風花フラグ 4-4
「勝負?」
「ええ。僕は先輩が気に入らない。先輩は風花を助けたい。ほら、タイマンするには十分な理由でしょう?」
「不利になっても見物人をけしかけないか?」
「それは僕を信用してくださいとしか」
どの口が言うんだろう。
けれど、一対一で決まるなら内容によっては確かにワンチャンあるんだよなあ。
俺としては相手の数が増えれば増えるほど、どうしようもなくなるし。
「十中八九、罠だろう」
ですよねえ。
築山に言われなくとも、俺にだってそれくらい分かる。
「どちらにせよ、先輩は拒否出来ませんけどね? 乗らないというなら、彼らに貴方を捕らえさせるだけですので」
選択権を与えた意味よ。
ああ。ちょっと阿久野君の本性が分かったかもしれない。
「……性格が悪いって言われないか?」
「これでも優等生なので、そういった言葉は全く」
面の皮が厚いなあ。
風花ちゃんを白昼堂々連れて行く計画を練るだけの事はある。
「ううむ。出来ればこのまま話術だけで引き延ばして貰いたいのだが」
俺もそうしたいのは山々ではあるのだが、聡い彼の事だ。こちらの目論見もバレている前提で動くべきだろう。
「で、どうします? 一応、抵抗してみますか?」
いつの間にか出来ていた男達の包囲の輪。絵面がむさ苦しい。中央に居る内の一人が全裸なのもいただけない。まあ、俺だけど。
「捕まえた俺をどうするつもりか聞いてからかな」
「何も出来ない先輩の前で風花を犯しますよ」
即答かよ。いい性格してるな、ほんと。
包囲の隙間から風花ちゃんの方を見ると、彼女と目が合った。
「……っ」
さすが芸能人。笑顔がお上手な事で。
さしずめ、アタシの事は気にしないでって事かな。
しかしまあ、そんな青い顔で気丈に振舞っても、説得力は全くないんだが。
どちらにせよ、ここまで来てしまった俺には逃げ道がないし、ちょっと思うところもあるから勝負を受けないという選択肢はない。
それに、約束程の強固な物ではないにしても、無花果さんにあんな事を言った手前ね。このままあっさりと引き下がると格好がつかないんよなあ。
「勝負のルールは?」
「これを使った早撃ち勝負というのはどうでしょう?」
阿久野君が自身の持つ拳銃を指し示す。
「俺が不利すぎるだろ」
「タイマンを提案した時点で、僕としてはかなり譲歩してるんですよ? ですが、そうですね。嫌と言うなら、この話はなかった事に」
途端、男たちの包囲が迫る。
まったく。どうしてこう、俺と関わる奴らは最後まで話を聞かないのだろうか。
俺は降参とばかりに両手を上げる。
「分かった分かった。阿久野君の言う内容で良い。だから、コイツらを下げてくれ。迫力でチビってしまいそうだ」
「はは、そうですか。おい、先輩にアレを」
俺の言葉を冗談とでも思ったのか、まともに取り合わずに男達を控えさせる阿久野君。
そのついでに一人の男が俺の横に木箱を置いた。
蓋を開けると黒光りする銃器が幾つも視界に映る。その一つ一つが人の命を容易く奪う凶悪性を持っているのは周知の事で。
「今からでも遅くはない。勝負から降りろ、海鷹少尉。文野風花には申し訳ないが、時間稼ぎの為にそこまでやる必要はない」
「使い方のレクチャーは必要ですか?」
「要らない」
俺を心配する声を無視し、阿久野君のお節介も無下に扱い、木箱の中を適当に漁る。
多種多様な銃器は確かに心が擽られるが、俺はその中から比較的軽量で取り回しが良さげな拳銃を手に取った。
それでも、実銃なだけあって、手の中でずっしりとした重さを感じる。初めて手にした本物の銃に、なんとも言えない昂揚感と万能感を覚えて心臓が早鐘を打ち始めた。いけない感情だな、これは。
「聞いているのか? この勝負、君に勝ち目はないに等しい。素人が練習もなしに銃を扱える訳もないし、下手をすると怪我だけではすまないぞ」
それはそうだ。
エアガンすら触った事がない俺には安全装置の外し方すらよく分からない。けど、実際に弾を撃つ気なんて微塵もないから、これでいい。
俺は右足にホルスターを装着すると、そこに持っていた銃を仕舞い込む。
「教わらずに使えるんですか?」
「……早撃ちで勝負する代わりに、俺から二つ頼み事があるんだが」
「なんでしょう?」
先程からぞんざいな対応をされ続けているにも拘わらず、阿久野君に気分を害した様子は見られない。
それ程までに自分の優位性を疑っていないのと、俺を好きに嬲れる場を用意出来た事が嬉しいんだろう。
こういう性格の奴って、気に障る相手はとことん追い詰めるのが好きそうだしな。とほほ、俺が何をしたって言うんだ。
「カウントダウンは公平を期す為に風花ちゃんにお願いしたいのと、彼我の距離は2メートル以下にして欲しい」
「……なるほど。元より肉弾戦目的と。ですが、僕は喧嘩もそこそこやれますよ?」
「それ程の自信があるなら、1.5メートルにしても良いか?」
「……良いでしょう。先輩の無駄な足掻きを叩き潰してこその完勝ですし、その提案を受け入れましょう。ですが、早撃ちしようと焦るがあまり、手元が狂ってしまった場合はすみません。先に謝っておきます」
いいね。余裕があるって。
俺の提案が悉く通って、阿久野君の懐の広さが伺えるよ。
まあ、完膚なきまでに俺を負かすつもりだろうから、ある程度の要望は叶うと思ってはいたけどな。
「別にいいさ。俺の方が早いしな」
「……それはどういう」
「さあ?」
言いつつ、顔に装備していたブラとパンツを外して投げ捨てる。
これで俺は正真正銘、太ももに装備したホルスターと銃以外は何も無い状態になった訳だ。
裸のガンマンだな。傍から見ると凄くカッコ悪そう。
「風花ちゃん」
「ルミお兄ちゃん……」
謀を警戒してか、風花ちゃんに近づく事は許されていないっぽいので、阿久野君越しに話しかける。
「言った通りだ。阿久野君に言われたらカウントダウンをして貰ってもいいかな?」
「でも……」
「あ、出来るだけ焦らす感じで。それとゼロは何度も言って欲しい」
「……? わ、分かったよ」
俺の謎すぎる指示に風花ちゃんが戸惑いながらも頷く。
うんうん。疑問を感じても素直に言うことを聞いてくれて嬉しいね。今ばかりは好感度の高さが有り難い。
「『自己陶酔』」
出来る布石を打った後で、俺も“七つの性技”の一つを予め解放しておく。
すると、起きているのに眠っているようなふわふわとした酩酊感が俺を満たした。
「1.5メートルってこれくらいですかね。ふむ。確かにこれは銃撃戦となると心許ない距離だ」
「…………」
阿久野君が何か喋っているのを意識の片隅へ追いやって、自分への暗示をかける。
さて、まずは準備をしよう。本来の俺は至ってノーマルな人間ではある為、この状況で自分を偽るのには相応の思い込みが要る。
「それでは、始めましょうか」
「三……」
カウントダウンが始まる端で、俺を送り出した女子三人の事を想う。
先程は照れ臭さもあって直視する事を避けたのだが、年頃の女の子達に股間を凝視されているかもしれないって考えると、こう……なんというか、ね? 漲って来るものがある。
そこに都合が良いから、先程名乗った露出狂の虚像を重ねる。
するとあら不思議。今まで萎縮していかのように縮こまっていた俺の息子が、水を得た魚のように力を取り戻していく。
「にぃ……………」
「なんでしたら先に銃を構えて貰っていても構いませんよ?」
「必要ない。照準は既にバッチリだ」
「あっはは! まさかその股間の武器で戦うつもりですか!」
自分の銃をホルスター越しに撫でながら阿久野君が盛大な笑い声をあげる。他にも声が聞こえたので、軽く周りを見ると男達も失笑していた。
おいおい。別に笑うのは良いんだけど、風花ちゃんの声が聞こえ難くなるのはいただけない。少し黙って欲しい。
「はー、おかしい。ええと、先輩、何か言い残す事があれば聞いておきますけど?」
うわぁ、凄いにやけ面。自分の勝利を絶対的に確信しているな、これ。
うーん、さすがにちょっと腹が立ってきたし、俺も言葉を返すとしようか。
「なら、一つだけ」
「いぃぃぃぃち…………」
風花ちゃんの完璧な仕事の合間にぽつりと呟く。
それにしても、いいね、この焦れったい感じ。メスガキにおちょくられている様で、俺の聞かん棒も硬さを増すってもんよ。
「なんでしょう?」
「──催眠音声って知っているか?」
「は?」
阿久野君の表情に疑問が浮かぶ。
その間隙を縫って、風花ちゃんが最後のカウントを声高に叫んだ。
「ゼロッ!」
「アッ」
我ながら涙が出るほどに情けない声が漏れる。
それと同時、限界まで焦らされていた欲望が下半身を弾けさせた様な快感を伴いつつ発射され、彼の顔面を白く染め上げた。
「ぐぅっ!? なんだと!?」
元より考えていた事がある。
確かに、この世界はここで生きる人達にとっては紛れもない現実世界ではある。だが、本を正せば俺が神様に願って創って貰ったゲーム世界でもある。
即ち、俺は“俺”というプレイヤーを操作して、ゲームを進めているとも言える。
となると、ここで気になるのはゲームの難易度。
俺は神様に言った。まどろっこしいのは抜きにして、さっさとヒロイン達と肉欲のままに絡み合いたいと。
それに、俺自身は勿論ハードコアゲーマーじゃない。ただの歳だけ無駄に重ねた一般人だ。
そんな俺が場合によっては詰む様な世界を望むわけがないんだよな。
つまるところ、この状況は俺の持ち札で対処が可能という事になる。
「ゼロ、ゼロゼロゼロゼローッ!」
欠点としては、ちょっとやり過ぎた感も否めないくらいか。
風花ちゃんが零と連呼する度に腰が砕けていきそうになるのを必死に耐える。
まさか、この世界に来て初めてのぶっ掛け相手が男になるなんて、俺にも分からなかったよ。
「痛ぇッ! クソォッ! こんな事があってたまるか!」
「別に粋がる訳じゃないけど」
不意打ちの一射以降は盾にされた片手で殆ど防がれたけど、その一撃は阿久野君の両眼を撃ち抜いていたみたいで。あらあら、早く流さないと失明しちゃうって解説の放送部員も言ってたでしょ。
まあ、どちらにせよ? 顔面パックと言わんばかりに掛けられた精液のせいで、瞼を開く事すら叶わないと思うけどね。
「俺のエロへの探究心を甘く見すぎだわ」
言いつつ、崩れそうになる足を前へ踏み出す。
ノーハンドで射精するのは催眠音声に頼れば別段難しい事じゃない。
そういう風に身体を意識付けるのが催眠なのだから。そして、その為のトリガーを仕込むのが『自己陶酔』である。
もっとも、風花ちゃんのASMRを日常的に聞いていたから、身体も反応出来たのであって、他の子だとこうなったかは怪しいのだけれど。
それでも、前世では恋人を終ぞ作れなかった俺のソロプレイパワーは阿久野君みたいなモテる男の想像出来る範疇を容易に飛び越える。
「早撃ちは俺の勝ちって事で良いかい?」
「良いわけがあるかァッ!」
1.5メートルの距離なんて三歩で詰まる。逆に言えば、阿久野君を捉えるまでにまだ二歩分の距離が俺達にはある。
そして、人間とは視覚を奪った所で聴覚という他に鋭敏な知覚を持つ能力が備わっている生き物で。
二歩目を踏んだ瞬間、激昂した阿久野君が俺の声から位置を割り出したのか、右手で拳銃を抜いてこちらに向けた。
「お兄ちゃんッ!」
「っ……」
まるで見えているかの様に、しっかりと顔を狙う銃口に恐怖で息が詰まる。
一度死んだ経験があるとは言え、それで死を克服出来た訳もない。露骨に這い寄る死神の鎌は俺の身体を簡単に硬直させる。
けれど、俺は信じている。主人公補正というものを。絶対的な世界の理を。
「死──なんだ!?」
聞こえたのは二つの音。
一つは銃の発砲音。音が控えめなのはサプレッサーがついているからか。なんにせよ、轟音じゃないのなら怯む事もない。そして、もう一つは銃身が横合いから何かで叩かれた音。
弾みで逸れた銃弾が顔のすぐ側を風切り音と共に過ぎ去っていく。
(この借りは高くつくんだろうな……)
ぶつかった衝撃でステルス機能が剥がれたんだろう。中空に姿を現す漆黒のドローンに思わず笑いつつ、俺は三歩目を刻んで阿久野君の懐に入る。
そして、先程受け取った銃をホルスターから抜き放つと、彼の顎を下からグリップで殴り飛ばした。