火燐フラグ 4-1
さすがに二週間あって火燐√書ききれてないとかそんな事ある訳が……。まあ、のんびりやっていきましょう
「桐原先輩の様子がおかしい?」
「ええ」
いつもの如く呼び出された生徒会室で、俺と向き合う会長がそんな事を宣う。
はて。土曜日に先輩と帰った時はいつもと変わらない感じだった筈だけど。相手にした部員達を完膚なきまでに叩きのめしてたし。剣道部の地区予選大会の時も前に見学した練習試合と同じく相変わらず無双してたような。
まあ? 俺も風花ちゃんとの事で色々と余裕をなくしていたから気づけなかったかもだし、迎えに行った妹達の前だからと普段通りに振舞っていた可能性もあるから一概には言えないが。
「だから、後輩君にはそれとなく火燐の事を見守っていて欲しいんです」
「会長の方が適任では?」
「勿論、私も目を光らせます。ですが、これでも忙しい身でして」
さもありなん。
会長だって暇じゃない。寧ろ、学生の本分に加えて、生徒会として学園の業務に携わり、財閥の令嬢として多岐に渡るお役目があるので、そこらの一般学生に比べて遥かに激務である。
「本当は四六時中見守っていたいのですけど、折り悪くとある大企業のご子息が、誰かに唆されたのかご乱心しまして」
「ああ……」
阿久野君の余波がこんな所まで。中退して終わりじゃなかったのか。後、さり気に首謀者じゃなくなっているのを突っ込むべきなんだろうか。
「その責を問う形で、阿久野重工の力を削ぐ為の裏工作を私がやらなければならず」
「なんて?」
「だからこそ、時間に融通が効きそうな後輩君の出番なんですよ」
「待って。何かさらりと流してはいけない単語が聞こえなかった?」
「私のログには何もないですね」
「俺のログには残ってますけど?」
「そんな事より」
そんな事って言った! この人、今そんな事って言った!!!
「後輩君も最近暇そうにしてますよね? 協力して頂けませんか?」
「そう見えます?」
「違いましたか?」
小首を傾げる会長。なるほど、暇そう……暇そうか。確かにここ数日は気持ち穏やかにのんびりと過ごしている。それは否定しない。
だが、そんな俺の日常をただ無聊を託っているだけだと勘違いされては堪らない。
「では、平日のスケジュールを教えて貰っても?」
「放課後までは学園だから飛ばすとして、部活に入っていないので今日みたいな呼び出しとか所用がなければ基本的に直帰かな」
たまに隼や聖と遊んだりするけど、何がトリガーになってヒロインとのイベントが発生するか分からない為、ここ直近は真っ直ぐ寄り道せずに帰宅である。帰宅部の鑑だな。
人との接触を避けるがあまり、ぼっち街道まっしぐらな気がしない事もないが、俺には心強い家族が居る。ありがとう武藤家!
「青春の無駄遣いですわね……」
うるせえ。
俺だってこんな事したくないやい。限りある学生生活を謳歌したいやい。
ただね、風花ちゃん関連の事が一段落して幾日か経ったし、そろそろ何か起きるだろうなって警戒していたんだよ。ほら、火のない所に煙は立たないって言いますし。
「家に帰ってからは推しの配信を見たり、適当なソシャゲをしたり、面白い動画を漁ったりって感じかな。たまに家事も手伝ったりしますね」
「紛れもなく暇人では?」
「?」
「え、どうしてそんな不思議そうな顔が出来ます? 私が間違ってますの?」
「俺が……暇人……?」
そんなバカな。これは転生前からのマストな日常だぞ? めっちゃ充実するんだぞ、これ。
それに、推し活もゲームも動画視聴もしたい身からすると時間なんて全然足りないのだが。分身の術を習得したい。切実に。
「時間を持て余した人の過ごし方だと思いますが」
「……せやろか?」
寧ろ、自由時間の限られた社会人の日常なんだけど。インターネットって本当に便利だわ。
「と、ともかく! 火急の用とかでないのなら、こちらを優先して欲しいのですが」
珍しく会長が話を本筋に正す。もしかして、俺の想定よりも切羽詰まっているやつですか? 先にボケてきたのは会長なのに?
いやでもなあ。明らかにイベントなんだよなあ、これ。首を突っ込んだら最後、先輩と一線を越える気配しかしない。
エロへの耐性が無い人って、吹っ切れたら逆に凄くなるんよね。俺は詳しいんだ。全部エロゲで学んだから。
そもそもが恩義というのを大切にする人だ。借りを返す為に身体を差し出してくる先輩が容易に想像出来る。
「乗り気になれませんか?」
そんな俺の葛藤を会長は容易く見破る。いや、俺が悩んでいる時点で誰でも分かるか。
「……例えばなんですけど、この話を拒否した場合はどうなります?」
丁度いいので参考までに聞いておこう。
ゲームとして考えるなら、桐原先輩のハーレム加入ルートが立ち消えになるだけで、俺自身は変わらず平和な日々が続くだけだが、この世界は現実でもあるからな。どんな影響が出るのか予想がつかない。
「別に何も。強いて言うなら、私の睡眠時間が削られるくらいです」
なるほど。俺が動かない分、会長が先輩の近くに居ようとする訳ね。
「曽根崎は動かせないんです?」
「有給を消化してますね」
ホワイト企業か? 学生の身でも存在するんだ、有給休暇って。
俺も将来コネ入社させて貰おうかな……いや、やめとこう。どんな無茶振りされるか分かったもんじゃない。
「それに火燐は良いとしても……」
「あー……」
そういや、子供との相性が致命的に悪かったわ、アイツ。先輩の傍に居て、朱音ちゃん達と関わらないってのは不可能に近いしな。
「なら、爺やさんは」
「火燐と既知とは言え、男性を傍に置く事をご両親は許可しないんじゃないかしら。年齢的にも気を遣うでしょうし」
「???」
あれ? 俺って性別の分類は男じゃなかったっけ?
「その点、後輩君は既に外堀を埋めています。しかも、朱音ちゃん達からも大層懐かれているので」
なんとびっくりご両親のお墨付きじゃねえか。
ほんとやってくれたよ、過去の俺。自縄自縛は笑えんって。
「……ダメ、でしょうか?」
うぐっ。
そんな縋る様な視線なんて会長らしくもない。だからこそ、少しくらいなら手助けしてもという気持ちが湧き起こる。
いや! ダメだダメだ。こうやって毎回流されるからイベントに巻き込まれるんだろ。ここは鋼の意志を持ってだな……!
「そう言えば、私の代行を頼んだ際の報酬を忘れていましたね」
「はい?」
突然、話が明後日の方向へ飛んで面食らう。
けどまあ、確かにあったなあ、そんなの。先輩と初めて一緒に帰った日の話だな。
おやおや? どうしてブラウスのボタンを外しているんですか?
「折角なので、今ここで支払おうかと」
「ナニをする気なんですか?」
「後輩君はお口とお胸なら、やっぱりおっぱいの方が嬉しいですよね?」
「話を聞いて」
何故、当然のように流れがそちらにいくんですかね。
そら、なんでも言うことを一つ聞く(エッチなお願いもあり)って言われてたし、性的な事をしたいよなとは考えたよ。
けど、俺はまだ何も言ってませんよね? 心を読んだとしても、顔に出した覚えもないんですけど?
「こんな事もあろうかと後輩君が悦びそうな際どい下着をつけてきたんですよ」
どんな先見の明だ。もっと違う所でその才能を活かして欲しい。
「婚約者に悪いと思わないんですか?」
「忘れさせてくれます?」
「えぇ……」
罪悪感とかないの? 無敵すぎない?
「生徒会長が学園で淫行は不味いのでは?」
「ここは防音ですし、鍵は後輩君が入室した時点で閉めました」
いつの間に。全く気づかなかった。
「仮に目撃者が出ても、握り潰してしまえば万事抜かりなしですよ」
権力の無駄遣いじゃん。横暴が過ぎる。
「ですが、そうですね。後輩君がどうしても嫌と言うなら引き下がります。代わりと言うのもなんですが……」
意味深な表情浮かべて俺に一瞥くれる会長。
おかしい。俺への報酬が気づけば依頼にすげ替えられている。場数を踏んでいる人の話術って怖い。
というか、なんだこの択は。会長を抱くか依頼を受けるかなんだけど、前者を選んだとしても行き着く先は先輩見守りサービスへの加入だろ。
即ち、
「会長から見て先輩はどう変なんですか?」
もう逃げられないという事だ。




