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「んふ。んふふふ。えへっ。えへへへへ」


 一緒に歩く水夏が気持ち悪い笑い方をしていた。


「どうしたんだ?」


「えー? こうやってルミ君と帰るの久々だから嬉しいなって」


 くるり、と。弾む足取りで俺の少し先を歩いていた水夏が振り返る。

 短いスカートが(ひるがえ)り、そこから伸びる健康的なおみ足が俺の視線を奪っていった。


「そんなに久しぶりだったっけ……」


 記憶を掘り起こす。

 万年帰宅部の俺と水泳部に入っていて大会で優秀な成績を残す水夏。

 彼女の泳ぎに対する入れ込み具合は凄まじくて。始業式や終業式という本来部活をする日じゃなくても、水夏は学園のプールに行って泳いでいた。温水プールってのは聞いているが、肌寒い日とかでもお構い無しで、本当によくやるよとは思っている。

 だから、登校は一緒でも下校が俺と重なる事は殆どなくて。うん。言われてみれば確かに、一緒に帰った記憶が全然ないな。


「そうだよ? だいたい二ヶ月振りだね」


 ……なんで覚えてるの?

 普通の幼馴染みヒロインでしょ、君。もしかして、俺が思ってたよりもやべー女か?


「まあ、朝から心配かけてたし……?」


「えへへっ。ね、ね? 手を繋いでもいーい?」


 俺の照れ隠しに(とろ)ける笑みを浮かべて、まるで落ち着きのない小動物のように、テンション高く寄ってくる水夏。

 正直、抱き締めたいくらい可愛い……おほんおほん。油断するとすぐにコロッといかれそうになるのが童貞の悪いところですね。


「はぁ? なんで?」


「んふー。なんとなく? ()()ルミ君ならあたしに優しくしてくれそうだし」


「それでもなあ……」


 俺たちはまだ校門から出たばかり。水夏と同じく部活、もしくは委員会帰りの生徒達がちらほらと居るこの状況で、仲睦まじく手を繋ぐのは少々恥ずかしい。

 それに、仲が良くなりすぎて万が一が起きてしまうといけない。水夏はタダでさえスタイルが良いんだ。迫られたら俺はきっと我慢なんて出来ない。待て待て。意志が弱いと罵ってくれるな、泣くぞ。

 ……よし。好感度調整の為にも、ここは勇気の拒否だ!


「隙あり!」


 結論を出すのと同時、右手に柔らかな感触。

 水夏の少し冷たくなった指が俺の指と絡む。


「ちょ……!」


「えへっ。そんなに周囲が気になるなら──こうだよっ!」


 そして、俺の手を握ったまま、水夏は走り出す。なんでだよ。

 それでも、悲しいことに膂力(りょりょく)の差で彼女に負けている俺は、引っ張られる様にして足を縺れさせながらも、それらを懸命に動かすしかなくて。

 こいつ、部活後の癖してまだ体力あんのかよ……! 若いって本当に羨ましいね!


「逆に目立ってる! 逆に目立ってるからァ!」


 手を繋いだ男女が走っている。

 その光景に周囲の学生たちは呆気に取られたり、スマホを取り出して撮影したり、地団駄を踏んだりしている。

 ああ、これは色々と拡散されてしまう奴だな、と諦観を覚えつつも、辺りをそれとなく観察する。

 ……やっぱり、女子が多い。男女比率は体感二対八くらいか。


(だからこそハーレムが許される世界、なのかもしれないな?)


 俺の望みがマトモであれば、比率の偏りもなかったかもしれないが、神様が世界を創ってから思うようでは後の祭り。いや、知らんしそんな裏設定。

 水夏の親や設定上は存在する俺の親みたいに、基本は一夫一妻だろうけど、仮に一夫多妻となっても顰蹙(ひんしゅく)は買わない世界観だろうか。そうでもしなきゃ、結婚出来ない女性だらけになってしまうし。


「はぁ……はぁ……。ちょっと、張り切り……すぎた、かな?」


「ぜぇ……ぜぇ……はひゅー……はひゅー……」


 駅までの道半ばで力尽きる俺たち。いや、主に俺。中々の速度で走ったからスタミナなんてとうの昔になくなっている。というか、し、死ぬ……。射精してないのに死に目に遭っているのおかしいでしょ。


「うっぷ……おぇっ……ぜぇ……はぁ……」


「だ、大丈夫、ルミ君!?」


 遂にはえずき始めた俺に駆け寄って、背中を優しく撫でる水夏。

 気遣いは有り難いけど、それが出来るなら最初からこんな飛ばさないで欲しい。

 一応、僕、病み上がり設定。Are you OK?


「あ! ルミ君! こっちに来て!」


 膝下が震える。許されるならば崩れ落ちたい。

 だが、未だ水夏との手は強く繋いだまま。しゃがみこむ拍子に彼女を巻き込むかもしれない。

 と、思っていたらその手を強く引かれて。導かれるままに辿り着いたのは遊具らしい遊具が滑り台くらいしかない殺風景な公園。そこの木で出来たベンチに二人して座り込んだ。


「……落ち着いた?」


「……ふぅ……すぅ……」


 まだ呼吸は荒いが、ベンチの背もたれに体重を預ける事で気分は楽になった。

 返事をするのも億劫だったので、コクコクと頷きだけ返しておく。


「良かったぁ……。ごめんね、無理させて」


 目を伏せて謝る水夏。走った事でその頬は少し上気してるが、他にはこれと言った変化もない。

 これが運動部か……。水泳って確か色んな筋肉使うし、めちゃくちゃ体力も使うもんな……。なんだっけ、有酸素運動? それはまた違うか。


「はぁ……。俺ももっと若ければな……」


「同い年だよ?」


 おっと、まだ気持ちが前世のままだった。


「もっと子供だった時は体力が無尽蔵にあったなって」


「そうだね。夜まで遊び倒しても遊び足りなくて、家の中も外も駆け回ってたっけ」


「家だと秀秋さんも一緒になってはしゃいでたからなあ……」


 そんな様子を心春さんが微笑みながら見守っている事が多かった。まあ、二人とも叱る所はちゃんと叱ってたし、悪ノリも場面をきっちり選んでいたけども。


「懐かしい……懐かしいな、ははっ……」


 こちらの世界で過ごしたのはまだ二日。それでも、記憶を引き継いでいるから郷愁は感じるおかしさ。

 その意味不明さに思わず笑みを零すと、水夏が真剣な眼で俺を見ている事に気づいた。


「どうした?」


「ルミ君は、小さい時にあたしとした約束覚えてる?」


「勿論」


 覚えてない。

 けれど、このパターンは大抵王道。どんな内容かの想像はつく。

 いやはや、全くもって微笑ましいじゃないか。


「子供の時のお遊びみたいな約束だけど」


 うんうん。

 きっとお嫁さんだろうなあ。


「その思い出はいつまでもあたしの胸にあるんだ」


 うんうん。

 女の子の憧れだもんね。


「あの時もこうやって手を繋ぎながら言ってくれたんだよ」


 うんうん。

 とってもいじらしいな。


「あたしが大人になったら」


 うんうん。


「──肉奴隷にしてくれるって」


 うん……うん?


「なんて?」


「え? 肉奴隷にしてくれるって」


 ……なるほどね。

 俺は空いている手をポケットに突っ込むとスマホを取り出す。

 そして、電話の画面に切り替えてキーパッドを呼び出すと、一切の躊躇もなくとある番号を押した。


「ルミ君?」


「あ、もしもし、警察ですか?」


「ルミ君!?」


「捕まえて欲しい人が居るんですけど。罪状は過去に行った洗脳とセクハラで」


「ルミ君!!?」


「……はぁ? 時効だぁ!? こちとら今その内容を聞かされて罪悪感で死にそうなんですけど!? 公務妨害しにいくぞ、オラァっ!」


「捕まっちゃうよ!?」


「分かった。自首すれば良いんだな! 首を洗って待って……ん? おい! もしもし!? ……チッ、切りやがった!」


 何の応答も返さなくなったスマホに悪態をつく。

 イタズラと思われたらしい。気持ちはよく分かる。

 ポケットに戻して顔を上げると水夏がジト目で俺を見ていた。


「むぅ。やっぱり覚えてなかった」


 本当にな!

 こんなインパクトがありすぎる約束忘れるとかどうかしてるぜ、俺!


「……悪い」


「んーん。仕方ないよ」


 ほんまか?

 ほんまに仕方ないか?

 どんな生き方をしていたら、幼少時に肉奴隷なんて単語を覚えるんだ?

 しかも、当時の水夏はともかく、この感じだと俺は意味が分かってて言ってるよな?

 なに? エリートなの? エロの英才教育でも受けてたの?


「……それで?」


 気になるけれど、今は置いておこう。

 ヒロインと昔に交わした約束なんて、ゲームではよくある。よくあるのだが、それがこんな序盤──俺が転生してきてすぐの日に、しかもヒロインの方から言ってくる事なんて滅多にない。

 即ち、水夏が言いたい事はこれだけじゃない。


「あの時は肉奴隷の意味って分からなかったんだけど」


 さもありなん。

 教育に宜しくないからね。


「ルミ君が望むなら、あたしはいつだって良いんだよ?」


 大きく愛嬌のある瞳が俺を捉える。一陣の風が公園の周囲にある木々を揺らした。

 水夏を肉奴隷か……。なんて甘美な響き。この体質じゃなければ立ち所に飛びついていた提案。

 それだけ俺への好感度が高い、と考えるのが自然な気もするが……。


「本当に意味が分かっているのか……?」


 もしかしたら、この世界では肉奴隷とはお嫁さんや恋人を指しているかもしれない。


「勿論だよっ。……そ、その……え、エッチな関係の事、だよね……?」


 ふむ。普通に違った。それはそれとして、照れて耳まで赤くなっている姿が素晴らしい。

 繋いでいる手も気持ち熱を帯び、潤んだ双眸が劣情を誘う。はっきりと牝を感じる。

 俺が言うだけで、この全てが手に入る。それはなんと抗い難い誘惑だろうか。

 ただ、そうだとしても、俺はこの世界で生き抜く為に、


「……今はまだ望んでない、かな」


「やっぱり」


 ……やっぱり?

 疑問が浮かぶよりも先に繋いでいた手が離れ、水夏は立ち上がる。そして、俺に背を向けたまま数歩公園の中を進む。


「ルミ君、ちょっと変わったよね?」


 思わず肩が跳ねた。水夏に見られてはないだろうけど、鼓動が勝手に加速する。

 バレた……? これが幼馴染みとしての勘なのか?

 分からない。分からないが、今は何を答えても俺への違和感を払拭は出来ないだろう。

 だから、何も言えない。しかし、沈黙もまた明確な回答に変わりはない。


「なんて言ったら良いのかな。近くに居るのに遠く感じる……ルミ君なんだけど、ルミ君じゃないみたい」


 この世界がゲームであっても、海鷹 夜景には過去がある。産まれてからの軌跡がある。

 記憶があるとは言っても、過去の俺と転生してきた今の俺は別人。成り代わった主人公。

 その差異が──常人では気付かない様な些細な違いが、長年連れ立っていたが故に彼女を襲う。

 いっそ、正直に言うか? いや、まだ確信には至ってはない……よな? 今話すのは早計だろう。それにこの世界がゲームで、俺は転生した存在なんて荒唐無稽な話、一体誰が信じられる。


「──ねえ、ルミ君」


 振り返る空色の少女。

 その瞳が不安で揺れる。俺との記憶は確かにあるのに、俺という存在は確かに居るのに、もどかしい程に近くて明確な程に遠い距離感が水夏を襲う。

 それでも、と。皺になるのも気にせずに、彼女は縋る様に自身の服の胸元を握り締める。


「あたしはルミ君の事を好きなままで……いいんだよね?」


 俺は何も答えられなかった。

シリアスは突然に

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