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幻想フラグ 0-2(otherview)


「じー……」


「…………」


 四時間目の授業中。教科書を持ってきてない文野さんの為に、机をくっ付けて1つの教科書をシェアしていたのだが、隣からの視線の圧が凄い。

 いやいや。いくらなんでも見すぎなんスけど。ただでさえ、休憩時間の度にクラスメイトに囲まれるわ、他クラスの人が教室の外から凝視してくるわで精神が疲弊しているのに、渦中の人に追い討ちを食らうとは。


「じー……」


「…………」


「じぃー……」


「……ユメですよ。幻想と書いてユメと読むッス」


 諦める。どうも、ふとした拍子に名前を見てから読み方が気になったらしい。

 まあ、気持ちは分からないでもないけど、正直に教えるかどうかちょっと悩んでしまった。


「可愛い! じゃあ、ユメちゃんって呼んでも良い?」


「……好きにすればいいッス」


 グイグイきますね、この人……。面の皮が厚いと言うかなんと言うか。

 色々な意味で居心地が悪いし、心臓にも悪い。

 自身の魅力を把握しているんでしょうか、この方は。例え同性でも、高い顔面偏差値で殴られるとドキッとする事を知って欲しいものである。


「よーし、今日はここまで。次の授業からちゃんとやってくから、抜け駆けしたい奴は予習してこいよー」


 担任の声が響くと教室にクラスメイトの笑い声が小さく漏れた。

 初回はオリエンテーションに近く、雑談を交えながら一学期は何を学ぶのかを説明していただけで、用意した教科書には触れてすらいない。

 というか、大半が雑談だった。良いんスか、これで。もしかしなくても、とんだ不真面目教師なのでは。


「分かっていると思うが他のクラスは真面目に授業中だ。だから、あまり騒がしくするなよ」


 そう言いつつ、注視してないと気づかないくらいの小さい目配せ。

 ん? どうも、自分に向けて何かしら発信しているみたい……ああ。そういう事か。

 これは、怠慢教師だと思ったのを撤回しておいた方が良さそうだ。


「文野さん」


「うん?」


「昼は弁当ッスか?」


「そうだよー?」


 まあ、当然か。学食なんて利用しようものならファンに囲まれて、落ち着いて食事も出来やしないだろうし。


「なら、昼ご飯を持ち出せる用意だけして待っててください」


「? 分かった」


「先生」


「お、どうした無花果。まだチャイムは鳴ってないから、火急の用件でもなければ外には行けないぞ?」


 いけしゃあしゃあとよく言う。自分はそっちの敷いたレールの上を走っているだけだと言うのに。


「花を摘みに行きたいんスけど」


「それは確かに急を要するな。よし、構わんぞ」


「あざっす。ほら、文野さんも行きましょう」


「え?」


「待て待て。文野もトイレか?」


「…………デリカシーのない最低教師ッス」


 当然の疑問に冷えきった声音で返す。

 すると、担任は露骨に焦った表情を浮かべた。……へえ。思ってた以上に演技上手な事で。


「うぇ!? あれ、これってもしかしてセクハラになる!? 悪かった! もう聞かないから行ってこい!」


「だそうッスよ」


「うん。じゃあ、行こっか」


 さすが芸能人。空気を読む事に関して並び立つ者は居ない。

 突然の無茶振りではあるものの、自分と担任が共謀している事に薄々勘づいているのか、しっかりと乗ってくれている。

 こうして、昼休みに文野さん目当ての人達が大勢訪れる前に自分達は教室を離脱したのであった。



 そして、現在。

 漸く落ち着いた状況になって、二人で黙々と食を進める。


「それにしても」


  お茶で含んだ物を流し込んでから、文野さんが口を開いた。

 地雷を踏み抜いた手前、自分から話し掛ける事も出来なかったので正直有り難い。


「本当に人が来ないんだね」


「そうッスね……」


 聖まあち学園は屋上があるものの、一般生徒の立ち入りは例外時を除いて禁止されている。

 故にその屋上へと続く扉の前。階段との間にある踊り場は、絶好の人目を避けられる場所というのを入学式に京都弁の親切な女子に教えて貰った。

 ……同級生らしい彼女が、入学式初日に何故そんな場所を知っていたのかは疑問に思わない事にした。

 ただまあ、人が来ない代償に場所が場所なので閉塞感が多少あるのと、地に腰を下ろさなければゆっくりご飯が食べられないのが欠点ではあるのだが、この際我儘は言えまい。


「……それでも便所飯に比べると何億倍もマシなんスけど」


「? 何か言った?」


「いえ……」


 いけないいけない。すぐ隣に居るのに独り言なんて安易に呟くもんじゃない。

 というか、近すぎるんスよね……。初対面から数時間の距離じゃないですよ。

 文野さんのスカートが汚れるのは回り回って自分のせいにされそうだという事で、持っていたハンカチを敷いたら、文野さんに真似をされた。芸能人の私物を尻に敷くなんて恐れ多くて微妙な顔になったのは言うまでもない。

 結局、押し切られて一緒に肩を並べてしまったけど。その際にふんわりと甘い匂いがして、かなり挙動不審になりましたけど。

 本当に同じ性別ですか? もしかして、自分は女ではない?


「んふっ」


「!?」


 突然、笑みを零す文野さんに驚く。

 笑える要素、何かありましたか?


「ユメちゃんは優しいなって」


「はあ? どこがッスか」


 何を言っているんだろうか、この人は。


「アタシに付き合ってくれているから」


「それは面倒を見ろって担任から言われたからで」


「でも、こんな所で一緒にご飯を食べる必要まではないよね? 人に見つかりたくないアタシはここから動けないんだし、この場に放り込んだら自由に行動出来る筈だよ?」


「他の場所で食事をして、クラスメイトに見つかると言い訳が出来ないじゃないスか。自分も目立つのは嫌いなんスよ」


「ユメちゃんの事だから、人が来ない場所を他にも知っているんでしょ? どこにするか悩んでる素振りがあったし」


「…………」


 参った。

 そんなボロを出した記憶はないけれど、観察力がありすぎる。

 文野さんの前では即断即決を心掛けないと色々と暴かれてしまいそうだ。


「ね? 優しいでしょ?」


「……断れない性格なだけッス」


「んふ。そんなユメちゃんだから、アタシは友達になりたいな」


 こちらを見る純粋な瞳。

 ……凄いな。人ってこんな実直な気持ちを真っ直ぐにぶつける事が出来るんだ。

 とことん自分とは違うと痛感する。


「また傷つけるかもしれないッスよ?」


「遠慮しない仲って良いよね?」


「物は言いようッスね……」


 溜め息一つ。

 これはもう抵抗しても無駄な気がする。

 正直な話、荷が重い。場違い感が否めない。自分は端役にもなれないのだから、一緒に居ても惨めになるだけだろう。

 それでも、


「……これはもう仕方ない、か」


「それじゃあ!」


「ええ。自分で良ければ、どうか宜しくお願いします」


 他者からの直接的な好意という物の心地良さが久しぶりすぎて。

 この人は信じても良いかなって思った。

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