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「…………」


「…………」


 その日の夕食はお世辞にも和気(わき)藹々(あいあい)とした雰囲気ではなかった。

 何か言いたげに俺を見つつも、結局言葉にする事なく黙々と箸を進める水夏と、それに気付きつつも何のアクションも取れない俺。

 気まずい。逃げ出したいくらい気まずい。賑やかしの為につけたテレビの音声が虚しく部屋を木霊している。


「……水夏? どうしたの?」


 しかも、こういう時に限って武藤家は勢揃いだ。

 いやまあ、日常的光景だけれど。秀秋さんは出来る人なので、いつも夕食に間に合う様に仕事を切り上げて帰宅しているし、心春さんもそれに合わせて出来たての料理が食卓に並ぶよう計算しているらしい。

 完璧か? この夫婦。理想が過ぎるぞ。


「えっ!? う、ううん、なんでもないよ!」


「そう? なんだかいつもより箸が進んでないから……もしかして、美味しくなかった?」


「い、いや! いつも通り美味しいよ、ね、ねぇ、ルミ君?」


「え? あ、ああ! そうですよ! 毎日食べても飽きないくらい美味しいです!」


「あらやだそんな」


 急に話を振られて露骨にキョドる。

 俺の言葉を受けて、心春さんが頬に手を当てながらクネクネしている。くそっ、こんな状況だけど可愛いのは可愛い……。


「……ふむ。勢いでヤッたは良いものの、いざ時間を置くと照れやら恥ずかしさやらでギクシャクする奴、とみたね!」


 おい、誰だ。

 この人を出来る人だなんて褒めた奴は。


「違いますよ!?」


「あらあらまあまあ。大人になったのね?」


「だから違いますよ!!? なあ、水夏!」


「〜〜〜〜っ!」


「その反応は誤解しか生まねえ!」


 一瞬にして混沌と化したリビング。

 どうやら、俺たちにシリアスな空気を維持できる力はないようだ。


「うんうん。初々しい反応だ。昔の僕達を思い出すね、心春さん」


「うふふ。そうねえ、秀秋さん」


「生々し! やだ、親と思っている人達のそんな話聞きたくねえ!」


「こらっ! ルミナ!」


「あ、すみません。言い過ぎまし──」


「ちゃんとお義父さんと呼びなさい」


「やかましいわ!」


「おっと、僕とした事が。婚姻届が先だったよね」


「まだ早いから捨てちまえ!」


「……まだ?」


「あらあらあらあら」


「〜〜〜〜!」


「ツッコミ! ツッコミが足りない! 家族全員でボケ倒すのやめて!」


 でもまあ、このまま水夏とずっと気まずいのは嫌だ。確かに、死を避けたい俺にとって、さっきまでの距離感は都合の良い物だった。会話はするがそれ以上は踏み込まない空気。まさしく最適解と言っても良い。

 だが、問題としてこの状況は俺の精神的負担が大きい。好意を無下にされた経験があるせいで、水夏の気持ちを無視しきれないんだよな。あれって凄く悲しくなるんだわ。

 それに、確かに俺としては彼女と出会ってまだ二日目。けれど、ちゃんと長年の記憶がある幼馴染みでもある。……色々と衝撃的な事を忘れていたけれど。

 だからまあ、これで良かったんだと思う。

 そう胸中で安堵の息を漏らしていると、来客を告げる呼び鈴が響いた。


「あら? こんな時間に誰かしら?」


「僕が出よう。念の為にね」


 こういう時、サラッと率先して動く秀秋さんは本当にイケメンだと思う。

 残念な時との温度差で風邪を引きそう。


「ふぅ……」


 場を一番乱していた人が消えて、心春さんが新しいお茶を用意する為に席を立つ。

 漸く人心地ついた俺は食事を終えて手を合わせる。そして、ずっとつけっぱなしだったテレビに目を向けた。


「さてさて、お次は……ドン! おおっと、ここでバランスボールチャレンジが出た! そして、それに挑むのは文野(ふみの) 風花(ふうか)ちゃんだあぁっ!」


 放送されているのはよくあるバラエティ。出演者同士が色んな演目で争って、彼らが欲した景品を勝ち取るというシンプルな物。


「あ、また風花ちゃんが出てる」


「知って……いや、なんでもない」


 お行儀悪く箸を咥えながら、俺と同じようにテレビを見ていた水夏の呟きが聞こえる。

 それに反応しようとしたが、テレビに出る程の有名人を知らないのもおかしい。芸能人に疎い事を言い訳にするのもありだが、水夏にはこれ以上のボロを出したくない。

 幸いなことに風花と呼ばれた少女にカメラが向けられた所で、盛大な野太い歓声が上がり、俺の声は瞬時に掻き消された。


「おおぅ、相変わらずの人気ですね。さてさて、風花ちゃん! 意気込みを聞いても宜しいでしょうか!?」


 マイクを向けられたのは小学生と見紛うほどの小柄な体躯を持った女の子。

 小さい。最初に思ったのはそれ。というか、それ以外の感想がない。司会者(推定180センチちょい)と40センチくらい身長が離れているせいで、吹けばどこかに飛んでいってしまいそうだ。

 そんなエメラルドグリーンの髪をツインテールに仕上げた少女は、その見た目に反して勝ち気に瞳を細めて笑う。まるで猫のようだと感じた。


「とってもとーっても難しそうだけどぉ、ふぅ、目一杯頑張るので、会場のお兄ちゃん達も応援しててね!」


 ばちこんとウィンク。

 沸き上がる大きな歓声と風花コールに会場が揺れる。

 場馴れしていなければ圧倒されそうな狂騒を前に、彼女は笑顔を絶やすことなくバランスボールに腰掛ける。

 すかさず、カメラが正面に回った。


「おい?」


 倫理的に良いのか?

 お色気担当にしては色々と足りてないと思うんだが。


「ん? あはっ、どうしたの?」


 当然、目の前にあるカメラに彼女が気づかない訳もなく。

 風花と呼ばれる少女は挑発する様に膝下まであるフレアスカートをゆっくりと捲り上げる。

 最早雄叫びに近い会場の喝采を受けて、年齢相応な華奢で白磁(はくじ)の肌をカメラが舐め回す。

 ……うん。ゴールデンタイムに流す内容じゃねえ。こんなのお茶の間が凍るし、いかがわしいと苦情殺到だわ。


「はい、おしまい! あんまり他の人を待たせる訳にはいかないからね」


 そうして下着が見えそうなライン、その直前で彼女は手を離す。

 ふわりと落ちたスカートと落胆の声が合わさって、どことなく風情を感じる。これが侘び寂びか。


「サービスありがとうございました! それでは、文野 風花ちゃんのチャレンジです!」


 司会者とカメラが引く。

 こんな事までやらされるとか、プロって大変だなと考えていたら、カウントダウンが始まった。


「んっ、ふっ、ちょ……やだ、これっ、思ってた、より……」


 アクション! という盛大な合図と同時、少女が両足を浮かす。

 どうやら、身体だけでバランスを取って、何秒ボールの上に居られるかを競うらしい。

 なんとも地味な……。企画通したの誰だよ。

 しかも、大人用のバランスボールだからか風花ちゃんではサイズが合ってない。その為、始まって一秒も経たずに、右へ左へと身体を傾け、それをなんとか持ち直すを繰り返している。


「んんっ、やだっ、やだやだ! イッちゃう、イッちゃう! んぁ、ダメ! ホントにダメ……んあぁぁっ!」


 しかし、それも長くは続かない。

 ズレた体幹を戻す体力が尽きたのか、転がり出したバランスボールから抵抗虚しく落下する風花ちゃん。

 捲りあがったTシャツから覗く臍と剥き出しになった太腿に会場のボルテージが最高潮に達する。やばい。怖い。


「残念! 頑張ってはいたのですが、記録は15秒! 惜しくもトップにはなれませんでした!」


 健闘していたらしい。まあ、やった事あるけど、意外と両足離すの難しいもんね。

 ところで、なんで司会者の人は前屈みになってるの?


「んふっ。司会のお兄ちゃんはどうしちゃったの?」


 起き上がった風花ちゃんが近づいてきたカメラと司会者を見て小首を傾げる。

 その笑みはまるで玩具を見つけた悪戯っ子の様で。


「い、いえ……これはですね……」


「もしかして、ふぅの身体を見て興奮しちゃった?」


 こんなの放送して本当に大丈夫?

 地味すぎる企画と言い、深夜番組と間違えてない?


「そんな事は!」


「ある筈ないよね? お兄ちゃん達は立派なオトナだもん、ふぅみたいな貧相な身体じゃなんとも思わないよね?」


 そう言いながらTシャツの首元を指で軽く引っ張る風花ちゃん。健康そうな鎖骨がチラリと見えた。

 おやおや? 流れが怪しいぞ?


「くっ……!」


「んふふ。どうしたの? そんな怖い顔して。もしかして、怒った? それとも、本当に興奮しちゃった? やだ、きもーい」


 クスクスと笑う風花ちゃん。その目は完全に加虐者そのもので。


「それで、どうする? お兄ちゃんはどうしたい? でも、オトナなんだから我慢しないとダメだよね? 自制心があるから大人なんでしょ?」


 止まらない口撃に司会者の歯軋りが聞こえた気がした。

 あの空間は完全に風花ちゃんの独壇場。他の出演者に気を遣っていた空気の読める少女はもう居ない。


「んふっ。我慢出来ないよわよわお兄ちゃん。ざぁーこざぁーこ」


「うぅっ……! 大人をバカにしやがって……!」


「やぁん、分からされるー。逃げ──」


 水夏の情操教育に良くないので、俺はテレビを消した。

 そのタイミングで心春さんが戻ってきて、俺達に新しいお茶を淹れる。


「やあ、ただいま」


 食べ終えた食器を片付けようと席を立った所で、秀秋さんも戻ってくる。

 来訪者は誰だったのだろうと視線で問い掛けると彼は薄く笑った。


「今日、隣に引っ越してきたから近所に挨拶回りをしていたんだって」


 このご時世になんとも律儀な。きっと常識を(わきま)えた素晴らしい人物に違いない。


「しかも、聞く所によるとルミナや水夏と同じ聖まあち学園の生徒なんだって」


「へぇ。それなら俺も玄関まで出れば良かった」


 というか、呼んでくれたら良かったのに。そうすれば、あんな無為な時間を過ごさずに済んだものを。


「そんな事もあろうかと」


「ん?」


「実はルミナ達にも紹介しようと連れてきてるんだ」


 さすが気の利く男は違う。

 ほんと、先程の残念さが嘘みたいだ。最早、詐欺。訴えるぞ。


「てな訳で、元気よくどうぞ!」


「呼ばれました! 今日から隣に住む文野 風花です。宜しくお願いします!」


 そこに、テレビに出ていた少女が居た。

シリアスブレイクメスガキ(呪文)

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