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火燐フラグ 2-5


「……まだ到着していない?」


「運営の人が言うにはそうらしいわ」


 眼下にある武道場を一望出来る観客の為に用意された二階席で、曽根崎の言葉に首を傾げる。

 俺の隣では席に腰掛けた爺やさんの膝の上と背中の上で朱音ちゃんと紅ちゃんが眠っている。

 どうも、お出かけにはしゃいでいたのは最初だけで、移動に疲れた二人は武道場に着いた途端、あっさりと意識を手放したらしい。大人しくしてくれる分にはとても助かるし、曽根崎が気兼ねなく近寄って来れるから若干の有り難さもある。

 ……曽根崎が近づく素振りを見せるだけで、二人とも過敏に反応してたからなあ。ここまで怖がられるってほんと何をしたんだよ。前世で子供を使った実験でもしていたのかな?


「さすがに現地入りしてないと不味い時間だよな?」


「そうやねえ。試合が始まるまで時間があるとは言え、諸々の準備があるやろうし」


「お嬢様と桐原様がそれを考えていない訳もあるまい。となると」


「何かしらの事が起きたか巻き込まれたか、ですか」


 ううむ。さすがに今回は俺の主人公体質は関係ないよな?

 と思っていたら、一階の入口付近が俄に騒がしくなった。


「噂をすれば」


 どうやら漸くの到着らしい。

 開かれた扉から続々と我が校の剣道部員達が姿を現す。

 何故か一様に疲れた顔をしていながら、どこか清々とした雰囲気も感じる。


「何があったんやろ」


「悪漢を退治したとかではないか?」


「ははは。そんなまさか」


 思わず笑う。

 この世界は俺の願いによって生み出された創り物。故にあくまでもイベントの進行は俺が中心である筈で。

 つまり、俺が誰かを助けてフラグを立てるとかなら分かるけど、先輩達が一体誰のフラグを立てると言うんだ。


「……ふむ。なるほど、分かった」


 爺やさん? 突然、片耳を抑えてどうしたの?


「どうやら、痴漢を警察に突き出していたから遅くなったとの事だ」


 うん。そのハンズフリーのイヤホンマイク、いつ付けたんですか?

 移動中はそんなの装備してなかったですよね? 全く気づかなかった。何より、このプライベートと仕事の切り替えの速さですよ。これが出来る人って奴か。


「お、ほんまや。SNSでもう噂になってはる」


 スマホを見ていた曽根崎に倣って、俺も自分のスマホを取り出す。

 そして、我ながら慣れた手つきでSNSを開くと、検索エンジンにアクセスし……えーと、ワードは“痴漢”……だけで良いか。お、出た出た。


「よりにもよって動画つきかよ」


 なんと鮮やかな手付き! 聖まあち学園の女性が痴漢を取り押さえる!

 という、投稿主の煽り文と一緒に添付されていたファイルをタップすると、丁度痴漢と思われる男性が先輩にぶん投げられる所だった。


「えぇ……」


 幾ら先輩でも相手は大の大人ですよ。というか、武器がなくともこんなに強いの? こんなの最早バーサーカーじゃん。追われる事はよくあったけど、直接な手段に出られる前に降伏してたからなあ、俺。先輩の武力の高さを目の当たりにしたの、実は初めてかもしれない。

 動画は先輩に取り押さえられた挙句、周囲を部員に囲まれた男性が、次の駅で現れた駅員に連行された所で終わっていた。

 恐らくではあるが、会長を含む先輩達は事情を聞かせて欲しいと駅員から同行を願われたのだろう。


「ま、まあ。何事もなさそうで良かった良かった。試合にも今から準備したら間に合うしな」


「それはどうやろうねえ」


「えっ?」


「っと、口が滑ってもうたわ。大丈夫や、先輩。試合は問題ないと思うで」


 んん……? その言い回しだと、まるで試合以外には問題があるような。

 いやでも、ちゃんと皆居るしな。多分。誰かしらが居なかったらもっと騒いでると思うし。

 今も会長と先輩が遅れてしまった事を相手の顧問や武道場のなんか偉そうな人に詫びてるし。


「そんな心配せんでも、うちの剣道部が負ける事なんてありゃせんよ」


「いや別にそこは心配してないけど」


「ほう。海鷹様は桐原様を信頼していらっしゃるのですな」


 ん? あれ? そうなる?

 けど、先輩の異次元な強さを考えると正直な話、相手側に同情心を抱かざるを得ないんだよな。

 あの先輩に扱かれてる部員達も相当練度が高いだろうし。


「ところで先輩」


「ん?」


「試合が始まったらお花摘みに行く余裕ないと思うんやけど、大丈夫なん?」


 む。それは確かに。

 例え何が起きているのか分からなくても、寝ている朱音ちゃん達に試合は見せてやりたい。

 そうなると当たり前だが二人を起こす必要があって。


「ほっほっ。海鷹様は優しいですな。こんな老骨の身を案じてくださるとは」


「うぅ、ほんま役立たずで堪忍なあ……」


 隣に座る曽根崎がしょぼくれる。

 朱音ちゃん達が起きている場合、怖がられるから近くに居られないというのは疑いようもない痛手ではある。

 その際に俺が離席してしまうと爺やさん一人に負担がのしかかるのは間違いない。

 だが、


「こうやって先の事を考えてくれるのは有り難いし、俺一人だったらもっとテンパっていた」


 無意識に伸ばした手が曽根崎の艶やかな髪に触れる。


「だから助かってるよ、間違いなく。会長の慧眼は伊達じゃないな」


 絹糸の如き手触りに一瞬だけたじろくが、それを胸中で塗り潰して、照れ臭さを誤魔化す様に彼女の髪を無遠慮に撫で繰り回す。


「ちょ、先輩!? なに!? なんなん!?」


「これはこれは。砂良が取り乱すとは珍しい」


 いつも揶揄ってくる後輩と満足するまで戯れて。

 俺は反撃が来る前にトイレへと向かった。



「お? 海鷹じゃんか」


 用を足して戻ろうとしていたら声を掛けられた。

 既に道着姿の彼は確かクラスメイトの──


「リンク君」


「だから誰?」


 リンク君は首を傾げながら俺の隣へ並ぶ。

 移動中にたまたま俺を見つけただけで、トイレには別に用はないらしい。


「それでな、あの時の桐原先輩がやばかったんだわ」


 そして、専ら会話の内容は鮮やかに痴漢を撃退した先輩の事で。


「動画はもう見たか? 俺らも撮られてるのは事情聴取が終わってから知ったんだけど」


「見たけど。実際、凄かったけど」


「だよなだよな! あの神業がいつ何時でも見れるって興奮するよな!」


 おっと、その感性は分からないぞ?

 武道経験者って皆こうなの?


「ところで」


「ん? どうした?」


「なんでリンク君も聴取を受けてんだ? 同行するのは先輩と会長だけで十分だろうし、君らは先に現地入りして相手側に事情を説明しなきゃダメじゃね?」


「えっ? あー、それはだな……」


「何か理由でも?」


「……怒らないか?」


 ん? どういう事だ?

 質問の意図が分からない。

 然るべき理由に怒るも怒らないもないだろう。


「まあ、ちゃんと説明してくれるなら怒らねえよ」


「実はな、事情聴取ってのを体験してみたくて、当事者じゃないから任意同行だったけど皆で行っちゃった……」


「────は?」


「ひぃっ!? お、怒らないって言ったのに!」


「すまん。よく聞こえなかった。もう一度言ってくれるか?」


「み、海鷹! 頼むからその目で圧をかけるな! 幾ら友達でも突然睨まれるとマジでビビるんだから!」


「友……達……?」


「え? あれ? 友達と思ってたのもしかして俺だけ? それとも今降格した!?」


「なに? つまりは、部員全員が事情聴取をされたくて必要もないのに先輩達に着いて行ったと?」


「そ、そうなりますかね?」


 何故かリンク君が敬語になった。

 心做しか背筋も伸びている気がする。


「でも! 巌流島の決闘は遅れた宮本武蔵が勝ったし!」


「────へえ?」


「あの、すみません。部員を代表してご心配をお掛けした事を平に謝るので、どうかご寛恕頂けないでしょうか」


「別に怒ってはないけど。……まあ、そうだな。そこまで言うなら試合で魅せてくれ」


「海鷹……!」


「こう言うのは遅れた側が勝つんだろ?」


「ふっ……。何言ってんだよ、海鷹。遅刻したら普通に不戦敗だぞ」


「こいつ……」


「へへっ。冗談だよ、冗談! お陰で良い感じに緊張がほぐれたから期待してくれよな!」


 俺の肩を軽く叩き、走り去っていくリンク君。

 その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。


「……まったく。調子の良い奴だな」


 ちなみに試合は我が剣道部が圧勝した。

 応援の作法とかはさっぱり知らなかったので、黙々と眺めていたのだが、てっきり退屈すると思っていた朱音ちゃん達も目を輝かせて試合を食い入るように見ていた。

 多分、バトルジャンキーな家系なんだろうね。うん。将来は剣術三姉妹になるのかな? それとも武芸三姉妹になるのかな? やだ、とても強そう。

 どちらにせよ、あんな無邪気な子達が第二第三の先輩になると考えると、将来を楽しみと感じるよりも先に少しだけゾッとする。

 ……強く生きろよ、まだ見ぬ彼女達の同級生達。


 その後、朱音ちゃんと紅ちゃんを無事に家まで送り届け、存分に身体を休めた先輩の両親からめちゃくちゃ感謝された。

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