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幻想フラグ 0-1(otherview)

ラストヒロイン漸く登場


「わ! ユメちゃんのお弁当、美味しそう!」


 親が共に多忙……いや、時間に囚われない生き方をしている為に、自分の面倒くらいは自分で見ようと。

 そうして始めた料理。ぶっちゃけ、昨日の晩御飯のおかずを何品かと朝の隙間時間にサクッと仕上げた卵焼きやウインナーを添えただけの弁当ではあるのだが、かの有名な芸能人に真正面から褒められると悪い気はしない。


「……そっちはコンビニ弁当なんスね」


「あはは。アタシ、家事はからっきしで」


 対して目の前の少女は苦笑いを浮かべながら、ビニール袋からペットボトルのお茶とプラスチック容器の弁当を取り出していた。

 ふむ。ミスマッチな組み合わせと思いきや、中々どうして絵にはなっている。本人の可憐さとコンビニ弁当の持つ哀愁が良い塩梅に見えた。


「あれだけメディアに出ずっぱりなら仕方ないッスよ。自分の時間が取れない……そもそも、休みあったんスか?」


「さすがにあったよー? 月に三日くらい」


「労働基準法をご存知でない?」


「ま、まあ、それくらい必死だったって事だよっ!」


「けど、休止したんスよね?」


「…………」


 考え無しに口から出た言葉に文野さんの表情が固まる。

 ああ。どうも、無神経な発言をしてしまったみたいだ。自分、興味のない事柄にはとことん気が回らない性質(たち)なもので。まあ、元より友人と呼べる存在も居なかったから、これで困った事も今まではなかったんですけど。

 だから、明らかに人選ミスだと思うんですよねえ。こんな風に人の面倒を見てくれと頼まれるのは。


「気に障ったならすみません」


 口だけの謝罪をしたものの、今更感が強い。吐いた唾はもう呑めないのだから。

 それに、不躾な言葉を叩きつけた罪悪感は多少あれど、この程度で自分から離れるのなら遅かれ早かれ同じ道程を辿ったと思う。どうしても自分は歯に衣着せるのが苦手なのだ。一人に慣れすぎた弊害が出ている。

 まあ、問題は僅か一日(希望的観測を込めて)も満たない時間で、ちゃんと教師からの依頼は果たしたと言えるかどうか。

 そう考えると今日くらいは最後まで付き合った方が良いかもしれない。


「……とりあえず食べるッスよ」


「う、うん。そうだね……!」


 微妙になった空気。肩が触れ合う程に近いのに、心の距離は未だ遠く。

 やれやれ。世の皆さんはどうやって会話を弾ませているのやら。相手が相手なのもあって自分には難易度が高すぎますよ。


「いただきます」


「い、いただきますっ」


 揃って手を合わせてから各々の食事に取り掛かる。

 だが、何故かいつもより味気なく感じる自分の弁当に小さく息を吐きながら、こうなった経緯を思い起こしていた。



「初めまして! 文野 風花です。今日からこのクラスでお世話になります」


 綺麗なお辞儀に思わず見惚れる。

 朝のHR。新入生にとって、初めての土日を挟み、いよいよ本格的に授業が始まる節目の一日。

 その幕開けは全くの予想もつかない展開だった。


 いや、制服姿の文野さんが通学路でファンサをしていたという話は聞いていた。それがまさか、実はクラスメイトだとは一体誰が推し量れようか。

 感嘆ついでにまたとない機会である事も事実なので、彼女を観察する。これが本物の芸能人。確かに普通の人と違ってオーラみたいな物を感じる。自分みたいな常人とは本当に生きる世界が違うのだと嫌でも理解出来る。


「えー、皆知っていると思うが、文野さんは芸能活動を暫く休止して学業に専念したいという事でここにやって来た。勿論、ちゃんと試験に合格してな」


 ざわめく教室に担任のよく通る声が響く。

 名前はまだ覚えてないし、覚える気もないが、若くて覇気のある先生で入学した初日の段階で女子達が姦しく騒いでいたのは記憶に新しい。

 まあちゃんねるでも、教師ガチャ一覧とかいうド直球に失礼過ぎるスレッドで、当たりの教師として名前が挙がっていた。

 まあ、確かにイケメンではあるか。大人の色香もあるし、彼を基準にしてしまえば同級生が子供っぽく見えてしまうかもしれない。よく分からないけど。


「だから、これは本人たっての希望なのだが、学園に居る間は芸能人ではなくクラスメイトの一人として接して欲しいと。要するに、あまり騒がないでくれと、そういう事だな」


「センセー! 騒ぐなってどういう事ですかー?」


「そうだな。……まあちゃんねるに書き込むのは良いが、公の場で文野風花とクラスメイトであると声高に言わないって事が第一かな。噂になるのは仕方ないとして、目立つ事は極力避けてくれ」


 あの文野さんと机を共にする。それだけで浮き足立つ者が多い中、それは無理な相談な気もするが、教師としては釘を刺したという体裁が必要なんだろう。

 実際、文野さんが挨拶をした辺りでスマホを取り出そうとしていた男子らへの牽制にはなったみたいで、彼らは残念そうで恨めしそうな表情を担任に向けていた。


「すみません。こんな風に迷惑をかけると思いますが、どうか一年間宜しくお願いします」


 だが、それも彼女が申し訳なさそうに頭を下げるだけで解消される。

 まあ、ファンであるなら、一年間同じクラスと言うだけで天にも登る気持ちじゃないだろうか。

 優越感だけは天元突破しそうだなんて、そんな事を考える。……と言っても、自分とは生きている世界が違う人。どうせ他人以上知り合い未満の関係を結ぶことはない。

 ──そう思っていた。


無花果(いちじく)。文野の面倒を頼めるか?」


「……は?」


 だから、教師の言葉を聞き逃しかけて、思わず間抜けな声が出た。


「クラス委員としての初仕事だ。良かったな!」


 何か勝手に決められた。いやいや。全然、良くない。良くないッスね。

 そもそも、クラス委員は誰もやりたがらなかったから出席番号順で無理矢理指名されただけ。

 完全に貧乏くじ。ほんと勘弁して欲しい。目立つの嫌いなんですよ。


「阿久野君もクラス委員の筈ッスけど」


「異性より同性の方が文野も気楽だろ?」


「そうですね。えーと、無花果さん? さえ良ければ、お願いしたいです」


「自分も入学したての新入生なんスけど」


「なら、尚更丁度いいな。二人で色々と見て回ってくると良いさ。何か新しい発見があるかもしれないぞ?」


 要らない要らない。

 文野さんと二人きり? そんな刺激的すぎる日常、本当に嫌だ。どう足掻いても目立つ。


「…………」


 文野さんも頼むからそんな目で見ないで欲しい。

 心細くて誰かに縋りたい。けど、誰も手を差し伸べてくれなくて、ただ俯いてただけの昔の自分を彷彿として目を逸らしたくなる。


「……はあ」


 仮に首を横に振った場合、彼女のファン達がここぞとばかりにしゃしゃり出て来るだろう。そうなれば暫く授業どころではなくなり、きっと色んな意味で悪目立ちもする。勿論、担任の思惑からも外れてしまう。

 それを考えると自分が頷いた方が丸く収まるのは確実で。クラス委員という大義名分も不本意ながらこの場では優位に働く。

 この教師がそこまでの深謀を立てたかどうかは知らないが、白羽の矢を当てるに自分は確かに相応しい。


「分かったッスよ……」


 芸能人にさしたる興味がない故に、少しばかりの色眼鏡はあれど、文野さんと過ごしても普段通りに振る舞える自信はある。

 だから、この選択は仕方ない。そう。例えクラスメイトから羨望やら嫉妬やらが混ざった視線に晒されても……いや、ちょっとキツいッスね。

 既に胃がキリキリしてきましたよ……。自分、今日を耐えられるんスかね。


「……! ありがとう!」


「…………」


 花開く笑顔に思わず顔を背ける。

 やっぱり、世界が違う。こんな眩しすぎる大輪の傍に、自分みたいな枯れ草は生えてはならない。

 承諾したばかりでアレなんですけど、今から断っても間に合いませんか?


「よし。じゃあ、無花果と文野は空き教室から机を運んできてくれ」


 パンと手を打ち鳴らし、担任が何か宣う。


「は?」


「いや、は? じゃなくてな。このままだと文野は立ったまま授業を受ける事になるんだぞ?」


「そう言うのは先に用意しておくものでは?」


「文野がうちのクラスなのを秘密にしたくて」


 これ、職務怠慢で訴えたら勝てないですか?


「自分、一応は女子なんスけど」


「だから、二人でって言ったぞ?」


「パワハラ?」


「人聞きの悪い言い方をするな。二人が少しでも仲良くなるように仕向けた粋な計らいだ」


 余計なお世話すぎる。

 尚も言い返そうと口を開いた所で、クラスメイト達から注目を浴びている事に気づいた。


「……無花果さんってあんなに喋るんだ」


「うん。なんかイメージ変わったかも」


「お。良かったな、無花果。クラスでの印象が良くなったみたいだぞ!」


 無駄口を叩く暇があるなら机を取りに行って欲しい。

 けれど、何か微笑ましい物を見る様な目でクラスメイトから眺められているのも事実。


「っ……! 文野さん!」


「え? あ、はい!」


「行くッスよ」


「う、うん!」


 それがとてつもなく居た堪れなくて、逃げるようにして文野さんの机を取りに向かった。

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