風花フラグ 2-5
18禁判定はAIによる判定みたいなの聞いたんですけど、どうなんでしょうね。露骨なワード出さなければ本番まで書けるのかな?
「お……?」
ふと、目を開ける。
頼りない足下と僅かに感じる浮遊感。
周囲に目を向けると薄闇に包まれた街並みが見える。もっとも、晴天故に月は出ている上、所々に煌々と主張する街灯があるし、建ち並ぶ家から漏れる照明のお陰で真っ暗闇という訳でもない。
ああ、うん。夢だな、これ。というか、そうでもないと空中に居る理由がつかない。
手足の感覚もどこか覚束無いし、現実感も全くない。ただただ塀より少し高いところでふわふわと漂っている感じがするだけで、幾ら四肢に力を込めても身体は反応してくれなかった。
ほーん。明晰夢って初めて見たけど、こんな風になるんだ。
「…………」
「んお?」
夢と自覚したのは良いとして、どうやったら目を覚ますのかと頭を捻っていると眼下を小柄な人影が通った。
すると、俺の身体は自動的にその人物を追跡する様に動き出す。
まるでマリオネットの気分で身体への違和感が凄い。例えようのないもどかしさがあるな、これ。
「…………っ」
しかし、この俺が追いかけている人なんだが、顔の半分以上をフードで隠してるのとめっちゃ足早なのもあって、外観が凄まじく怪しい。
後ろめたい事がありますよって言ってるようなものじゃん。
「……っ!?」
そんな俺の想いが届いたのか、その人物が驚いた様に足を止める。
え? もしかして、意思疎通が可能な感じの夢なんです、これ?
なんか知らぬ間に特殊能力に目覚めちゃったやつか? 俺、なんかやっちゃいました?
「だ、大丈夫……だよね?」
明らかに慌てた様子で曲がり角に飛び込んで、そこから背後を窺うように顔を出すフードの人物。
ふむ。どうやら俺の事は見えていないらしい。先程からずっと斜め上くらいの所で浮いているのだが、こちらを見向きもしない。
やっぱり干渉出来ないじゃん……! なんだよ。明晰夢って結構やりたい放題出来るって聞いたんだけど!
「けどまあ……」
偶然にも声を聞けたのは大きい。
いや、このタイミングでの夢見と登場人物の身長的にそんな気は薄々してたのだけど、これで確証がいった。
「風花ちゃんの夢か、これ」
「うわ……っ!?」
俺が呟くのと同時、突然の強風が吹き荒ぶ。その風に煽られて、手で抑えるよりも早くその子のフードが脱げてしまった。
「──え?」
そうして、露になった特徴的なエメラルドグリーンの髪。その時点で風花ちゃんであると確信し、視線流れるままに顔を見て我が目を疑った。
彼女はフードが脱げるやいなや、身を縮こめながら手早くフードを被り直したので、それが視界に映っていたのは僅かな時間。
それでも、この暗がりですら分かるくらいにあまりにも印象的だった。
「何かに追われている……?」
風花ちゃんの表情に浮かんでいたのは色濃い怯えと憔悴。
本当に一瞬だったから自信はないが、髪も少し荒れていたかもしれない。
「ふぅ……」
俺が色々と想像を巡らせているうちに、もう一度背後を確認し、恐らく誰も居ない事に対して安堵の息を吐く風花ちゃん。
そしてまた、今度は脱げないようにフードを片手で引き下げつつ彼女は足早に歩き出す。
「良かった。何事もなく帰ってこれた……」
ほんまか? 何事も、という割に十数分歩いたんだが?
しかも、何度も後ろを振り返ってたし、遠回りになるにもかかわらず、大通りと脇道を結構な頻度で行ったり来たりしてたよね。
こんな不自然すぎる帰路、何かしらの問題が起きてるのが一目瞭然なんだよな。
「うぅ……。こんな事ならお兄ちゃんに甘えるんだった。見栄張った自分が恨めしい」
芸能人に似つかわしくない築年数の古そうな二階建てアパート。それの所々錆びて老朽化が見られる階段を登りながら風花ちゃんは独りごちる。
なるほど。颯斗さんの姿が見えない訳だよ。マネージャー業がどんな物か分からないけど、忙しい兄の手を煩わせたくなかったんだろう。
何処に出しても恥ずかしくない良い子だわ、ほんと。
「ただいまー……」
ホロリと浮かんだ涙を払っているうちに、風花ちゃんは角部屋に鍵を差し込んで回し、ゆっくりと扉を開く。
さて、期せずして家宅訪問になってるんだけど大丈夫? イメージダウンになりそうな物とか無造作に置いてない?
そんなワクワクとドキドキを半分ずつ抱えていたからか、風花ちゃんの様子が変容した事に気づかなかった。
「…………ひっ」
「ん? ──うおっ!?」
息を呑む音。
ドアを開けたまま固まる彼女に首を傾げ、その背中越しに家の中を覗き込んで俺は驚愕する。
「……これは酷いな」
廊下と居間を繋ぐ扉が開け放たれている為、内部の惨状はすぐに把握出来た。
あまりにも散らかりすぎている。物という物が無造作に床を埋めつくし、足の踏み場を探す方が難しい。
うん。完全に荒らされてるな、これは。
いや、辛うじて文野兄妹が致命的に片付けが出来ないタイプという可能性もあるが、そうなると風花ちゃんが固まっている理由が分からない。
だから、これは恐らく……。
「いやああぁぁぁぁっ!!!」
俺が結論に辿り着くと同時、顔を真っ青に染めた風花ちゃんの悲鳴が響き渡る。
そんな彼女をチカチカと明滅を繰り返す蛍光灯が無情に照らし続けていた。
◆
「んあ……?」
ゆっくりと意識が浮上する。
瞼を開くと見慣れぬインテリアとゴツいPCが視界に入った。
「……ああ」
上半身を起こしながら思い出す。
そういえば風花ちゃん宅に泊まったんだっけか。
夢のインパクトが強すぎて、それ以前の出来事が霞んでたわ。なんかエロい事があったような気がするけど、俺の気のせいだな。そうに違いない。
というか、夢の内容忘れないのか。さすがゲームの世界だ。そこらの融通は現実と比べて格段に効くらしい。
「あ、起きました? おはようございます、ルミお兄ちゃん」
俺が起きるより早く起きていたのだろう。ドレッサーの前で髪をいつもの二つ縛りに括っていた風花ちゃんが笑みを浮かべて振り返った。
うーん。可愛い。夢の中の風花ちゃんと違って血色も良いし、活力に溢れている。
……しかし、しかしだね。制服の上だけ着て椅子に座るのはニッチすぎないかね。ショートパンツを履いていると分かっていても、丈的に見えないから朝から心臓に悪いよ?
「……どうかしました?」
主に後者の事で挙動不審になっていたら、不思議そうな顔をされた。
そらそうなる。風花ちゃんの気持ちはよく分かる。でも、言い訳をさせて欲しい。
こんな朝チュンみたいな展開、前世で履修してないからテンパってるんだ。
「ん? ああいや……あー、その……」
「はい?」
ただ、ずっと黙っている訳にもいかない。ほら、風花ちゃんが今にも身体ごとこちらを向こうとしてるし。
待ちたまえ。そんな事をされたら視線が魅惑のゾーンに吸い込まれてしまう。
「えっとだな、夢……」
慌てて口を開きかけて、そこで止まる。
待て待て。何を正直に話出そうとしているんだ? というか、なんて聞くつもりだ?
くそ。あんな意味深な夢を見たせいで調子が狂うな。
違うぞ。風花ちゃんのえっちな姿に動揺した訳じゃないぞ。
「夢?」
「いや、なんでもない。おはよう、風花ちゃん」
「……?」
我ながら下手な誤魔化しではあったのだが、風花ちゃんが深く問いかけて来なかったのが救いではあった。
ほんと空気が読めて出来る女だよ、君は。こんな子に好かれるなんて、神ゲー万々歳だな。
「よし。俺も帰って準備しないとな」
それはさておき、今日は歴とした平日。授業は平常通りにあるので、いつまでもこうして居る場合ではない。
軽く伸びをして身体を解すと、俺は布団の誘惑に抗ってベッドから抜け出す。
「わ……」
「ん?」
小さく漏れた声にそちらを見遣ると、夢とは違い、頬を紅く染めた風花ちゃんが目を見張っていた。
「は、話では知ってたんですけど、本当にそうなるんですね……」
「なんのこ、と……」
言いかける途中、彼女の視線を追って気づく。
俺の俺が臨戦態勢になっている事に。
一瞬で血の気が引いた。
「違う! 違うぞ! これは生理現象であって、朝から興奮している訳では!」
嘘です。風花ちゃんの見た目が半脱ぎみたいで、変に性癖が刺激されました!
正直、君のせいで勃ってます。
「やっぱり、アタシみたいな体つきじゃ興奮出来ませんか?」
だが、俺の言葉を真に受けたのか、風花ちゃんの表情に影が差した。
はい。罪悪感。俺にどうしろってんだ。
「それとこれとは話が違うし、風花ちゃんは魅力的だと思うけど、これは本当に違うから!」
「じゃあ、アタシでも大丈夫だって……それを鎮めるお手伝いをさせて貰う事で証明してください!」
「ほら、こうなるじゃん! 分かってたんだよ、この展開! 兎に角、俺は一旦帰るから! また後でな!」
立ち上がる風花ちゃんを無理矢理制して、俺は逃げるように荷物を纏めて部屋から出ていく。
これ以上、こんな所に居られるか。俺は帰らせて貰う!
「あ、ルミお兄ちゃんってば! ……もうっ、んふふ」
去り際に見えた風花ちゃんの小さな笑顔は本心からのものだと思いたいね。




