風花フラグ 2-4
「んふ。暖かいね、お兄ちゃん」
「ソッ、ソウダネ……」
風花ちゃんが俺の胸に頬を擦りつけながら、視線を合わせてふにゃりと相好を崩す。
うん。予測可能回避不可能でしたよ、この同衾イベント。
そういえば、俺はどこで寝るのかな。リビングのソファかな? そうだよね? そうだと言って?
という願いも虚しく、風花ちゃんに「お兄ちゃんがソファで寝るならアタシもそこで一緒に寝ます。だから、無駄な抵抗はしないでベッドに行きませんか? ベッドの方がまだ広い分、ゆったり寝れますよ」と開戦と同時に逃げ道を塞がれてしまった。
ううむ。このスパンで二人目となるならヒロイン全員と同衾しちゃうのかな、これ。そんな気がする。
「もっとくっつかないとベッドから落ちちゃいますよ?」
そして、嘘つきがここに居ました。
確かに風花ちゃん一人なら広々と使えるかもしれないベッドだが、そこに俺が加わるとなると普通に窮屈極まりない。
指摘したら笑って誤魔化された。ひどいや。信じてたのに。
更に言えば、普段のツインテールと違って、髪を下ろしているから印象が更に幼くてヤバい。こんな子と同じベッドで寝るとか犯罪臭しかしない。
StayStay。お巡りさん、違いますよ。この作品の登場人物は全員18歳以上ですから。
「いや、そこまでくっつく必要は……」
「ダメですよ。春とは言え、まだ明け方は寒いんですから。ちゃんと暖を取らないと風邪を引いてしまいます」
そら貴女はキャミソールにショートパンツという薄着も薄着ですからね。肌が露出しすぎてるんだわ。
ちょ、ぐいぐいと身体を押し付けてくるのやめて。
ナニがとは言わないけど、幾らその肢体が子供染みてても、君には女の子特有の柔らかさがしっかりとあるんだから。
おうふ。これはいけない。いけないぞ!
「……どうして腰を引いてるんですか?」
どうしてでしょうねえ!
俺の焦りとは裏腹に、まるで小悪魔の様な笑みを浮かべる風花ちゃん。
うん。間違いなく分かってて聞いてるよ、この子! 末恐ろしい!
「あはっ」
一瞬の油断。
今までのあどけなさが完全に立ち消え、代わりに妖艶な光を宿した瞳が俺を射抜いた瞬間、首に風花ちゃんの両腕が巻きついて。
「良いんですよ……?」
「……っ!」
「明日まで二人きりなんですから」
耳元で囁かれた言葉に心臓が跳ねる。
不味い。展開が完全にいけない方へ向かっている。
分かってはいるのに、全く抵抗が出来ない。布団の熱気と間近に感じる風花ちゃんの体温と女の子の良い匂いが思考を惑わせる。
もう逃がさないと言わんばかりのスウェット越しに絡みついた素足の感触がやけに生々しい。
「はぁ、はぁ……っ!」
「こうなったのはアタシのせいですよね? 責任、取らせてください」
当然のようにバレている勃起。沸騰しそうなくらいに熱い頭と同じくらい股間が痛い。
考える事が億劫になるくらいゆだっていると、風花ちゃんの片手がすっと布団の中に入ってソレを撫でた。
「ンンッ……! んぇぇっ!?」
「ルミお兄ちゃん?」
脳髄を駆け抜ける痺れにたまらず風花ちゃんの手を掴む。不思議そうに首を傾げる彼女と見つめ合う事、数秒。
は!? 俺は一体何を……!?
「…………」
「これって辛いんですよね? 出したら楽になるってネットに載ってました……よ?」
さすがに年頃の女の子なだけあって、そういう知識はちゃんとあるんだな……じゃなくて!
(やっっっっばぁぁぁぁいっ! 流されかけたぁ!)
同衾イベントを一度経験してるからっていう慢心はあったのは確かだが、二人きり且つ同じ寝具というのはここまで自制心が働かない物なのか。その事実に愕然とする。
据え膳に手を出さなければ良いだけなんて甘い事を考えていたベッドに入る前の俺を殴りたい。
相手も人間だぞ。こちらの理性に攻勢をかけてくるに決まってるだろ……! 軽率な判断はやめろ。心を強くもて……!
乗り越えるんだ。何事もなくこの一日を!
「い、一応時間を置くと収まるから……!」
「させてくれないんですか?」
「べ、ベッドが汚れるし」
「全部飲むので口にどうぞ」
「えっ!?」
なんか凄いこと言わなかった?
「アタシにルミお兄ちゃんの味を教えて?」
「ごふっ」
もうやめて! 俺のライフは0よ!
本音を言えば、このまま流されたい。目の前にある極上の餌に飛びつきたい。
だが……だが! 武士は食わねど高楊枝なんだ! 誘ってきた風花ちゃんには悪いけど、俺はまだ死にたくねえ!
「そ・れ・と・も」
懸命に獣の様な情動に抗っていると再び風花ちゃんが耳元に顔を寄せる。
「ふぅに瞬殺されちゃうのが怖いんですかぁ?」
は? 負けないが?
(前世では)大人な俺を舐めるなよ?
「ここまでお膳立てされてるのに手を出さないなんて、なっさけなぁい。意気地無しのよわよわお兄ちゃんっ」
「ぐっ、この……っ!」
これが生メスガキか。
なんという威力。下半身のイライラが止まらない。
「んふ。どうしたの? ふぅより大人なんでしょ? ん、あーん。にゅる……ちゅぷ……」
「んおっ!? ちょちょちょ、風花ちゃん!?」
耳朶を這うザラついた感触に声が漏れる。
うおおお。リアル耳舐めされたぁ!
擽った気持ちいい? 分からん! 未体験故に感想の語彙力が死んでる!
「やんっ。やだぁ、分からされちゃう」
慌てて両肩掴んで引き剥がした風花ちゃんは愉しそうにケラケラ笑っている。
メスガキが……。どうやら痛い目に遭わせるしかない様だな。
「……ん?」
だけど、気づいてしまった。
その両肩が小さく震えてる事に。
風花ちゃんの瞳の奥に不安が揺れている事に。
それを知ってしまえば、もうダメだった。
「色即是空空即是色。無無明亦無無明尽」
「!?」
だから。
悟りを開け。
菩薩になれ。
無の境地に達しろ。
「寿限無寿限無、五劫の擦り切れ」
「それは落語だよ!?」
「歌舞伎……有名な言い回し……ヤァーッ!」
「適当すぎる!? 知らないなら無理しないで!」
あ、いい感じに気持ちと息子が落ち着いてきた。
おっと、そう言えば風花ちゃんの肩を掴んだままだったな。
「もう……! ムードが台無しだよ、お兄ちゃん」
頬を膨らませてむくれる風花ちゃん。先程までの淫靡な雰囲気はどこへやら、いつもの無邪気な彼女に戻っている。
その中に確かにあった切羽詰まった感じもなくなっていて、俺は密かに安堵の息を吐く。
気づけば絡んでいた足と腕も離れていた。
「ごめんごめん。疲れてるからもう寝るな」
ぽん、と。何もかもをリセットする様に軽く頭を撫でてから、風花ちゃんに背中を向ける。
うん。向かい合っていたからダメだったんだわ。人間は視覚からの情報が八割って言うし、こうやって見ないだけでも気の持ちようが全然違う。
「うん。おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
背中に感じる視線。だが、それもやがて小さな息と共に霧散して。
俺も俺で精神力を疲弊したからか、目を瞑ればすぐに睡魔がやってきた。




