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風花フラグ 1-1

主人公はよく裸になります(事後報告)


「という事があってな」


 えーと? このダンボールの中身は……なにこれ? アルバム? 俺が触っていいやつ?

 使用用途がさっぱり分からないので、俺はその箱の表面に作業前に渡されていた油性マジックで『あの日の思い出』と書き込んでおく。


「それで、その後は?」


「なんとか風呂場から生還して、二人が寝るまで遊んで帰った」


 隣で俺と同じようにダンボールを開けて、中身を検めていた隼の問い。

 それに答えつつ、俺は他の箱のガムテープを剥がしていく。

 まあ、暫くは息が出来ないくらいに悶絶していたし、我に返った先輩は謝りに謝りを重ねるわ、朱音ちゃんや紅ちゃんは俺を心配するあまり泣き出すわで、かなりのてんやわんやだったのだが。幸いな事に拳を繰り出した先輩の姿勢が微妙だった為に意識を失う様なこともなく。

 なんとかお互いに落ち着いた後で、今日見たものは互いに忘れようと合意した。うん。あの日はナニモナカッタ。


「先輩との一線は?」


「越えてねえけど?」


 おいおい。このダンボール、やけに重いなと思ったら缶詰めばかりじゃねえか。

 自宅でサバイバルでもする気か? 俺は首を傾げながら、そのダンボールに『明日への希望』と書き込んだ。


「それは惜しい事をしたね」


 近くに居た聖もダンボールと悪戦苦闘しながら苦笑い。

 俺たちは家主が不在の部屋で、積まれたダンボールの山と何故か格闘していた。


「そっちは何が入ってた?」


「食器」


「衣服」


「聖、詳細を頼む」


「残念ながら下着の類じゃないよ」


「「チッ……」」


「コイツら……」


 興味が惹かれる内容だったから深掘りしたのに、目当ての物じゃなかった。中身よ、空気を読め。

 隼と舌打ちをかまして、再び目に付いたダンボールの封を切る。

 んん? これは漫画? いや、雑誌か? それぞれが包装されているから外見だけじゃ判断出来ないな。几帳面すぎる。


「どれどれ」


 中身を(あらた)めようと包装を丁寧に開く。裏向きになってはいたが、雑誌である事に間違いはないみたいだ。

 こんな丁重な扱い方をする本。きっとエッチな本だな!


「あ、それ」


 ワクワクした気持ちを抑えながら雑誌を手に取った俺に聖が反応する。


「文野さんの特集が組まれている奴だね」


「ん? ああ、それか。オレの家にもあるぞ」


 エロ本じゃなかった。いや、風花ちゃんのメスガキは結構なお手前だったので、実質エロ本だろ、こんなん。これが普通の雑誌コーナーに置いてあるとか、立ち読みしにきた子供の性癖歪んじゃうよ?

 特集と聞いてひっくり返してみれば、巻頭を風花ちゃんが独占していた。華々しいね。

 今よりもほんの少し幼い風花ちゃんが、どこか人を見下した笑顔を浮かべている事が倒錯的で、思わずまじまじと眺めてしまった。


「あー! それは恥ずかしいからあまり見ないでよぉっ!」


 そこに家主が戻ってくる。

 手に紙コップと未開封らしきペットボトルのお茶を持っている辺り、本当に引っ越しの荷解きが進んでないんだなと察せる。

 食器、隼が開けたダンボールにあったしな……。


「という事は、これの中身は」


「アタシが出演したり掲載されたやつですねっ!」


 なるほど。アルバムとはまた違うけど、それと似たような物か。内容が気になりはするが、今ここで読んでしまうと荷解きが進まなくなる。片付けあるあるだよな。

 隼が持っているらしいし、後で貸してくれと頼んでおこうか。

 俺は雑誌を包装し直してからダンボールに仕舞い、その表面に『確かな軌跡』と書き込んだ。


「わー! 結構進みましたね! ……何これ、ポエム?」


「あはは……それが書いてあるのはそう急いで開けなくても良い奴、かな?」


 首を傾げる風花ちゃんに聖が苦笑混じりに答える。

 失礼な。これなら、ちゃんと中身を確認したって事が一発で分かるじゃん。しかも、何か重要そうだから雑な扱いもしなさそうじゃん。

 まあ、俺も最初らへんに見た奴は何が入っているのか覚えてないけど。


「しかしまあ……」


「まるで夜逃げだよな、この量」


「すみません。何分、慌ただしくて……」


 部屋を見渡した俺の呟きを隼が繋げる。

 そこにはまだ部屋を埋め尽くさんばかりの未検分なダンボールがあって。

 しかも、何が入っているのかは開けてみてからのお楽しみ。

 そら、荷解きを手伝って欲しいと要請が来るわけだ。

 土曜日、先輩の家からへとへとになりながらも帰宅した俺に、秀秋さんが意地の悪い笑みを浮かべてそれを告げた。


「ほんと、お前らを呼んで良かったよ」


「この貸しは高いぜ、と言いたいが」


「うん。文野さんと知り合えるなら安いものさ」


 水夏は部活。

 秀秋さんと心春さんは所用。風花ちゃんの兄である颯斗さんも活動休止の後処理の為に外出中。

 という訳で、身が浮いている俺に白羽の矢が。しかし、ヒロインの家に一人で行くなんて、そんな自殺行為にも等しい事を出来る訳がなく。

 最初は俺も用事があると言おうとしたのだが、そう言うからには家にずっと居るのもおかしな話。そして、宛もない外出は、それはそれで変なイベントを起こしそうで。

 ならば、人手を呼ぶついでに二人きりだけは回避しようと。その結果、男三人で大量のダンボールと戯れるという現状に。


 最初は、文野風花が隣に引っ越してきたから荷解きを手伝えという俺の言葉を信じていなかった二人だが──気持ちは分かる──実物を前にした途端、露骨に挙動不審になったのは正直面白かった。

 ドッキリ大成功の気分ってこんな感じなんだろうな。


「そ、そんな事より休憩しませんか? もうお昼ですよ?」


「ん? もうそんな時間なのか」


 気づかなかった。朝からやっていた荷解きも一応は進む訳だ。

 最初は本当にそびえ立つ壁みたいな感じだったからな。運び込んだ業者の方々も大変だったろうに。


「一応、こっちでも飲めるようにと持ってきましたけど、リビングで寛ぎます?」


「丁度、食器のダンボールも見つけたし、運ぶついでにそうしようか」


「そうだな。隼、頼んだ」


「オレかよ!」


「見つけたのはお前だからな」


「それなら仕方ねえな」


「いいんだ……」


 食器と書かれたダンボールを軽々と持ち上げる隼。

 風花ちゃんを先頭に、作業をしていた二階の部屋から一階の居間へと移動する。


「ん?」


「お、これは」


 そして、居間と廊下を繋ぐ戸を潜る直前、ふと鼻腔を擽る香ばしい匂いに気づく。

 この否が応でも食欲を刺激する香りは……。


「えへっ。お世話になりっぱなしなのも申し訳ないので、昼食は用意させていただきました!」


 中身を見て必要そうだと判断して部屋から運び出したものの、未だ片付いていない幾つかのダンボールが放置されたリビング。

 最低限の家具としてフローリングの床にカーペットを敷いて、L字型のソファとテーブルを設置。

 引っ越してきて日が浅い為か、新品同様の輝きを放つテーブルの上、場違いすぎるバスケットとピザボックスと呼ばれる紙製の箱があった。


「これは豪勢だね」


「お金だけは困ってないので。遠慮なくお召し上がりください」


 まるでそれ以外は困っているみたいな言い方だ。売れっ子芸能人だし、色々あるんだろうな。

 風花ちゃんに案内されるがまま、俺たちは各々勝手にソファに座る。


「オレとしては風花嬢の手料理が出てくるかもと期待していた所だが」


「アタシ、家事は殆ど出来なくて……ごめんなさい」


「じゃあ、食事はいつもこんな感じなのか」


 道理で心春さんの料理を美味しそうに食べる訳だ。


「そうですね。出前やコンビニみたいな出来合いの物が多いです」


「支払いに文野さんが出てきたら驚くんじゃない?」


「目敏い人だとそうかもですけど、アタシは家だとこうなので、そうでもないんですよ」


 今日の風花ちゃんはトレードマークとも呼べるツインテールにしておらず、髪に一切の手を加えていない。

 胸元まである髪を自然なままにした上で、大きな丸眼鏡を装備。それだけで彼女の印象はがらりと変わる。

 言ってしまえば髪色以外はパッとしない程度に地味。これに適当なキャスケットでも合わしてしまえば、外に居ても風花ちゃんと気付かれる事はなさそうだ。


「メディアの前ではコンタクトなんだ?」


「ですです。なくてもある程度は視えますけど、カメラの前で眉間に皺を寄せる訳にもいかないので」


「確かに。ずっと不機嫌なメスガキもそれはそれで需要がありそうだが。なあ、ルミナ」


「ふむ。サドに極振りしたメスガキか……。いいな!」


「コイツら……」


 ピザや付け合わせのポテトなどを摘みつつ和気藹々と。

  楽しく腹を膨らませた俺達は午後からも必死に荷解きをするのであった。

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