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「どうしたものかな……」
ベッドで安らかな寝息をたてている水夏を見下ろしながら呟く。
そのまま放置する訳にもいかなかったので、自分のベッドを明け渡した訳だが……。
仰向けのまま規則正しい呼吸を刻む彼女が起きる様子はない。もしかして、一度眠ると中々起きないタイプですか?
「ところで、今何時だ?」
ふと気になって辺りを見渡し、枕元に置いてあった充電中のスマホに今更ながら気づく。
充電コードを抜き取り、画面に触れる。ロックをしていないのは中身を見られても後ろめたさがないからか、一々ロックを外すのが面倒臭いからか。まあ、俺なら後者かな。
そうして問題なく立ち上がったホーム画面が持ち主に時間を告げる。
「七時……ね」
主人公の記憶によると今日は始業式。
『聖まあち学園』二年としての日々が始まる日。
……いや、何だこの学園の名前。平仮名ってお前。威厳が感じられねえよ。名付けた奴、誰だよ……。
「それはともかくとして」
始業式は九時から。
家から学園までは最寄り駅から電車で、そこから徒歩。
幸いなことに自宅から最寄り駅は徒歩十分圏内。
八時に出れば余裕で間に合う。
まあ、本来の始業時間はもっと早いので、始業式様々と言わざるを得ない。
「心春さんが朝を用意してくれているだろうし……」
制服に着替えたり、朝ごはんを食べている時間を考えれば猶予は30分ほど。
何より、水夏がずっと降りてこない事を不思議に思った心春さんがやってくる可能性もある。
ならば、ヤる事はさっさとヤらねばいけない。
「ごくっ……」
生唾を飲む。
俺の目の前にあるのは無防備な女体。
先程の興奮状態とは違い、後ろめたさによって激しくなる動悸を抑え、緊張で震える手を伸ばしてその瑞々しい太腿に触れる。
「ん……」
「っ……!」
水夏から漏れる吐息にビビって、思いっきり手を引く。
様子を伺うが起きた様子はない。
その事に安堵しつつ考える。
下半身的行動をしている俺ではあるが、さすがに初めては大事にしたい。厳密に言えば濃厚なイチャラブを演じながら致したい。
だから、睡眠姦なんて以ての外だし、こんな時間に余裕がない状態で行為に及ぶのも論外だ。そもそも、起こして告白する手間すら惜しい。
「それに」
ここが俺の望んだ世界ならば、どうせこれから幾らでも営む機会はある。ハーレムゲーの幼馴染みなんて、確実に一番ヤる回数が多くなるでしょ。同棲している様な物なんだから。俺は詳しいんだ。
という事は、だ。逆にここは、右手の恋人と最後の逢瀬をし、二つの意味でスッキリとした気持ちで、後腐れなく前に進むべきではないだろうか。
「そうと決まれば……」
スカートを捲る。
目の前に極上のオカズがあるのだから、使わねば失礼と言うもの。
「ほう。これは中々……」
始業式が終われば水泳部に顔を出すつもりだったのだろう。
スカートの下には学園指定のスクール水着が身につけられていて。
その魅惑の鼠径部に吸い込まれる様に顔を近づける。
頬ずりしたら流石に起きるか……? でも、気持ちよさそうだし、やりたいな。
『いいじゃんいいじゃん。自分の気持ちに素直になっちまえよ!』
お前は俺の中の悪魔!
そうだよな! こんな欲望塗れの世界に転生した時点で、取り繕う必要ないよな!
『いけません!』
お前は俺の中の天使!
こんな俺にも良心が残っているというのか!
『今ここで起こしてはおっぱいに触れないじゃないですか!』
悪魔より外道だったわ。
天使のコスプレした畜生だよ、これ。
『お、おう。確かに大事だな……俺とした事が忘れてたぜ……』
悪魔が勢いで負けてるんだが?
良いのか? 丸め込まれて。
ヒエラルキー的に君たちは均衡じゃないとダメじゃないか?
『さあ、道は開きました。進みなさい勇者よ』
スカートを離して顔を上げた俺に対して天使は朗らかに。迷える羊を導いている感じを出しているが、指し示した先は水夏の大きな大きな丘陵。
……ほんと、この胸でよくあれだけ泳げるよな。転生したばかりの俺は実際に見たことがないが、記憶の中の水夏は水の中ではマーメイドと遜色がない。
明らかに水の抵抗が凄そうな物を抱えながら、である。
「……ふぅー」
深く深く息を吐く。
ここからは未知の世界。油断すれば呑み込まれかねない。
目標への進路、オールグリーン。
「いざ……参る!」
伸ばした腕に電撃が走った。
イギリスの登山家であるジョージ・マロリーは、何故山に登るのか──何故エベレストに執着するのか、と問われた時に言った。そこにエベレストがあるから、と。
俺はマロリーではない。だから、彼がエベレストに何を見たのかまでは分からない。
けれど、俺にとって水夏の胸は、マロリーのエベレストと同価値……いや、寧ろもっと上にある。
もにゅ、と。
制服の上からではあるし、水着越しであるのにこの柔らかさ。
ああ。俺は今確かに、エベレストを掌から一心に感じている。
「んぅ……」
悩ましげな吐息を聞いても手が離れない。起こすかもしれないという危機感は一瞬でどこかへ吹き飛んだ。
うーむ。これは困った。水夏の胸は即落ち二コマレベルで俺を虜にしたらしい。
我が愚息たる股間の主張が激しくて色々と窮屈になって痛い。
「はぁ……はぁ……」
指先に力を込めた分だけ、確かな弾力を返すのが面白い。
胸ばかり触って何が楽しいのだという世の女性の意見も見かけるが、いざ経験してみると実際楽しい事が理解出来るし、何より興奮する。鼻血が出そう。
欲を言えば直接そのご尊顔を拝見致しつかまつりたいのだが。
「それは本番のお楽しみだ」
古代ギリシアの哲学者であるエピクロス先生は『僅かな物に満足出来ない人は何を得ても満足出来ない』と仰った。
ここで己を止めておかないと際限なく突き進んでしまう。何度も言うが、俺は睡眠姦をする気はない。そりゃ、マンネリ対策ではありかもしれないが、いずれおいおいの話だ。合意って気持ちの上で大事だよ。
ところで、エピクロスってなんかちょっと卑猥な名前だよね。何がとは言わないけど。
「とりあえず」
右手の恋人と終止符を打つか。
俺は水夏から離れるとトイレに向かう。
出来る男は自己処理の場所をちゃんと考えている。
自分の部屋は水夏や心春さんが来るから油断出来ない。
浴室は解放感やついでに身綺麗に出来る点は花丸だが、熱で固まったアレを風呂掃除の際に見つかるとヤバい。
その点、トイレは色々と誤魔化しが効く。すぐ流せるしな!
そんな訳で、誰にも気付かれずに入ったトイレでいそいそと下半身を露出させた俺は、水夏の胸の感触やあどけない寝顔を思い浮かべて自家発電に励む。
今までの妄想とは違い、リアルでの実体験があらゆる神経を刺激したのか、限界はすぐに訪れた。
「うっ……! え……?」
纏めたトイレットペーパーに吐き出される欲望。
その尋常ではない量にさすがエロゲ主人公と感慨を覚えていたのだが。
「あ……れ……?」
何故か急速に目の前が霞む。
次いで身体から力が抜ける。それを支えようと壁に伸ばした腕が空を切り、震える膝下が悲鳴をあげる。
そして、どさり、と。何かの崩れ落ちる音が遠くなる意識の中で聞こえた。