風花フラグ 1-2
迎えた月曜日。それは、風花ちゃんが学園に初めて登校する日。
朝ご飯は一日の活力と豪語する心春さんに引っ張られるように、風花ちゃんと颯斗さんを迎えて朝食を済まし、細々とした準備を終えて家の前で風花ちゃんと再集合。
水夏も今日ばかりは朝練を休んでいる為、三人での登校になる。
正直、美少女二人に囲まれている事への優越感や高揚感で動悸がヤバい。一分間の脈拍数で世界を狙えるレベルだ。
なんだか転生してから心臓を酷使している気がする。アスリート顔負けじゃん。エロゲの主人公って凄いんだな。
「じゃーん。ルミお兄ちゃん、どうですかどうですか?」
くるりと俺の前で回る風花ちゃん。
慣性に従って弧を描くツインテールとおろしたての制服から優しい匂いがしたし、スカートがふわりと翻った際に覗くニーソックスとの絶対領域が眩しい。不意打ちだったのもあってドキッとしちゃうね。
「うーん、可愛い」
「ほんとですか? お世辞でも嬉しいです!」
風花ちゃん、向日葵が咲いたように笑うじゃん。本当にあの大人を手玉に取るメスガキと同一人物ですか?
真新しい制服が嬉しいのか楽しいのか、くるくると時折回る向きを変えながらもターンを刻み続ける彼女を見ていると、制服の袖を軽く引っ張られた。
「ん?」
「ルミ君、あたしは?」
「……?」
意図が読めずに首を傾げると、水夏は片頬だけ膨らませる。
おいおい。そんな可愛いポーズ、どこで教えて貰ったんだ? 女子力の義務教育機関でもあるのか?
「……んっ! ほら、どうかな?」
俺の袖から手を離した水夏が風花ちゃんの隣でくるりと回る。
二人して回るとか、最早ベイ〇レードじゃん。色的にもドラグ〇ンとドラシ〇ルだし。ネタが分からない? 調べたまえ。
……冗談はさて置き。さすがにここまでお膳立てされれば、鈍感を売りとしているラブコメ主人公でも気づく。
だから俺は自分に出せる精一杯のイケメンボイスを思いながら口を開く。
「みっ、水夏も可愛いよ」
吃った。死にたい。
「えへっ。ありがとう、ルミ君」
それでも、そんな不甲斐ない俺の言葉で水夏はふにゃりと相好を崩す。
なんて良い子なんでしょう……。
「はー、ベストカップルって感じですね、お二人は」
いつまでも回っている訳にもいかないので、漸く登校のために歩き始めた俺たち。
駅までは少し歩くが、自転車を使う程離れている訳でもなく。時間的に余裕もある為、朝露で濡れる閑散とした住宅街を三人でのんびりと進む。
「そ、そうかな?」
「もうキスくらいはしたんですか?」
「き、きききキス!? ま、まだだよ! まだ!」
「……? 付き合っているんですよね?」
風花ちゃんが不思議そうに首を傾げる。
女の子同士の仲睦まじい雰囲気を見守っていた俺だが──決して口を挟むタイミングを失っていた訳ではない。断じて。断じてな──水夏の救いを求める視線に、少しだけ考える。
俺と水夏は付き合っていない。同じ家に住んでいるし、仲は良好である事は確かだが、それ以上の関係ではない。
しかし、それを正直に告げた場合、風花ちゃんはここぞとばかりにアピールを始めるのではなかろうか。
それはヒロインを避けたい俺的には宜しくない。
ならば、取れる手段は自ずと絞られる。俺はそっと自分の唇に人差し指を当てる。
「ひ・み・つ」
曖昧に濁す。これしかない。
……我ながら気持ち悪いな、この言い方。二度と使わないようにしよう。自分に吐き気を催すなんて経験、そうそう無いよ。
「まあ、どっちでもアタシは関係なくアタックしますけどねっ! ルミお兄ちゃん、好き!」
欲望のままにハーレムと口にした結果がこれだよ!
圧倒的やり損! 自分の気分を害しただけ!
もう笑うしかないな!
「HAHAHA!」
「わぁ。風花ちゃん、積極的だ」
おっとツッコミがないぞ?
「んふー。お兄ちゃんの事だから、どうせ学園でもモテモテなんでしょ? こういうお兄ちゃんを独占出来そうな時間は有意義に使わないと、ですよ」
あの……ツッコミ……。
「た、確かに! あたしも朝練が多くてこんな機会滅多にないし……ルミ君!」
ボケ殺しに心の内で涙している間に左右の腕を二人に取られる。
なんという早業とコンビネーション。一瞬にして両手に花の完成で、驚くよりも感心してしまう。
これもモテモテパワーか。えげつないな。誰だよ、こんな世界を望んだ奴は。ええ、俺ですよ、畜生め!
「ふ、二人とも! めちゃくちゃ歩きにくいんだけど!」
「それが良いんですよ! 歩みが遅くなるという事は、このままで居れる時間が長くなるという事ですから!」
「そうだよ、ルミ君。神妙にお縄につくべきだよ!」
おうふ。俺の抵抗を抑える様に二人が更にくっつくから、腕にムギュっとした感触が。
水夏の巨峰も然ることながら、風花ちゃんのささやかな膨らみも、これまたいとをかし。桃源郷はここにあったのか。
そんな風にスローペースで歩く俺たちは視覚的にも物理的にも邪魔な存在で、追い抜きざまにサラリーマンの舌打ちが聞こえた。
分かる。分かるぞ。俺も転生前は貴方の立場だったから。
「風花ちゃん的にこの目立ち方は不味くない?」
「え? ……んー、大丈夫ですよ?」
曖昧に笑う風花ちゃん。
本当だろうか。俺が週刊誌の記者とかなら喜び勇んで激写する光景だと思うけれど。
もしかしたら、この世界にはそう言った出歯亀根性溢れる輩は存在しないのかもしれないな。
……いや、風花ちゃんはメスガキで知られているのだから、裏で男漁っててもそれはそれでありと思われているのか?
「それに、仮にアタシが大変な事態に巻き込まれても、ルミお兄ちゃんなら助けてくれますよね?」
それはフラグなんよ。絶対、ろくでもない目に遭う事になるんよ。
しかも、それを俺が叩き折ったら漏れなくルート確定なんよ。一線越えまで秒読みなんよ。
「はぁ……。まあ、俺を巻き込むのは百歩譲るとして」
結局、風花ちゃんのファンがどう考えるかなんて、俺には全くもって分からない。
それでも、これだけ近しい距離で付き合い続けた場合、何かしらの矛先が向けられる可能性もある。
それが、俺だけに振りかざされるのであれば、まだ我慢もしよう。
だが、
「……?」
水夏が俺にくっついたまま、不思議そうに瞳を瞬かせる。
風花ちゃんと水夏は同性だから、もしかしたらこれは俺の杞憂なのかもしれない。
けれど、万が一、水夏に累が及んだら。俺はここで風花ちゃんを強く窘めなかった事を後悔するだろう。
「分かりました。人が増えてきたらちゃんと離れます。……ですが、それまではこのままでも良いですよね?」
そんな俺の思考、芸能界で生きてきた経験でか容易く汲み取る風花ちゃん。
けれど、まるで縋るように。俺の腕を抱く力は強くなる一方で。
本当に離してくれるのかと疑問を覚えないことも無いのだが……。
「仕方ないな」
まあ、良いか。好感度という観点からすると無理にでも引き剥がすべきなんだろうけど、どうも結構な事情を抱え込んでるように見えるのがなあ。
だからまあ、この朝の時間くらいは風花ちゃんの好きにさせてもバチは当たらないでしょ。