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「えっ……?」
見渡す限りの白い空間。
俺はここを知っている。
というか、ついぞ数分前にやってきた。
「すまん」
呆然としていると声が聞こえた。
聞き覚えがある。俺を転生させてくれた神様だ。
依然とも靄のままなので、また幼女に置き換えたのだが、その神様がどこか悲嘆にくれた表情で──多分、声のイントネーション的に。実際は見えてないから知らんけど──そこに存在していた。
ふむ。神様と一面の白い世界。見覚えしかないな。つまり、
「あれ……俺、また死んだ……?」
「あの初期不良は儂も予想外だった。まさか命に関わるとは」
何かしらのバグが起きる可能性は示唆されていた。俺はてっきり混濁していた記憶の事だと思っていたのだが。
神様の沈んだ雰囲気から察するに、どうも話は悪い方向にあるらしい。
「命に関わる初期不良……?」
「ああ。お主、エロゲーをプレイした事はあるか?」
「そりゃ勿論」
そうでなきゃエロゲーの主人公になりたいなんて思わない。
俺もあんな風に無条件でモテたかったし、色んな子と関係を持ちたかったから。
「あの世界はお主の望みを叶える為に儂が創り出した物」
「神様オリジナル創作エロゲーとかプレミアム価値ヤバそう」
「ただ、儂もそこまで全知ではないのじゃ」
知ってますとも。存分に。
「故に細かい所は日本のエロゲーを参考にしててのぉ」
神に影響与える日本のエロゲー。
というか、神がエロゲやってるのシュールすぎるな。
「ただ、エロゲーと言っても、色々とあるじゃろ?」
「そうだな」
キャラ達の魅力を前面に出して、それを売りとするキャラゲー。
濃密なシナリオに時間を忘れるギミック。圧倒的な文章力を叩きつけるシナリオゲー。
夜の役割に特化し、男性のリビドーを消化する為に生まれる抜きゲー。
神様が作ったのはキャラゲーと抜きゲーが合わさった感じの物だろう。
「大体のエロゲーにおいて、そう言ったシーンは欠かせぬ物なのはお主も分かっておろう?」
「そりゃ、それがないとエロゲーとは言えないし」
世の中には18禁の物から18禁シーンを抜いて、他でシナリオを補完して18歳未満でも買える物もある。
俺はそういうのも好きだし、そっちはそっちでフルボイス化やらエロがない代わりにキャラクターとのエロ以外のイチャイチャに振り切ったりと他にはない魅力もあったりするのだが。
俺が転生先に求めたのはあくまでもエロありの世界で。
「ところで、お主は成人男性が一度に射精する精液の量を知っているか?」
「は? ……知らないな」
突然の質問に一瞬だけ考えるも、早々に匙を投げる。
だって、自家発電後のブツなんて即刻処分するし、量なんて注視した事もないしな。
「一般的には2~5mlと言われておるな。だいたい4mlくらいと覚えておいてくれていい」
小さじ一杯が5mlだから、それくらいか。
100回射精してやっと500mlペットボトルと同じくらいと考えると、結構少なく感じる。
「それが何か?」
「あの世界は儂が創ったとは言え、お主の望みも深く反映しておる。下世話な話だが、お主、嗜好に大量ぶっかけって言うのがあるじゃろ」
「せ、せやな」
おそらく世界初、神様に性癖を暴露された男。
いやだって、白濁に染まるヒロインってエロくない? エロいよね? 間違いなくエロい!
「あれは本来、何人もの男性が協力して実現する行為」
神様、なんか詳しくなってない? 調べたのかな?
サブカルチャーに造詣が深い神様じゃん。
「サブカル造詣神様……」
「え? なにそれ儂のアダ名?」
「なんか貰ってばかりなので、少しでもお返ししようかと思って」
「えぇ、ありがた迷惑……」
「気に入ってくれたのかな?」
「今の聞こえなかったのか?」
「…………」
「ええ……どうして不満げなんじゃ……」
「憤懣やるかたない」
「口にも出された……」
閑話休題。
「で、ぶっかけがなんと?」
「うむ。先程も言ったが、あの世界はお主の欲望を色濃く反映した世界。即ち、一人でヒロインを白だくにする事が出来るんじゃよ」
そんなつゆだくみたいな。いや、間違ってないのか?
「ほうほう」
「それで、あの、なんというか……な?」
急に歯切れが悪くなる神様。
「儂も知らんかったんじゃが……それのせいで、主人公の一回の吐精量が、最低でも100mlくらいに設定されてるんじゃよ」
「へえ。さすがゲームの世界。現実の約25倍もあるのか。…………ん?」
今、なんて?
俺はこの世界に来る前にナニをしていた?
余談だが、射精一発分の精液量ギネス二位が約20mlくらいである。一位は現実味がないから省くとしても、その五倍。
しかも、最低でもって言ったよ、この神様。
「つまりじゃな」
下半身が弾けたのかと思うくらいの快感。
トイレットペーパーを貫通せんという勢いで射出され続けた子種。
それは確かに普段の俺では考えられない程に長い絶頂。
「ゲームの世界に現実の身体を転生した上、まだ完全に同期しきってないお主の身体は、その規格外の射精に耐えきれん」
テクノブレイクと言う単語を聞いたことがあるだろうか。
造語でありながら、容易く世の中に浸透した為に本物になった単語。
自家発電のし過ぎで死に至った際の死因。それがテクノブレイク。
尤も、腹上死含めて死因は心臓病や不摂生など元々罹患していた別の物にある事が多く、テクノブレイク自体は疑わしき物とされていて、健康的な男性がやり過ぎで死ぬ事はほぼないと言われているのだが。
「これでゲームオーバーはあまりにも理不尽と思ってしまったから、つい介入してしまったわ」
ただ、一回なら何も問題は無いし、寧ろ適度な発散がお勧めされる性欲。それの身体に掛かる負担が単純計算で25倍となればどうなるのか。
そんなモノ、想像なんて出来ようもないのだが、仮に例えるのであれば、何の準備運動もせずに全力で一切の休息なしで何kmか走る様な感じだろうか。
そりゃあ、身体への負担もえげつないか。まあ、神様の計らいで死ぬ寸前辺りで引き上げられたっぽいが。
「という事は、俺はヒロイン達と仲良くなっても……」
「お主の想像通り、最後の一線は越えられんな」
ヤバい。泣きそう。
こんな事になるなら、大人しく主人公の身体にしとけば良かった。
俺のままでモテたいとか、変な意地張ったあの頃の俺のバカ!
「ええと、このバグの効果は確か」
「うむ。一年じゃ」
一年もお預け!?
それなんて拷問ですか!?
「男は定期的に発散しとかないと色々と不都合が」
「それは現実世界でじゃろ。エロゲーの世界にそんな道理はない」
「抜け道は!? なんとかする方法は!?」
「残念ながら時間経過をおいて他にはない」
「……あ」
「あ?」
「あんまりだぁぁぁ〜〜〜っ!」
涙が零れ落ちる。
あまりにも悲しくて哀しくて。
せっかく転生したのに。
やっと楽しい人生が歩めると思っていたのに。
「お、落ち着け。流石にこれだと憐れすぎると儂も考えていてな」
「……ほ?」
「一月に一回、一度だけ射精しても死なない護りをお主に付与してやろう」
「え!? それがあれば童貞を……!」
お先真っ暗な人生に光明が。
「いやまあ、捨てる事は出来ると思うが……」
神様の歯切れが悪い。
その時点で察してはいるけど、良い予感はしない。
「お主が望んだのはハーレムじゃぞ? そういう状況になった時、その場にヒロインが何人居ると思っておる?」
えぇ。ハーレム設定が足を引っ張る事なんてある?
少なくとも俺の辞書にはなかった。バフも過ぎれば毒となるんだな。
「出すのを我慢すれば……!」
「イかせられなかったと悲哀に咽び泣く彼女たちが見たいのか?」
詰んでるじゃねえか。
まあ、童貞の俺が我慢なんてどうせ出来ないんですけど。
となると、射精回数を増やしてくれと頼むだけ無駄か。
逆にこの回数までは大丈夫と慢心を産む可能性もあるしな。
「つまり、この護りは攻めには使えない。さしずめ最終防衛ラインという事か」
何を言っているのか分からねえと思うが、俺も分からねえ。
「うむ」
うむじゃないが。
適当に返事しただろ。
「はぁ……。神様、ヒロインの特徴を教えて貰っていいか?」
「ふむ? 主人公の記憶にちゃんとある筈だが?」
「名前だけじゃヒロインとモブの違いが分かんねえよ。なんでクラスメイトの名前がちゃんとあるんだ」
「そら創られたゲームの世界であっても、そこで暮らす者には現実と変わりないからな」
「ちゃんと全員の名前を覚えてるのか、この主人公は」
「マメな主人公じゃった……。今は違うが」
うるせえ。
「それで、それを知ってどうするつもりじゃ?」
「決まってんだろ」
ゲームは主人公とヒロインによって紡がれる。
逆に言えば、両者が出会わなければ発展はしない。
「極力、ヒロイン達と関わらない様にするんだよ」
目の前に極上の餌があるから拷問は拷問足り得る。
ならば、ハナから無いものと認識してれば、俺の理性が削られる心配もない。
幼馴染みであり、同居している水夏が目下の悩みだが、俺からアクションを起こさない限り、彼女から何かされる事はないだろう。多分。ファーストコンタクトが済んだばかりで、まだ何も分からないけど、恐らく。
仮に水夏が積極性の塊なら、起こしに来たついでに襲われてたと思うんだよな。
「よし。ハーレム計画は一年後からだ」
意気込む。俺なら出来る。望みの世界である事は間違いないし、モチベーションも高い。
だから、気づかなかった。
主人公補正という物の恐ろしさを。