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火燐フラグ 2-2


 とは言ったものの。


「あの、会長? 泊まりになるなら相応の準備が必要だと思うんですけど」


 着替えとかアメニティグッズとか。

 あわよくばそれを口実に家に帰って、それとなく誤魔化したい。


「うふ。心配には及びませんよ。爺や」


「はっ。既に手配済みです」


 会長の華麗なるフィンガースナップ。通称、指パッチンが響くとどこからとも無く燕尾服を着たダンディなお爺さんが出現した。

 あの。影も形も気配もなかったけど、どこから出てきました? そういう類の妖怪かな?


「こちら、海鷹様専用の特注ジャージでございます」


「え? あ、はい」


 言われるがままにビニールで厳封された物を受け取る。

 凄い。ジャージと特注って響きが噛み合わなすぎてピンと来ない。いやでも、なんかビニール越しでも生地のおかしさが分かるわ。学園で支給される物とは比べ物にならないくらい、ふかふかな感じがする。


「そして、こちらが海鷹様専用のアメニティグッズが入った鞄です」


「えーと……どうも?」


 ジャージの上に追加で乗せられる斜め掛けタイプのショルダーバッグ。さり気にブランド物。革製って奴かな? お高そうですね。

 それと、うん。さっきから俺専用って単語が気になって仕方ない。まるで他の人のもあるみたいだ。


「タオル等は桐原様邸のをお使いになるという事なので、最低限の物しか用意しておりませんが、何かご不便あれば仰ってください」


 なんだろう。

 当の本人である俺を置いてきぼりにするのが、この世界では普通なのかな?

 俺も仲間に入れてくれよ、頼むから。


「ありがとう、爺や」


「はっ。恐悦至極でございます、お嬢様」


 会長に頭を垂れる老紳士。

 普通に生活してて恐悦至極なんて早々聞かないよ。


「これで後顧の憂いはなくなりましたね?」


「そんな事はないですけど?」


 この渡された物品の説明が欲しいよ?


「海鷹様。御家族への連絡は、こちらで予め手を回しておりますので」


 違うよ? 俺が聞きたい事はそれではないよ? それはそれとして、いつの間に!

 いやしかし、これは好機だ。

 幾ら秀秋さんと言えど、俺が女の子しか居ない所に泊まるのは止めるだろうし、水夏や心春さんも良い顔はしない筈。

 ここに俺の命運を賭ける!


「流石ね、爺や。それで武藤家の方々は何か言っていて?」


「存分に楽しんで来なさいと仰っておりました」


 あっれぇー?

 幾らなんでも寛大すぎない? 外堀君、ちゃんと仕事して?


「そ、それは水夏も……ですか?」


「はい。水夏様曰く『ルミ君がお泊まりを出来るくらい気を許した人が増えて嬉しい』と」


 聖母かな?

 悪い人に騙されないか、僕は心配です。あ、ハーレム願う俺が悪い人だったわ。いっけね。

 後、水夏の声真似上手いですね。外見と合わなすぎて録音した物を流したのかと思った。


「わぁ! るみな、これでずっと居られる? 居られる!?」


「ああ。ここまでされて帰るほど、こいつは恩知らずじゃないさ」


「やっっったあぁぁぁぁっ!」


 諸手を上げて喜ぶ朱音ちゃん。あれ程固く繋いでいた手を離してまで無邪気に飛び跳ねて、全身で喜色を表現している。

 くそっ、可愛い。全国のロリコンも歓喜だ。いや、こんなん誰が見ても可愛いって思うだろ。年相応で。

 朱音ちゃんを見てると俺もこんな子供欲しいなってちょっとは考えちゃうよ。


「海鷹、心配しなくとも邪重から受け取った物は家に置いていっていい。元はこちらの我儘だからな。洗濯やその他の雑務は引き受けよう」


「え? いやそれはさすがに」


「なに。また泊まる機会があるかもしれんし、その時にわざわざ用意するのも面倒だろう?」


「そうですよ、後輩君。かく言う私の着替えや私物も、火燐の家に置いてますから」


 やっぱり、会長専用の物が色々あるじゃねえか!


「邪重にはもう少し遠慮を知って欲しいんだがな……」


「うふふ。既に浴室は私色に染め上げました。お次はどこを改装致しましょう」


 冗談めかして言っているが、これ先輩が気後れしない様にわざとこういう言い回しにしてるんだろうな。

 それと、先輩の家の浴室が豪華な理由が期せずして判明した。そういう事だったのね。


「全く。そう良くして貰っても返す物なんてないと言うのに」


「あら。親友の力になりたいと思うのは普通ではなくて?」


「……そうだな」


 真正面から会長に柔らかく微笑まれて、先輩は負けた様に呆れとも苦笑ともつかぬ表情を浮かべる。

 きっと何度も同じ押し問答を繰り返してきたんだろうなという事くらい部外者の俺でも分かった。

 その度に会長の好意を──妹達の為に受け取った先輩の御心は果たして。


「義理堅いこの人の事だし、きっと身命を賭して……なんて考えてそうだ」


「? どうしたの、るみな?」


「ん。今日は朱音ちゃん達と何をして遊ぼうかなって」


「ほんと!? あたし、あたしね!」


 俺の呟きが聞こえたのか、不思議そうに見上げる朱音ちゃんに自然に笑って返して。──もうお泊まりを避ける事は出来なさそうだと諦めもあるが、そう言った開き直りがあっても笑った自分に驚いた。


 あー、ダメだな、これ。

 別に百合好きという訳ではないのだが、こういったヒロイン同士の長年の絆みたいなの、結構弱いんだよな。

 語らずとも通じあっているみたいな根からの信頼感が伝わってきて、そういう過去からの綿々とした繋がりを大切にしたい面倒臭いタイプのオタクである俺、大いに満足である。


 なんなら、この二人の絡みを先輩の家で見たいとか思っちゃったし。ま、まあ、明日の朝には二人とも家を出るみたいだし、一日くらいならそこまで危ない橋じゃないよね?

 ご両親も夜遅くとは言え帰ってくるだろうし。色々とぶっ飛んでいる会長ではあるが、さすがに人道を外す様な真似はしまい。

 そうであってくれ、頼む。お賽銭する機会があれば奮発するから。お願いしますよ、神様。果たして、この世界でしたお賽銭が、ゲームメイカーの神様に届くのかどうか知らないけど。


「あ。後輩君という人手を確保するという前提で動いていたので」


「……ん?」


「それなら安心して仕事に専念出来るなってうちの両親から連絡が来ていてな」


「……はい?」


 なんだ? 既に雲行きが怪しいぞ。


「どうも、今日は二人とも会社に泊まり込みで仕事をするらしい」


「うふふ。楽しい一日になりそうですね、後輩君」


 この世界に神なんて居ないや。

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