火燐フラグ 4-5
なろうはね、面白い作品読んでると無限に時間が溶けるから良くないよね(責任転嫁)
テスト期間というのはいいものだ。
何故かと言うと、まず始業時間がいつもより遅くなる。
と言っても、20分くらいの差しかないのだが、その朝の20分が如何に重要であるのかなんて、今更語るまでもないだろう。
そして、何よりも大きい差別点が学園の滞在時間である。生徒の集中力の事を考えてか、一日で行うテストは大半の日が三科目であり、基本的には昼の時点で終了する。
その後は自由行動なので、家や塾とかで次の日のテスト科目を黙々と予習するなり、全てを諦めて友人達と遊び耽るなり、各々の自主性に委ねられる。
言ってしまえば、テスト期間というのは朝も放課後も時間的余裕が生まれる時期であり、成績なんて中堅くらいであれば良いと思っている俺みたいな──しかも、学生二回目ともなれば、得意科目なんて勉強する必要もない──者からすれば更に手透き時間が増えるだけの天国みたいな期間である。え? 苦手科目? うん、まあ、そうねえ……。
閑話休題。とりあえず、何が言いたいのかといえば、
「新しく始めたソシャゲが面白くて、やめ所を見失ったせいでとても眠いんです」
「あらあら。それは大変ねえ」
あまりにもカス過ぎる理由で若干の寝坊をかましましたとさ。今日のテストは得意科目が固まっているからってのも大きいが、これはちょっと慢心が過ぎたかもしれんな。だが、そんな俺にも心春さんはとても優しい。うーん。ママ、好き。
ちなみに水夏と風花ちゃんは先に学園に向かっている。ギリギリまで待ってくれようとはしてくれたみたいだけど、さすがにこれ以上は本当に遅刻するからと秀秋さんに言われて家を出たらしい。
そんな秀秋さんも出勤した為、武藤家にはなんとか起きはしたが寝不足でふらついている俺と心春さんだけが残っていた。
「そんなに眠いなら今日は休む?」
「甘やかしが過ぎる」
「無理しなくていいからねぇ?」
「ここは這ってでも行けって言うところですよ? 俺の寝坊した理由、ちゃんと聞いてました?」
用意された朝食は食欲のあまりない俺でも短時間で食べ切れるようにか、バナナとヨーグルトにチョコレート。それらを吸い込む様にして胃に収めると、俺は中身の入ってない鞄を持って立ち上がる。
「では、心春さん。行ってきます」
「はぁい。気をつけてねー」
そして、何もかもを忘れてベッドにダイブしたいという欲求を振り払いつつ、心春さんに挨拶を投げ掛けてから家の外へ。
ついでに時刻を確認したが、始業には間に合わなくとも数分程度の遅刻で済みそうだ。ただ、問題が一つ。
「この時間は学園行きの電車が混むんだよなあ」
最寄り駅までの道を歩みながらぼやく。
テスト期間唯一の欠点がこれ。始業時間が遅くなるから、その分を家でゆっくりと過ごしてしまうと丁度朝ラッシュに巻き込まれるという。
まあ、転生前の大都会のような身動き出来ない程の混雑ではないが、それでも乗車率が凄まじいのはこちらの世界も同じで。ほんと毎日のお勤めご苦労様ですよ。
「あと、やっぱ眠い」
こればかりは若い身体に胡座をかいて、睡眠時間をそこそこ削った俺が悪いのだが。
調子を出し始めた太陽の光が瞳に突き刺さって痛い。視界が凄くショボショボするから、目を細めざるを得ないわ、これ。
うぅ、辛ぇ……。早く電車に乗って、どうにかして座りてえ。いやでも、当駅発でもなければ朝ラッシュ中なんだから普通に無理よなあ。最悪、隅っこで目を瞑っていたいなあ。
「……ん?」
なんて事を考えながらダラダラと歩いていると、段々と近づいてきた駅舎が外から分かるくらいには何か騒がしい。
耳を澄ました所で内容が聞き取れる訳ではないが、それは前世ではとても馴染みのある喧騒だった。
ふーん。電車の遅延って、こっちの世界にもちゃんとあるんだ。
『次に参ります電車は当駅止まりとなります。ご利用のお客様には大変ご迷惑をお掛けしますが、ご理解の程をお願い致します』
駅舎に入るとそんなアナウンスが聞こえた。
おいおい。乗りたい電車が事情あって乗れなくなった件について。遅刻自体は確定してるから別に良いんだが、これだと一時限目のテストは受けられないのでは? こういう時って情状酌量は認めて貰えるのかな。去年の成績から赤点はないと教師陣に判断して欲しいが。内申の悪さが響きそうですね、はい。
とりあえず、ホームには降りるか。学園に行くなら結局は電車に乗らないといけないし。
「うわぁ……」
ホームに着いたら着いたで、人の多さに辟易する。しかも、明らかに電車を待っている人達の雰囲気がピリピリしている。
俺も社会人だったから気持ちは分かるけど、駅員に詰め寄っても意味はないぞ。
……はぁ。これは暫く離れていた方が良いな。たった今ホームに入ってきた電車の影響で更に人口密度が増えるみたいだし、今の俺は眠気のせいで足元が若干頼りないしな。
「っ……!」
「あてっ! んん、どこ見て歩いて──ひっ!?」
だが、行動に移すのが少しばかり遅かったみたいで。急ぎの用でもあるのか、電車から早足で降りて来た二人組のうちの一人と肩がぶつかった。
咄嗟に謝ろうとそちらを振り向くと、同じタイミングで振り返ってきた男が俺の目を見て小さく悲鳴をあげる。
……そんなにですか? 確かに目を細めているから、パッと見だと睨んでいる様に感じるかもだけど、そこまで悪どい人相してますか、俺?
「み、海鷹……夜景……」
同性すら怯えてしまうという事実にショックを受けていると名前を呼ばれた。ルミナリエなんて言う単語が出たし間違いない。
あれ? 知り合い? ううむ。どこかで見たような気はするけど、全然思い出せないな。困った。
こういう時は笑って誤魔化しておこう。にこっとな。
「ひ、ひぃぃぃっ!!? お、お助けえぇっ!」
なんで?
なんか脱兎のごとく人混みを縫って逃げられたけど、なんで?
僕、また何かやっちゃいました?
というか、二人組なのにもう一人を置いていくのはどうかと思う。可哀想だろ。
「……先輩?」
置いてかれた人物に視線を向けて、その特徴的な紅の髪に気づく。
それは、この時間帯にこの場所に居るのはおかしい人。風紀委員長が何をやってんだか。
しかも、何やら様子がおかしい。一緒に居た男が逃げたというのに、先輩はその場で俯いたまま動こうとしない。……これを放っておくのはさすがに出来ないよなあ。
「先輩!」
「……海鷹?」
一瞬だけ躊躇したが、意を決して肩を掴むと先輩の身体が揺れる。
気持ち強めに呼びかけたら、先輩が顔をあげた。その表情はどこか虚ろで、それでいて頬は上気したかの様に赤い。
これは事情に触れていいやつか? 何かしらの事が起きてたのは分かるけど、藪蛇になったりしない?
「うおっ」
逡巡の間、ホームのド真ん中で立ち止まっていたのがいけなかったのだろう。邪魔と言わんばかりに通行人に押されて数歩たたらを踏む。
先輩も同じなのか──寧ろ、男女の差もあって俺よりも強く押しのけられた先輩は、まるで折れるように体勢を崩す。
それは普段の先輩を知っているが故に予想外。本調子じゃなくとも容易く躱すだろうと思っていたので、俺の対応が遅れる。
この場で倒れなんかしたら、下手をすると通行人に揉みくちゃにされてしまう。それならばと、咄嗟に先輩を抱きとめようとしただけなんだ。そう。本当に余裕がなかっただけなんだよ。
「ひゃあぁんっ!」
だから、腰を狙った両手が目測を誤って、先輩のお尻をしっかりと掴んだけど、俺は何も悪くねえ。悪くないはずなんだ。
なのに、凄く居た堪れないのはなんなんだろうね。周囲の人たちから往来で何をやっているんだ的な視線を感じるけど……うん。気の所為だな!
「はぁ……はぁ……み、海鷹」
耳元で普段の先輩らしからぬ凄い熱っぽい吐息も感じるけど、それもまた気の所為だな!
「すまないが、落ち着ける場所に……連れて行って、くれないか」
「あ、はい。じゃあ、駅員室にでも」
「あそこでいい。……いや、あそこがいい」
事情を説明したら休憩室の一角を借りられそうな場所を挙げるも、先輩は首を横に振る。髪が首に触れてちょっと擽ったい。
ところで、先輩は一体どこを指差したんだろう。俺はそれを視線で追い掛けた。




