結局のところどっちも病んでる
眠たいのなら寝てればいいのに。なんてことをふやけたような頭で思う。それでもどうしようもなく目は覚めて、いつともしらない真っ暗闇な部屋が視界に映った。
深夜のいつか。起きてちゃいけない静かな世界。普通から一人取り残されたみたいで、なんとなく自尊心が削られていく。
……一人じゃなくて、二人か。あんまりそんな感じしないんだけど。
「……寝てないとだめでしょ?」
「あはっ。結季ちゃんすごい顔してる」
闇の中に、結季ちゃんの顔がぼーっと浮かんでいる。なんというか、生気が薄い。執着だけが形になっているみたいなその姿は幽霊みたいだった。
今から結季ちゃんに取り殺されます。って言われても疑わない。そんな表情。
結季ちゃんにやられるんだったら、今のわたしは喜んで受け入れる。優しくやってくれそうだし。
腕に手を添えて、首元まで案内して。気道が二度と拡がらないことを感じながら、結季ちゃんと見つめ合ってその時を待つ。なんて。
まあ、現実はそんなわけないよね。
ここにいるのは、恋人に避けられて情緒がおかしくなっているわたしと、恋人を避けてしまった罪悪感でおかしくなっている結季ちゃん。どっちも生きてはいる。
おかしくなっていることを自覚できてるから、わたしのほうがきっと軽症だ。だからわたしが結季ちゃんを支えてあげないと。
わたしのこと信じてないのに?
うん。わたしのこと、信じてくれてなくても。
だって、きっと裏返しだから。どうでもいい関係だったら、切れたらいやだな、なんて思ったりしない。人生と癒着するぐらいの存在だから、もしもが明確な形を取って、恐ろしいものとして現れる。だよね、きっと。
そうじゃないと、わたし。
なんて、結季ちゃんに嫌われるなんてわたしがわたしじゃなくなっちゃいそうだ。
……まさか避けられるなんて思ってなかったけど。
夢の中のわたしモドキは一体何をしたんだろう。
「結季ちゃん、寝てないの?」
「ずっと見てた」
結季ちゃんが言うのだから、これは文字通りずっとなんだと思う。
「一緒に寝ようよ」
「眠れないの」
声が震えていた。結季ちゃんに触れようと布団の中をまさぐって、指に触れる。夏場なのに、ストレスのせいか湿った石みたいに冷たい。
握ろうとしたら、先に結季ちゃんの手がわたしを捉えた。
痛い。けっこう痛い。
人差し指と薬指が重ねられるぐらいに握り締められている。
「いなくならないわよね?」
「しないよ」
「急にいなくなったりしない?」
「わたしはずっとここにいるよ」
幼気な声に心が逆撫でされる。
いなくなりそうなのは結季ちゃんなくせに。
わたしなんか誰も興味持たないけど、結季ちゃんのことはみんなきっと好きになる。
わたしは結季ちゃんに助けられたときから魂を鷲掴みにされている。爪が食い込むぐらいに強く。結季ちゃんが離す以外に抜け出す方法はないし、今更離されたってついた傷跡は一生消えない。
もう結季ちゃんがいないとだめなの、わかってよ。
なんて。お互い様か。
「そんなに不安なら、試してみれば?」
どうせ明日は休みだし、何したって大した問題にはならない。勉強? 期末テスト? ……しらない。ついに成績がクラスの平均を割りそうだけどもう諦めた。
人生が袋小路にはまったって、結季ちゃんがいれば満たされる。なんだって許される気すらする。永遠を求めているのに、破滅的な生活から抜け出せない。目の前に餌を吊り下げられた動物とどこか似ていた。
最近は正道に立ち返ろうとする意思すら薄れていっているような気がする。
結局のところ一番大事なのは結季ちゃんで、結季ちゃんの不安を取り除くためにはなんでもしなくちゃいけない。
「結季ちゃんが満足するまで、ずっと起きてるから」
コクっと控えめな子どもみたいに頷いて、握る強さが弱くなる。よかった。あのままだと手が変形してたし。
暗闇の中でじっと見つめ合う。結季ちゃんが満足するまでとはいったけど、わたしだって逃がすつもりはない。
もしも。本当にもしもの話、この関係が崩れるなら結季ちゃんの方からだと思う。考えたくもないけど、きっとそう。
わたしにはこの関係を続けるかどうかの選択権は存在しない。継続の方向に傾いたまま結季ちゃんにレバーが固定されている。四六時中結季ちゃんのことしか考えられないのは、大体結季ちゃんのせいだ。
なんて思うぐらいには身も心も捕まっているけど、結季ちゃんはわたしに捕まえられてない。結季ちゃんが、好きでわたしの隣にいてくれるだけ。
どうしてわたしを選んだんだろう。なんて考えは底なし沼で、自分の中に答えを見つけられないまま窒息していく。
それに、結季ちゃんはわたしと違って優しいから。他のやつに付け込まれて、利用されることだってあるかもしれない。ちょっと前だってそうだった。わたし以外の言葉なんて真に受ける必要ないのに!
「麻依、大丈夫?」
「なにが」
「泣きそうな顔してるから」
そうなんだ。って結季ちゃんに言われて気づく。まあどうだっていいんだけど。わたしのことなんかどうでもいいし。何がどうあったとしても、優先すべきなのは結季ちゃんだ。
「結季ちゃんがそれ言うの」
結季ちゃんは泣きそうの先にいるように見える。どこか凍てついていて、涙なんか流れそうにない。
結季ちゃんが別離を怖がるなら、わたしがやるべきなのは気持ちを形にすることだ。声でも、動きでも。わかりやすく好きを伝えなきゃいけない。
「結季ちゃんこそ、わたしを捨てないでね」
そんなことしたら、追いかけて捕まえて閉じ込めるから。
結季ちゃんはきょとんとして。
「するわけないでしょ」
なんて言ってくれた。
あり得るとすら思ってないみたいな様子が少し嬉しい。きっとわたしがどれだけ不安なのかわかってないんだろう。わたしが結季ちゃんの気持ちを正確には理解できないみたいに。
「じゃあ、離れたりなんてしないね。わたしも結季ちゃんもずっと隣にいるんだから」
結季ちゃんがわたしを求めて、わたしも結季ちゃん求め続けている。磁石みたいに引き合い続けてるんだから離れるわけがない。
「そうでしょ? そうだよね、ね」
寒さにやられたような震えが手を伝って広がる。
「そうね」
結季ちゃんが温めるように両手でわたしの手を覆う。それで震えが収まるってことはそういうことなんだろう。怖いのはわたしも一緒。
……不安を取り除くっていうのかな、これ。別のもので塗りつぶそうとしているだけな気もする。
結季ちゃんの欠けたところにわたしを染み込ませて固まらせていく。
健全か不健全かなんてどうでもいい。それで結季ちゃんがもっとわたしのことを求めてくれるようになるんだったら万々歳。なんて。
結季ちゃんも今更まともさを求めたりなんかしないでしょ。おかしくても爛れていても幸せなんだから別にいいよね。
二人だけの箱に閉じこもっていたい。外の世界なんてなくてもいい。目が覚めたら文明が崩壊してわたしたちが最後の人類になってたりしないかな。
社会が憎い。人付き合いも常識も全部いらない。わたしはただ結季ちゃんと二人でいたいだけなのに。
きっとわたしたちは健全には戻れない。
好意の縄で二人三脚をして、社会の示すゴールに向かわないようお互いに足を引っ張り合っている。
「寝れそう?」
結季ちゃんは少し落ち着いたように見える。まだ不安定さを感じずにはいられないけど。
「もう少し麻依を見ていたいの」
「なにそれ。別にいいけど」
わたしを見てたところでつまらなくて寝落ちしちゃいそうだ。しかも薄暗い部屋の中だし。
……結季ちゃんがそうしたいんなら、何かしら価値はあるんだと思う。わたしのどこがそんなにいいのか、最初から今までずっと理解できてない。考えるだけ無駄、っていうか悪影響ですらあるような気がする。
わたしに良いところを見つけられなくて、結季ちゃんがわたしの何をどう好きなのかわからなくなる。莫大ななはずの好意が見せ掛けに思えて不安でおかしくなる。今もそうなりかけていた。
考えるのをやめるために、外側の五感に全てを任せた。できるだけ結季ちゃんの情報だけを取り込む。
結季ちゃんがわたしを見る理由も案外同じなのかもしれない。一緒だったら嬉しいんだけどなあ。なんて。
誰もいない夜の中で、二人だけの時間が静かに続いていく。




