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風花フラグ 4-2


「ん、あれ……?」


 服を着せた後に仰向けにしてから呼びかけたり、軽く肩や頬を叩いていると無花果さんが漸く反応を示した。

 髪に遮られた向こう側で薄目を開けた気配がした事で、時雨さんと村雨さん──名前は無花果さんを起こしている最中に聞いた──が心配そうに彼女の顔を覗き込む。


「時雨さん、村雨さん、どうしてここに……?」


 まだ思考がはっきりしないのか、無花果さんはぼんやりとした表情で二人に問いかける。

 どうも俺の存在にはまだ気づいていないらしい。


「どうしたも何も戻ってこないから呼びに来たのよ」


「そうそう。風花ちゃんが早退したって言うから、その事情を聞く為に二人で探してたんだ」


「早退……? そうだ、文野さんが!」


 そこまで聞いて、自分が何故こんな所で倒れていたのか思い出したのだろう。無花果さんが跳ねるように飛び起きた。

 そこでようやっと俺の姿が彼女の視界に映る。


「えっ、先輩……?」


「おう。先輩だぞ。おはよう、無花果さん。後遺症もなさそうで何よりだ」


 起こそうとした時に気づいたのだが、無花果さんの首には火傷したかのような小さな痣がついていた。

 まるで、何かを押し当てたようなそんな痕跡が。

 まったく、許せないな。女子の身体への悪戯はセッ〇スする時以外はダメと相場が決まっているのに。え? 棚上げ甚だしい? なんの事かな?


「なんで……?」


「借り物競争のお題がこの教室だった」


「???」


 無花果さんが明らかに混乱している。これ、俺は暫く喋らない方が良いかもしれない。

 心做しか元々の心象が宜しくなかった村雨さんが疑惑の目付きになっているし。


「意識の混濁もないなら何かあったのかを話せる? 一応、この先輩も私達から見たら容疑者の一人でもあるから」


「せ、先輩は関係ないッス! 関係しているのは阿久野君だけで……!」


 焦った様にこうなった経緯を語り始める無花果さん。

 どうやら俺のお医者さんごっこは完全犯罪だったみたいだ。このまま墓場まで持っていこうね。


「……なにそれ」


「あばばばば、風花ちゃんが……風花ちゃんが!」


 そうこうしている間に説明が終わり、その内容について憤る村雨さんと取り乱す時雨さん。

 そんな中で、無花果さんがジッと俺を見ていた。


「先輩」


「うん?」


「ごめんなさい」


 お? どういう意味だ?

 謝られる意味が分からずに首を傾げる。


「自分がもっとアイツらに抗っていたら、先輩は間に合ったかもしれないです。だから、ごめんなさい」


 ああ。そういう事か。

 でもまあ、悲しいことに無花果さんの言葉は全くの的外れなんだよな。

 そもそも、風花ちゃんが阿久野君と連れ立って早退した事に違和感があったから隼に調べて貰っただけで、それが発覚しない限りは俺が現場に駆けつける事はない。

 それに、仮に間に合った所で俺一人じゃどうしようもない。所詮はそこらの男子学生と変わらない一般人だし。複数人相手に勝てる様なチート持ちじゃないんだわ。


「まー、話を聞く限りだと抵抗したら無花果さんが再起不能になってたかもだしなあ。寧ろ、暴力に屈しなかっただけ凄いと思う」


 俺なら秒で白旗だよ。痛いの嫌だもん。仮にファンタジー世界に転生したら、俺も防御力に全振りしちゃうかも。


「そうだよ! 無花果さんは頑張ったよ!」


「友達の為に身体を張れる人なんて、それこそ稀有だしね。誇っても良いと思うわ」


 俺との会話を聞いていたのか、二人がこぞって無花果さんを慰める。

 うんうん。案じてくれる人が居るってのは有り難いものだ。たとえ今は気休めとしか感じられなくても、いずれこの気遣いに助けられる時が来るだろう。


「でも、自分が不甲斐なかったから文野さんが……。彼女一人ならきっと切り抜けられた筈です」


「厳しい事を言うけど、教室で阿久野君と対面した時点で一人だろうが二人だろうが変わらなかったと思うよ。いつから計画を立てていたかは知らないけど、決行したって事は成功する確信があったからだろうし、そこらは考えるだけ無駄じゃないかな」


 彼に優れた機転と判断力があるのは、ここまでの話を総括すれば否が応にも理解出来る。

 実際、俺もさっき助けられたしね。しかも、率先して犠牲になったから人としての好感も持ててしまう。阿久野君としてはそこまで織り込み済みなんだろうけど。

 やれやれ。味方だと頼りになって、敵だと厄介になるとか典型的な軍略家って感じだな。面倒臭い子に連れてかれちゃったなあ、風花ちゃん。


「…………」


 俺の言葉に口を噤む無花果さん。あらら、完全に意気消沈しちゃったか。

 その沈黙に耐えきれなかったのか、時雨さんと村雨さんが、『この重い空気をどうすんだよ』的な目で見てくる。

 ふっ、そう熱烈に見つめてくれるな。照れるじゃないか。


「ただ、風花ちゃんだけだと最後まで表沙汰にならなかったかもしれない事が、無花果さんが居たお陰で早期に分かった。それだけでも二人で居た意味はあったんじゃないかな」


 なので、形ばかりのアフターフォローはしておく。

 しかしまあ、こう言った自己嫌悪って周りが幾ら言ったところで、自分の中でちゃんと折り合いつけないとどうしようもないのよね。

 俺も前世では色々と失敗したから、今の無花果さんの気持ちはよく分かるし、やろうと思えば寄り添う事も出来るけど、こればかりは本人次第なんよな。助けを求められたら応えるくらいが正解だろう。


「でも、文野さんがどこに連れてかれたなんて自分には……」


「あ」


 それなんだよなあ。無花果さんのお陰で風花ちゃんの現状は把握出来たけど、問題がそこからの手掛かりが全くない事だ。

 なんて思っていたら、時雨さんがポツリと声を漏らした。


「ちょっと、今の“あ”は何よ、今の“あ”は」


「いや! なんでもな……くはないっ、事もない……事もない、かな?」


「はあ? なに変な事を言ってんの。さてはアンタ、またなんかやらかしたわね?」


「み、みみみ未遂! まだ未遂だから! そ、それに今は緊急事態だから、きっと情状酌量の余地が!」


「意味不明な事ばっかり言ってないで、ちゃんと分かるように説明しなさいっ!」


「風花ちゃんのチア服にGPS端子仕込みましたァ!」


 一番の難題があっさり解決したわ。



「くっくっくっ。実験への協力を感謝するよ、海鷹上等兵」


 誰が上等兵だ。

 せめて曹長くらいにしろ。まだ名前の響き的に威厳がある。


「これは本当に大丈夫なんだろうな?」


「我ら機械工学部の総力をあげて創成したものだ。安全性だけは抜かりないさ。善意の協力者を徒に消費しては勿体ないだろう?」


 こんのマッドサイエンティスト達め。だから、コイツらを頼るのは嫌だったんだよな。

 機械工学部──機械が大好きすぎる異常者が集まって作った部活で、その名の通り、日夜研究室に引きこもっては謎の機器を生み出し続けている。

 ハードルに手足を生やすとか、どういう育ち方したら思いつくんでしょうね。


「先輩……」


 無花果さん達が俺を不安げに見ている。

 これから俺がやろうとしている事を知ったら、水夏達も同じ表情をするだろう。隼だけは笑うと思うけどな。


「くっくっくっ。しかし、漸く我らの手を借りる気になったか、海鷹一般兵よ。我らはこの時を待ち望んでいたのだぞ」


 瓶底メガネとよれよれの白衣を装備した痩せぎすの不健康そうな男が仄昏い笑みを浮かべる。ちなみに、こいつの名前は築山(つきやま) (たくみ)。二年の癖にこの部の部長を務めている。

 その神経質そうな見た目といつにも増して目の下の隈が濃すぎるのもあって怖い。慣れているらしい時雨さんはともかく、村雨さんも露骨に顔が引き攣っているし。

 後、階級をさり気なく下げるな。


「…………」


「その如何にも嫌そうな顔、逆にそそられてしまうな」


 うわあ、気持ち悪い。

 関わり合いになりたくない。

 なんか知らんが部の設立にちょっとだけ寄与したからか、結構好感持たれているっぽい。俺に言い寄るなら聖くらい性別不明になってから出直してくれ。


「だが、GPS端子を渡したのが我らとなれば、当然それを追跡出来るのも我らだ。諸君らの選択は正解と言えよう」


 時雨さん曰く、風花ちゃんのチア服はプレミアム価格が付くほどのお値打ち物らしく、GPSは盗難防止の為に付けたらしい。

 そう説明する彼女の隣で、村雨さんが「常習犯じゃん」って呟いたのが気になるけど、何よりも優先すべき事は風花ちゃんの事なので、時雨さん先導で機械工学部の扉を叩いたのであった。


「体育祭なのに普通に部活動している事を突っ込むべきなんだろうか」


「い、一応この人達監修の仕掛けとかあるみたいなので、責任者としてここに居るのかと」


 ほんとでござるか? 

 全くもって信用出来ないんだけど。こういう研究一筋みたいな人間が他者の事を(おもんぱか)る訳ないじゃん。ええ、偏見ですとも。


「くっくっくっ。しかも、我らなら現地へ直行出来る物も提供可能だ。つくづく、運が良いな」


 だって、俺達が喋ってるのにお構いなく話してるし、この人。

 ただ、内容は紛うことなき事実で。

 風花ちゃんの居場所がこの学園からそこそこ離れた倉庫街という事までは割出せたものの、俺達にはそこに向かうための足がなかった。

 その事で途方に暮れかけたのだが、なんと機械工学部の連中がそこまで面倒を見てくれるという。正しく渡りに船である。


「ああ、ああ! 漸く、漸くだ。我らの努力と技術の結晶が輝く瞬間をこの目で拝む事が出来る。くっくっくっ、嬉しすぎてアップデートする手が止まらないよ!」


 それが今、俺の背中に装着されているジェットパックで。

 どんな物が出て来るのかと身構えていたら、なんと空の旅をプレゼントされた。

 わぁ、ロマンチックね。私、この大空を飛んでみたかったの……ってなるかぁ!


 なんか流れで助けに行くみたいになっているのは、まあ良かろう。ここに来て放置は寝覚めが悪すぎるし。

 好感度の観点も気にしなくて良い。風花ちゃんに関してなら、どうせもう手遅れだ。

 ただね、俺が身体張るのは違うと思うんですよ。つーか、無理だって。一人で乗り込んでも助けられないって。皆、俺をなんだと思ってんの? それこそ、一般兵以下の民間人よ? 戦闘力たったの5よ?


「座標指定完了、自動航行システム作動、速度制限撤廃、燃焼加速装置ON、物理障壁稼働……etcetc」


「……違法じゃないよな、これ?」


 なんか呪詛の様にブツブツ言い出した事に不安を覚えて聞くと、不気味な笑顔が返ってきた。


「良いかい、海鷹軍曹」


「階級を統一しろ」


「原型を留めないくらいにバラバラになった機械を違法品かどうか確かめる術があるとでも?」


「ふざけんな」


 よし。今すぐこの作戦を中断しよう。重大な欠陥があるわ。

 安全性とはなんだったのか。何が楽しくて自爆する機械を背負わなきゃならんのだ。


「ふむ? 君たちは逸早く文野風花を助け出したいのではないのか? そこを妥協して後悔しないと本当に言えるのか?」


 こいつ、こんな(なり)の癖にとんだ正論を……!

 もっと狂気的であれよ。創作なら必ず敵で出てくる風体なのに。


「先輩!」


「……」


 俺が言葉に詰まっていると時雨さんが縋るように、村雨さんは何か言いたげな瞳でこちらを見てくる。

 あー、もう。仕方ねえなあ。こんな危険な真似を女の子達に──特に自棄を起こしかけている無花果さんには絶対に──させる訳にはいかないし、ヒロインのピンチなら主人公が行かない訳にもいくまい。


「はぁ。なら、手早くアップデートとやらを済ませてくれ。俺も腹を括るわ」


 溜め息一つ吐いた所で、無花果さんが所在なさげに俺を見上げた。


「先輩……その……」


「まあ、なんだ。起きた事はもうどうしようもない。こうしている間に手遅れになるかもと気が気でないのも分かる。だからこそ、無花果さんにはやって欲しい事がある」


「やって、欲しいこと……?」


「簡単な事だよ。戻ってきた風花ちゃんにいつも通り接するだけ。ただそれだけさ」


 微苦笑浮かべながら彼女の頭に手を置くと、軽く撫でつける。


「それは……」


「大丈夫。風花ちゃんと無花果さんは良いコンビだ。俺が保証する」


「私も! 私も!」


「そうね」


「分かり……分かったッス」


 俺の言葉に追従する雨コンビ。撫でる手を止めて離すと無花果さんの顔にやっと生気が戻った。

 それを確認し、下ろしかけたジェットパックを再び担ごうとした所で、俺の方にも待ったが入った。


「あ、服は極力脱ぎたまえ。燃えるぞ」


「は?」


「まあ、下着くらいは許容するが最終的に履いている物の無事は確約出来ない」


「おい?」


「何かを持っていくなら下着の中に仕舞える程度の物にしてくれ。あまり重いものはダメだぞ?」


「やっぱやめにしねえ?」


 着る服が燃えるなら人体に影響出てんじゃねえか。

 俺の切実な願いは聞き届けられる事がなかった。

ゲーム世界特有のオーバーテクノロジー

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