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今更なんですけど、舞台は日本でもゲームという設定なので異世界扱いです。実在の人物、団体などとは無関係です
「うめ……うめ……」
六人がけのテーブルにたった一人。空調を切っているリビングはその寂しさも相俟って少しばかり薄ら寒い。
それでも、温めて食べる心春さんの卵粥は絶品だった。
自分で作っても確実にこうはならないのだけは一口食べた瞬間に分かった。味が染み込んだ米粒の一つ一つから俺を案じる心遣いが感じ取れて、暖かい気持ちに包まれていく。
「んぐんぐ」
食事までに調べ物をしつつ、ついでに自分の容姿を確認したところ、前世の自分が学生だった時と全く変わりがなかった。
言うなれば、どこにでも居るモブ。多少……いや、控えめに言って目付きが悪いくらいで、中肉中背、黒目黒髪という出で立ち。どこに出ても恥ずかしくない日本人である。
欲を言えばもう少し身長が欲しかった。チビとは言わないが男子学生の平均はないと思う。まあ、それで苦労した記憶は前世でもないんだけど、神様に上背を頼んどけば良かったな。
「もぐもぐ」
俺の体調を考えて、消化に良い物を用意したのだろう。鶏と南瓜の煮物やほうれん草のお浸しをおかずに卵粥を啜る。
『食べられそうになかったら残しても良いからね』と丸みを帯びた文字で彩られた可愛らしい書き置きがあったが、この味なら瞬く間に食べ切れるな。
寧ろ、食欲旺盛で健康的な男性としては色々と心許ないのだが、わざわざ俺の為に別で作ったのは明らかだし、文句なんてあるはずも無い。
「ズズっ……ぷはぁ!」
湯呑みに入れたお茶を飲み干して一息。
今、この家には俺だけしか居らず、午前中に調べた物を纏めるには打って付けの環境。
秀秋さんは仕事。定時で帰れたとしても帰宅は夜。心春さんはパート。今日は夕方までのフルタイムだったはず。水夏はすぐ帰ってくるとは言っていたが、恐らく水泳部の子達に捕まるので、下手をするとこれまた夕方まで掛かる可能性がある。
「さて」
テーブルに置いていたスマホを掴む。
情報社会というのは便利なもので、この世界でもちゃんとインターネットは発展していた。
というか、調べた限り、環境は元居た世界と変わらないし、舞台も地球にある日本。住んでいる街の名前と通う学園に聞き覚えがないくらいで、バリバリの現代世界。
勿論、魔法や獣人みたいなファンタジーやオカルト的な存在は居らず……もしかしたら、どこかに居るかもしれないが、俺の周りでは登場しないと思う。多分。
なんにせよ、環境の違いからいきなりボロを出す事はないだろう。
「んでまあ、この中にヒロイン達か居るのか」
まどろっこしい事は抜きにしたいという要望が通ったからか、スマホのアドレス帳に登録されていた数は結構あった。
仲を深めてアドレス交換しよっか的な展開は既に履修済み。他にも使い勝手の良いトークアプリでもクラスメイト含めて連絡先はお互いに登録済み。現に休んだ事へのメッセージが何通か届いていた。
ただ、いくら神とは言え、自分の創ったゲームをまともにプレイしない宣言した俺に対して思うところがあるのか、ヒントを少しくれた以外は口を噤んでいた。神のくせに器量が狭い。や、嘘です。色々と便宜を図って貰って助かってますよ、へへ。
なので、とりあえずは女子らしき名前だけを抜き出して、スマホ内のアプリとして存在していたメモ帳に羅列する。
アプリの方はあだ名やハンドルネーム染みたものもあったが、アドレス帳にはフルネームできちんと記載されており、しかも、先輩や後輩と言った関係性まで事細かに書き込まれていた。
その情報たちは俺にとって有用すぎて滅茶苦茶有り難いのだが……。
「几帳面が過ぎる」
ここまで書くならプライバシーの観点からスマホのロックはしておくべきだろうに。どこか抜けているのが好かれる秘密なのか?
まあ? お陰で? 記憶を辿って紐付けるのが楽で分かりやすくはあるのだが。
尤も、エロゲなら立ち絵を貰えないモブもこの世界ではちゃんと顔がある上、どの子も中々にレベルが高いのでモブとヒロインの見分けがつかないのだが。もっと助言をくれたまえ、神よ。
「ふぅ……」
とりあえず、照合出来る部分は終わらせて、小さく息を吐く。
これで今日の朝みたいな、水夏を見た時にやってしまった変な反応もしなくて済む。ちなみに、あれは寝ぼけていたと誤魔化したし、その後の挙動は夢と勘違いしていたでゴリ押した。
「夢ならあんな大胆なんだルミ君」と頬を染めた水夏を見て、秀秋さんが無言で婚姻届を出した辺りで逃げ出したので、そこから先は知らない。というか、俺の記憶違いでなければ、既に夫になる人の欄と妻になる人の欄に名前が書かれていたんだが?
しないよ? 親公認だとしても先に用意されていた婚姻届に押印はしないよ?
話を戻して、ここが俺の欲望を忠実に叶えた世界なのであれば、ヒロイン達は俺に好意があると考えて良い。
俺だって可愛い女の子達と心温まる交流をするのは吝かではない。吝かではないのだが、俺は最後の一線を越えられない。
やろうと思えば、一緒に居るだけでも幸せだよ、と。手を出さずに満足出来る紳士を自負する俺ではあるが、このゲームはハーレムゲー。
確実に。誰が俺の初めての相手になるかでヒロイン同士の戦争が起きるだろう。俺ならそういう展開にしちゃうね。ほんと俺の為の争いなんてやめて欲しい。切実に。
それに、今でこそ同居人は水夏だけだが、振り切った彼女達がこの家に一緒に住むとか言い出す可能性も無きにしも非ず。
そうなると俺の平穏はあれよあれよと脆く崩れ去り、搾精からの腹上死ルートへ一直線である。
一発で許してくれたりしないかな。しないよね。こういうエロゲーって基本は連戦だもんね。ヒロインの数だけ射精数が増えちゃうよね。
「だから」
それを避ける為にはこれ以上ヒロイン達とは仲を深めてはいけない。故に彼女達と距離を置く。なんなら、好感度を下げる為に嫌われる行動をしても良い。
徹底的にやるならば、それこそ一年引きこもるべきなのだが、一人暮らしならともかく居候の身でそれは外聞が良くない。
武藤家の方々に迷惑をかけるのは、さすがに俺の本意ではないのであくまでも穏便に。
何より、モテるのがヒロイン限定なのか一般人も含むのか分からない。
仮にヒロイン限定であるならば、来年からヒロインを攻略して果たしてハーレム作りが間に合うのか。そもそも、誰とも親密にならないという選択は可能なのか。
転生したばかりなのもあって分からない事だらけで、些細なものでも情報が欲しい。
なので、結局な話、家から出ないという選択肢はない。
重要そうなイベントは首を突っ込まずに回避したり、やり過ごしたりしつつ必要な情報を集め、駆使し、この一年を乗り越える。
方向性としてはこんな感じだろうか。
「その為には明日からの学園生活で目立たない様にする事が最優先事項だな」
早速、始業式に休むという破天荒な事をしてしまったが、こればかりは必要経費。事前知識なしで学園に行くなんて、着の身着のままで地雷原を歩くような物。
それに入学式ならともかく、始業式なんて大したイベントも起きるまい。精々が放課後どうする? くらいだ。帰宅部の俺には関係ない。
後は転校生関連のイベントが有り得るくらいだが、そんな物を今考えた所で無意味。勿論、俺も真っ当に進学した身。そこは気にしなくていいだろう。
「よし」
今思いつくのはこんな物か。
後はもう日々を過ごす上でその都度修正していくくらいだ。
「世話になっている身だし、洗い物くらいはしておこう」
同じ体勢のまま考え込んでいた為に少しだけ凝った身体を解しながら、食べ終えた食器を持って立ち上がる。
まあ、色々と考えはしたものの、
「楽しくはなってきた」
また学園生活が出来る。
当時は毎日学校に行くのが面倒だった。必要かどうかも分からない勉学に疎ましい保護者や教師の干渉が怠くて仕方なかった。
だが、今はちょっとウキウキしている。
それは社会人になって分かった事。過去に後悔があった訳では無い。良い思い出もちゃんとある。
それでも、俺は許される事なら、きっと学生を──振り返ってみればあの輝かしい青春を──もう一度やりたかったんだ。