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ヴァラール魔法学院の今日の事件!!

ライアー×トゥルース〜問題用務員、嘘吐き大混乱事件〜

作者: 山下愁

「ユフィーリア、真面目な話を聞いてくれるか?」


「どうしたショウ坊、誰かに虐められたか?」


「妊娠した」



 ――ガッシャン、とユフィーリアの手から滑り落ちた紅茶のカップが事務机に叩きつけられ、呆気なく割れた。


 飴色の液体が事務机全体に広がっていき、散らばった羊皮紙や積み上げられた魔導書などに侵食していく。容赦なく机が汚れていくのだが、そんなことなど気にならないぐらいとんでもねーことが聞こえてきた。

 目の前に立つ女装メイド少年――アズマ・ショウの口からだ。


 ユフィーリアは動揺を表情に出すことなく、



「……誰の子供?」



 ショウは優しい表情で自分の薄い腹を撫で、それからポッと頬を染める。



「言わせるのか……?」



 ――ユフィーリアは頭を抱えた。


 いつ? どこで? そもそも恋愛1年生のユフィーリアに、年下で可愛い恋人であるショウを紳士的にベッドまで連れ込むことが可能なのか?

 答えは否、断じて否である。自分でも言っちゃうし「絶対に無理」ということも自覚はある。もし紳士的にベッドまで連れ込むことが出来れば、ユフィーリアはヴァラール魔法学院創立以来の問題児と呼ばれていない。絶対に『娘や息子を近づけさせるな』という危険人物として認識される。


 だが全く記憶にない、全然記憶にない。クソ野郎と罵られてもいいぐらいに頭の中には何も残っていないのだ。



「あの、ユフィーリア」


「ちょっと待ってくれショウ坊、今思い出すから」


「嘘だぞ?」


「…………ん?」



 思考を一旦止めて、ユフィーリアは顔を上げる。



「嘘?」


「ああ」


「本当?」


「そもそも男が妊娠できるとは思えないのだが」



 真面目な表情で言うショウに、ユフィーリアは思い切り椅子の上で脱力した。



「危なかった……本気で婚前交渉しちまったかと思った……」


「ユフィーリアが望むなら既成事実を作るか?」


「止めろショウ坊、まだ段階を踏ませてくれ頼むから」



 恋愛1年生に既成事実の4文字は重すぎる。


 ユフィーリアは雪の結晶を手に取ると、恋人に目をやって「で?」と問う。

 一瞬だがヒヤッとするような内容の嘘を吐いてくれたのだ。何か理由があってのことだろう。誰に悪知恵を叩き込まれたのか、そして仕返しはどうするべきか話を聞きながら推理することにしよう。


 どうせ犯人はもう分かっている。グで始まってアで終わる学院長だ。



「今日は4月1日だろう?」


「そうだな」


「俺の元の世界ではエイプリルフールと言って、嘘を吐いても許される日があるんだ」


「嘘を吐いても許される日」



 ショウの説明を聞いたユフィーリアは、青い瞳を期待できる輝かせた。


 とても面白い話である。『嘘を吐いても許される日』なんて、ユフィーリアの為にあるようなものではないか。

 物事を『面白い』か『面白くない』かで判断するユフィーリアの問題児魂に火がついてしまった。これは大いにこの日を満喫しなければもったいない。


 その時、用務員室の扉が勢いよく開いた。



「ユーリ大変!! オレの【自主規制ピー】が取れちゃった!!」



 ショウの「妊娠した」発言がなければ間違いなく頭を抱えていたであろう内容を開口一番に叫んだのは、問題児の中でも暴走機関車野郎と称されるハルア・アナスタシスだ。口では「大変」と言っているものの、表情が伴っていない。

 そんな彼の手には、嘘を本物と信じ込ませる為に用意されたブツが握られていた。【自主規制】が取れたとなれば、用意するものなど決まっている。


 つまり、男性のナニを模した大人の玩具である。ウネウネと動くおまけ付きだ。



「…………」



 堂々と掲げられた大人の玩具を見上げ、ユフィーリアは「なるほど」と頷いた。

 彼もショウからエイプリルフールについての話題を聞いたのか。それでわざわざこんなものを買いに購買部まで出かけていったのだろう。ご苦労なことである。


 それならユフィーリアも対抗させてもらおう、何せ今日は嘘を吐いても許される日なのだから。



「お、ハルが落とした【自主規制】はアタシの【自主規制】より小さいんだな」


「え!?」


「えッ」



 ハルアとショウの2人が同時に目を剥いて驚いていた。簡単な嘘に騙されるのか、彼らは。大丈夫か。



「え、ユーリ……え? 生えてる……?」


「もしかして、さっき『妊娠した』という嘘を吐いたのだが……まさか本当に妊娠させることが可能……?」


「嘘に決まってんだろうが。お前ら、簡単に騙されてんじゃねえ」



 ユフィーリアが「嘘だ」と宣言すると、ショウとハルアはホッと胸を撫で下ろしていた。今日はエイプリルフールなのにどうして嘘を信じるのか。

 いや、彼らの場合は致し方ないと言える。ショウとハルアは純粋無垢な未成年組だ、大人の嘘にも簡単に騙されてしまう汚れのない存在である。


 エイプリルフールという行事の楽しさを見出したユフィーリアは、



「それならこれの出番かな」



 事務机からいそいそと取り出したものは、瓶詰めされた飴である。色とりどりの球体が瓶の中に隙間なく詰め込まれていて、意外と可愛らしい見た目をしていた。


 その飴玉を見つめ、ショウとハルアは首を傾げる。

 これは、エイプリルフールという素晴らしい行事をさらに楽しくさせる魔法の道具だ。その名も『嘘吐き飴』である。ネーミングセンスは欠片もない。



「これを舐めている間、嘘を本当のことだと認識させることが出来るんだよ」


「つまり洗脳か?」


「それに近いな」



 瓶詰めされた飴をカラカラと揺らすユフィーリアは、



「嘘を嘘と明かせば簡単に洗脳は解けるけど、宣言するまでは本当のことと信じ込ませることが出来るんだ。面白いだろ?」


「それは面白いな」


「それは面白いね!!」



 ユフィーリアは嘘吐き飴の瓶を開封すると、



「これを舐めてエイプリルフールを満喫しにいくぞ」


「賛成だ、ユフィーリア」


「いいね、最高だね!!」



 悪魔のような笑みを浮かべた3人は、嘘吐き飴を手のひらに転がして同時に口の中へ放り込むのだった。



 ☆



「グローリア、グローリア!! 大変だ!!」


「何かな、ユフィーリア。今忙しいんだけど」



 ユフィーリアがバタバタと駆け寄ったのは名門魔法学校であるヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドだ。

 ちょうど授業が終わったばかりなのか、彼の手には教科書が握られている。周囲には授業で分からない箇所を聞きにきた生徒たちがいたが、今はそんなことに構っていられない。


 肩で息を切らせるユフィーリアは、



「お前の【自主規制】は無事か!?」


「ぶッ」



 往来で【自主規制】などという単語を使ったことで、グローリアが噴き出した。



「ユフィーリア……? 何の脈絡でそんなことを……?」


「実は、実は……」



 ユフィーリアはわざと泣きそうな演技をしながら、



「ショウ坊とハルの【自主規制】が……取れちまったんだ……」



 バサバサバサッとグローリアの手から教科書が滑り落ちる。

 周囲にいた生徒たちも、ユフィーリアの嘘を本当のことと信じている様子だった。誰も彼も下らない嘘に目を見開いて驚きを露わにし、互いに顔を見合わせている。


 ユフィーリアはさらに嘘を本当のことだと信じ込ませる為に、2人の協力者を呼んだ。



「ショウ坊、ハル。見せてやれ……」


「ああ……」


「うん……」



 神妙な表情で学院長の前に進み出たショウとハルアの手には、先程のウネウネと動く大人の玩具が握られていた。血管まで再現されているので完成度が高い。

 ちなみにこの大人の玩具は購買部でユフィーリアが責任を持って購入した。恥なんてないのだ。堂々と購入し、黒猫店長に事情を話したら喜んで協力してくれた。


 その大人の玩具を本気でショウとハルアについていた【自主規制】だと信じ込んでしまったグローリアは、



「い、今すぐ回復魔法をかけてあげなきゃ。だって、だってこれ……」


「無駄だ、グローリア。これはな、呪いなんだよ」



 ユフィーリアは「クッ」と目を伏せて、グローリアの肩をポンと叩く。



「だから大変だって言っただろ、グローリア。この呪いは伝播する。近い奴から順番にな……」


「え、ということは最初に僕の身を案じてくれたのは……」


「お前にも呪いが伝播しちまってるんだよ」



 グローリアは顔を青褪めさせる。


 何度も言うが、嘘である。本物である訳がない。

 これぞ嘘吐き飴の力だ。嘘を嘘だと明かさない限り、彼は永遠に【自主規制】が取れる呪いにかかったと信じ込むことだろう。


 胸中では腹を抱えて笑っているが、全体の表情筋を使って必死に笑いを堪える。もはや女優並みの根性である。



「グローリア、この呪いは解けない。お前の【自主規制】も……もしかしたら、もう……」


「え、そんな。嘘だよだってあるよ。僕まだついてるよ!?」



 洋袴の上から股間に触れて、ちゃんとそこに【自主規制】があることを確認するグローリア。何人かの男子生徒が同じような真似をしていた。


 さあ、最後の仕上げだ。

 ユフィーリアはそっとグローリアから距離を取り、逃走経路を確保する。ショウとハルアもその場から逃げ出す準備を完了させた。


 そして声を揃えて、お決まりの一言。



「「「まあ嘘だけど」」」



 次の瞬間、嘘吐き飴の効果が消えてなくなる。

 消えてなくなる、ということは全て嘘であると理解したのだ。先程までの嘘を信じていたという記憶も、もちろんグローリアにも生徒たちにも残っている。


 大いに恥ずかしい思いをして徐々に顔を赤く染めていく学院長たちの前から、ユフィーリアたち3人は脱兎の如く逃げ出した。



「君たちって問題児は!!!!」


「あーはははははははははははははははは【自主規制】が取れるって嘘を信じるお前が悪いんだよバーカ!!」


「凄い顔が真っ青だったよ笑えるね!!」


「あとで脚色してエドワードさんとアイゼルネさんにもお伝えしますね!!」


「やめて!!」



 それからグローリアの絶叫と、問題児による下品な笑い声がヴァラール魔法学院中に響き渡った。


 ちなみにスカイのところで魔法兵器の設計作業に協力していたエドワードとアイゼルネは、後にこの話を聞いて「何で俺ちゃんたちも誘ってくれなかったのぉ」「おねーさんたちも面白いことをしたかったワ♪」と苦情を入れるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】嘘を吐くのは得意だが、タチの悪い嘘は嫌いな魔女。このあと学院長に捕まって説教された。

【ハルア】嘘を吐くのは苦手な暴走機関車野郎。ユフィーリアと一緒に説教されることになるが後悔はしていない。

【ショウ】嘘を吐くのは苦手だが、ユフィーリアを騙す為なら頑張る。説教をするグローリアにコブラツイストした。


【グローリア】嘘に騙された学院長。【自主規制】が取れるのかと本気で思った。

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[良い点] やましゅーさん、おはようございます! 新作、楽しく読ませていただきました! ショウくんの嘘が最初から破壊力抜群で、大笑いしました。端的に、真面目な顔で「妊娠した」と言うネタを思い付くやま…
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