マツタケ令嬢
日本の漁業のおよそ91%を掌握している大企業、ギョギョギョール水産(有)。その社長、の愛娘。御塁手喜瀬世は今、盛大に昂っていた!
「羊!羊はいるかしら!?」
「はいお嬢様、ここに」
「みなさぁい!これを!!!」
喜瀬世の手には彼女が半年をかけて書き上げた『たけのこの里は如何にきのこの山よりも優れているか』と言う論文の完成品が握られていた。
「ついに学会のクソジジイ共の賛同を得られました!おーっほっほっほ!これで私も歴史という名の教科書に名前が載りますわーー!!!」
「戦争の火種をよくもまあ」
「知った事ではありませんわ。何かしらそれ、アトリエシリーズの素材?」
「うわ」
冷たく言い放つのは羊、いや執事である。お嬢様の幼い頃からそばに居るため、愛称付きで呼ぶ数少ない心を開いている相手だが同時に天性の皮肉屋であった。
「それにそんな歴史の教科書、旧日本軍が書くものよりも信憑性が薄いですよ。隙あり」
高笑いを続ける隙だらけお嬢様の手から論文を掠め取り、そのままメラゾーマで消し炭にしてしまった。
「ぎゃああああ!な、なんてことを!?半年間夜しか寝ずに書きましたのに!!!」
「これでみんな救われました」
サンキュー、〇ワー〇フガールズ!そんな訳で、今日はこんな話だった。
「マツタケとはなんですの?」
図鑑を指さし、喜瀬世はそう言った。
「食用のナメクジです」
羊は遊びたくなった。
「な、ナメクジ?でも…図鑑にはキノコと書いてありますわよ。ほら、本の分類にも菌糸類と」
「解釈が別れているんです。日本では山が多いので今は菌糸類派閥が多いですが、アメリカの方に行くとMIBが逃がした宇宙人の末裔が食用になったと言うのも広まってますね」
「そ、そうなの」
「はい。南アルプスの方では湧き出た水と共に流れ出る為、何億年前かの氷に埋まった小動物だという声もあれば、アフリカ方面ではジャングルの奥深くにバナナと一緒に木にぶら下がってると言われてます」
「バナナ」
「中国では偉大なる龍が落とした宝玉とも言われてますし、イギリスには紅茶の抽出後の副産物だと言われてたり」
「紅茶」
「ああそういえば、最近の解釈ではカタツムリの親戚だという説がインドの方で言い伝えられていたり」
する訳ないのだが、世間知らずなお嬢様は聞かされるがまま意味不明なマツタケ知識を吸収していった。そのうち、
「じゃあ食べてみたいわ」
「そのように」
となるのは必然だったと言えよう。
御塁手家はドの付く金持ちである。ジュースが飲みたきゃ果樹園ごと買い取り漫画の続きが読みたきゃ出版社どころか原作者に圧力をかけ、明日晴れにならないかしらとお嬢様が呟けば現代の技術を総動員させミサイルなり核エネルギーなりで雨雲を散らすレベルの大富豪だ。噂では腰痛持ちで有名な漫画家を脅して書かせた某ハンター漫画の完結編を秘蔵してるとまで言われている。
そんなクソ金持ちの食卓は当然最高級の素材がそろい踏み。今更カニやマツタケで騒ぐような料理はお嬢様の口には入らない。ひと皿で諭吉が野球できるレベルの超超ゴージャスメニューが毎日のようにポンポン飛び出す。
ので、もちろんお嬢様もマツタケは過去に口にしている。ただ気づかないだけで、極上のマツタケが使われた懐石料理を美味しそうに食べているのを羊は何度も目撃している。ただ、
『ねえ羊、今日のこの茶碗蒸し美味しいわぁ。特にこのぐにぐにした香りのいい食べ物、一体何かしら?』
『ミミズの肉です』
『へえ、ミミズ。聞いたことないわ』
こんな調子なのでお嬢様の食に対する知識がクソザコナメクジになって行くのは必然だった。
今でもお嬢様は生肉は100%培養だし、タケノコは割り箸を薬品で柔らかくしたものだし、キクラゲは子供の頃水族館で見た半透明のエイリアンの黒い品種だと思い込んでいる。が、羊が中途半端な嘘を言っているのを最近気づき始めたので、生物の図鑑を暇な時間に眺めるのが趣味になりつつある今日この頃だ。しかし今でもおっ〇っとは本物の魚の盛り合わせが入ったお菓子だと思い込んでいる。
「ふふふーん」
晩御飯までガーデニングで暇を潰す喜瀬世。四方を屋敷で囲まれた広い中庭の中心には大きな噴水が。そこを庭園がぐるりと取り囲むように拡がっていて、道なりに進んだ奥には温室まで揃えられた日本とは思えない楽園がそこにはあった。身も蓋もなく言うならば金にものを言わせたハリボテエデンだが、クソ論文とス〇ブラ以外趣味のない喜瀬世にとって癒しの空間となっていた。
「ねえ羊。木苺が上手く実になったのだけど、食べてみ「結構です」
「何もそんな早く否定しなくてもいいと思うの」
「死ぬほど酸っぱかったです、死ぬほど酸っぱかったですよ以前のあれは。思わずストレスで残りの木苺を握りつぶす所でした」
「2回言わなくてもよろしくてよ」
意外にも、喜瀬世はこの庭にメイドや庭師の立ち入りを禁止していた。彼等彼女等に管理された植物達は正門にずらり、嫌でも毎日登校時に目に入る。確かに自分が素人レベルの管理で整えたものよりは何倍も美しい、しかしそれを眺めるだけではただの鑑賞会と変わらない。気が乗ればとりあえず全部やってみたがるお嬢様の気性がそれを許さなかった。
そこにちゃっかり羊を同行させているのは、もしかしたら信頼の表れかもしれない。
「じゃあ今度は大丈夫の筈よ。ほら、肥料にこの前のカニの殻を混ぜてみたの。きっと旨みバツグンだわ」
「アホなんですねお嬢様、何がじゃあなのかさっぱりわかりませんし」
「アホって何よ!」
やっぱりそうじゃないかもしれない。
「夕餉のご用意が出来ました」
「あらそう、じゃあついに人生初体験のマツタケを堪能しに」
「実はゴリラの生殖器だという一説も」
「貴方もう死になさい」
「細木〇子…?」
日はとっぷりと落ち午後6時、世間の庶民はクレヨンだったり青タヌキだったりサザエだったりを見ながら一日の疲れを言葉に乗せて家族へ吐き出している時間帯。もっとも、それは一般庶民の話で、ド金持ちお嬢様御塁手喜瀬世は例外中の例外だ。
「これが、マツタケ?なんだか前に見た事あるわ。茶碗蒸しだとかに入っていた気が」
「そりゃあそうでしょう。マツタケくらい食べた事あるでしょうに、アフリカの子供が可哀想だと思わないんですか!?」
「急に大声出さないでちょうだい、あととりあえずアフリカの可哀想な子供出せばいいと思ってるのもやめなさい。さっきまでの話と全然関係ないじゃない」
「失敬」
かちゃりと銀製のド金持ちフォーク(時価数百万円)を手に取りミニ七輪(時価数十万円)の上で網焼きになっているマツタケを串刺しに。和食の講師が見たらブチ切れそうな不躾さで口に放り込み記憶通りの味と香りを堪能した。
「……美味しいですわ、素晴らしい香りですし。ですがこう、なんと言うか、食べる前…見る前のワクワク感のまま楽しみたかったですわね」
「失礼と言うかもはや無礼ですね、そういうのは自分の力でお金を稼いでから言うものですよ」
「この前FXでぼろ儲けしましたわ」
「なんで生まれも育ちもいいのに増やし方が低俗なんですか?」
ふー、と露骨に落ち込んでしまったお嬢様。これはしまった、めんどくさい。こうなったお嬢様は1日は引きずるし2日は愚痴るし3日になったらポカンと忘れるくらいめんどくさい。ハートのウロコをかき集めるほうがまだマシだ。そう思う羊だがどっこい、彼は優秀だった。秘策の一つや二つ、ない訳が無い。
「お嬢様、私に秘策があります」
「その声は我が友、李徴子ではないか?」
「せめて孔明にしてください」
「誰」
お嬢様は今年で高校二年生。某英霊ゲームや某教育マンガを読んでいなければその方面の知識には弱いのだ。
「とにかくこちらを、オーダー!」
「あっ、懐かしい!」
怒られそうなコールと共に並べられる料理達。それはキノコ、キノコ、キノコ。鍋にグラタン、炊き込みご飯、かき揚げ、山椒焼きなどなど、ありとあらゆる料理に各種キノコが使われていた。
「全部マツタケ入りです」
「まあ」
グラタンからはシメジとマイタケが覗いている。
「……さっきのと、随分形が違うのね?」
「世界各国のマツタケです。このカサが平べったいのが中国産で、こちらの全体的に白いのはロシア産です」
「初耳ですわ」
疑いもせずにパクパクと食べ進めた。腕のいいシェフや板前が腕を凝らしたマツタケ料理(?)にお嬢様もご満悦、食感や味の違うマツタケ達に次第に虜になって行ったのだった。
「チョロいですね」
「むぐむぐ、何か言いまして?」
「いいえ?」
かくして、お嬢様の気まぐれディナータイムは羊の機転によりハッピーエンドを迎えた。世界に誇る大財閥、御塁手喜家の執事たるもの、主人に満足なまま一日を終えて貰うのは当然の事なのである。
「では羊、明日までに庭にマツタケを育てられる環境を整えておきなさい。指南書も忘れずに」
「かしこまりました」
〇る〇る〇るねを作る感覚でこれを言う。それがお嬢様なのだった。
数日後。ギョギョギョール水産本社(有)、社長室。
「お嬢様から便りと、後小包みを預かっています」
「おお、娘からか。いやあ嬉しい嬉しい。どんなおねだりだろうと、これだけが仕事中の唯一の楽しみだからな。とはいえ、この前の『隅田川の夜は毎日花火大会がいいですわ』のようなわがままは困るがね。4週間で飽きてくれて助かったよ」
「親バカ通り越してただのバカですね」
「宣伝効果もあったし結果オーライだ。さてさて?」
蝋でとじられた古風な手紙をパリッと開く。中には愛娘が書いたであろう特徴的な文字でこう綴られていた。
『 拝啓
暦も巡り、暖かな息吹を今かと待ちわびる厳冬の頃。お父様はいかがお過ごしでしょうか。
さて、日頃は私めのささやかなる我儘にお心遣い頂き、言葉では言い表せない程の感謝をしております。
そこで、日々の感謝の気持ち、そして一分一秒を人々の為に労しているお父様への労いを兼ねて、同封したこちらをお受け取り下さい。素人ながらに庭園で私が育てた物ですが、きっと、お父様の助けになる筈です。
それでは、夏と新年にまたお会い出来る日を楽しみにしております。愛するお父様へ。
敬具
喜瀬世より』
「泣いた」
「ささやかなる我儘……?」
「うるさい。とにかく早く、その同封された物をよこせ。どこにある」
「こちらに」
桐箱にきっと自分であとから巻いたのであろう、不釣り合いな赤のリボンが巻かれていた。
「うっうっう。この私のためにわざわざ、やはりあの子は天使だ。女神だ」
「割と貧乏神みたいな所ありますけどね」
いそいそと、それでいて割れ物を扱うかのように箱を開けた。すると、一枚のカード。そしてキノコが中央に。
「なんだこれは」
「マイタケですね」
秘書がカードを拾い上げる。
「『マツタケ』と書いてありますが」
「マイタケにしか見えんが」
「99.9%マイタケですね」
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