エクレールフラグ 0
二日ほどお休みさせて頂きたい所存
なんて、我関せずを貫こうとしたのがいけなかったのか。
「それデハ、二人組を作ってくだサイ!」
「なん……だと……?」
先生、それだけは……それだけはやっちゃいけんでしょうがよぉ!
だが、安心召されよ。前世ならともかくこの世界での俺は友人に囲まれている。取り乱すではない。いや、前世でもちゃんと友達と呼べる存在は居たんだよ、ほんとだよ?
「じゅ──」
「聖、組むか」
「分かったよ」
チッ、先を越されたか。まあ、良い。別に男と組まなきゃダメという制約もないしな。
身体的接触があると下半身に宜しくないとは言え、背に腹はかえられない。
「みな──」
「水夏、二人三脚の事もあるし、良い?」
「大丈夫だよ、杏樹ちゃん」
だ、大丈夫さ。まだ慌てる様な時間じゃない。合同練習だから下級生とも組めるしな。
「ふう──」
「ユメちゃん」
「はいはい」
まだあわあわあわあわわわ。
「──それデ、海鷹クンは誰ともペアを組めなかっタと」
「はい……」
どうして二クラス合同のくせに人数は奇数なんでしょうね。
一人絶対余る奴やん。二人組作っての時点で公開処刑が発生不可避じゃん。周囲のクラスメイトと下級生からの視線が居た堪れない。
「仕方ないデスね。ワタシとペアになりまショウ」
「なんでやねん」
いかん。素で突っ込んでしまった。
いやだって、先生は競技に参加しないし、監督者なんだから皆の様子を見なきゃいけないのでは。
「さっきの谷町クンの話ですケド」
「はい?」
「忘れられないmemory、素敵だと思いまシタ。だから、ワタシも協力したいのデス。素晴らしいfête des sportsの為に!」
なんて言った、最後? 俺はフランス語には詳しくないんだ。そもそも詳しい言語がないけど。日本語もたまに怪しいからな!
それと隼の言葉に感銘を受けたの?
それらしい事をそれっぽく並べてただけでしょ、あんなの。くれぐれも、宗教の勧誘とかには気をつけてくださいね?
「なのデ、ワタシも一肌脱ぎマス! 海鷹クン、どうぞこの身体を好きに使っテくだサイ!」
おっと、語弊しかない言い方だな。アンタ、国語教師だろ。そんな使い方して良いと思ってんのか。
やめろやめろ。俺は何も悪くねえ。だから、風花ちゃんと杏樹や。そんな冷え切った目で俺を見るのはやめようね。泣くぞ。
水夏くらいだよ、労わった様な表情をしてくれるのは。
「じゃあ、二人組も問題なく出来た事だし、各自ストレッチから始めるように。その後は出る競技ごとに自由に練習して良いぞ」
残された男性教諭のざっくばらんな指示に生徒達が思い思いに動き出す。
本当に問題はなかったか? 俺と目を合わせて同じことを言えるか? おい、こっち見ろ。
「海鷹クン、海鷹クン」
裾を軽く引っ張られてそちらに視線を向けると、地面に開脚して座るエレちゃん先生が居た。
……えーと? 何をしていらっしゃるので?
「ワタシの背中を押しテくだサイっ!」
あー、柔軟か。
確かに大事だよな、運動するなら。
「先生は競技に出ないし、やる意味がないのでは?」
「そンな……。海鷹クンはワタシとの思い出が要らナイって事デスか!?」
「言い回しに悪意しかないんだよなあ」
言いつつも渋々エレちゃん先生の背中に両手を添える。
満足させないといつまでも押し問答を続ける羽目になりそうだからね。
だが、それが間違いだった。
「んっ、ぁふ、や……っ!」
「……」
「ぁん、んぐ、こ、これ、つよっ……!」
「…………」
「やぁ、んぅぅ、らめ、ふぁっ、にゃぅんっ!」
(この人、滅茶苦茶かってえ!!!)
エレちゃん先生、驚きの硬さ!
押しても押しても全然前に倒れん!
え? これ俺が非力なせい? 違うよね?
「あ、あの……海鷹クン?」
「な、なんですか?」
「体重を乗せテ、押してくれまセンか? こう、伸し掛る感じデ」
ほう。この硬さで前屈を諦めない姿勢、嫌いではない。
でも、幾らエレちゃん先生がジャージとは言え、密着度合いが増えるのは正直頂けない。
「その、あまり無理をすると筋を痛めるかもしれないので」
「ワタシは競技に出ないノデ、少しくらいなラ平気デスよ」
これは参った。俺の言葉を逆手に取られましたよ。さすが国語教師。迂闊な発言はしないでおこう。
「ほらァ、はヤくはヤくぅ。もっと激シクしてくだサイな」
でも、ちょっと言い方は考えようね? 日本語ってもっと奥ゆかしいんだよ?
「ああもう、分かりましたよ!」
これ以上、余計な事を言われると俺の精神面に負担が来る。
ただでさえ、エレちゃん先生の相手をしている事で近くの風花ちゃんや杏樹から視線を感じるというのに。何か言いたいことがあるなら言いたまえ。俺は無罪だ。
こうなったら、さっさとこの時間を終わらせるに他ない。
「一気にいきますからね!」
「Oui! 望むところデス!」
了承も得たので、エレちゃん先生の肩に手を添え、背中に俺の胸を密着させ、足をしっかりと踏ん張ってグイッと押し込む。
さすがの先生でも、これだけ力を入れれば!
「あぎゃッ! うぐぅッ! イタタタタタッ!」
全然だったわ。
手で押すのとあんま変わらんかったわ。
それと、なんかあまりにも硬すぎるのが面白くて、密着してもなんとも思わなかったわ。
おかしいな。年上の美人外国人教師って本来なら異性としての魅力で溢れる筈なんだけど。
「先生」
「も、もう一度デス、海鷹クン……! ワタシの本気はこんな物デハ!」
「もう良いんです、先生。人間なんですから、出来ないことの一つや二つありますって」
「そこまデ言われル程の物デスか!?」
「とりあえず、今日の所は普通にストレッチしましょう?」
「ムムム……! デハ、次はワタシが海鷹クンの背中を押しテあげマス!」
案外負けず嫌いなのかな?
これもこれで俺が折れないとダメそうですね?
「じゃあ、お願いします」
「お任セくだサイ!」
仕方ないなという許容の心と共に交代して、俺が地面に座り、脚を盛大に広げる。そんな俺の背後にエレちゃん先生が回った。
ふっ。とくと見るがいい。俺の身体の柔らかさをな!
「Oups! スゴいスゴい!」
押されるがままに目一杯の前屈。自慢じゃないが、身体は結構柔らかい方なんだわ。
将来、何かに役立つかもしれないと柔軟とストレッチだけは毎日欠かさずにやってきたからな。前世の積み重ねがちゃんとこっちの世界でも反映されてて良かったよ。
「わァ、後少しで地面とおムネがくっつきそうデス。ワタシ、もっと押しマスね!」
途端、ふわりとした優しい匂いと共に背中に掛かる圧力とたわやかな感触が増す。
「んぇ?」
「がーんばれ、がーんばれ!」
待って? エレちゃん先生の声が近いんだが?
もしかしなくても、身体を使って押していらっしゃる? 視線だけを移動させると俺の顔のすぐ近くに彼女のご尊顔があった。うーん、美しい……じゃなくて!
あーっ! いけませんいけません! そんなに密着してはジャージ越しても分かってしまいます! 程よい感じの膨らみが、無遠慮に押し付けられてるのが分かっちゃいますぅ! 生徒相手だからって無防備が過ぎるだろうがよ!
「うごごごごごご!」
うおおおお。反応するな反応するな反応するな!
ここで勃起なんてしてみろ、立ち上がれねえぞ。なれば、一刻も早くこの時間を終わらせるまで!
越えろ、限界! 今だけは果ての景色を見せてくれ!
「がーんばれ……イッた? イケました!? さすがデス、海鷹クン!」
歯を食いしばって下を向く。そして、なんとか地面に胸をつけると片手で丸を作ってエレちゃん先生にアピール。そこで漸く身体を解放された。
お、終わった……助かった……。最早、先生の言葉選びに突っ込む余裕すらないわ。
「ワ! 凄い汗! そんなに辛かったデスか!?」
「……えぇ、色んな意味でね」
のそのそと立ち上がった俺が満身創痍の装いだったのは言うまでもない。