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聖フラグ 2-5(otherview)


 スマホを耳に当て、どんどん渋面になっていくルミナ。

 時たま、こちらに視線を向けてくる辺り、どうやらボクにとって都合の悪い事が起きているらしい。

 察するに文野さんが家へ来ようとしていて、それをどうにか回避しようとしている感じかな? どこでルミナの事を聞いたのかは知らないけど、お隣さんだもんね。お見舞いも気軽に出来るのは強いや。相変わらずアピールも続けているみたいだし、文野さんの積極性には舌を巻く思いだ。

 それでいて、当初は何も知らずに隣に越してきたんでしょ? 初めて聞いた時は、何それ最早運命じゃん。ズルいなあと嫉妬しちゃった。


「…………」


 けれど、今は。今だけは。ルミナはボクの事を優先的に考慮してくれている。理由が理由ではあるけど、それがかなり嬉しい。思わず、口角が上がりそうになるくらいには。ボクの中に小さいながらも存在する独占欲が確かに満たされていく。

 いけない。この状況でにやけていたら、明らかに変な子だ。もっと神妙な表情をしとかないと。


「やむを得ないか」


「えっ? きゃっ!」


 なんとか表情筋を整えていたら、ルミナの腕が腰に回る。完全に不意をつかれたボクはそのまま布団の中へ引きずり込まれた。

 な、何事!?


「来たよー! お兄ちゃん!」


 直後、部屋の扉が開け放たれる音が聞こえた。

 な、なるほど。文野さんがすぐそこまで来てたんだ。ルミナらしからぬ強引さに驚いちゃったけど、説明する時間がなかったんだね。

 納得納得。反射的に無抵抗でいたけど、結果的にそれが功を奏した形かな。自分の被虐性に感謝だ。


(ホントに感謝かなぁーっ!?)


 無抵抗とは言ったものの、咄嗟にしがみついてしまったから、密着の度合いはさっき胸を押し当てた時よりも大きい。しっかり腕と足がルミナの半身に絡んでしまっている。変に動かれると際どい部分が擦れる形だ。

 でも、もう隠れてしまった手前、今更体勢を変える事も出来ない。しかも、布団の中はルミナの匂いが充満していて、これもこれでヤバい。好きな人の匂いに包まれるってこんな気持ちになるんだ。ま、まずい……動悸が……!


「や、やあ、風花ちゃん。それに無花果さんも。いらっしゃい。こんな姿でごめんな」


「いえ。こちらこそ、急に押し掛けてすみません。お加減は如何ッスか?」


「朝に比べるとかなり楽になった方だな。飯も食べて薬も飲んだ事だし、完治させる為にまた寝転んだ所だ」


 上手い言い訳だとは思う。これなら、横になっているのも不自然じゃない。

 後は布団の膨らみにさえ気づかれなければ、ボクの存在は気づかれず、この場を(しの)げるかもしれない。

 懸念点を挙げるのであれば、密閉された空間故に暑さと酸素の薄さが相俟って、既に頭がクラクラしてきているという事とバレるかもしれないという恐怖心で心臓が痛いくらいに脈打っている事くらいだ。果たしてどれくらい耐えられるだろうか。


「あれ? じゃあ、アタシ達が出来る事ってあんまりない?」


「もう。だから言ったじゃないッスか。家に行っても迷惑になるだけだって」


「えぇー。お兄ちゃんが風邪だって聞いて、何も手につかないくらい意気消沈したのはユメちゃんじゃん」


「そっ、れは……そうスけど……」


「んふー。でも、良かったねえ、ユメちゃん」


「……何がッスか」


「お兄ちゃんが思っていたよりも元気そうで。前後不覚レベルの状態だったら、腹を切りかねない雰囲気だったし」


「…………そこまで思い詰めてませんよ」


「沈黙の長さが色々と物語ってるよ?」


 無花果さんとの間に何があったのかとてつもなく気になる。許されるならば聞き出したい。

 だが、それよりも暑さによって徐々に身体中から噴き出してきた汗に焦りが募る。特にルミナと密着している部分はお互いの体温の影響で湿り気を帯びるのが早い。き、気持ち悪くないかな……。


「あー。これは俺の体調管理がゴミだっただけで、無花果さんが気に病むような事じゃない」


「ですが」


「同じ状況だったのに、風邪を引いたのは俺だけなのがその証拠だ。まあ、補習とかもあったし、身体が疲れてたんだろ」


「それでも、自分が我儘を言わなければ」


「風邪は引かなかったかもしれないし、変わらず引いたかもしれない。俺は自己管理の甘い人間だから、後者な気がするんだよな」


「朝も弱いもんね、ルミお兄ちゃん」


「手厳しいな、風花ちゃんは。ま、そういう事だから本当に気にしなくて良いぞ。寧ろ、無花果さんが風邪を引いてなくて良かった」


「自分、身体の強さだけが取り柄なんで」


「……若いっていいなあ」


「アタシ達と一つしか変わらないよ?」


 発汗が止まらない。肌を伝って零れ落ちる汗がルミナの身体を濡らす。拭いてあげたいが、身動ぎ一つでバレるかもしれないからどうしようも出来ない。


「んー。じゃあ、ルミお兄ちゃんが寝るまで歌でも歌おうか? まだ世間に未発表のフローラオリジナル曲だよ」


「それは先に聞いたらあかんやつでは?」


「衣装の相談は大丈夫です? 大まかな方向性は決めたんですけど、装飾とかの細部ってどこまで拘って良いのか分からなくて」


「二人は俺を関係者か何かだと思っていらっしゃる?」


「どちらかと言えば」


「「相談役?」」


「なった覚えがない物に任命されてる!」


(はぁっ……はぁっ……)


 更に言えば自分の呼吸が荒く熱い。明らかな酸欠である。

 幸い、三人の会話が途切れていないお陰で呼吸音を誤魔化せてはいるが、このままではいずれ限界が来る。これはバレるのも時間の問題かな。


「あー、そうだ。喉が渇いたから飲み物を取ってきて欲しいんだが」


 そんなボクの状態を察したのか、ルミナが二人を部屋から一旦離そうと画策する。


「あ、では自分が」


「この家を勝手知ったるアタシが取ってくるよ。ユメちゃんはここに居たままで大丈夫」


「じゃ、じゃあ、無花果さんはこれの水を新しくしてくれないかな!」


「洗面器の水をですか? 分かりました」


「ありがとう。二人とも、急がなくていいからな。慌てて転んだりしたら大変だから」


 そうして、なんとか怪しまれない様に二人を簡単なお使いに出したルミナは扉が完全に閉まったのを確認してから囁く。


「もういいぞ、聖」


「ぷはぁっ! すぅーっ……はぁっ……すぅーっ……はぁっ……!」


 瞬間、布団の中から飛び出して思いっきり深呼吸。外の空気をとても美味に感じるという事は結構な瀬戸際だったらしい。

 後、分かってはいた事だけど、着ていた制服が汗で酷いことになっていた。うーん。どうせ第2ラウンドもあるだろうし、もう脱いじゃおうかな。うわぁ、張り付いてめちゃくちゃ脱ぎにくいや。


「悪いな、折角看病してくれていたのにこんな目に遭わせて……って何してんのぉ!?」


「ん? どうせまた隠れる羽目になるだろうから、暑さ対策をしておこうかと。あ、タオル借りるね」


 脱いだ制服を一旦は脇に置き、置かれっぱなしのタオルを手に持って身体の汗を拭いていく。


「え、それ確か俺の汗を拭いたやつ……。いや、そんな事よりもっと慎みをだな」


「こんなにも濡れた服を着ていたらボクまで風邪を引いちゃうよ。それとも、次はルミナが看病する側に回るかい?」


 一応、女心として恥ずかしい気持ちはちゃんとある。でもまあ、着替えている所を既に一度は見られている訳だし、何より汗で濡れたままなのが気持ち悪いから仕方ない。うん。仕方ない事なんだ、これは。

 決して、他の子たちに負けてられないから脱ぐ口実を得られて好都合だななんて思ってはないよ。


「それを言われると何も言えねえ……」


「いいんだよ? ボクの汗をルミナが拭ってくれても」


 タオルを手放し、見せ付けるように腕で胸を下から持ち上げる。こんな事もあろうかと可愛いブラジャーを身に着けていて良かった。


「ちょ、何してんだ」


「こことか谷間とかはすぐ蒸れちゃうし。それにどうしても手が塞がるから、君が手伝ってくれると助かるんだけど」


「か、片手でも出来るだろ……」


 んふふ。男の子だなあ。頑張って目を逸らそうとはしてるけど、ちらちらと視線が胸に吸い寄せられている。

 男装する際、毎回目立たないサイズまで圧迫するのが煩わしかったけど、今日ばかりは自分の胸の大きさに感謝だ。


「出来ない事はないけど……いいのかい? 合法的におっぱいを触れるチャンスだよ? それに、こちらが頼んでいる立場だから、多少のおいたなら目を瞑るんだけどなあ」


「…………」


「ルミナ?」


「……ホンマにええんか?」


 なんで関西弁?


「いいよ? なんなら、丹念もしくは乱暴にして貰っても大丈夫だから」


「ついでのように自分の嗜好を満たそうとするのやめてくれる?」


「……てへっ」


 舌を出して誤魔化すとルミナは何故か指で目頭を抑えていた。どういう反応、これ?


「ところで、ボクはいつまでこの姿勢で居ればいいのかな?」


「わ、分かった。やればいいんだろ。……後でお金とか請求しないよな? 訴訟とかもしないよな?」


「えっ。しないけど」


 そんな悪徳業者じゃあるまいし。


「そ、そうか。すまん。動揺した。自発的に触る事は今までなかったから」


「じゃあ、ボクが初めてって事?」


 それはなんというか……うん。ちょっとときめく。そうかそうか。ボクがルミナの初めての相手かぁ。


「不可抗力で触った事は……いや! あの時は視覚が死んでたから実質ノーカンみたいなもんだな!」


 どうして慌てているのかな? ボクは別に何も言ってないよ?


「ごほんごほん。と、ともかく! 俺も本調子な訳じゃないし、このままだと聖まで本当に風邪を引きかねない」


「そうだね」


「ふーっ……よし。は、始めるぞ……」


「う、うん」


 どうやら、腹を括ったらしい。タオルを手に取ったルミナが恐る恐るこちらに手を伸ばしてくる。

 その見るからに緊張している様子が伝播したのか、なんだかボクも落ち着かなくなってきた。いや、元より心臓は終始バクバクなんだけど。

 そんな激しい鼓動の音に混じって、なんだかカメラの連写音も聞こえてきたよ。


「……カシャッ?」


「うーん。構図がいまいちッスね……」


 音の発生源に目を向けるとスマホの画面を見つめて唸る無花果さんが居た。

 あっ、前に見た時と違って前髪を上げてるんだ。綺麗な瞳……。


「ルミお兄ちゃんが……ルミお兄ちゃんが……」


 その隣で飲み物の注がれたコップを持ちながらプルプルと震えている文野さん。

 そういえば、二人から隠れる為に制服を脱いだんだっけ。ルミナを誘惑出来そうだったから、つい魔が差してしまった。


「知らない女の子を連れ込んでるぅーっ!!!」


 まあ? 文野さん達の滞在時間が分からない以上、最後まで無事隠れ通せる自信はなかったし、現段階でバレたのは不幸中の幸いかもしれない。

 ルミナにくっ付いてる時に見咎められなくて良かったね。本当に。

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