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火燐フラグ 3-1


「先輩はGWどうするんですか?」


 土曜日。当たり前の様に先輩の家で、朱音ちゃんと紅ちゃんの相手をしながら、ふと思い立った事を聞いてみた。

 幾ら登場人物の髪や瞳の色がファンタジーでも、舞台が現代日本である限り、暦やイベントも概ね前世と同じなのは言うまでもない。

 つまり、来週から始まる五月の初旬、そこには年度初の連休が迫っている訳で。

 まあ、俺が働いていた会社はブラックだったから、連休? 何それ美味しいの? 状態だったけどな! ……あれ、おかしいな。目から汗が。


「ん? あー、いつもなら家族でゆっくりと過ごしているな」


「ほほう。家族水入らずって奴ですか」


 先輩のご両親と言えど、GWはちゃんと祝日らしい。

 つまりは、久々の家族団欒ってやつかな。とても良いじゃん。

 何より、俺と会う可能性が一ミリもなさそうなのがGoodである。

 ヨシ! 先輩とのイベントは考えなくていいな。


「だが、今年は父と母に羽を伸ばして欲しくてな」


 珍しくも照れた様にはにかむ先輩。

 ……んん? いきなり雲行きが怪しいぞ?


「常日頃から身を粉にして働き、育児もこなしている二人に私から親孝行として温泉旅行をサプライズで用意したんだ」


 自宅の浴場があんなに立派なのに?

 いやまあ、本場には負けるか。雰囲気とかもあるし。温泉旅行楽しいもんね。


「と言っても、根回ししてくれたのは邪重なんだが。出世払いで良いと気前よく手配してくれたよ」


 会長への出世払いって中々に高そうな買い物なんですけど。

 さすがに親友に無茶ぶりはしないのかな。まあ、した所で先輩なら何処吹く風でやり遂げそうではある。


「じゃあ、連休中は先輩一人で二人の面倒を?」


「なに。心配は無用だ。人手なら現在進行形で私の目の前に居るからな」


 ほーう? なるほどな?


「やるとは言ってないんですけど?」


「事後承諾なのは謝ろう。だが、両親もお前なら安心だと言っているんだ」


 まさかの太鼓判だよ。やっぱ、前回の連れ出しはやり過ぎてたかぁ。

 後々、何かしらに影響与えそうとは思ってたけど、こんなすぐに表れるとはね。


「俺にも予定が──」


「ないだろう? 武藤家と行くキャンプを断ったと聞いたが?」


 なんでバレてんですかね。俺の周囲に密偵でも放ってらっしゃる?

 まあ、断ったのは本当なんだが。だって、秀秋さん達が居るとは言え、どう見てもイベントの一つだし、水夏と二人で何も起きない筈がないじゃん。

 それでも、一応は抗ってみたら秀秋さん達はあっさりと諦めてくれたんよな。

 だから、その時は遂に世界の強制力に俺の意志が勝ったと舞い上がった物なんだが。


「飛んだ伏兵が居たものだよ……」


 つまるところ、GWには何かしらのイベントが起きるのは確定で。

 誰も居ない家で引きこもって風花ちゃんの配信を見たり、隼や聖と遊んで過ごそうといった目論見は脆くも崩れ去ったという訳だ。


「父がそちらに事情を説明したら、快くお前を貸し出してくれたぞ。なんなら、家に一人残すのも心配だから、泊まり込みでも構わないと」


「おいぃ?」


 どうせ秀秋さんだろ、そんな事言ったの。許すまじなんだが。


「え!? るみなとずっと一緒なの!?」


 渋面を作る俺とは裏腹に満面の喜色を浮かべる朱音ちゃん。

 うーん、これは間違いなく天使。それでいて悪魔の行い。

 この顔を曇らせる発言、したくないんだよなあ。我ながら幼女に甘い。

 あー、まーた退路遮断されてるよ、俺。


「な? 邪重から貰った物を置いていって良かっただろう?」


 ソーデスネ。

 小さく笑う先輩に俺は諦観の溜め息を吐くしか無かった。



「とりあえずですね? ルールは作った方が良いと思うんですよ」


「確かに規範というのは大事だからな」


 連休初日。当然のように先輩の家へ連行された俺は最後の足掻きを試みる。

 俺が呼ばれたのはあくまでも子守りの為。ならば、それを盾にすれば多少の融通は効くだろう。

 そして、相手は天下の風紀委員長。お堅い取り決めが好きに決まっている。ええ、偏見ですとも。


「折角だ。この連休中に紅の面倒を頼めるか?」


「えっ、それは……」


 さすがに荷が重くない? 何したらいいのかすら分からないよ?


「なに。紅がここまで心を開いているんだ。多少の事は目を瞑ってくれるさ」


 大人かな? まだ二歳だよね?

 当の本人は俺と手を握って御満悦そうに見える。語彙が貧しくて申し訳ないけど、可愛いしか言えない。


「それに」


「それに?」


 聞き返すと先輩が薄らと頬を赤く染めた。


「よ、予行演習になるだろう?」


「…………」


 なんの、とは言えない。

 正直、ちょっとときめいたし。

 クールな人が突然、そういう感じの事を匂わすの良くないと思う。ギャップってのはいつだって凶器になるんだ。


「きはんって?」


 言葉を失っていると意味が分からなかったからか朱音ちゃんが聞いてくる。

 なんてベストタイミングなインターセプト。好きだぞ、朱音ちゃん。


「簡単に言えば約束みたいなものかな? 例えば冷蔵庫のプリンを勝手に食べないみたいな」


「なるほどー! じゃあ、はいっ!」


 五歳でも理解出来る様に噛み砕いた説明をすると、彼女は目を輝かせて挙手する。

 幼女特有の無防備さで腹チラしたけど、一緒にお風呂入った事あるからなあ。昔ならともかく今ではこれくらいじゃなんともない。

 そもそも、守備範囲だからね。愛らしいとは思うけど。さすがに朱音ちゃんに手を出すのは鬼畜過ぎるでしょ。


「朱音ちゃんは何か決めたい事があるのかな?」


「うんっ! おふろはみんなで入りたい!」


「う、ううん……」


 こうきたかあ。

 きっと朱音ちゃんは何の裏もなく、ただ仲良く俺や家族とお風呂に入りたいだけだろう。

 毎回誘ってくれるもんな。ほんと懐かれてるなあと実感する。現代人に不足気味な自己肯定感が高まるってものよ。

 故に即刻拒否も出来ず、思わず苦笑しながら先輩に視線を向けると彼女は思案げな表情をしていた。


「おねちゃ?」


 俺と手を繋いでいる紅ちゃんが不思議そうに見上げる。


「そうだな」


 それを優しい瞳で見つめて、先輩は頷く。

 え? そうだな? 何が?


「前回は私の修行が足りなかった。汚名を雪ぐにはまたのない機会だろう」


「先輩?」


「たかだか混浴で心を乱すなど汗顔の至り。邪重にもどれだけ揶揄われたか」


 あ、これ会長のせいじゃん。マジで覚えてろよ、あの人。

 ……だがまあ、まだ慌てる時じゃない。こんな事もあろうかと、隼から先輩の情報を貰っている。それを活かして、この窮地を脱してやる。

 へへっ、念には念を入れてて良かったぜ。


「えーっと……」


 ポケットに入れていた紙切れを三人から見えない位置で開くと視線を落とす。

 メールやSNSだとデータが残るという理由で、アイツからの情報は未だに紙媒体なんよな。まあ、破くなり燃やすなりと処分自体は楽だから良いんだが、どれだけ用心深いんだよ。

 筆跡からの特定も回避する為に文章も手書きじゃなく、わざわざWordソフトで打ち込んだ物をプリントアウトしてるし。誘拐犯かな?

 まあ、悪友の事情なんてどうでもいいや。さてさて、内容はっと……。


『桐原火燐はお尻が弱い』


 クシャッ。←俺が瞬時に紙を握り潰す音。

 あんの野郎……。


「るみな、どうしたの?」


 立ち上がった俺に朱音ちゃんが問う。

 それにひらひらと片手振ってから先輩に断りを入れた。


「ん、ちょっと所用が出来ただけだよ。先輩、すみませんが、少しだけ出てきますね。家族に一報だけ入れておきたくて」


「ご家族も連絡がある方が安心だろう。分かった。その間にこちらは入浴の準備をしておくさ」


 まだ一緒に入るとは言ってませんけど?

 流れ的にもう挽回は無理かな? ゲームとして進行が絶対すぎるもんなあ。


「どうした? 行かないのか?」


「いえ。先輩も気を遣わずに」


 打開策を練ろうにも、隼への悪態が次々と浮かぶせいで思考が纏まらない。

 咄嗟にそれだけを言うと俺は先輩に背中を向ける。


「常在戦場だ、火燐。風呂場で襲われた時、裸だからと見逃して貰えるのか? そうだ。これはその為の試練なんだ」


 何か背後からブツブツと言っているのが聞こえるんだけど。一体何を想定しているんだ、この先輩。

 まあ、四人だから風花ちゃんと同衾した時と同様に変な空気にはならないでしょ。また俺がぶっ飛ばされるオチだよ、きっとね。

 そんな事より、俺の反応を想像してにやけヅラをしているであろう憎きイケメンに罵詈雑言を叩き込む方が今は大切だ。


「吠え面をかかせてやるからな……!」


 そう意気込んで、スマホ片手に俺は居間から外に出たのだった。

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