同級生フラグ 1
「いっちにっ、いっちにっ!」
俺の前で桃色の髪をした少女と空色の髪をした少女が肩を組んで走っている。
一歩進む度に揺れる胸と眩い白さで零れる脚線美が本当に眼福である。うへへ。
「あれ? ルミナは休憩かい?」
グラウンドに座り込み、水夏と愛園さんの二人三脚を見物していると聖がスポーツドリンク片手に近寄ってきた。
自分が出る種目を軽くこなしてきたのだろう。少しだけ頬を上気させつつも余裕そうな表情を浮かべている。
くぅ。爽やかな奴は芋っぽいジャージ姿でも絵になるなあ!
「俺が出るのは障害物と借り物だからな。ギミックが分からないから練習も何もないんだわ」
「ああ。確かにね」
この学園の障害物競走は毎年内容が変化する上に本番直前まで明かされないという斬新さの塊で、それ故に練習しようにも意味がない。いやまあ、仮に分かっていても準備と片付けが面倒くさいからやらないけど。そして、借り物競走も運次第なので言わずもがなである。
そんな俺の言葉に納得したのか、軽く頷いた聖はすぐ隣に体育座りで座った。ジャージ姿だからマシに見えるが、こいつも華奢な方なんだよな。
「じゃあ、今は何をしてるんだい?」
純粋に疑問なのか、彼は膝の上で腕を組むとそこに頬をつきながら俺に視線を投げかける。
サラッと流れる白銀色の髪に思わず心臓が跳ねた。
おいおい。それは男の君がやって良い姿勢じゃないでしょうに。そんな無垢な瞳で覗かれると胸きゅんしちゃうだろ。
「こーらっ、ボーッとしない」
「うお!? ……あ、あーっとだな。水夏が二人三脚の練習するから見ててくれって」
言語中枢が働く事を放棄していると聖が悪戯げな笑み浮かべて、持っていたペットボトルで俺の額を小突く。
男ってなんだっけ。もう男でも良いかもしれないな。男の娘ってジャンルもこの世の中にはありますし。
「武藤さんの相方は……愛園さんか。確かに背丈は似通ってるし、バランスは良く見えるけど」
「俺もそう思う」
小学生並みの言葉しか返せないし、愛園さんの運動神経がどんなものか分からないけど、水夏との息は合っている方だと思う。
現に見ててくれと言われたから見ているが、これといったおかしな所は見当たらない。
「いっちにっ! いっちにっ! ゴール!」
「……ふぅ」
そうこうしている内にグラウンドの半周を終わらせて、二人がゴールへ辿り着く。
いやまあ、俺なんだけど。目印代わりに座ってた俺がゴールなんだけど。
「どうだった、ルミ君」
「どうと言われてもな」
「遅かったとか速かったとかあるでしょ」
え、分かんない……。二人三脚に詳しくないし、競走相手も居なければ時間も計ってなかったし……。
あ、やば。愛園さんの目付きが厳しくなってる。ひぃ、ギャルこわっ! 見下ろされてるのもあって、ギャルこわっ!
「うーん。普通から少し遅いくらいかな?」
人知れず萎縮してると隣から助け舟が来た。ありがとう、聖。心の友よ。
というか、遅かったんだ。でもまあ、遅い方が楽しめ……げふんげふん、揺れを堪能……違う違う、転んだとしても大怪我はしないだろうし、安全に十分配慮してて俺は全然良いと思う。良いと思うぞ!
「そっかあ。何がダメなんだろう?」
「知らない」
おおう。にべもない。
愛園さんは前世含めて俺の周りに居ないタイプだから戦々恐々としちゃう。
と思っていたら、水夏がしゃがんで二人の足首を結んでいた紐を解いた。
「はい、ルミ君」
「うん?」
そして、そのまま手渡される。
え、なに?
若干の温もりが残ってるけど、持って帰って良いよってこと? お守りにでもすればいいの? ミサンガゲットだぜ!
「お手本見せて欲しいな」
「誰と誰が」
「ルミ君と姫川君が」
「うぇぇぇっ!?」
俺の返答よりも早く聖が驚愕の声を出す。
その事に俺だけじゃなく、水夏と愛園さんも目を丸くしていた。
「何よアンタ。今の提案、そんな声を出す場面だった?」
「い、いや! 予想外だったからびっくりしちゃって」
「……そうか。そんなに俺と肩組んで走るのが嫌か」
「そんな事はっ、ない……けど、あー、そうそう! もう十分休憩出来たし、そろそろ他の練習もしないと! だからごめんねっ、ルミナ!」
そうして、まるで逃げ出す様に。歯切れも悪く慌ただしく他のエリアに向かって駆け出していく聖。
思わず立ち上がって伸ばした手も、時すでに遅しとばかりに虚しく空を切った。
ええ……。悪い意味で、俺、またなんかやっちゃいました?
「脱兎のごとくじゃないの。アンタ達、友達じゃなかったの?」
「そのはずなんだけどな」
愛園さんの胡乱げな視線が俺に突き刺さる。
うーん。こればかりは真面目に身に覚えがない。でも、二人三脚の話題が出るまではいつもの聖だったんだよな。
はっ!? 分かったぞ!
「聖は二人三脚がめちゃくちゃ苦手なんだ!」
「違うと思うよ?」
俺と全く息が合わなくて盛大に転ける聖を想像して萌えていると一瞬で否定された。なんでさ。いやまあ、なんだかんだで運動神経が良いやつだから妄言なのは確かなのだけれど。
「そんな事より」
挙句の果てにそんな事呼ばわりである。泣いてもいいかな?
「結局、指針が定まらないままじゃない。どうするのよ」
「じゃあ、あたしと走ろう、ルミ君」
「なんで?」
可愛いパートナーが隣に居るでしょ、君には。
それに、万年帰宅部の俺と水泳部の水夏では、身体能力に圧倒的な差があるじゃないか。
青春物みたいな下校劇かましたのまだ忘れてないからな? あれをクラスメイトに見られてて、次の日の教室で生暖かい視線に迎えられたんだぞ?
「あたしがルミ君と走りたいから」
「正直者か?」
ツッコミを入れたら、水夏がはにかんだ。
違うぞ。褒めてないからな?
助けを求める様に愛園さんへ視線を向けると彼女は軽く肩を竦めた。
「別に良いんじゃない? あーしも休憩したかったし」
そう言いつつ、先程の俺みたいにその場に座る愛園さん。
うん。ふくらはぎの瑞々しさと肉感がイイネ!
「よーし。出来たー!」
「えっ!? いつの間にか準備が完了している!?」
全く気づかなかった。いや別に、愛園さんの足に目を奪われてたからとかそんなんじゃないよ。ほんとだよ。
しかして、これは……。もしかして、結構ヤバい状況なのではなかろうか。
(この幼馴染み、あまりにも隙が多い!)
二人三脚故に途中で解けないようにしっかりと。それでいて、痛みがない程度には抑えて結びついた互いの足首を支点に、ぴったりと水夏の身体が密着する。
いや、それどころか遠慮なしに押し付けてきてるな。まるで犬のマーキングみたいなんだけど、ちょっとこのじゃれつきは刺激的過ぎやありませんかね。
この状態で走れと? 何の地獄だ?
「ほら、いっくよー!」
「うぇ!? ちょ、まっ、待って! まだ心の準備が! うおぉぉああぁぁぁっ!!!」
結論から言うと、俺が水夏の身体の柔らかさや気持ちよさを堪能出来る事はなかった。
もう二度とコイツと一緒に運動しねえわ。ほんと、マジで。