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火燐フラグ 2-1

「すまないな、海鷹」


「困った時はお互い様よ。気にしないで」


「会長がそれを言うのはおかしいですよね?」


 始まったと思ったら、あっという間に一週間が過ぎ去って土曜の放課後。

 何故か俺は桐原先輩達と帰路を共にしている。

 金輪際関わり合いにはならない様に徹底的に接触を避けるとは一体なんだったのか。口だけの男とか一番嫌われそう。


「またるみなといっしょ!」


「僅か一日でここまで懐かれるなんて、どうやら後輩君には年下キラーの才能があるみたいですね」


 俺と手を繋いで満面の笑みを浮かべる朱音ちゃん。まるで、飼い主に構って貰いご機嫌な犬みたいで愛らしい。

 紅ちゃんは会長のそのふくよかな膨らみに身を預けて、すやすやと眠っている。

 相変わらず保育園の職員さん達は目を合わせてすらくれなかったが、俺の姿を見るや否や朱音ちゃんは飛びついてきたし、紅ちゃんも嬉しそうに手をパタパタと動かしていたのは記憶に新しい。


「年下きらーって?」


「ああもう! 会長は余計な事を言わないでください!」


「これも未来を見据えた英才教育ですよ」


「必要ですか? 本当にそれが必要ですか? ほら、桐原先輩も何か言ってください」


「邪重のこれは今に始まった話じゃないからな」


「弱みでも握られていらっしゃる?」


「それは海鷹じゃないのか?」


 先輩の哀れみの視線が痛い。

 そう。何を隠そう。半ドンを楽々と退け、友人達とこの後の予定を擦り合わせていた俺を襲ったのは、鳴り響くデジャブ感じる呼び出しだった。

 当初は無視しようとしていたのだが、従わなければ“例のこと”をバラすと告げられた。とんだ暴君である。

 正直、例のことがなんなのか、心当たりは幾つかあっても確信には至らなかったが、未だ教室に残っていたクラスメイトの目が「また何をしでかしたんだコイツ」と存分に語っていた為に肩身も狭くて。渋々──本当に嫌々、生徒会室に足を運ぶ流れとなった。

 別に脅しに屈した訳ではないという事だけは明記しておくので、どうか勘違いだけはしないで欲しい。俺との約束だ。わかったね?


「とんだ悪女に目をつけられたものですね」


「先輩、鏡持ってません? 出来ればなるべく全身が映るような」


「気持ちは分かるが落ち着け。邪重のペースに付き合うと身が持たんぞ」


 言葉に深みを感じる。

 さすがに慣れているな、先輩。


「るみな、どうしたの? どこかわるいの?」


 朱音ちゃんが心配げに俺の手を引く。これが癒しか?

 もうロリコンで良いや。


「朱音ちゃん。後輩君は、その……頭が……」


「オーケー。表に出ろ、会長。白黒つけてやる」


 表も何も外に居るんだけど、雰囲気でね。


「あら。こんな所で私を求めるなんて、後輩君は過激なんですからっ。きゃっ!」


 何だこの人。無敵か?

 暖簾に腕押しって言葉をこれ程実感する事も中々にないよ。

 というか、いつもフルスロットルなんだけど、なんで? ブレーキ壊れてんのかな?


「先輩、この教育に悪い人が毎週朱音ちゃん達の面倒を見てるってマジですか?」


「ん? ああ、そうだな」


「ご両親がよく許してくれてますね……」


 俺が親の立場なら秒で叩き出すけど。

 嫌でしょ。こんな人に大事な娘預けるの。


「いや、普段はこんなにテンション高くないぞ。大方、海鷹が居るからはしゃい──むぐっ!?」


「火燐ちゃあん? ちょっとお口が軽すぎますよぉ?」


 音もなく接近し、桐原先輩の口を塞ぐ会長。紅ちゃんを片手で抱いたままなのに、隠密みたいな動きしてたな……。

 この世界の住人、ハイスペックが過ぎない?


「ふっ。図星だからと照れるな」


 しかし、幼子を胸に抱く会長とスーパーの買い物袋しか持っていない先輩とでは身軽さが違う。

 ひらりと蝶が舞う如く。鮮やかな身のこなしで会長の手から逃れると意趣返しと言わんばかりに口角を吊り上げる先輩。


「やえ、るみなのことをいしきしてる?」


「ああ。可愛い後輩君の前だからと張り切っているらしい。いいか、朱音。こういうのをいじらしいと言うんだ」


「へぇ! やえ、いじらしいねっ!」


「ち、ちがっ……! ちょっと、火燐!」


「くくっ。どうした? 何か弁明でもあるのか?」


 息のあったコンビプレーは流石の姉妹と言ったところか。

 いや、朱音ちゃんは単純に新しく知った言葉を使いたいだけだと思うけど。

 それでも、無邪気な物言いは会長をたじろかせるには十分で。


「こ、後輩君!」


「は、はい!」


 羞恥か照れか。会長は頬をほんのりと赤く染めつつも、逼迫(ひっぱく)とした口調で俺を呼ぶ。

 あまり声を張ると紅ちゃんが起きちゃいますよ。ああほら、ちょっと眉間に皺寄ってるし。会長が慌てる度に身体が揺れて、なんだか寝苦しそうだ。


「ち、違いますからね!? 私はいつも通りですから! 勘違いはいけませんよ!?」


 ん? 紅ちゃんに意識を割かれ、気もそぞろになっていたから会長が何に焦っているのか一瞬悩んだ。

 しかしまあ、チラチラとこちらを窺う会長の様子と話の流れから察しはつく。

 ふ。恐ろしいな。モテモテという設定は。


「え? あ、はい。そうですよね。婚約者が居る会長が俺なんか意識する筈ないですもんね。分かってますよ」


 よし、上手く話せたな。


「「…………」」


 おや、なんでしょうか、この冷えきった空気は。


「……海鷹」


 先輩が深々と溜め息を吐く隣で、会長が薄く笑っている。

 ……笑っているよな? 俺の目がおかしくなければ。でもなんだろう、そこはかとなく怒気を感じる。

 うん。ちょっと冷や汗が出てきた。おかしいな。春うららで過ごしやすい気温なんだけど。


「それはないよ、るみな」


 あまつさえ五歳児にすら指摘される始末。そんな下手くそな立ち回りをしましたか、俺。


 ──まあ、好感度を下げるという目的を考えると、確実に正解択だとは思うけども。

 間違えるな。俺は決してヒロイン達と仲良くなり過ぎてはいけないんだ。

 今日の感じからするに、どうもイベント自体を避ける事は難しいみたいで、あの手この手でヒロインとの交流の場に放り込まれる。

 そうなってしまうと、最早取れる手段は限られてしまうのが現状。

 ならばなってやろうじゃないか。特定の一人を選ばずに、常に付かず離れずを維持する鈍感系主人公とやらにな!


「……ところで」


 だがしかし、この雰囲気が続くのは精神衛生上あまり良くない。

 正直、会長が怖い。ずっと蛇に睨まれた蛙の気分を味わい続けているので、無理矢理にでも話題を変える事にした。


「会長が居るのに、どうして俺がまた呼ばれたんですか?」


 俺がそう問いかけた瞬間だった。

 先輩が会長に鋭い視線を向けるのと同時、会長があらぬ方向に顔を逸らす。


「邪重? また説明していないのか?」


「あら? 私ったら、またうっかりをしてしまったようですね?」


 本当にうっかりなのだろうか。

 こうなってくるとクラス委員の顔見せの時、参加は一人で良いという事をエレちゃん先生に伝えたというのも怪しい。

 報連相ミスとか大人としてどうなんだと思ったけど、冤罪だったかもしれない。ごめん、エレちゃん先生。


「後輩君?」


「あ、はい」


 会長の改まった態度に背筋が伸びる。

 良家のお嬢様なだけあって、こういう時は粛々としていてカッコいいんだよな、この人。


「実はですね、明日は剣道部の試合があるんですよ」


「ほうほう」


 折角の日曜なのに。部活動は大変だな、やっぱり。

 となると、先輩は勿論その試合に出場するのだろう。


「火燐が試合で家を留守にする事はよくあるんだけど、明日はたまさか火燐のご両親も出勤という運びになりまして」


「ほうほ……ん?」


「幼い朱音ちゃん達だけを家に残す訳にもいかないという事で、面倒を見る人が必要なんです」


「なるほ……え?」


「私も付きっきりで、と言いたい所なんですが生徒会長として剣道部と共に挨拶に行かなければならず」


「……んん?」


「なので、後輩君。今日から明日まで朱音ちゃん達を宜しくお願いしますね?」


 よし。冷静になる為に少し整理をしよう。

 明日は先輩のご両親が仕事なのと先輩が部活な為に、朱音ちゃん達の世話をして欲しいと。

 ……何故に今日からなんでしょうか?


「明日の朝イチからでも良かったのでは?」


「拉致しにいくのが面倒……いえ、私が一緒に過ごしたかったんですよ☆」


 今この人何を言いかけた? 誤魔化せないよ? 後半で幾らウインクしながら可愛こぶっても前半の物騒な単語は聞こえてたよ?


「それに後輩君の御家族に迷惑を掛けるのは心苦しいですし」


「俺は良いんですか?」


「…………」


 いや、笑って誤魔化さないでください。

 しかしまあ、そう言う事なら話は早い。今からでも断ろう。

 ヒロイン達と一夜を共にするとか何も起きないわけが無い。


「先輩、申し訳ないんですが──」


「え? るみな、かえっちゃうの?」


「うっ……!」


 俺の気持ちが握った手から伝わったのか、朱音ちゃんが瞳を潤ませる。

 そして、決して離すまいと両手で俺の手を包み込んだ。


「大丈夫よ、朱音ちゃん。後輩君は優しいから」


「ほんと!?」


「本当よ。ねえ、後輩君?」


 ああ。なんということでしょう。

 俺の退路は既になくなっていたらしい。

ぅゎ、幼女っょぃ

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