火燐フラグ 1-2
ちょいと長いかもですけど、キリのいい所がなかったんで区切らずにイクゾー(デッデッデデデデ)
「シェアァァァァッ!」
人の熱に支配された武道場。様々な部活が部員同士で鎬を削り高め合うスポーツマンの聖地。
体育館とは違って上にそこまで広くない為、あちら程の広々しさは感じないのだが、それでも幾つかの部活が伸び伸びと活動していた。
「エアアァァァッ!」
その中でも異彩を放っているのが、中央で試合をしている部。
指定された道着を身に纏って向かい合い、竹刀を構えて大立ち回りを演ずるは我らが剣道部。
「オリャアァァァッ!」
うるせえな。某多人数乱闘ゲームの回転斬りの掛け声をあげながら斬り掛かるなよ。
……ところで、俺は剣道に詳しくないからあれなんだが、この掛け声はありなのか?
気合いの入れ方も人それぞれで許されるのか?
「…………」
対するは清流。裂帛の気合いを叩きつけられても微動打にしない。
リンク君──今適当に名付けた回転斬り君──の竹刀を悉く受け止めて鍔迫り合いへ。焦れったくなる様な数秒。緊張感を孕んだ空気の中でも、リンク君の相手に肩肘張った雰囲気はない。
「──やぁぁぁぁっ!」
果たして、それは一瞬の気の緩み。集中力の間断。それが齎すのは勝負の決着。
俺が見えたのは二人が腕の力で相手を押し離し、密着した状態から互いを竹刀の射程に捉えたところまで。
一方の姿がブレたかと思えば打擲音が二つ響き、気づいた時にはリンク君と対面していた筈の人物が彼の背後数メートルの位置に居て。同時、上がる三つの白旗。
残心でそれを確認しつつ、二人は初期位置まで戻り、蹲踞をして納刀。再び立ち上がると後ろに下がって一礼。
そして、リンク君だけが次の挑戦者に場を譲り、防具を外しながら武道場の隅に移動した。
「お願いします、桐原先輩!」
ハキハキとした声と共に所定位置に進み出した新たな子。声からして女の子だろうか。まあ、顔は防具のせいで見えないのだが。
彼女は試合の挨拶ではなく、普通の挨拶として対面の人物と周囲で審判をしている部活仲間に頭を下げてから、漸く先輩と向かい合う。
「ああ。遠慮なく掛かってこい」
「はい。胸を貸してもらいます」
次は二人して一礼からの抜刀。少し進んで蹲踞。その際に軽く言葉を交わして。
どうも、俺の目当ての人物は絶賛部活動らしく、しかも挑戦者の方はまだまだ途切れそうにない。
どうしたものかとそれを眺めながら立ち尽くしている事数分。なんだかんだ先輩の立ち振る舞いが綺麗なのと普段じっくりと見た事のない剣道の試合。
それが思っていたよりも目まぐるしい展開をする事に新鮮さを覚え、気がつけば手に汗握って夢中で観戦していると、そんな俺の肩を誰かが叩いた。
「お、やっぱ海鷹じゃん。どうした? 剣道部に入部希望か?」
「リンク君……」
「誰?」
そちらに視線を向けると独特の掛け声を発していた男子が居た。
名前はパッと思い出せないが、確かクラスメイトである。
「いや、桐原先輩に用があって」
「お前が? 告白……はないか。また何をやらかしたんだ?」
「決めつけはよくない」
「じゃあ、用事の内容は言えるよな?」
「生徒会長の名前を出したら伝わるって言われた」
微塵も言われてないけど。へっ。俺に押し付けたからには貴女にも面倒事を引き受けて貰いますよ……!
責任だけは勝手に一蓮托生にしてやる。
「あぁ? 会長案件って事は……え? じゃあ、海鷹が会長の代理って事なのか?」
「そうなる……か?」
「え? なんで?」
「クラス委員だから?」
「そんなの理由になんねえだろ」
さもありなん。
俺も同じこと思った。通用しなかったけど。
リンク君には生徒会長を糾弾する裁判で、是非弁護人として法廷に付き合ってもらいたい。
「まあ、そんな事なら後数十分ほど待っといてくれ。先輩も分かってるから、早々長引く事はないさ」
そう言って笑うリンク君はどこか誇らしげで。
先輩に対する尊敬と信頼の厚さが見て取れた。
「そういや、さっきどうやってやられたんだ?」
「ん? ああ、すれ違いざまに面と胴を叩かれた」
第二の人生で剣だけ極めた転生者かな?
「えっ? 先輩も同じ人間……だよな?」
「それはそうだ。けどな、竹刀を持った先輩は鬼神にも劣らない存在なのさ」
伊達に『鬼桐原』じゃないな。もしかすると剣道の界隈でもそう呼ばれているのかもしれない。
けれど、リンク君の先程とは違うどこか引き攣った笑みを見る限り、扱きの方も鬼らしい。
こんな人に付き添いが必要な理由が、俺にはさっぱり思い当たらなかった。
◆
そうして、綺麗に30分。
部員全員を叩きのめして制服に着替えた先輩と俺は、生徒会長の要望通り一緒に帰っている。
あれだけ試合をしていたのに、息は全く乱れてない。水夏もそうだったけど、体育系の部活やってる人間って皆こうなの? 本当に僕と同じ人間ですか?
訝しげな視線を向けていると、それに気づいた先輩が軽く身を捩る。その拍子に制汗剤の匂いが俺の鼻を擽った。
「ふむ。なんと言うかむず痒いな」
「…………?」
「海鷹も知っての通り、学園での私はお世辞にも可愛げがある女子とは言えない。だから、異性と帰るなんて経験が全くないんだ」
だからこそ、俺が隣に居るのが落ち着かないと。
そこに、風紀委員長たる威風堂々さも、剣道部での泰然自若さも感じられず、俺は首を傾げる。
「なら、俺じゃなくて部活の後輩や他の風紀委員の人に頼んだ方が良かったのでは?」
特に同性で。異性だと色々と勘違いされるし。
現に今の俺たちは傍から見たらどう見えるんだろう。俺の方が身長低いし、姐御と舎弟かな。……なんだろう。自分で言っててちょびっと悲しくなった。
勝手に悲哀に沈んでいると先輩は少しだけ渋い顔をしていた。
「依怙贔屓になるからな」
「そういうもんですか」
「勿論、私としてはそんな気はないが、それでも気にする奴は出てくるだろう」
抜け駆けみたいな感じかな。平等な扱いをすると言っても、一番と最後に差があるみたいに。
「……そう考えると仲間ってのも面倒ですね」
「そう言うな。こんな私に着いてきてくれる時点で頼りにはしてるんだ」
「けれど、今回の場合は話が別になると」
「ああ。だから、部活や委員会と何の関わりもなくて、それでいて私の事を恐がらないお前が適任なんだよ」
まあ、今の俺は精神的な意味では一回りも年上。所詮は学生の先輩を恐れる理由なんてない。
転生前の俺? ……知らん。怖いもの知らずだったのかな?
それはともかくとして、
「適任も何もまだ何をするのかさえ知らないんですけど……」
「……邪重から聞いてないのか?」
初めて先輩が目を丸くする。
いつも凛々しい表情か、俺を追いかけている時の鬼気迫る表情しか見たことがなかったから、そんな顔をする先輩が凄く珍しい。
しかし、あの会長、何も教えてくれなかったな。いや、先輩については言及してたか。確か──
「愛の鞭」
「何を言っているんだ?」
「エベレストでしたっけ?」
「だから何を言っているんだ?」
「ああ、先輩は天保山でしたね」
「何を言っているのか分からないが、歯を食いしばれ」
本能的にバカにされた事は理解したらしい。露骨に拳を鳴らす姿が様になりすぎていてる。うん。やっぱり恐いかも。
「そこに愛はありますか?」
「あると思うか?」
会長ェ……。
もうあの人の言葉は信用しない。でも、願いは叶えてもらう。そこは都合よくいきたい。
「それで、俺は何をするんですか?」
「はぁ……。簡単な話、子守りだよ子守り」
「なるほど。…………隠し子?」
「違う。妹だ」
即答だった。恐らく散々会長にも弄られているんだろう。そんな嫌な慣れが垣間見えた。
「妹が居たなんて初耳です」
「そう公言する事でもないし、妹の面倒を見る為に帰るなんて言うと気を遣わせるだろ?」
「良いお姉ちゃんじゃないですか」
「あの人〜、鬼なんて大層な呼ばれ方してるのに妹には甘いんだ〜。身内には鬼えちゃんじゃないんだ〜」
「なんだ鬼えちゃんって。心配せずとも、そんな事言うやつ居ませんって」
突然の猫なで声にたじろぐ。というか、先輩の演じるモブに悪意しか感じない。こんな明らかな腹黒キャラ居ないだろ。
それに、陰口を叩いたとして、その時分はストレスが発散出来て良いかもしれないが、いずれ先輩の耳に入る可能性を考えるとあまりにも後が怖い。地獄への片道切符だからな、これ。
わざわざ藪をつついて蛇どころか鬼を出すバカは、恐らくあの学園に居ないだろう。
「そう言えば、先輩のご両親は?」
学園最寄りの駅に着き、改札を抜けながら話の転換を含めての疑問。
電車が来るまで十数分。待っているホームは奇遇な事に俺も帰りに利用している。つまり、先輩と俺の帰路は同じ方面だった。
「共働きで二人とも夜遅くまで帰ってこないぞ」
「あれ? じゃあ、その間の妹さんの面倒は誰が?」
子守りと言うからには相応に幼いのだろう。
にも拘わらず、先輩は朝から学園で、ご両親は夜遅くまで仕事。
「保育園に預かって貰っている」
それは安心。
頼りになるのはいつだって専門機構だ。
「だが、平日は良いとしても、土曜は閉園時間の関係上、早めに迎えに行く必要があってな」
「土曜も長くやっている所を探すのは?」
「そういう所は少し割高で、うちには金銭的な余裕が……」
切実ぅ!
「これ以上、両親に負担をかけるのも忍びないから、妹達の迎えは基本的に私がやっているんだ」
「偉すぎる……!」
「そ、そうか? まあ、妹達も可愛いからな。私としても出来るだけ一緒に居てやりたいんだ」
照れたように頬を掻く先輩。実際、言うのは簡単でも毎日迎えに行くのは大変だと思う。
しかも、そこから両親の帰宅まで妹達の相手をしなきゃならないとなれば、彼女が休める時間は殆どないのではなかろうか。
……あれ? 妹達?
「先輩、一つお伺いしたいんですけど」
「なんだ改まって」
「何人姉妹なんですか?」
「うん? 三人だが?」
「下二人の年齢は?」
「五歳と二歳だな」
ああ、完璧に理解した。
どうして、会長が先輩に付き合っているのか。
幼い二人を相手にしながら家事やら課題やらをする事は不可能に近い。かと言って、学業を疎かにする事も風紀委員という立場上出来ない。
となれば、他に取れる手段として、援軍を請うのが効率的か。
「つまり、会長は妹さん達の相手をしていたと」
「君のような勘のいいガキは好きだぞ、私は」
「それはどうも。会長は毎日?」
「さすがに邪重に悪いから週末で且つ、余裕のある時だけだ」
それでも会長は、毎週末欠かさず付き合っているらしい。
やるじゃん。少しだけ俺の評価が上がったよ、会長。
「けど、今日はどうしても外せない用事があると」
「ああ。だから、代理を用意すると言っていた。まさかお前だとは私も思ってなかったが、邪重の人選に間違いはない。さっきも言ったが適任ではあるしな」
俺は突然の呼び出しで、完全に寝耳に水でしたけどね。
というか、会長は俺の目付きの悪さを知っているのに、どういうつもりなんだろう。
これで保育園なんかに行くと園児は怖がるし、ワンチャン誘拐犯と間違われかねない。
「心配するな。ちゃんと対策してある」
「さすがです、先輩」
そこに抜かりはないと。先輩は鞄の中から黒い何かを取り出す。
「これは……?」
「良いから被ってみろ」
言われるがままにポリエステル素材のそれを頭から被る。
そのタイミングで電車が来た為、ガラス戸の反射で自分の姿を確認する。
ふむ。必要最低限の視界に、申し訳程度に露出する口元。どこからどう見ても、強盗犯と見紛う出で立ちの奴がそこに居た。
「目出し帽じゃねえか!」
即座に脱ごうとして手間取る。なにこれ、思ってたより脱ぎにくい。
予期せぬ拍子で簡単に脱げない仕様なのか、これ。ええい、余計なことを!
「海鷹、あまり私に近づくな」
「他人のフリ!? 渡してきたのそっちなのに!?」
「制汗剤を使ったとは言え、あれだけ動き回った後だ。汗の匂いが気になる」
「ここにきて乙女心!? 秋の空すぎんか!?」
「海鷹、電車の中では静かにだ」
「まだ乗ってないよ!」
「乗らないのか? 置いていくぞ?」
「フリーダムか! ちょ、本当に置いていかないでください! 冗談抜きで捕まる!」
目出し帽を脱いで先輩に突き返した時には、既に車内には人が全く居なかった。
それを見て先輩は車両一つ二人で貸し切りとは気前が良いなと笑っていたけど、俺は通報されてないか生きた心地がしなかったよ……。