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火燐フラグ 3-2


「湯加減はどうだ?」


 湯船の中、俺と背中合わせに座る先輩が尋ねてくる。

 ちゃうねん。最初は浴槽が広いのを良いことに距離を取ろうとしたんだ。ただ、それはそれで失礼かなと思って、微妙な位置で落ち着いたら先輩が詰めてきたんだ。

 俺は悪くねえ。悪くないよね?


「あ、や、い、いい感じです……」


「るみな、かおが真っ赤ー!」


 本音を言えば少し温いくらいなんだが、状況が状況なせいでそれどころじゃない。

 朱音ちゃんに(はや)し立てられるも、今は正直その騒がしさが有り難い。

 だって、無理だろ。俺と先輩だけじゃ場の空気がもたないって。

 前回はすぐさま退場したから立ち回りが分からねえ。圧倒的経験値不足……!


「前もそうだが、朱音の我儘に付き合わせてしまって済まないな」


「い、いえ。大丈夫ですっ」


 子供は我儘を言う生き物だから。俺は特段子供好きという訳ではないが、朱音ちゃん達は可愛いし、その事に関して思うことはない。


「そうか。良ければこれからも妹達の面倒を見てくれると助かる」


「それは、まあ……俺の出来る範囲でなら」


「るみななら、いつあそびにきてもいいよ!」


「おわっ!?」


 俺の答えに満面の笑みを浮かべて飛びついてくる朱音ちゃん。

 咄嗟に受け止めるも、浴槽の中だと衝撃を完全にいなす事が出来ず、なんとか右手を床に着くことで耐えたものの、背中が先輩の背中と触れ合ってしまった。


「す、すすすすみません! こら! 危ないだろ、朱音ちゃ──!?」


 少し強めの口調で朱音ちゃんを窘めつつ、慌てて離れようとした俺の右手の甲。そこへ重なった柔らかな掌に意識が囚われて言葉尻が萎む。


「うっ、ごめんなさい……」


 俺の首にしがみつく様に両腕を回しながらも、露骨に意気消沈した朱音ちゃんの声が耳元で聞こえるのだが、今の俺はそれどころではない。


「あの、先輩……?」


「うん? どうかしたのか?」


 後ろを振り返る勇気はないので、おずおずと聞くと平然とした答えが返ってきて驚く。

 ええ……? さっきまでそんな余裕綽々な感じではなかったでしょう?


「るみな、ごめんね?」


「お、おう。次からは先に言うんだぞ。それなら大丈夫だから……っ!」


 俺の右手を優しく愛撫する先輩の細い指。

 剣道部の主将故か水夏や風花ちゃんに比べると掌に硬さはある。だが、それでも俺の様な男と比べるとしなやかで繊細な感触にぞわぞわとした物が背筋を走った。

 これはもしかして、不味い流れになっているのでは……?


「うんっ! えへへっ。るみな、だいすきっ!」


「ちょ……!?」


 喜びを全身で表した朱音ちゃんが、そのぷにぷにの肌で頬擦りしてきた拍子に地面から浮いた俺の右手。

 その僅かな隙間に先輩の手がするりと入り込むと、そのまま指同士絡める様に握ってくる。

 なんですかなんですか、これは。


「……握って、くれないのか?」


「え!? ……えっ!?」


 状況の把握に努めようとしているのに、俺の背中に体重かけるように凭れてきた先輩が聞いた事のない声音で言ってくるから困る。


「にぎにぎ?」


「ああ、にぎにぎだな。どうも、この後輩は私の願いを聞き入れないらしい」


 紅ちゃんと楽しげに話しながらも、早く握り返せと言わんばかりに水面下で繋がった手を揺らしてアピールしてくる。

 え、誰これ……。本当に鬼という名称がある先輩ですか? 言動の乖離が凄い。先輩に可愛いなんて感想を持つ日が来るなんて思わなかった。

 いや、綺麗な人だとは思ってるよ。でも、どちらかと言うとカッコイイ寄りの人だから、可愛げとはそれなりに離れている感じがあってだな。ええい、何が言いたいかというと、こんなの絆されるに決まってる!

 そんな風に観念しつつ、おっかなびっくり開いていた指を閉じる過程で気づく。待って待ってこれって所謂……!


「恋人繋ぎでは?」


「こいびとつなぎ?」


「朱音ちゃんにはまだ早いかな?」


「ぶーっ! そんなことないもんっ!」


 そう言えば、朱音ちゃんも朱音ちゃんでひーくんとやらと何かあったっけ。

 あれ以降、全く話を聞いてないから少し気になる。というか、何かで気を逸らさないと繋いだ手が気になって気になって仕方ない。

 掌から感じる熱さは、きっとお湯だけのせいじゃないと思うんだよな。


「朱音ちゃんはひーくんといい感じなんだっけ?」


「いいかんじ?」


 俺から身体を離し、浴槽の縁までふよふよと漂っていく朱音ちゃんが首を傾げる。

 おっと、遠回しな表現すぎて伝わらなかったか。


「簡単に言えば、ひーくんの事が好きなのかなって事だ」


「んー。よく分かんない」


 それもそうか。この年で色恋沙汰に染まっているというのは考えにくいし。


「でも、るみなはすき! おち〇ちんも大きいし!」


 握られた手に力が籠った。

 よし。朱音ちゃんは今すぐその口を閉じようか。背後の先輩が怖いから。おい、どこ見て何笑ってんだ。


「……海鷹」


「違うんです」


「いや、その……なんだ。勃って、いるのか……?」


「!?」


 てっきりお咎めの言葉を頂戴するものと思っていたのに、先輩の予想外すぎる発言に目を剥く。


「ど、どうなんだ?」


「え、いや、あの」


 思わずしどろもどろになる。

 けれど、冷静に考えて欲しい。幾ら前世で歳を重ねようと中身は童貞。しかも、今や身体も思春期真っ盛りと来ている。

 そして、魅力的な女性と裸の付き合いをしつつ、がっちりと手を繋いでいる状況だ。

 これで俺の息子がエレファントガンに変貌を遂げない訳がないだろう!?


「……朱音」


「なあに?」


「海鷹のおち──」


「わああぁぁぁーっ!?!!?」


 何してんのこの人ォッ!?

 俺がすぐに答えないからって、妹に探らせるか普通!?

 いやでも、先輩のおち〇ちん呼びは若干聞きたかっ……いやいや!


「るみな、どしたの?」


「うっちゃい!」


 おおう。紅ちゃんに怒られるとかあるんだ。

 でもね、不可抗力だと思うけどね、今のは。


「なんでもないです……」


 だが、言い訳はすまい。出来ないとも言うけど。

 先輩に勃起してると知られたくなくて声を荒らげたなんて言えねえだろ。


「否定しないという事は……大きくしているのか」


「……」


 結局、バレてんじゃねえか。

 というか、これ次の展開が読める。今すぐ逃げ出したいけど、先輩が手を離してくれない。

 なら、違う手段に頼るか。風呂場だからこそ使える秘技にな。


「あー、なんだか逆上せてきたかもしれないです」


 どうだ。これなら違和感なく先に離脱出来るだろ。我ながら完璧すぎる。


「それは介抱が必要だな。朱音、紅、私達もそろそろあがるか」


「うんっ」


「あぃ」


 作戦失敗!

 プランBに移行する!

 朱音ちゃんが紅ちゃんと手を繋ぎ、一緒に浴槽から出て脱衣所に歩き出すのを見ながら、懸命に頭を働かせる。


「二人の世話があるでしょうし、先輩お先にどうぞ」


「逆上せそうな奴を置いていけるか。ほら、行くぞ」


 クソがよ! 策士策に溺れるとはこの事か!

 水面が盛大に揺れる。先輩が立ち上がったらしい。そのまま手を引かれるが、立ち上がるには俺の勇気が足りない。


「前にお前のソレを見た時」


「?」


 固まっていると手がするりと離れた。

 視線を向けかけるが、それより先に先輩がこちらを向く気配がしたので顔を伏せる。


「生娘みたいな悲鳴をあげた事を悪いと思っていた」


 みたいも何も生娘では? ここまできて処女じゃないとか炎上しちゃうよ?


「だから、邪重に色々と教えて貰ったし、一人の時にその、そういった動画を見たりしたんだ」


 お堅い風紀委員長が性のお勉強だと……!?

 え、何それ(たぎ)る。ああ、待て興奮するな。本当に収まりがつかなくなる。

 会長も色々と余計なことを吹き込んでそうだし。


「つまりだな……それは私の事を意識した結果という事なんだろう?」


 さすが剣士。真正面から切り込んでくるじゃん。その通りですけど。


「ならば、私が責務を果たさねばなるまい。……寧ろ、こんな私でもそうなってくれているのは個人的には嬉しい話で……いや、余計な事まで言ってるな、これは」


 鬼桐原、突然のデレ期。

 一緒に過ごす時間が増えた影響で、ストイックなだけでなく存外茶目っ気もある人なんだなというのは理解していたが、ここでの変化球は効果抜群である。

 げんきのかけらがあっても瀕死から立ち直れまいて。


「単刀直入に言う。海鷹、私におち〇ちんを教えて欲しい」


 いかんでしょ。

 しかし、風花ちゃんの時みたいな誤魔化しが出来る状況でもないのも確かで。ここで逃げると俺は先輩に一方的に負い目を感じるし、先輩も先輩で気まずいだろう。

 そんな状態で残り二日をどういう気持ちで過ごせばいいんだ。


 それに、脱衣所で朱音ちゃん達が待って居るから、ここで時間が掛かるイベントは起きないと思うんだよな。

 仮に性的な事になったとしても、月が変わったお陰で残機が2になってるし、この様子だとイッパツ射精すれば先輩も満足するのではなかろうか。というか、してくれないと困る。


「…………ふぅ」


 本当に湯中りしそうな緊張感の中、丹田に息を送り込む。

 そして、ゆっくりと立ち上がると先輩の方へ身体を向けた。


「……っ」


 視界に映るのは前と同じ様に、耳まで真っ赤に染めた全裸の先輩。ただ、前回との相違点として、ギュッという音が聞こえそうなくらいに目を瞑っていた。

 これはあれですか。年上だからと余裕振ってはいたけど、本当はいっぱいいっぱいだったってやつですか。めっちゃ自己暗示染みた事やってたもんなあ。

 ……ふむ。そうかそうか。


(そんなの可愛すぎだろ!)


 あかん。頭がクラクラしてきた。

 それに……それにだ。くぅ……! 覚悟はしていたけど、やっぱり見惚れてしまうくらいに先輩の身体は魅力的だわ。

 このままでは鼻血を出してリタイアしそう。それではあまりにも不甲斐ない。だから、鼻頭を指で抑えながら声を掛ける。


「先輩?」


「だ、大丈夫だ! 大丈夫……だ」


 俺の声で薄目を開けた先輩が視線を徐々に落とし、俺の下腹部辺りにてそのまま固まる。

 うん。嫌な予感がしてきたな。


「き」


「き?」


「きゃああぁぁぁぁっ!!!」


 まあ、知ってたよね。

 悲鳴と同時に繰り出された神速の拳。前回との違いはしっかりと腰が捻られている事だろうか。

 ううん。見るからに痛恨の一撃。耐える事はまず無理だな。


「ご馳走さmぶべらぁっ!!!」


 なので、食らう前に先輩の裸の感想を。前はちゃんと伝えられなかったからね。うん。これで未練はない。

 そうして、意識を刈り取るアッパーカットをモロに食らった俺は荒波を巻き起こしながら湯船に沈んだ。

天丼マン

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