か?」


「いいえ。今回は吹奏楽部が全面協力してくれましたよ」


 依頼を持ちかけたら即時了承して貰えたんだよな。大手の割にフットワークが軽い。

 しかも、怪談の二つ目から効果音も担当してくれると言う。ほんとノリが良くて助かるよ。


「……吹奏楽部から体育館の使用許可申請が届いた時に気づくべきだったか」


 そう言って苦笑する先輩が俺の傍に立った。

 うん? なんだろう。すぐ行かなくて良いのかな? ここに居るより現場で指揮を執った方が色々と都合が良いと思うんだけど。


「……海鷹」


「なんです──んむっ……!?」


 呼ばれたから先輩の方へ顔を向けた瞬間だった。

 襟元を掴まれたと知覚した時には、既に先輩の端正な顔が目前にあって。

 何が起きたのか全く理解出来ず、目が点になった。


「なっ!?」


 杏樹の驚愕に満ちた声が耳朶(じだ)に響いて、我に返る。そして、呆然と見上げる先、軽く(かが)めていた身を起こし、いつも通り背筋を伸ばした先輩と視線が合った。

 なんだ? 何が起きた?

 戸惑っていると先輩が自らの唇に人差し指を這わせる。そこで漸く気づいた。


「ふっ。出し抜いてくれた事へのちょっとした意趣返しさ」


「えっ? ……あっ!」


 き、キスされたぁーっ!?

 しかもなんか、オラオラ系のイケメンがやるみたいなやり方で!(偏見)

 うわあ! うわああああ! 完全にヒロイン側だったよ、今の俺! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!


「ちょ、ルミナ!?」


「ははっ。お前でもそんな顔をするんだな」


 真っ赤になって悶える俺を一頻(ひとしき)り笑い飛ばして、先輩は生徒会室を後にする。

 勿論、俺にそれを見送る余裕はない。乱れた心を宥め、なんとか平常心を取り戻そうと必死である。


「サラッと出来て羨ましい……」


 だから、杏樹が零した独り言は当然聞こえる筈もなく。

 そうして、時間をかけて何とか落ち着いた頃には終業式も恙無(つつがな)く閉会したらしく、いつメンの三人が生徒会室まで迎えに来た。

 それに杏樹を交えた五人でどこか浮き足立った教室に戻り、エレちゃん先生から長期休暇の諸注意を逸る気持ちを抑えつつ聞く。


「デハ、号令をお願いしマス」


 その言葉を皮切りに、開放感がクラスを包む。

 さてさて。莫大な時間のある夏休み。果たして俺は無事に乗り切れるのだろうか。

 ま、出来る限りやっていきましょうかね。

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