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火燐フラグ 4-7

警告とか何も来なかったけど、前話許されるのか……


(あれ? 俺はなんで眠っているんだ?)


 ゆっくりと意識が浮上する感覚に困惑する。睡眠を欲する身体とは裏腹に、何故かフル回転を始める脳が警鐘を打ち鳴らしていた。

 ああ。この感じは()っている。前世でよく身に覚えがある。二度寝の誘惑を振り払えず、寝過ごした時の焦燥感と一緒だ。つまり、


「遅刻ぅっ!」


「っ!?」


 知覚と同時、勢いよく跳ね起きる。

 何故かベッドの横に居た先輩が凄く驚いていた。……え、先輩が居る? なんで?

 まあ、そんな細かい事は置いておこう。とりあえず、今は何時だ? まだ間に合うか?


「一限目のテスト終わってんじゃねえかよ!」


 枕元にあったスマホで時間を確認して嘆く。

 なんてこったい。今から学園に向かったとして、二限目のテスト時間中には間に合うだろうが、果たして何問解けるだろうか。

 いや、考えるのは後回しだ。こうしている間にも時間は刻一刻と進んでいる。頭を動かすのも確かに大事だが、この場では手と足を動かせ。

 うん。俺は落ち着いている。焦りはあるが、冷静な判断が出来ている。これも前世の賜物だ。


「……ここ、どこ?」


 そうして気づく。視界に映る光景がおかしいことに。

 何だこの俺が寝ていたベッドと先輩が座る丸椅子くらいしか家具のない狭い部屋。全く見覚えがない。


「もう良いか?」


「え? あ、はい」


 記憶の整合性がつかなくて固まっていると先輩が声を掛けてきた。


「……すまん。迷惑をかけた」


 何か謝られましたけど?

 あー、でもなんだ。少し寝た事で思考が鮮明になったからか、経緯を思い出してきたぞ。

 何故かいきなり発情した先輩とよろしくヤりかけたんだっけ。それで、興奮しすぎて鼻血出して気絶したんだわ。我ながらコント染みた事をしているね。


「いえいえ。こちらこそ余計な手間を」


 トイレから移動しているという事は意識を失った俺を先輩が運んだという訳で。気絶した人間を一人で抱える事が出来るとは思えないが、御足労をかけたのは間違いないだろう。

 だから、気持ち背筋を伸ばして頭を下げる。


「……ふっ」


「?」


 そんな俺の反応を見て小さく笑う先輩。


「余計なんて事はないさ。助かったし、救われもした。あのままだと私は取り返しのつかない所までいっただろうしな」


 確かに。気絶して中断しなければ、俺は先輩をイカせるつもりだった。

 場の雰囲気にあてられたとは言え、俺もスイッチ入ってたんだよなあ。反省だわ。


「しかし」


「はい?」


「一体、何処までが計算尽くなんだ? 邪重と共謀しているのは分かっていたが、今日の邂逅も偶然ではないんだろう?」


「ん???」


 あれ? 会話が噛み合ってなくないか?

 会長と共謀? 先輩は何の話をしているんだ?


「剣道部の体験入部はこの為の布石か? いつから私が脅されていると気づいていた?」


「脅さ……えっ?」


 何それ知らない。

 体験入部もどちらかと言えば会長への“ちゃんとやってますよ”アピールみたいなとこあったし。


「……そうなるとギリギリまで介入して来なかったのは、私一人で解決出来ると信じていたからか。すまない。お前の期待に応えられなかった」


「???」


 なんだろう。先輩の言っている意味が分からない。

 唯一つ。唯一つだけ理解出来るのは、凄まじい誤解が生まれようとしているという事くらいだ。


「あの、先輩? 何の話をしているんですか?」


「そうやって(とぼ)ける所がまたお前らしいな」


 違うよ? 本当に分かってないんだよ?


「今回の事も借りの数勘定に入れないから気にしなくて良いと。そう言いたいんだろう? 全くお人好しが過ぎるぞ」


 何も把握していない内に先輩の好感度が鰻登りなんだが。

 やれやれ。みたいな雰囲気出されているけど、俺はもっと仔細が知りたい。何が藪蛇になるか分かったもんじゃないし。


「お待たせー! やー、さすがあたし。染み抜きもお手の物よね」


 なんて考えていると扉を開けて知らない人が入室してきた。

 誰だと思いはしたけど、声に聞き覚えがあるな。トイレで聞き耳を立てていた清掃員の人か。


「お、目を覚ましたんだね? 丁度良かった。はい、これ」


 彼女は愛嬌のある笑顔を浮かべると俺にその手に持っていた物を渡してくる。

 制服のシャツ? あれ? そういえばいつの間にかインナーしか身につけてないな。

 疑問に思いつつ綺麗に畳まれたシャツを広げる。朝に着た時と遜色のない白さが眩しい。恐らく垂れていたであろう鼻血の形跡は何処にもなかった。


「染み抜きって事は血で汚れたこれを清掃してくれたんですか?」


「まあねー。その道のプロみたいな所もありますし、こういうのはお茶の子さいさいってね」


 ちょっと言っている意味がよく分からないけど、どうやら善意で制服をクリーニングしてくれたらしい。

 仕事が出来る人だったか。ただのムッツリな人だと思っていたわ。ごめんなさい。


「ありがとうございます。助かりました」


「いいのいいの。あたしも久しぶりに男の子の匂いを堪能……掃除以外の事が出来て楽しかったし」


「聞き捨てならない言葉が聞こえたんだが? 海鷹の制服でナニをしていた?」


「な、何も? どうせ綺麗にするならもっと汚しても大丈夫だよね? とかは全く微塵もこれっっっぽっちも思ってないよ?」


 語るに落ちているんですが、それは。

 俺の謝罪を返して欲しい。でも、そうか。この人、俺のシャツでイケナイ事をしていたのか。……よく見ると顔は中々に可愛いんよな。ふむ。どれどれ。


「海鷹? どうして制服に顔を近づけている?」


「イエ、ナンデモアリマセン」


「……ふむ。この程度で借りの一割も返せるとは思えないが」


「……?」


「その、なんだ。溜まっているのなら、さっきの続きを……する、か?」


 おやおや? 

 この人は恥じらいながら何を言っているんでしょう。


「ちょちょちょっ!? そんなの許容出来る訳ないでしょ!? ここは体調が芳しくない人が運ばれる部屋なんだから」


「なるほど。それなら問題ないな」


「はいぃ!?」


「中途半端な所で終わったせいで、胸の内がモヤモヤしているんだ」


「それを体調不良というには無理があるよ!」


「もし見逃してくれると言うなら、混ざっても構わんのだが?」


「えっ!? そんな、えっ!? いやいや、でも、さすがにちょっと……」


「人のシャツだけで満足出来るのか? 海鷹をこっそり運び出す際、ズボンの膨らみを凝視していたのに気づいてないとでも?」


「うぇっ!? なんで、バレ……はっ!?」


 うわぁ。えげつない誘導尋問だ。

 先輩の勝ち誇った笑みがまるで悪魔のよう。

 後、俺の預かり知れぬ所で3P計画を進めないで欲しい。叶わない話ではあるけど、ちょっとワクワクしちゃう。


「欲求不満なんだろう?」


「そ、それは……うぅ……!」


「まあ、それでも無理だと言うなら仕方ない」


「……諦めてくれるの?」


「終わるまで、貴女には意識を絶っていてもらう。大丈夫だ。まるで眠るように落と──」


「是非とも混ざりたいです!」


 大人が暴力に屈しちゃった。

 いやね? 押しに弱そうだなあというのは俺も薄々感じてましたけどね?


「という訳だ、海鷹。一人増えても問題ないか?」


 どうせ射精した時点で死ぬので、二人居ようが十人居ようが変わりません。

 なんて言える筈もなく。このままでは明らかに不味い。

 だがしかし、風花ちゃんにひたすら押されてタジタジだったのも今は昔。

 あれから考えましたとも。もし、他のヒロインに迫られたらどう対処するべきかを。

 それが今、実践の時!


「問題はないですけど、先輩と続きは出来ません」


「っ!? な、何故だっ!?」


 本気でショックを受けた顔をされた。うぐぅ、凄まじい罪悪感が。

 負けるな、俺。頑張れ、俺。ここで流されたら死ぬんだぞ。


「俺は童貞なんですよ」


「……?」


「そんな俺が先輩と致した場合、即座に果てると思うんですよね」


「それが……?」


「でも、性欲自体は強いのですぐに復活すると思うんですよ」


 若さゆえの特権と主人公補正で、本来の世界ならそうなるね。エロゲだもん。当たり前だよな。


「となると、そのまま何回戦もする事になりますよね?」


「そ、そうなのか?」


「なります。先輩は魅力的なので」


「そ、そうか」


 照れる先輩。可愛い。だが、本題はそこではない。


「あ。もしかして、私が初めてだから気を遣っているのか? 止まれなくなると申し訳ないと」


 ……その発想はなかったな。俺が望んだ世界だし、ヒロイン達も初体験からすぐに気持ちよくなっちゃう感じだと思い込んでた。

 そっちを言い訳にした方が良かったか?


「それなら心配しなくていい。痛いのは我慢すれば良いだけだからな」


 体育会系の根性論が出てきちゃったよ。危ねぇな。この理由を選択肢に入れるのはやめておこう。


「それもありますけど」


「けど?」


「俺とヤッたら妊娠しますよ」


「!?!?」


「へ、へぇ〜……最近の若い子は凄いんだあ」


「というか、孕むまで中出しします。確実に。学生で妊娠なんて、先輩は困りますよね?」


「いやでも、お前との子なら私は……」


 む。まだ食い下がるか。

 産まれてくる子に罪はないが、妹二人の事を考えたら赤ん坊の負担がどれ程キツいかなんて、先輩が分からない筈もなかろうに。

 仕方ない。この手だけは使いたくなかったんだが。


「先輩!」


「ひゃいっ!」


「俺に! そんな! 甲斐性は! ない!」


 突然の大声に先輩が珍しい反応を示す。そこに炸裂するは我が必殺、尊厳の破棄。俺は人間性を捨てるぞ、ジョ〇ョーッ!

 ……はい。正直、この場から逃げ出したくてたまらないが、まだ大事な事を言ってないので先輩としっかり目を合わせる。


「だから、俺が独り立ち出来るまで……先輩との子供を大切に育てられる環境が整うまで、そういった事はやめときませんか?」


「海鷹……お前はそこまで考えて」


 おろ。ドン引かれるかと思ってたんだけど、そうでもないな。元の好感度が高かったが故かね。

 よし。何はともあれ、これで今回の修羅場も潜り抜けたと言っても過言じゃないな。

 トイレでおっ始めかけた時はヤバいと思ったけど、なんとかなって良かった良かった。

 これにて一件落着だ。


「じゃあ、お姉さんが養ってあげるから、気兼ねなく子作り……しない?」


 なんですと?


「孕むまでって、それこの場に居るあたしもだよね……? じゃあ、もし彼女が妊娠してどうしようもなくなったら、うちにおいでよ」


 おいおいおいおい。とんだ伏兵が現れたもんだなあ!


「こう見えてお金はあるから。……使ってないだけとも言うけど」


 そう言いつつ、えへへと笑う清掃員さん。本来なら可愛らしい笑顔が、俺には死神に見えるよ。

 どうする? こんなのは想定してないぞ。先輩はよく知っているから対処可能だけど、清掃員さんの事は何も知らないから黙らせる方法が分からない。


「申し出は有り難いが、そこまでして頂く義理が……」


「初対面だもんね。分かる。分かるよ。あ、ちなみにあたしは(うらら) (あや)って言います」


 さり気なく自己紹介された。

 どうしよう。名乗り返すべきなんだろうか。本音を言えば、聖まあち学園の生徒なのは制服でバレているだろうし、これ以上の情報を与えたくない。


「それで、あたしがここまで必死な理由だけどね、ずっと男日照りなの」


「ん……?」


「年齢=彼氏居ない歴で、男性と関わった事も片手の指で数えられるほど。社会に出たら、そんな自分も変えられるかなと思ったけど寧ろ出会いなんて全然ない」


「……」


 なんか語り始めたけど、反応に困る。先輩を見ると同じような表情をしていた。


「そんな時に降って湧いたようなこのチャンス。逃さずでおくべきかって話だよね。だから、お願いします! あたしは妊娠しても大丈夫だから、サクッとヤッちゃってくれませんか!」


「お断りします」


「なんでぇ!? これでも優良物件だと自負してるんだけど!?」


「その自称は大抵地雷物件なんだわ」


「そこをなんとかお願いします! 出来れば恒久的なお付き合いも前提で!」


「一々、重いんだよなあ……」


「君ともっと親密になりたいな!」


「と、友達からで……」


「やんわりと断る時の常套句じゃん!」


「チッ」


「舌打ち!? そんなに嫌なの!?」


 おっと。いい感じに纏まりかけたのを無茶苦茶にされたから、つい態度に。

 先輩、助けてください。俺の手に負えない。


「海鷹も元気になった事だし、そろそろ私は学園に向かうか」


 まさかの裏切りである。俺を置いていかないで。


「じゃあ、俺も──」


「君はまだ本調子じゃないからダメだよ。はぁはぁ……大人しくお縄につきなさい」


 やだ怖い。それといつから貴女はその道の人になりましたか?

 人の体調を勝手に判断しないでください。ええい、埒があかん。


「テストが俺を待っているんです!」


「あ、こら!」


 こんなもの三十六計逃げるに如かず。

 俺はこっそりと鞄やら脱がされた靴やらの位置を確認。ベットから降りると同時、それらを全て抱え込み、先輩がそっと開いてくれた扉から室外へ飛び出した。

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