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聖フラグ 2-3

遂に100話目。進行は四割くらい。どうしてぇ


「ごほっごほっ……」


 はい。風邪を引きました。しかも結構タチの悪いやつ。雨に打たれたのと風呂場ではしゃぎすぎたかな。

 ううむ。寝るまでは全然大丈夫だったんだけど、起きた途端に熱っぽさを自覚したわ。

 それでも、なんとか布団から抜け出して立ち上がろうとしたものの、足元が覚束無さすぎて即座にベッドへ蜻蛉帰りしたよね。なお、控えのメンバーと入れ替える事は出来ない模様。俺の目の前は真っ暗になった。


「ルミ君、大丈夫?」


 ああ。額に乗る水夏の冷んやりとした手が気持ちいい。

 でも、移るといけないからあんまり近づくのは良くないぞ。君は大事な大会が控えているんだから。


「先生には連絡しといたからねぇ」


「ありが……ござぃ……す」


 エレちゃん先生に補習を欠席する旨を伝えていた心春さんが顔を覗かせる。

 礼を言ったつもりだったのに、声がガラガラでまともに発声出来ない。喉がイカれてやがる。


「先生からは、補習の事は気にせずお大事にって」


 まあ、試験で手抜きしてた事はバレているし、初日に満点叩き出したせいで補習の意義がないと先生も分かっているんだろう。さもありなん。


「お粥は作って置いておくけど……一人で大丈夫?」


「あれだったら、今日の部活休むよ、ルミ君?」


 甲斐甲斐しいな、二人とも。気持ちは嬉しいけど、ただの自業自得に巻き込むのは申し訳なさしか感じないんよな。

 心優しい二人が後ろ髪引かれるとしても、ここは通常営業をして貰う方が俺の精神衛生上助かるか。


「子供じゃな、っから……だいじょぶ……」


 そもそも、前世一人暮らしの身からすればお粥があるだけでも有り難い。

 しんどい事はしんどいのだが、こうやって心配してくれる存在が居るのも心強いし、なんならちょっと泣きそう。

 それにこういう体調不良は結局寝るのが一番の療養だ。そんな事に付き合わせるのも悪いだろう?


「そう? なら、私はパートに行くけど何かあったらすぐに連絡するのよ? 欲しいものがあったら気軽に言ってねぇ?」


「あたしも早めに切り上げて帰ってくるね?」


 心春さんはともかく水夏はそんな我儘が通るのだろうか。

 いやまあ、俺の事が気になってタイムが出ないってなると顧問から「集中出来ないのであれば帰れ」と言われてしまうか? そんなの水夏の今後を考えると絶対ダメだ。


「俺の、事は……気に、すぅ……なっ」


「でも……」


 だってもへちまもない。こんな風邪如きのせいで迷惑を掛けたとなると、自分が許せなさすぎる。


「……分かった。ルミ君がそう言うなら」


 不承不承ではあるが、水夏が頷いて俺から離れていく。そう。それでいい。

 別に死ぬような物じゃないんだ。今日一日安静にしとけば、きっと若さ故にすぐ快復する。

 俺が出来るのは一刻も早く健康になる事であり、迷惑をかけた事への自己嫌悪や反省は後回しで良い。こういう時に考え事をしたって、良い方に思考は向かないしな。


(元気になったらお礼をしないと)


 家族だからと遠慮されそうだが、それでは俺の気が済まない。

 部屋から出る水夏を見送りつつ何を渡すのが良いだろうかと思考している間に、俺の意識はゆっくりと闇へと沈んでいった。



 どれくらいの時間が経ったのか。人の気配を感じて、ふと目が覚めた。


「ん……?」


「……っ! ……っ!?」


 すると何故か、眼前に目を見開いて固まる聖の顔があった。……どういう状況かな? 襲われる直前?


「聖?」


 とりあえず、呼びかけてみる。あのガラガラ声はなんだったのかと言わんばかりに朝方より呂律や発声がしっかりしてるな。結構、持ち直したかも体調が。


「わぁっ!?」


 跳ねるようにして離れていく聖。おおう。一瞬で部屋の隅までワープしていったわ。


「きゅ、急に目を覚まさないでよっ!」


 そんな無茶な。というか、ビックリしたのは俺も同じなんだが。まあ、とやかくは言うまい。


「どうして聖が?」


「み、水夏さんに言われて……」


 曰く、昨日と同じように水泳の練習を始めようとした所で、先生役の俺が来れない事を水夏から聞いたらしい。

 あー……完全に連絡するの忘れてた。すまん。枕元に置いてあったスマホを手に取って確認するとトークアプリに幾つか連絡入っとったわ。

 寝る前に通知切ってたから、これに起こされる事はなかったとは言え、何か重要な連絡もあるかもしれないし後で内容に目を通しておこう。


「悪い。出鼻を挫く感じになってしまって」


「別にいいよ。夏休みはまだこれからだし。連絡についても、本当に体調が悪いと余裕ないのは分かるし。だから、こうして様子を見に行って欲しいって頼まれたんだから」


 女性姿の設定上、水泳部の子に先生役を頼む訳にもいかず、時間が浮いた聖と家に俺を一人残した事が心配で堪らない水夏。

 こうして、二人の事情が噛み合ったが故に、俺の部屋に聖が居る状況が生まれたという事みたいだ。家の鍵を簡単に渡すなよと言いたい気持ちもあるけど、俺の事を想ってだもんなあ。まあ、聖なら悪用もしまい。


「それで」


「?」


「そろそろ昼だけど、ご飯は食べられそうかい?」


「もうそんな時間なのか」


 となると大体三時間くらいは寝ていた事になるのか? 熟睡してた辺り、風邪の原因に疲れもあったのかもしれないな。

 そんな事を考えながら、ゆっくりと身体を起こす。うむ。気怠さはあれど、朝に比べるとかなり快復してるな。熱も多少は下がっているみたいだし、やっぱ、体調悪い時は寝るに限るわ。


「ん……?」


 ふと気づく。枕元に水の張った洗面器と湿らせた様に見えるタオルがあるんだが、俺が寝る前はなかったような……。

 もしかして、聖さん。俺の寝汗を拭ってくれていたのか? だから、目を覚ました時にあんな近くに……? うっ。そんなの弱っている時にされちゃったら、好きになっちゃうんだが?


「ルミナ?」


「あ、ああ。腹は空いているし、今なら全然食べられるぞ。薬も飲みたいしな」


「そう? それは良かった。キッチンにあったお粥を温め直してくるからちょっと待っててね」


 献身的だぁ……。ここに来て、クラスメイトの世話焼きな一面を知るとは。この俺の目をもってしても以下略。ドMという特性にさえ目を瞑れば、聖は本当に良物件なんだよな。

 さり気にうちの台所を使いこなしているっぽいのも凄い。家に来た事なんて数える程しかないでしょうに。いつチェックしたんだ。


「お待たせ」


 暫く待っているとお盆にお粥の入った小鍋と切った林檎が盛られた皿を乗せた聖が戻ってきた。


「ちょっと時間が掛かってごめん。本当は消化を良くする為に林檎を摩り下ろしたかったんだけど、あまり人様の家のキッチンを物色するのも良くないと思って。とりあえず、包丁だけ借りちゃった」


「え……?」


 その林檎は心春さんの用意した物じゃない……?


「あ、やっぱり勝手に使うのは不味かったかな?」


「心春さんはそんな事に一々目くじらを立てる様な人ではないけど……その林檎、聖が買ってきたのか?」


「ああ、うん。お見舞いと言えばフルーツだし、ルミナの体調次第ではお粥すら食べられない可能性もあったから」


 なるほど。それで、摩り下ろし林檎か。

 俺の体調とおろし金を探す手間を考慮した結果、オーソドックスなくし切りに変更したらしいが。ちなみに、おろし金の場所は俺も知らないので、聞かれても答えられない。

 この身体になってからキッチンに入った事はないし、その記憶もないから仕方ないね。


「かたじけねえな」


「何の見返りもなく先生をして貰っているからね。これくらいは全然やるよ」


 水着姿の美少女とワンツーマンはそこそこの見返りでは?

 俺にも役得はあったし、人によっては報酬を払う人も居そう。


「ところで」


「おん?」


「ベッドに座らせて貰ってもいいかな?」


「どうぞ?」


 促すと「ありがとう」と紡いでからベッドに腰掛ける聖。そして、自身の太ももの上にお盆を置くと、スプーンでお粥を掬って俺の前に差し出してきた。

 なんですかね、これは。


「はい、あーん」


「……一人で食べられるけど?」


「あ、このままだと熱いから火傷しちゃうかも。少し冷ました方が良いか」


「話を聞いて?」


「ふー……ふー……」


 そんな重病人じゃないんだが? 後、ちょっと息を吹き掛ける仕草が艶かしいのなに?


「はい、もう一度あーん」


「あの」


「あーん」


 これは食べるまで引かないやつですか? 聖の言い分的に恩返しという意図もあるみたいだし……折れるしかないか。


「……あーん」


 多少の照れを感じながら、スプーンを口に含む。

 風邪のせいかな? 体温が上昇した気がするぜ……。


「美味しい? 全部食べられる?」


「おう」


 味覚が死んでいる訳じゃないので、普通に美味しい。流石の心春さん特製お粥である。これなら、苦もなく食べ切れるだろう。


「じゃあ、次だよ。あーん」


 問題があるとすれば、この行為を後何回繰り返せばいいのか、全くもって先が見えない事くらいか。

 空腹だから、一気にがっつきたい気持ちもあるのだが、聖はスプーンをこちらに渡す素振りを微塵も見せない。最早、看病を通り越して過保護である。俺のお母さんかな?


「ん。良い食べっぷり。これなら風邪なんてすぐ治せるよ。偉い偉い」


 なんだろう、この気持ち。同級生から明らかに子供扱いをされているというのに、なんら嫌な感情を抱かない。寧ろ、もっとして欲しいような……いやいや、前世の事を考えれば、俺の方が歳上の筈なんだ。お酒も飲めないようなお子様に振り回される訳には……うん。歳上なんだよな、俺。不甲斐ない歳上ですまない……。学生の時から精神面が何一つ成長していないわ。


「ふふ。子供が居るってこんな感じなのかな」


 母性、擽ってしまいましたか?

 何故かは知らないが、顔を綻ばせる聖は何処と無く楽しそうだ。……珍しいな。ここまで顔に出ている彼女を見るのは。これは邪魔をするのは野暮か? そもそも、看病の一環と言われたらそれまでだからな。

 まあ、その未来予想図は気が早いなんて物じゃないけど。聖の想像する子供と俺は年齢や見た目がかけ離れている気がするし。傍からだと、バカップルっぽく見られる事のが多そうじゃね。

 ……うむ。なんだか結構恥ずかしくなってきたんだが、部屋の中だからそんなやり取りを誰かに見られる心配がないのが幸いか。相手も勝手知ったる聖だからね。これ以上、辱められる事はなかろうて。

 そんな淡い希望を抱いてしまったのがいけなかったのか、俺の楽観的な考えは彼女の次の発言であっさりと打ち砕かれる事になるのであった。

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