風花フラグ 3-2
「あ、ルミお兄ちゃん!」
体操服に着替えたいつもの四人でグラウンドに出ると、エメラルドグリーンの少女が近寄ってきた。
それに気づいた水夏が誰よりも率先して彼女を迎え入れる。
うん。微笑ましい。今日の良い天気と過ごしやすい気温も相俟ってとても穏やかな雰囲気ですね。
「今年は風花ちゃんと一緒なんだ」
「あは。そうみたいですねっ」
それに遅ればせながらメカクシ系少女こと無花果さんが俺たちに会釈する。
体育祭はクラス毎にチーム分けが行われるので、二年四組である俺たちは同じ四組の上級生下級生とチームになる。
それで、どうして我ら二年生と風花ちゃん達一年生が一堂に会しているのかというと。
「デハ、皆サン。集合してくだサイ」
チャイムと同時に現れたエレちゃん先生の呼びかけで、グラウンドの各所に散って準備やお喋りをしていた生徒たちが彼女とその隣に立つ男性教諭の前に集結する。
「合同練習なんてあるんだ……」
そう。他の学年とチームワークを高めるという名目で我ら二年生の体育の時間が宛てがわれたのである。
いやね、体育祭までは体育の授業が準備期間ってのは既に理解してたけど、こんな物まであるとは。
今回は一年と二年だが、ちゃんと他の時間で二年と三年、一年と三年の合同練習もあるらしい。
「何言ってんだ。去年のオレ達も先輩らとやっただろ」
「え? あ、あー! 完全に忘れてた」
なんとなしに漏らした呟きを隣に居た隼に拾われ、盛大に焦る。
だが、待って欲しい。本当に記憶がないんだ。幾ら辿っても体育祭に関する事が全く思い出せない。去年、自分が何の競技に出たのか、どうやって過ごしていたのか。そう言った事が完全に抜け落ちている。
何これ。若年性アルツハイマー? こわ。多分、ゲーム特有のバグだと思うんだけど、神様ちゃんとデバッグしましたか?
なんか他にも抜けがありそうで怖いな。自分の事だから誰かに聞く訳にもいかないし、マジでどうしたものかな。
「なるほど」
そんな俺の若干挙動不審な様子に合点がいったのか、したり顔で奴は頷く。
何か分かったのか、隼! さすが親友だ、頼りになるぜ!
「確かに去年の体育祭は事前準備含めて印象が薄かった。事務的な進行、代わり映えのしない競技。良く言えば伝統的。悪く言えば前時代的。即ち、ルミナは嘆いているんだな! 果たして、こんな面白くない催しをやる意味があるのかと!」
「???」
前言撤回。何言ってんだ、こいつ。
後、声がデカいんだわ。周囲のクラスメイトに奇異な目で見られてんだわ。
違いますよー。僕は巻き込まれた側ですからねー。なんだいつもの二人かみたいな雰囲気出すのやめようね? 甚だ遺憾ですぞ。
「分かる。分かるぞ、お前の言いたいことが。身体能力の差なんて一朝一夕ではどうにもならない。その上、クラス一位になった所で何か褒賞を貰える訳でも無く、得られるのは自己満足に近い栄誉だけ。やる気が出ないのも至極当然だ」
で、こいつはいつまで喋ってんだ。
最早、エレちゃん先生ともう一人の先生にも気づかれてんのよ。二人とも無理にでも中断させるかどうかって感じの微妙な表情だけど、そろそろやり過ぎて怒られる段階なんよ。出る杭は打たれるって言葉をご存知でない?
「まあ? 真面目なクラスメイト諸君は愚直に言われるがまま練習して、さしたる感慨もなく本番に望むのだろう。負けても思い出になれば良いと。だが、現実はどうだ! ルミナを見てみろ!」
「はぁ!?」
いきなり白羽の矢でぶっ刺してくるじゃん。
正直、一年生も居る前で辞めて欲しい。既に目付きの悪さで若干距離を取られている気がしてるのに。
とりあえず、愛想笑いでもしておこう。へへっ。おっと? 更に距離が開いたぞ? なんで???
「こいつは去年の体育祭の事を全く覚えてない! それくらい話題にならない普遍さだったんだ!」
「ルミナの記憶力に問題があるだけじゃ……」
聖さんや? それはフォローという名の追撃だよ? 俺に何か恨みでもある?
「じゃあ、聖は覚えているんだな?」
「全部が全部とは言えないけど、ある程度はね」
「なるほど」
聖の言葉に腕を組み、目を閉じる隼。
お? 珍しくあっさりと引き下がったな? これはいける流れか?
「だが!」
直後、カッと目を見開く隼。
あー、やっぱりダメだったかー。こうなったら止められないもんなあ。聖も苦笑しながら肩を竦めちゃった。
「その程度の物を果たして思い出と言っていいのか! オレたちの限られた学生生活がそんな曖昧な物でいいのか! もっと色褪せない鮮烈なメモリーが欲しいとは思わないか!」
気づけば演説になってるよ。
マジで無駄に容姿が優れているから、堂々とした立ち振る舞いが様になっているんだよな、こいつ。
クラスメイトだけでなく、エレちゃん先生達や一年生もなんか聞き入ってるし。
「んで、つまり?」
仕方ないので合いの手を入れる。
そうしないとこの茶番劇がいつまでも終わらない。
「なに、簡単な話さ。オレ達の手でスパイスを加えてやればいい。そもそも、大元からの改革は今からだと間に合わないし、何より教職員も良い顔をしないだろう」
そうなんだよな。
こいつ、言っている事とやっている事は無茶苦茶でも、人への配慮というか手回しだけは毎回完璧なんだよなあ。
ただし、それには俺に降り掛かる迷惑は考えないこととするって注釈がつくのだが。こればかりは主人公特有の巻き込まれ体質を恨むしかない。
「そういう事なら先輩、自分から一つ」
「ん? どなたかな?」
「これは失礼。一年の阿久野 健次です」
一年生の中から歩み出してくる一人の少年。
あれ。この子を知ってるな、俺。
えーと、確か生徒会室でクラス委員の顔見せをした時に見たような。俺と杏樹のイチャつきみたいなやり取りのせいで周囲が殺気立つ中、この子だけ何故か笑ってたんだよなあ。なんか大物っぽい。
「ああ。あの阿久野重工の」
と思ったら、本当に大物だったわ。阿久野重工って言えば、こちらの世界で機械工業を支える大企業じゃねえか。
そこの御曹司とか、そら育ちの良いお顔をしていらっしゃいますよね。さぞおモテになる事でしょう。ぐぬぬ。
「はい」
「それで、そこのお坊ちゃんが何か提案があると」
「提案という程では。ただ皆さんも知っての通り、うちのクラスにはあの“文野風花”が居るので。彼女には体育祭の間、チアリーダーをして貰おうかなと」
ざわっと。うちのクラスに衝撃が走った。
驚いて風花ちゃんを見ると目が合った彼女は諦観染みた笑顔と共に小さく頷きを返してきた。
うーん、クラスメイトの期待もあったから断りきれずって感じか。大丈夫かな。
「ほう。風花嬢の応援か。それは盛り上がりそうだ」
「でしょう? そこでなんですけど、我々が更に一致団結する為に先輩達にも手伝って欲しいなと」
「ふむ。魅力的な話だが、こればかりはオレの一存では決められんな。持ち帰って検討させて頂きたい所存である」
「いえ。なにぶん急な話なので。ただ先輩達がオーケーを出してくれると三年の先輩方も快く了承してくれるかなと」
「はっ。中々に強かなやつだな。お坊ちゃんと言った事は訂正しておこう」
「まだまだですよ。若輩である事に変わりはないので」
片や人を小馬鹿にした笑みを浮かべ、片や爽やかな笑みを浮かべていた二人は同時に背中を向けてお互いのクラスへ歩き出す。
息ぴったりだね、君たち。似たもの同士なのかな? 後、隼はもうクラスの内輪に居るから歩く必要ないからね?
「え、えーと……もう良いデスか?」
「積もる話はあるだろうけど、合同練習を始めようか」
場を掻き乱していた存在が静かになった為、漸くエレちゃん先生達が声を出す。
おいおい。想定外すぎる出来事にエレちゃん先生が露骨に気後れしてんじゃねえか。どうすんだよ、この雰囲気。担任になったばかりの人には荷が重そうだぞ。
俺、知ーらないっと。
登場人物紹介の時と初出の時のエレちゃん先生が姓名逆になっていたのと同級生フラグ3-1で聖の髪色が金になってた所を銀に修正しました